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2012年1月30日月曜日

「掛け軸」




民約論を訳した明治の哲人、東洋のルソーといわれた中江兆民はこういっている。
この日本国にはいにしえの頃より哲学がない、哲学がないのは床の間に掛け軸がないのに等しいと。

久々に文士らしきひねくれた哲学、屈折を演じられる芥川賞作家が出た。
山口県下関の出身、父親を4歳で亡くし母親に育てられた1人っ子だ。
田中慎弥38歳。教師には嫌われていた。
友達はいない、群れない、媚びない。
高級的無頼派を気取っている直木賞作家伊集院静とはエライ違いだ。

もう一人の芥川賞作家はすっかりその存在が消えてしまった。
田中慎弥は私の大好きな風情を持つ男だ。文章は相当に上手い。
床の間に鎮座していただき身を正して一献差し上げたいと思う。

前年受賞した西村賢太は無名の頃から支持していたが、すっかり哲学を失いただのミーハーになってしまった。あるインタビューで毎月100万円は振り込まれるから受賞は嬉しいなどといっていた。哲学なき文士は粗大ゴミの掛け軸と同じだ。

2012年1月27日金曜日

「カツカレーな夜」



赤坂溜池交差点近く終電に乗れなかった午前一時過ぎ、タクシー乗り場に行く。

カレー専門店CoCo壱番屋の前には通称でんでん虫と呼ばれる個人タクシーが並んでいる。
個人はいい車を使用しているので長いドライブにいい。車内灯も明るいのでゆっくり新聞や本が読める。

700頁二段組みの本「増田信也著(木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったか)」を読む、兎に角分厚い。
柔術や柔道、そしてプロレスを通して戦前戦後の歴史が語られる著者。
柔道の鬼、木村政彦への思いが強すぎていささかうんざりする内容だが、なんとか気合いを入れて読み続けている。

書評はつくづく当てにならない事を実感する(だが著者の熱意には脱帽する。その取材力もだ)。
十数年かけたこの一冊は本が売れない時代に挑戦している。

お客さん、目が回りませんかと運ちゃんがいう。全然大丈夫と応える。
突然CoCo壱番屋でカツカレーを食べた話をし始めるではないか。お客さん私ね59歳なんですが体重は108㎏なんですよ。
毎日あそこに停めているのはカレー大好きなんです。1日1回カレー、お客さん好きですか?なんてウルセイ。
今はな力道山が木村政彦を殺しそうなんだ、静かにしろと怒った。

2012年1月25日水曜日

「ラーメンの王道」



遠くで海鳴りが聞こえる。
遠くで貨物列車の通過する音が聞こえる。

昔から音をじっと聞くのが好きである。
何だかブルースの様な夜、懐かしい音が夜風に乗って聞こえて来た。
ピラリーラリ、ピラリラリラリーと。そうです、ラーメン界の帝王チャルメラです。屋台のラーメンです。

夜十時三十分、外に出るといました、いました。
ライトバンを改造したチャルメラ屋さん。何十年振りだろうか、胸が高鳴り心は震える。
おーいと呼べば、へーいと応える。山のこだまの様である。丼ぶりを二つ持って1人で整列。
 立ち上げる湯気がたまらなくいい絵ではないか。

おじさんは65才位か、いやもっと若いかもしれない。
丼ぶりを湯にひたす。麺を入れる、丼に味の素少々、ぎざみネギをさっと入れる。
醤油ダレを入れてスープを備え付けの道具から入れる。ゆであがった麺が網目の中で楽しそうに揺れる。
丼に麺を投入、お箸で丁寧に整える。備え付けの小さな引き出しからメンマ、ナルト、チャーシューを二切れ入れる。
最後に長方形の海苔を一枚で、出来上がり。

いいね、いいね、おーい取りに来いと声を掛ける。
何!コショウ入れてだって、自分で入れろっていうの。

「恐い処」




オラ、オラ、ここはどこだか分かっているだろうな、エッオラ、オラと頭をコズられ、腕をマゲられ、足をフマれる。
ここに来たらナァ、骨の一本、二本折ろうが、何しようが俺等の勝手なんだよ。
一生中に置く事だって出来るんだよ。
オラ、オラ、早く全部ウタエ(喋ってしまえという事)やってないですよ、何もやってないすよ、カンベンしてくださいよ。
 何!カンベンしてくれってか、コノォー、ちゃんとネタは掴んだぞコノヤロー。
エッ、オラ、オラとが繰り返される。

