私がこの世で一番苦手なのが、ミーチャン、ハーチャンだ。
八月二十日オリンピックのメダリストがパレードをするというのをすっかり忘れて銀座四丁目の和光に御礼の品を買いに行った。時計を見ると午前十一時四十三分六秒であった。イヤ〜いたのなんのミーハーがそこいら中にぎっしりといた。
おばさん二人に何かあんの?と聞けば、何を聞くのかこの阿呆みたいな顔をされた。
顔は炎天下の中で汗まみれ、厚化粧が崩落し、首筋には転々と白粉がある。
夥しい数のガードマンや警官、空にはヘリコプターがバタバタ、なにすんのよ押さないでよ〜、とオバサン二人いつ合流したのか連れ合い二人。もっと前へ行きたいのよぉ〜、ボーッとしないで何とかしてよ、全く役立たずみたいな熱い空気。左手にはミネラルウォーター、右手に団扇でバタバタする。
なんだこりゃ〜、ミーハーの大洪水だといったらギョロとガンつけられた。
で、結局和光へは行けず、群れから離れ昭和通りにある江戸切子のグラスにしたのであった。
そのむかしフランク永井の歌で“霧子のタンゴ”といういい歌があった。
店の入口には宮内庁御用品とある。それはそれは見事な江戸切子の数々。
一人の女店員に“霧子のタンゴ”って知ってる?って聞いたら、ハア、といってポッカーンとされた。
当たり前であった。
変なお客が暑さに頭がイカレてやって来たと顔に描いてあった。
店の中で霧子のタンゴを口ずさんでいた。
だが待てよ、村田諒太の姿を見たいな、48年振りにボクシングで金メダル、それもミドル級でだ。
「金メダルが価値でない。これからの人生こそが価値だ」みたいないい事をいっていた。手の付けられなかった不良少年は武元前川先生と出会って見事な男となった。ボクシングはやっぱりすばらしい。先生は50歳でこの世を去ったがその人生は金メダルだ。イカン、歌など口ずさんでいる場合でない。と、ミーハーになりに行ったのだが。