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2016年8月24日水曜日

「フォールームスへ」




一枚の葉っぱの上に一匹のカタツムリがへばりついていた。
子どもの頃はでんでん虫と言っていた。
どちらでもいいと思うので以下でんでん虫と言う。

一枚の葉っぱは虫喰い状態のアジサイの葉。夜の公園であった。
コンビニでセロテープとアルプスの天然水を買って家に帰る時見つけた。
でんでん虫はかなり大きかった。つまんで取ろうとすると力一杯葉にへばりついた。
かなり怒っているようだった。きっと眠っていたのかもしれない。

オイ、でんでん虫よ、オマエはフランスではエスカルゴって呼ばれてかなりの値段の料理になっているんだぞと言った。でんでん虫は二つの角を出した。
その佇まいはキリリとして気品があった。角を指でツンと突っつくとニョッキと振り返った。首筋というか胴体というか分からないのだがグニューと伸びて縮んだ。

今年何故かアジサイが咲かなかった。
鉢の中に一本だけあるのだが何故か咲かなかった。
アジサイは死んでしまったのだろうか。
かなり窮屈そうだったので20センチ位動かしたのが悪かったのかもしれない。

でんでん虫の前世は何であったのだろうか、もう一度つまんでみるとやっぱりへばりついた。私も急変する時代にへばりついて来た人生だった気がする。
アジサイの花には雨が似合うというがまったくよく降ったもんだ。蒸し暑いのは苦手だ。

台風が南の島辺りにへばりついて動かない。3031日沖縄に行けるだろうか。
家に帰ると沖縄の友からFAXが入っていた。
直ぐに電話をすると、いつものように明るく元気に「待ってますよ」と言ってくれた。フォールームスという四部屋だけのお洒落なホテルを経営している。
仲間四人でそこへ行く。辺野古とネーネーズとアフリカのファッション人間の写真展。
二人は四十年以上私を支えて来てくれた男、会社を設立した時からの戦友だ。

でんでん虫は達観を極めゆっくりと生きている。人間でいえば哲人なのだ。
朝、まだいるだろうか。組織は世代交代を進める。
仁義の男、赤城廣治くんが力を貸してくれている。心強い熱血漢なのだ。
近々がっぷり四つに組んできっといい作品を作る。楽しみにしているのだ。

♪〜やると思えばどこまでやるさ それが男の魂じゃないか 義理がすたればこの世は闇さ なまじとめるな夜の雨 人生は劇場なのだ。

2016年8月23日火曜日

「寺田寅彦に学ぼう」


最近の広告の中でインパクトがある広告コピーといえば、矢沢永吉さんがCMに出ている日産自動車の「やっちゃえNISSAN」であろう。
コピーライターはよくぞメッセージを集約させて未来への技術を書いたと思う。
日産自動車はよくこのコピーを採用したと思う。

広告キャンペーンとしては見事に成功している。
が、もし機械任せ、コンピューター任せのクルマが、老人や子ども、視覚障がいのある人にバーンとブッツケて傷を負わせたり、死亡させたりしたら誰がどう責任を取るのかは分からない。
「やっちゃえ」という言葉は矢沢永吉さんという特別な個性を持っている人だけに許される時代へのイキオイづけの言葉であって、果たして企業は「もしやっちゃたら」の事を考えているのか疑問を感じている。

昨夜台風の影響で銀座の仕事場近くのホテルに泊まった。
今日の午前中に大切な打合せがあるので万全を期した。
何しろ東海道線は風雨に弱く、すぐに不通となるからだ。
夜七時半にホテルに入り、寺田寅彦先生の名著「天災と国防」を読む。
資料として購入してもらっていた。

寺田寅彦先生は物理学者にして名随筆家であり、博覧強記夏目漱石先生と親交があり「吾輩は猫である」の中に出てくる理学者水島寒月のモデル、また「三四郎」に出てくる物理学者野々宮宗八のモデルであったという通説がある。
“天災は忘れた頃にやって来る”といったのも寺田寅彦先生だという。
この本は災害大国日本人の必読の書であろう。

本文は読んでもらうとして、この本を解説している東大工学部畑村洋太郎教授のある一説が気になった。
−−技術が進むと、機械やシステムの分担領域が大きくなり、従来起こっていたような事故やトラブルは起こらなくなる。
しかしながら、機械やシステムが進歩した分、人間の側のそれらへの依存度がますます高くなり、そのことが逆に危険を大きくするのが常である。
この危険は人間にとって便利になった分だけ、寺田のいうように事故やトラブルになったときに暴れるエネルギーが大きくなっている。なおかつ人間のほうは注意力が著しく下がり「機械やシステムがやってくれるはず」と信じているから、こうした錯覚が生じたところで、従来は考えられなかった、信じられないほど大きな事故やトラブルが生じることがある。(原文ママ)

天災も人災も学者たちの机上では防いでくれているが、実際は絶えず想定外である。
日産自動車宣伝部も「やっちゃえNISSAN」を生んだクリエイティブチームも、寺田寅彦先生の「天災と国防」を必読してほしいと願う。
矢沢永吉さんだけに許される広告がある。
キャラクターである矢沢永吉さんを守るべく、企業はしっかりとその時のためにメッセージをしなければならない。勿論広告でもしっかりと。

