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2015年7月10日金曜日

「骨抜き」





神田明神下に、「左々舎(ささや)」という店がひっそりとある。
余り人に教えたくないのだが一昨日の夜に会社の女性二人を誘って行った。

この季節は「鱧(ハモ)しゃぶ」である。春は「鯛しゃぶ」、冬は「河豚鍋」である。

さてその夜は雨模様であったせいかいつもよりお客さんは少ない。
風情十分のこの店はかつて芸者さんが住んでいた所を工夫しお店にしたと聞いた。
食通だった亡き友に連れて来てもらって以来通っている。

作家の故山口瞳さんも通った店で、山口さんが書いた味わい深き書が、その季節に応じて飾られている。山口瞳さんも食通であった。
文人、編集者、イラストレーター、音楽家、女優、画家、書家、俳人など、その世界でその名を知られている人が来る。

ミシュランなどの目には絶対触れさせることはない。
みんなでそうならないようにしている。
ひっそりとした路地にポツンと河豚の提灯がぶら下がっている。
これ以上は説明できない。有名にしない掟がある。と私は思っている。
顔見知りと会っても近づいてくることはないし、こちらから近づくこともない。

その夜美味しい鱧料理を食べた後帰りがけに、「骨はなかったでしょ」と店主がいった。
えっと私はいった。

鱧一本の中には細い骨がビッシリとあるのは知っている、聞けば今日の鱧は完璧に骨を抜き取ったのだとか、一日に一本位しか完璧な骨抜きはできないのだと。
いや~、それとは知らずいつものように食べたがいわれてみると本当に骨を感じていなかった。
小首をかしげていたずらっぽく話す店主が、雨ばかりで時間があったので、予約した私たちのために完璧に抜いてくれたと、泣けるようなことをいわれた。
私のように人相というか、魚相の悪い鱧は、その鋭い歯以外はすべて料理されて出た。
皮、心臓、肝、浮き袋、そして極上の中味。
名人芸は神田にあり。

緋毛氈が敷かれた小さな長椅子の上に交通事故で亡くなった愛猫の写真がある。
20年の生涯であった。
生ある頃は、そこに座りニャーといって迎えてくれていた。

2015年7月9日木曜日

「文系を守れ」




♪〜赤い夕陽が校舎を染めて 楡の木陰に沈む頃 あーあ あーあ あーあ高校三年生 僕等離れ離れになろうとも クラス仲間は いつまでも〜。

ご存知、舟木一夫の歌です。
未来に残したい曲アンケートでいつも一位になる曲です。
その高校三年生も選挙で投票出来るようになる。熱闘甲子園で血と汗と涙を流す球児も、渋谷のセンター街でたむろする若者も、学習塾に通い日夜勉学に励む若者も。

あなたは18歳の頃何をしてましたか、何を目指し、夢と希望を持っていましたか。
かつては将来何になりたいかというアンケートでは学校の先生になりたいというのが上位を占めた。
この度この国の文部科学省はスットコドッコイ、顔洗って出直して来い、という方針を出した。国立大学の文系、人文学系を廃止しちゃえというのだ。
国際競争力を高めるには理工系が大切なんだという訳だ。

そうでなくても若者たちは本も新聞も読まなくなった。
そのために情緒感とか情感がなくなった。

かつてバンカラ学生は「ああ我ダンテの奇才なく バイロンハイネの熱なきも 石を抱きて野にうたう 芭蕉のさびをよろこばず」と高吟した。

そもそも日本語をしっかり学ばなければ何も学ぶことは出来ない。
いい教師がいなければ、いい生徒は生まれない。
哲学のない国になってしまったこの国は、金の亡者となってしまった。
すっかり顔相が悪くなってしまった。これは亡国へと向かっているのだ。

孔子、孟子、荘子と人の哲理を問いて来た国も同様である。どーんとバブルが弾けた。
欧州の歴史の始まりの国ともいえるギリシャは借金まみれでパンクした(オリンピックを開催した国はパンクする)。世界中の経済がパンクロック化した。

その因は何かといえば、人物を育ててこなかった教育の荒廃であり、劣化といえる。
国立大から文系、人文系を廃止するなどという発想がどうして出て来たのか、高等教育を受けてない私には分からない。漢字が読解できない自分が日々情けない。
人間から文学をとってしまったらただの野性動物となるだろう。