こんな風にして誤認逮捕が生まれ、罪のない人がずーっと罪人として世の中に放り出される。八十歳の老婆にだってワッパを掛ける。

今でも日本中の警察で同じ様な事が繰り返されているはずだという人もいる。
警察官僚のOBに死刑廃止論者が多いのは何人も冤罪で首を吊られてしまったのを見たり、聞いたりしているからだ。

例え交通違反でも一度指紋を採られた人はいつでもその被害者になる可能性があります。
くれぐれも正しいアリバイを。

2012年1月24日火曜日

「ゴモラ化」




イタリアはナポリの街を支配するマフィア、カモッラ。

殺す、殺す、殺す、兎に角殺す。
カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した映画「ゴモラ」である。

ゴモラとは旧約聖書に出てくる悪徳の街。
砂、採石、土砂、海運、港湾工事、解体、土木、足場、地盤改良、基礎杭、生コン、舗装、ガードマン、造園、ダンプ、シート材料、トレーラー、産廃、構築、ゼネコンの仕切等々これは日本のマフィアが手掛ける事業のほんの一部。
 新しい暴対法で暴力団はマフィア化し海外へも進出する。政府の動きより遙かに素早く街をゴモラ化する。

カモッラは邪魔者は男女問わず、年齢問わずバンバン殺す。
イタリアのGDP30%近くはマフィアの数字とか。

甲府を舞台にした映画「サウダーヂ」の中でラッパー達が歌う。
この世で一番のギャングは日本政府、税、税、消費税、○×税、△□税、××税と。

サウダーヂとは郷愁だという。帰りたいけど帰れない所。
日本全体が「ゴモラ」になっていくのだ。
カモッラの大ボスが十数年逃げていたが、密告により捕まった。
ベルルスコーニが退陣したからだという説がある。

裏切り者が又何人も殺されるのだ。東北の被災地はやがて「ゴモラ化」する。

2012年1月23日月曜日

「思い出の道具たち」




製図板にT定規、コンパスにデバイダー、烏ロ、30センチの溝つきの竹の物差し。
ガラス棒に面相の筆、雲形定規、ポスターカラーにケント紙、絵の具皿、鉛筆に消しゴム、筆洗い・・・。
 等はデザイナーの定番の道具類だった。今はそんな物は一切ない。

一台のパソコンがあればOKだ。
昔のデザイナーは下を向いて紙に向かってデザインをしたが今は画面をじっと見てひたすら手を動かす。
パソコンを使っているのではなく、パソコンに使われている。真の創造は人間の五感を使わないと生まれない。
コンピューターには五感がない、だから人間は決して負けないはずだ。

何しろ何でも出来る魔法の機械なのだ。
オレなんかよぉー、溝引き(細筆の先っぽで)でよぉー、1ミリのオモテケイ(細い線のこと)の中に三本は引けるぜ、なんて自慢する。

何言ってんだ、オレなんて五本だぜ。
そこに女性デザイナー「何いってんのヨォ」
浅葉克己さんなんて十本だっていってるわよぉ、あの人素敵。
線の天才ね、入りたいわ〜浅葉克己デザイン室。

二十歳を堅気で迎えた頃、そんな会話がアチコチで聞こえた。
パチンコ屋の看板や喫茶店のマッチや、キャバレーのチラシで学んだ私にはまぶしい世界の始まりだった。

2012年1月20日金曜日

「消えたブルマー」



今、オネエ系が何故受けるのか。
その謎を追っている1人の物好きな外人学者がいる。

その源流はなんと「消えたブルマー」にあるというではないか。
 かつて女子学生といえばブルマーであった。

しかしある時代ブルマーなんて冗談じゃない運動が起き、学園からブルマーは消えた。
学者によるとブルマー時代とブルマー止めた時代では圧倒的にブルマー止めた時代から離婚が増えたとデータで証明する。

