カレーライスとハヤシライスといえば、かつては王と長嶋、大鵬と柏戸、力道山とルー・テーズみたいな最強のライバルだった。
読書などとは縁遠い私だが、ハヤシライスを食べに東京丸善まで行った事がある。
ハヤシライスの考案者といわれているのが早矢仕有的(ハヤシユウテキ)である。
早矢仕有的は幕末に江戸で医院を開業し、維新後は書店「丸善」を創業した。
医師と実業家の二足のわらじで活躍していた。
横浜にいたころ友人に滋養をつけさせたいと思い、牛肉と野菜を煮たものを振る舞ったのが、ハヤシライスの起源という。
カレーライスといえば横須賀の海軍バルチックカレーが有名だが、カレーライスも乗務員(勿論軍人たちも)の健康を守るために考案されたという。
軍人たちの敵は脚気であった。
人間離れしているイチロー選手は毎朝カレーライスを食べていると何かで知った。
私が少年の頃カレーといえば、オリエンタルカレーとか、キンケイカレーであった。
貧しい家庭で兄姉六人、家に変えるとプーンとカレーの香りがして、やったぁ今日はカレーだと思えば、鍋の中には兄姉が食べたあとのカレーが底にへばりついていた。
チキショウと思っていると優しい母は別の小さな鍋の中にカレーをとっておいてくれた。お母ちゃんは兄姉平等の女性であった。
ハヤシライスが食事に出た記憶はない。カレーよりハイカラだったのだ。
カレーライスには赤い福神漬けがいわば法律であった。
白いご飯に淫らな赤い汁を出す福神漬が染み込む、それをカレーと共にスプーンで口に運び入れる。口の中でカレーとライスと福神漬を染み込ませたライスが混然一体となってフハァー、フハァーとなる。
食べている最中に水を飲んではいけない、これもいわば法律である。
すべてを食べ終わったあとに、冷たい水を一気に飲み干す、コップには冷たさが生んだ水滴がにじみ出ている。カレーライスには色んな決め事があり、フハァーカレーという声が出るが、ハヤシライスにはそれがない。辛くなく甘いからだ。
庶民的というより、ブルジョワ的であった。
最強のライバルはいつしかカレーライスの一人勝ちとなった。
脱線トリオの南利明がテレビCMで“ハヤシもアルデヨォー”と名古屋訛りでハヤシを盛り上げた。早矢仕有的は岐阜出身という。
日本橋高島屋側にカリーライスのみで経営していた超人気の古いcafeがあった。
メニューは普通盛りか、大盛りのみ。
二人に一つ冷え冷えの氷が入ったアルミのヤカンが置かれる。
ゴロン、ゴツンとした大きなジャガイモが二個、ライスに激辛カリーがかけられて出て来る。途中で水を飲むのは初心者だ。
店から出ると汗びっしょり、口の中にカリーと冷たい水との会話が始まる。
カリー店に赤い福神漬けはない。
アイビーがからむcafé、いつからか消えてなくなっていた。
昼時は人があふれ出て行列だったのに。