18歳の若者たちが、この国を立て直してくれるための清き一票を投じてくれることを念じずにはいられない。若者よ一人でも多く教育の現場に向かいたまえだ。
金を残して尊敬された者はいない。何を残したかで価値は決まる。
当然最大の価値は人材を残した者だ。聖書の始まりは「初めに言があった。」である。

〈妻をめとらば才たけて みめ美わしく情ある 友を選ばば書を読みて 六分の侠気四分の熱(与謝野鉄幹)〉

2015年7月8日水曜日

「逃げた建築家」




私はスポーツ観戦は何でも好きである。
特にといえばボクシングと野球だ。サッカーも好きだしラグビーも好きだ。
早明戦は毎年楽しみである。
私は展開型の早稲田ファンで、愚妻は突進型の明治のファンである。

ラグビーは英国が発祥の地でスポーツマンシップの代表である。
勝負が決まった後はノーサイドといって終わる。

シンキロウとかサメの脳みそといわれている元総理大臣、森喜朗は早稲田のラグビー部出身という。どれほどの選手だったかは定かでない。
ラグビーに対する愛情が深いのはいいが度を過ぎてはいけない。
顔色を見るとかなり黄疸が出ている。
それ故先を急ぎ、自分の足跡を遺そうとオリンピック組織委員長の権限をそこまでやるかと振りかざしている。

かなり痩せたとはいえ体はでかく、根性なしの委員たちでは束になっても敵わない。
なんの役にも立たなかったが総理大臣を少しだけやった。
星の数よりも年古(ネンコ)の数というのは旧日本陸軍である。
国会議員は年古ならぬ当選回数が物をいう。確か13回位当選していた。
それ故政治的発言力はある。

が、これほどまでにスポーツマンシップのない人間とは思わなかった。
ラガーマン失格である。オリンピックまでは生きていないので、大好きなラグビーのW杯までにはいくら金がかかっても間に合わせろ。3000億、4000億なんて大した額じゃない、2520億は妥当だという(自分が金を出すわけじゃないから)。
日本の公共事業は一度走りだしたら政権が変わるまで決して止まらない。

昨日の有識者会議(といっても無定見者ばかり)に新国立競技場建設のコンペの審査委員である建築家、安藤忠雄は欠席した(正しくはフケた→トンコした→逃げた)、つまり敵前逃亡である。
一人だけ抵抗している舛添要一がやけに根性者に見えてしまうではないか。
森喜朗は1000兆円以上の借金がある世界一の借金国の大きなハレモノ→オデキ→癌となっている。よく見ると目に輝きがはなく、肌には生気なく、お迎えが来ているのがハッキリ見える。ラグビーを汚してほしくない。

今からでも間に合うから声を大にしてラグビーW杯は身の丈に合った所で開催しよう。
新国立競技場は日本人建築家の提案にしよう。イラクの建築家には私の体を差し出すから(?)といえば後世にその名が刻み込まれ永遠にラガーマンのシンボルとなるだろう。
ラグビーは自己犠牲のスポーツでもある。
また、日本の建築界にもその名を残すだろう。

生き恥を描き、死んで莫大な借金を残すか、生ある内にその名を伝説として残すかだ。
正しい判断力のない一人のラグビー好きの老人に誰も意見がいえないこの国を悲しむのだ。逃げを打った安藤忠雄は何もかも失った。
大阪住吉の住宅づくりからやり直しだ(それで名を売ったから)。(文中敬称略)

2015年7月7日火曜日

「子持ちシシャモ」



こころザワザワする、珍しい人と出会った日は戸惑う日であった。
携帯電話を持っていない(正しくは使えない)私にとって公衆電話の存在はありがたい。

新橋駅か東京駅で通勤時は下車する。それ故どこにあるかは分かっている。
新橋駅に於いては品川寄りの改札口に出て右に向かいキオスクの売店斜め前に二台ある。他には東京駅寄りに降りて虎ノ門の方に向かうとTAKA-Qというメンズショップがある、その前はタクシー乗り場、そこからホップ、ステップ、ジャンプ位のところに公衆電話ボックスがある。