それは女性達が自己主張を猛然とし始めた結果であるのだとか。
そして男を選び始めた(婚活ブーム)。

又、学者は現代は「顔面製造文化」なんです、なんて想像もしていなかった用語を製造した。
 いくらいい女になりたい、だってあのIKKOだって、マツコだって、マングローブだって、カバちゃんだってTV局じゃ視聴率が稼げるって必需品というじゃない。
私だって整形したり、つけまつ毛したり、顔面エステで磨きあげたり、メイクで顔面製造すればきっとモテまくれる、テレビにだって出れると思うわ。そんな女心がオネエ大好き文化を製造しているんだとか。オネエ様の下着はブルマーかも。

2012年1月19日木曜日

「かさぶたの思い出」




四十八年振りに会った男は云った。

アノヨオ〜ガキだった頃ヨオ〜みんなでよくこんな事を口ずさみながら歩いたヨォナア〜。
それはこんな言葉。「ちりめん三尺ぱらりと散って花のお江戸は大東京、女ばかりが花じゃない、男ばかりがヤクザじゃない、グレた俺らにいわせてみれば、六尺足らずの五尺の男。今日もゴロ、明日もゴロ、ゴロで明け暮れるこの俺さえもたった一つの恋がある」※ゴロとはケンカの事です。

と、ここまでは口上的にいう。
♪ネリカン窓開け空みればあの星あたりがスケのヤサ、スケチャン今頃何してる、写真片手に目に涙あー、とこの部分はハミング的となる。

あの頃二人は野球少年であり、不良少年であった。
毎日、毎日ケンカをしては少年係の刑事と追いかけっこをしていた。
どうしたい元気かいといえば、オオ、マアなで四十八年の月日はあっという間に埋まるのである。

お前の小指未だ生えてこないかといえば、馬鹿野郎当たり前だろと笑う。
お前のその左手の傷、俺がヨオ〜下手を打ったせいだったな、スマナカッタナア。
かさぶたを俺がバッて剥いだらお前えらい痛がったな。

その夜、夜空がキレイで星がきらきら輝いていた。115日の深夜。
白髪が目立つ2人の男が辻堂海岸のおでん屋に居た。
小さなテレビの画面には「お願いランキング」が映っていた。

2012年1月18日水曜日

「イソ弁」



全国駅弁大会が人気だ。

特に京王百貨店は日本一らしい。
駅弁には故里の郷愁とその土地の味がギッシリ詰まっているのだ。磯の香りがする「深川めし」というのが私は大好きだ。
アサリ入りのご飯にハゼの甘露煮がのっている。それと穴子だ。

駅弁ではないイソ弁の友人が大苦戦している。
イソ弁とは、居候弁護士の呼び名、自分で事務所が持てないので大、中、小のいずれかの事務所にイソローして小さな事件を扱う、安い報酬の国選弁護士もコツコツやるのだ。

刑事、民事、なんでも食べる為に引き受けるのだ。
世界一難しいという日本の司法試験に合格しても今やワーキングプアという弁護士は多い。
年収300万位という人も多いと聞く。
小泉・竹中コンビがやった弁護士の自由化で外国資本の大きな法律事務所が日本の仕事をどんどん取っていってしまう。
知人の元最高裁判事も今やイソ弁なのだ。

友人のイソ弁にイソイソ通って相談しているのは先輩というより知人夫婦の離婚話。
夫婦は元々赤の他人とはいえ、いざ別れるとなると女性は心底怖い。

仲良く抱き合っていた日々などは地獄だったとなるのだ。
お、来た来たガックリ肩を落としたご主人が、イソ弁はあんまりヤル気が見えないのだ。

2012年1月17日火曜日

「映画三昧」




この十日間ひたすら映画を観た。レンタルDVD14本、映画館で3本だ。

韓国映画「哀しき獣」は見終わった後に、ドッドッと疲れが出る程もの凄い暴力のノンストップムービー、撮影3005000カットを編集したそのパワーに脱帽した。

中国映画「無言歌」見終わった後しばし呆然とし、一気に食欲が消える。
1人を殺せば殺人者だが100万人を殺せば英雄と云う。毛沢東が行った思想弾圧で四千万人近くがゴビ砂漠等の劣悪な穴の中で餓死させられた(何しろ1日250gだけ)、飽食肥満に悩んでいる人は是非観て下さい。