昨日午後五時二十四分ころである。
私は新橋駅キオスクの斜め前の公衆電話を利用した。
二台ある内の右の方に10円玉を三枚入れた。会社の人間と話すために。
あーモシモシ、◯△君はいる、ハイ!います、変わりますと話していると、プーンと異臭がした。

何だこの臭いはと見れば、これぞホームレスというおじさんが公衆電話のところで四つ持っている紙袋の中をゴソゴソ点検している。モシモシ、あ、◯△ですけど。
どーも、今日は家の方に用事があるのでこのまま帰るけど、明日の夜は…いまねえ隣にホームレスのおじさんがいるんだよといった。

おじさんが何をしたかというと、公衆電話のお金が出て来るところを指でこねている。
もしかしたら10円が残っているかもしれないからだ。
おじさんにたまには10円玉があるのと聞いたら、コックリと頷いた。
私は20円残ったのでそれをあげようと思ったがそれでは相手に失礼だ、100円にするかと思ったがお恵みはいらねえというプライドがあり失礼かもしれぬと思い、20円をお金が出てくる所に置いてそこを去った。

こころがザワザワしたので振り返るとおじさんはすでにいなかった。
今度会ったら一緒にコーヒーなど飲みに行こうと思った。
ユックリ人生を話したいし、四つの袋の中を教えて欲しいのだ。

さてとキップを買って改札を通り階段を上がってホームに立つと伊東行きが三分後に来るようであった。
ホームは六時前であったがかなり混んでいた。
行列の八番目に並んでいたら、私の前に並んでいた三人の女性がキャ、キャ、見て見てといってホームをフラフラしている人を見た。私だって見た。

何とそのおじさんは女子高生が身に付けるグレーのプリーツのスカートをはいている。
黒いロングソックス、頭髪はかなり薄く乱れている。
長袖の茶色のVネックのニット、顔は浅黒い。
はじめはフラフラと私の反対方向東京駅の方に行ったが、だらんと向きを変え私の方に向かって来た。ホームにいた50%位の人がモノ珍しそうに見ていた。
靴は確かかなり汚れた白いスニーカーだった。

伊東行きが入って来た。オッ、オヨヨ、私の後に並んで来たではないかい。
三人の女性は黙して語らずになっていた。
私のこころはザワザワ下北沢みたいになっていた。
これどっちに行くのと太いダミ声でいわれた、私は戸惑いながらもあっち、伊東だよといった。

おじさんは無言でまた東京駅方向に向かってフラフラと歩いて行った。
プリーツのスカートはかなり短かった。ふくらはぎがやけに太かった。
子持ちシシャモを思い出した。

2015年7月6日月曜日

「仁義の墓場」




その墓には花が絶えないという伝説のヤクザがいた。
その名を石川力夫という数多い伝説の街、新宿の中でその名を残した。

ヤクザが恐れる程凶暴であり、自らの親分を襲うということまで仕出かす。
兄弟分も襲う。ヤクザ界の厄介者となるのだが、そのあまりの無法さが伝説となった。

刑務所の屋上から飛び降り自殺したのも劇的で影響している。
確か30才位で死んだと思う。刑務所にこんな言葉を残した。
「大笑い三十年の馬鹿騒ぎ」ヤクザと政治家を一緒に語ることは許されないと思うが、国会の審議を見ているとつくづく「大笑い」となっている。

このままだとただのバカ騒ぎで終わり、結局野党は何も残せないこととなる。
一束いくらの戦争法案を、池波正太郎の鬼平犯科帳的にいうなら“憲法を盗人の急ぎ働きでいただくと”なる。
急き働きとは文字通り手っ取り早く仕事を片付けてしまうということである。

七月五日のNHKスペシャルに高村正彦という弁護士資格を持つ自民党副総裁が出ていた(各政党の憲法論議・自・公・民・維・共以外の少数、ミニ政党は、ひな壇芸人扱い)
高村正彦は最近めっきり人相が悪くなった。
机をドンドン叩き、口をワナワナ震わせて合憲論を語った。
この政治家はかつて違憲といっていた。
まったくイケン人間だ、自分の後を継がす息子のために恩を売っているのが見え見えだ。

大笑いしたのは沖縄の下地幹郎だ。
落選中かとおもいきやどっこいスレスレで国会議員となっている、いつの間にか維新の議員として。政府の閣外応援団になっている。
ヤクザは親分一筋だが、この手の政治家は次々と親分を変える。

義理と人情などはほとんど持ち合わせない。野心と異心が同居する。
野望と絶望が交差する。金と銭とが刺青のように体に染み込む。


あ〜なんたる無惨かと思っていたら自民党内のリベラル的政治家がついに立ち上がった。その数まだ二十人位、私の知っているリーダー候補が勇気を持って行動して欲しいと思っている。伝説の男となる機会が来たのだ。乱は人を生み出すと歴史は証明してきた。
どの政党人にもその機会は等しくある。潮目は確実に変わった。

石川力夫を映画化したのは、巨匠故深作欣二監督、題名は「仁義の墓場」主演は渡哲也であった。国会が仁義の墓場とならないように切に願っている。
一度裏切った人間は、二度、三度、そして何度も裏切ると決まっている。(文中敬称略)

2015年7月3日金曜日

「一生けんめい一秒」




何故新聞は大きく記事にしない、国民の62%以上が生活が苦しくなったという発表を。
何故新聞は大きく記事にしない、実質賃金が27ヶ月連続マイナスになった発表を。
何故新聞は記事にしない、銀座も赤坂も不景気風が吹いていることを。
何故新聞は書かない、個人タクシーの運転手さんが毎月の組合費6万円が払えず個人をやめて会社に入りなおしていることを。
何故新聞は書かない、お金持ちだけがジャンジャンお金を増やして更に増やそうとしていることを。

何故か新聞はこの大きなムーブメントを小さくしか扱わない。
それは戦争法案反対のデモが大きく広がっていること。若者たちが立ち上がっている事。二万人、三万人のデモの写真は大きく掲載しない。

むかしからA新聞はインテリ、B新聞はヤクザ、C新聞はノンポリ、D新聞は右翼といわれてきた。さてお分かりでしょうか(?)私は若者に期待するのだ。
国は若者の力で変わって行くことを。
彼らはこの国の未来を決して諦めず希望を持っていることを。

議論せよ、口角泡を飛ばせよと思う。
50代以上の女性たちが明日に向かって輝きを増しているのに、50代、60代、70代の男たちはすっかり諦め切っているのが多い。

近々どーんと株は下がる、近々どーんと内閣の支持率は下がる、近々世界はどーんとなる。何がどーんとなのかはそれぞれが考えねばならない。
50代、60代、70代の生きた知恵と経験が必要となるだろう。

心を広くし勇気を持って若者たちと接しなければならない。
彼らは手強いが、新鮮で斬新でユニークだ。学ぶことが山ほどある。
何故か新聞には若者たちが夢も希望も持っていない記事しかかない。

80代と10代とがセッションしたら素敵なJAZZが生まれるだろう。
70代と20代がセッションしたら素敵なファッションが生まれるだろう。
60代と30代がセッションしたら素敵な映画が生まれだろう。
50代なんて100歳の半分でしかない。

私は誰もやらなかったことをプロデュースする。
新しくなければアイデアではない。毎日同じ人間と同じ話をするほど無駄な時間はない。真のクリエイティブとは危険を求めることだ。

ほとんどが失敗に終わるが、なんちゃって一丁前のことを考えながら昨日は、茅ヶ崎↔橋本↔八王子↔立川↔昭島と往復した。ガッタンゴットン電車に揺れながら。
ある店のあるディスプレイを見るために。

頭が悪いのでアイデアは足で考えるのが私のモットーだ。
この頃の新聞記者は足で取材せず、もっぱらパソコンで取材するらしい。
「一生けんめい一秒」こんな名コピーを書いた人がいる。SEIKOの広告であった。

2015年7月2日木曜日

「こゆるぎ」


 
写真はデラックスこゆるぎ弁当
小田原といえばまず浮かぶのが北条早雲であり、小田原城である。
小田原提灯も、そうそう豊臣秀吉と伊達政宗の小田原のつれしょんも有名だ。
駅前には干物、乾物、蒲鉾屋が軒を連ねる。

駅弁といえばやはり「鯛めし」が有名だが、私は断然「こゆるぎ弁当」が好きだ。
丸い竹わっぱの中に味付けごはん、グリンピース入りとろり味の玉子と肉そぼろ、四角に切った小さな竹の子の煮付け、えび天ぷらや鳥肉ヤキなどがふたを取ると見た目キレイに楽しそうに顔を出す。