カナダ映画「灼熱の魂」映画の舞台はとある中近東。親子の断絶に悩む人、兄弟は他人の始まりだと思っている人、自分の血を憎んでいる人に是非お勧めしたい。囚人番号72番、アダ名は「歌う女」その女性の魂の物語とは。
1+1=1」の数式の答えとは、3本で3000円、十分すぎるお年玉を貰った。

で、その帰り横浜新道の高台にあるハングリータイガーで86分待たされた食べてハンバーグはえらく旨かった。
が、熱い鉄板に触れてしまい、アッヂーと悲鳴を上げてしまった。 
100席満員の人々、待合室の人々、店のスタッフの人々の冷たい視線を一身に受けてしまった。
いい映画を観た後はどえらい熱いのだ。

2012年1月16日月曜日

「さまよう眼鏡」




ある時はホテルの洗面所、ある時は出版社のトイレの中、ある時は料理屋さんの炬燵の中、ある時はタクシーの座席の上(3回)、ある時は東海道線の窓際(その後平塚警察へ)とまあ転々とした眼鏡がある。

その持ち主は当然私です。何しろ忘れ物が多いのです。

一本10002000円位の眼鏡を何本も持っているのだが安価な品はすぐ壊れるから大切にしないのであっちこっちに忘れて来た。だが気に入っているウェリントン型の黒縁の品は私にしては大枚をはたいた眼鏡、なんと38400円もしたのだ。物には一切執着しないが、眼鏡は別、活字が読めない。だから忘れると必死に探す。
今度こそ出て来ないかと思い、駄目もとで電話するとちゃんと出て来てくれるのだ。

出版社では外人さんがピックアップしてくれた。
で、落花生の詰め合わせを御礼に持って行った(サンキュープリーズジャパニーズピーナツ?と)、タクシーの人には710円しか乗っていないのに2000円の御礼。運ちゃんはにっこりした。

料理屋さんには今何を持って行くか考えている(116日の夜、友人3人との新年会で忘れた)。
という事はこのブログを書くために掛けている眼鏡は、江ノ島にある1000円ショップで買った品なのです。
その内きっと命をどこかに忘れて来るはずだわと愚妻はいった。
その時はちゃんと御礼をしろよと私はいった。さて何処で?

2012年1月13日金曜日

「木枯らし」


写真はイメージです


「海に出て、木枯らし帰るとこなし」
 
確かこの様な一句だった。記憶違いかもしれない。
山口誓子であった気がするが確かでない。私は句才が全くない。
といって他に才があるかと問われれば正しくまるでなしと答えられる。

この一句に出会った年、私の心の中に木枯らしが吹いていた。
寒く冷たく鋭く針で刺される様な風であった。

自分で自分を励ましそして叱咤した。
こうなったのも自業自得なんだ、私は木枯らしに許しを願った。木枯らしはいう、これが最後の機会だ、もし約束を守らなければ次の年は北国の海辺の石にしてしまう。そして容赦なくお前をいじめ抜くだろう。

何故石にというのか、石は意志と同じ硬い心を生む象徴だ。
人間は石なのだ。
海辺の石は人間の意志なのだ。

木枯らしはヒューヒューと訳の分からない事をいって消えた。
私は海辺の石に打ち寄せた水で意志と書いて置いた。強く激しく打ち寄せた波が来た。
一度目の波で海に引き寄せられ、二度目の波で石は海に吸い込まれていった。もう帰るとこはない。

正月の海を歩いていて一個の石を拾って帰った。そして一つの意志を固めた。

2012年1月12日木曜日

「会社は誰のもの」



写真はイメージです

年の瀬こんな会話を交わした。

会社は誰の物か。
私の答えは社員の物、社員が全員辞めたら役員と社長、会長しか残らない。すると何も生産できない。
オーナーレストランは誰の物か。私の答えは、スタッフの物。全員辞めたらオーナーだけで何も作れない。
大相撲の部屋は誰の物か。私の答えは、弟子の物。全員辞めたら親方だけでは何も出来ない。
スポーツチームは誰の物か。私の答えは、選手の物。全員辞めたら試合が出来ない。