小田原に着いたり、小田原に行くと必ず買う。
大磯、平塚両駅でも売っている。
お茶と一緒で1000円である(デラックスこゆるぎだと1000円を少し出る)。

確か乙川優三郎さんだったと思うが、「小田原鰹」という短編小説があった。
夫婦にはいろんなことが起きる、故あって夫と別れた妻が実家の小田原に帰る。
そして初鰹の季節になるとそれを送る、確かそんな話であった。
この作家は市井の民のほんの小さな心の動きや出来事を映像的に書く名手だ。
山本周五郎さんのようにである。

京都から帰る途中小田原駅で「こゆるぎ弁当」を二つ買って帰った次の日、そこ付近で焼身自殺があった。なんと新幹線の中でだ。言葉を失う出来事だ。

年金だけで生きて行けない七十一歳の人間が道連れにしてしまったのは、五十二歳の整体師の女性。お伊勢参りが目的であった。人の心と体を整えてあげたいとその職業についたとか。

小田原での惨事は、防災、防犯罪の在り方について永遠に語り継がれる歴史的場所となった。国の政権が乱れると必ず人の心も乱れまくる。
大馬鹿な作家や、戦争大好きな阿呆な政治家や、権力にひれ伏す法律家などが続々と出る。大都市のどこかで小田原の惨事みたいなのが起きるやもしれない。

事前防災・できることから始めよう。
このテーマにずっと取り組んでいるステキな女性社長と私の仲間たちとで、近々ある法則を発表する。日本列島は災害列島なのだから。いつくるか分からないが、どこかへ必ず来ることだけは分かっている。いずれみなさんに報告をする。国を救うのは決して戦争ではないのだ。

2015年7月1日水曜日

「狼の詩、ヨーイスタート」



映画チラシです。


六月二十八日(日)群馬県前橋市にて新作の短編映画(27分)の第一回上映会を行った。主役を演じてくれた一人が前橋出身の現役のムエタイの世界チャンピオンだからである。

その名をリヨン樺澤さんという。無敵の人だ。
そのリヨンさんの父上が空手家の樺澤春雄さん、国土會の総裁である。
 若かりし頃、国士舘大学時代はケンカの鉄人といわれた人である。

父は息子を尊敬し、息子は父を敬愛する。
これぞ日本の親子なのだと思った。

樺澤総裁のご尽力でシネマまえばしの120席はほぼ満員となった。
心より感謝御礼であった。
制作資金の一部を出してくれた指宿豪さん、赤城廣治さん、内藤泰憲さん、恐くてステキなポスター11点をデザインしてくれたアドビジョン銀座の社長、前島一郎さんとステキな奥さん、映画初出演であった沖縄の仲里健太さんとそのボディーガード&ドライバーの方、それにプロデューサー&スタイリストの上原有美さんが前橋に来てくれた。

映画の題名は「狼の詩」、岡倉天心の名著「茶の本」を読んでインスパイアされ脚本を書いた。監督は新進気鋭の寺尾学ぶさん。残念ながら舞台演出中で来れなかった。
親分役のベンガルさん、親分の女役の美美さんもスケジュールが合わず来れなかった。

若頭役の赤城廣治さんは日本の広告界を代表するコピーライター&クリエイティブディレクターで若手のリーダーである。
日常生活では正義感の塊なのだがヤクザ役を頼んだ(抜群の演技)。
兄貴分役の指宿豪さんは、銀座でクラブを経営する一方、劇団を主宰、演出と出演をしている。また現在真言密教の修行中(すでに法名を受けている)
弟分役のリヨンさんは指宿さんとVシネマで共演したことがある。
若い衆役の仲里さんは食品関係の会社を運営中。

指宿さん、仲里さん、そのボディーガード(そこいらのタレントの数倍カッコイイ)には見事な刺青が入っている。何故でしょう(?)この人たちの礼儀正しいことこの上なし。
若い衆役の内藤さんの本業は鍼灸マッサージ師、その道の達人で週に一度私の体の手入れをしてくれている。優しいオトーサンが恐いオニイサンになってくれた。

何時も鋭い批評をしてくれる中野裕之監督に見てもらったら高評価をしてくれたのでひとまずホッとしている。それにグラフィックデザインの大巨匠井上嗣也さんも。
また日本の映画界で賞を獲りまくっているプロデューサーの星野秀樹さん、PARCOの文化担当金子学さんからも高評価をいただいた。手応えは十分ある。

次は東京で岡山(倉敷)で、ひょっとすると四国の四万十でも上映会をするかもしれない(友人が四万十映画祭をやっている)。
映画バカが集まって、お金を出し合って、仕事の合間を作って一年二ヶ月かけてやっとここまで来たのだ。

青山学院大学の学生時代アルバイトとして私のところに来てからずっと一緒だったチーフプロデューサーの奥野和明君は事情があって実家のある大阪に帰った。
心から御礼を申し上げる。誰か会ったらよろしくいって下さい。
タクシーの運転手さんになって大阪の街を流しているはずだから。
本人はこの方が性に合っているといっていた。バカな私を支えてくれた。

日本映画史上初めてのシーンを見ることが出来ます。拝金主義反対の映画。
正しいヤクザは必要なんだ(?)の映画です。協力をしてくれた多くのスタッフの方々のためにもきっと大きな評価を受けてその恩に報いたい。
私のような映画バカは死ななきゃ治らないのです。

2015年6月30日火曜日

「敷ふとんとフェルメール」




ギリシャ悲劇が目前に迫った。借金が返せないからだ。
すでに銀行に金はない。

会社経営なら金融機関から資金を借りつつ再起を図る。
が、国家経営となると話が違う。
ギリシャ、ロンドン、北京、スペインこの国はあるイベントを行って以後国家経営がメタメタにダメになってしまった。

そして日本国もそのダメに一直線に向かっている。
あるイベントを行うからだ。1000兆円以上も借金がある世界一の借金国なのに。
イベントの名はオリンピックだ。

そのメイン会場の建設費が1300億の見積もりから2500億以上にどっかーんとふくらんだ。通常こんなケースはコンペで勝ち取っても一度白紙にされるはずだ。
コンペが詐欺的行為となってしまうからだ。
藝大、東大、国立大学コンプレックスの建築家安藤忠雄という人間が暗躍した結果だ。
日本でやるイベントは日本人の建築家に任せるのが筋というものではないか。

聞くところによると安藤忠雄はプリツカー賞を受賞した者しか参加させない方針を立てたとか。そうではないと自分の嫌いな人から選ばれてしまうチンケで浅はかな考えだからだ。
芸術家が政治や権力者に近づくと、千利休や古田織部のように結局腹を切らされ首をさらされる。商業イベントと化した、たかだか三週間の世界大運動会のために国が滅びてなんとすると私は思う。

ギリシャの借金に比べて日本国の借金は桁違いに大きいのだが日銀がバンバン刷るお金に邪悪な連中は目が眩んでしまっている。日本大悲劇が確実に起きると断言する。
あー嫌だ嫌だ、利権屋のパシリと化した安藤忠雄のダミ声なんか聞きたくないのだ。
こんな不快な気分を五人のかわゆい舞妓さんが晴らしてくれた。


昨日行った京都のイベント開場にゲストとして舞妓さんが来てくれた。
祇園のみなさんが芸ごとをお稽古する書院通りの祗園甲部歌舞練場に大広間、中広間、小部屋がありそこにフェルメールの絵が日本建築と調和しながらある。
大庭園の見える大広間の窓際に一台のベッドがあり、そこにoluha(オルハ)の羽毛敷ふとんがある。そこで横になりながらフェルメールの絵を見れるのだ。
レセプションに来ていた女性たちは横になり気持ちいい、最高を連発していた。
(文中敬称略)

2015年6月29日月曜日

前橋から京都へ


昨日は群馬県前橋市で新作の短編映画(27分)の上映会を行った。

本日ただいま京都へ向かう車中にいる(プロデューサー&デスクの女性が打って発信してくれている)。
祇園で行うフェルメール リ・クリエイト展に参加するためだ。

青山学院大学教授・福岡伸一さんと、ソトコト編集長・小黒一三さんのライフワークのような展覧会だ。

音声ガイドは小林薫さんと宮沢りえさん。ヴァイオリン演奏は川井郁子さんだ。
えっ、

と驚くことをやる。
詳細は後日に記す。