日本社会はずっと縦割り社会に慣らされて来た。
上から下への上意下達、とりあえず上の言う通りやっていればという気持ちと、給料払うのは勿体ないけど仕方ない、使ってやるかの気持ち。

両方には利害関係しかない。
殿様と家来の関係の続きなのだ。もっと怒れよといいたい。
大阪などは市長のケツに府知事が金魚のフンみたいにくっついて歩く、珍現象が起きている、これが正しいかどうかは我々が決める事だ。社員の後に社長がくっついて歩く。

これでいいのだ。

2012年1月11日水曜日

「今年の決意」




「錆びたナイフでも闇は切れる」

今年の年賀状に書いたひと言だ。
もう何年になるだろうか、年賀状にひと言を書き出したのは。

「いつも待っています」とか「毎年ファイルしています」とか、「気合いをもらってます」とかいただいた年賀状に添え書きがしてあると生来調子者であるため今日まで続いている。

今年は東北の大災害もありどうするか悩んだのだがこんな時こそひと言を書く決意をした。

4コーナーを回ってゴールテープもクッキリ見えて来た身にはたっぷりと錆がついてしまった。
若さが羨ましくなって来たらもうお終いと老先輩からいわれた。
ならばその錆付いた身を研ぎ、感性を武器にし、この世の闇に一太刀を浴びせようと決めた。
政治、経済、文学、絵画、教育、家庭、スポーツまで闇となった。人間達、社会に潜む闇に少しでも切り込んで行くのだ。

アートという武器で立ち向かう。
名作、「長距離ランナーの孤独」ではマラソンランナーはゴールテープを切っても走り続けて行った。
私も1人になれば孤独なランナーなのだ。ゴールテープは錆びたナイフで切ってやる。

2012年1月10日火曜日

「又and又」

「又」訓読みで「また」と読む。

この意味を辞書で引くと、「その上」「あるいわ」「ふたたび」「さらに」とある。
英語ではand(アンド)である。この一文字程その先が変化する字はないのではと思う。

例えていうなら普段メガネを掛けている人が、メガネを掛けた時はクッキリと見え、メガネを外すと薄ボンヤリとしか見えない。そんな感じだろうか。
又来るからなとか、又逢いたいわとか、又一緒になとか、又頑張ろうぜとかであれば次々にいいシーンが見えてくる。
その逆に、又来たのとか、又やらかしたのとか、又振られたよとか、又メールしつこいの嫌いとかになってしまうと辛いシーンが現れる。

又、新しい年が来たのかとなると前途はため息まじりとなるが、又来たな今年こそやるぞとなれば決意も新たになる。
12/311/1までの24時間はいつもと同じ24時間なのに昨年の12/31はまるで違って感じた。
又地震が、又大津波が、又放射能が、又、又、又、あんな事がとなってしまったのだ。
なんだか来て欲しくもない気がしたものだ。だが「又」という字はそもそも前向きなのだ。

それで辞書に書いてあった順にその意味を入れてみた。
新しい年はきっと思っている「その上」を行くいい事がある。
とても心配していた「あるいわ」の事が思い過ごしで終わる。
「さらに」おみくじで引いた“大吉通りいい事が起きる。

早速正月の商店街で多角形のグルグル回しのくじ引きでポトンと大当たりの赤い玉が出た。
and” 私の大事なスタッフの奥さんに赤ちゃんが出来るのだ(1/20が予定日とか)。
何と48才の初産だ。何度も何度も挑戦してすっかり忘れていたらご懐妊したのだ。
赤ちゃんは赤い玉の様にポトンとは出ない。苦痛の分だけ喜びは大きいのだ。

「又」駄目とか諦めたら何も生まれない。
又やるぞ、この一年そんな気で「又」の一文字を大事にしたり。
アレッ、今年は節酒と思っていたが、又、又、又、飲んでしまった。
又、意志薄弱の始まりなのだ。