一つの喧嘩も、一つの暴行も、一つの盗みも、集団行動のはじめの言葉は「やっちゃえ」で始まる。そして今、憲法改正も。やがて戦争もだ。
矢沢永吉さんが言う「やっちゃえ」はウジウジすんな、夢は追え、行動せよということだと思う。
やっちゃえという言葉をどう訳してカルロス・ゴーンにプレゼンテーションをしたのだろうか、とても興味がある。まさかトライNISSAN、チャレンジNISSANではないだろう。


2016年8月22日月曜日

「青竹酒」

和久傳HPより



気がつけばお盆休みはすでに終わっている。
三つの台風来襲の中400字のリングのゴングは鳴った。

四、五日間は休もうと思っていたが、実質的には二日足らずであった。
銀座の仕事場に出たり入ったり、また人に会いにアッチコッチに行った。

世の中はうだるような暑さであり、甲子園は熱闘であった。
日本の裏側で行われているオリンピックも気が付けば終りだ。
ついこの間までどこにいるのか、何をやってんのか分からなかった国会議員小池百合子氏が、今や東京都知事としてSPや付き人をギョーサン従えて閉会式に向かって行った。

人間の運命はサイコロの目のように出てみないと分からない。
人生は浮沈みする。
絶対エースといわれた投手が思いもよらず大量点を取られて負けてしまう。
霊長類最強といわれたレスリングの選手が負けて銀メダルとなり、号泣する。
戦禍の中コソボの選手が女子柔道で金メダルを取った。
日本から400人近く選手が行って金メダルは12個(21日現在)だ。

オリンピックばかりで気持ち悪くなったので、チャップリンの「独裁者」「街の灯」「ライムライト」を見た。12本見るつもりだったが全部は見る事ができなかった。
諸問題、諸々相談、諸仕事があり、辻堂⇔東京を行ったり来たりした。
人間の心の闇は深い。男と女の修正は難しい。権力を目指す人間たちの野心は尽きない。

オリンピックに国中が気を取られている内に、天皇が生前退位を希望するというようなメッセージを日本国政府に突きつけた、憲法九条の改正はさせないというメッセージでもある。言葉は静かな程怖しいものだ。
金だ、銀だ、銅だと新聞テレビは大はしゃぎだが、天皇から突きつけられた“どーだ”には黙して語らずだ。

休み中いろんな人と会ったが、それぞれ一本の映画、一編の小説になるほどの内容であった。
月刊文藝春秋で芥川賞受賞作「コンビニ人間」というのを読んだが、全く文学性の欠片もないものであった。高校生の日記の方が余程しっかりとしているだろう。
芥川賞なんかもうやめた方がいい。

H・ヘミングウェイの「老人と海」を再読した。
これに関しては後日記す。何度読んでも見方が変わる。
私の尊敬する友人がH・ヘミングウェイの研究者として有名なのだが、意見が合わない。
といっても私からみると雲の上にいる学者さんなので、私の見解などはへのつっぱりだ。

日本の経済状況がオリンピックで万歳、万歳としている内に、いよいよ万歳となっている。アベノミクス大失敗の尻拭いをさせられている人に、心から同情する。
2020年東京オリンピックはこの国の経済にトドメを刺すだろう。
日本人は未だ屋根の下の競技にしか通用しない。
卓球、バドミントン、柔道、体操、レスリング、水泳など。
本来の種目である、より速く走る、より高く飛ぶ、より遠くへ飛ばす。
それらは体力的にかなわない。

円盤投げなどをやっている人は見た事がないのだが、私の身体のメンテナンスをしてくれている達人が、高校時代円盤投げをやっていてインターハイに出場するほどだったと聞いた。テレビ欄で一生懸命円盤投げを探したが見つからない。
夜電話があって放送時間を教えてくれた。生まれて始めて円盤投げをずっと見た。
砲丸投げと同じで何が面白いんだか分かんないが、解説を聞いている内に、実に人間工学的で物理的で哲学的であり、奥深い事を知った。

私は、金、銀、銅の選手より銅の次、つまり四番目の選手ばかりを見ていた。
全力を尽くしてガックリの姿が美しいのだ。人生は一歩届かずに価値がある。
いわば鉛とか錫のメダルの選手だ。敗者(?)の中の一番(四位)がいいのだ。

21日早朝ブラジルとドイツのサッカーの決勝戦を見た。
延長戦のあとPK戦、キャプテンネイマールが決めてブラジルが優勝した。
絶対勝つ事を義務付けられたネイマールの涙に乾杯した。
四位は貧しき国ホンジュラスであった。
有り余るほど強化費を使った日本のサッカー選手は予選で負けた。

夏の終わりを感じる、海は黒々として荒れている。
白いクラゲがその中で毒づいている。過日新宿伊勢丹の「和久傳」で買った、特製青竹酒でスポーツマンたちに乾杯した。
私は生きる事に地獄のような練習をして来ただろうか。

2016年8月8日月曜日

「本日より21日まで休筆」




時代は変わって行く。先週木曜日、日本を代表するADC展を見た(東京アートディレクターズクラブ)。日本で一番権威あるグラフィックデザイン展だ。
開場は一般部門リクルート本社一階ギャラリー、会員部門は銀座ggg(スリージー)であった。  

時代は若者たちが変えて行く。 
一般公募の学生や若者たちの作品は、どこまでも切り口が新鮮で大胆である。
途方もない未来を感じた。久々に胸躍る作品群であった。

会員の方は浅葉克己さん、葛西薫さん、副田高行さんの三人が相変わらず重厚であり挑戦的であり、落ち着いていた。さすが横綱である。
一般公募の学生たちの作品の中で特に藝術大学の学生たちによる作品群は圧巻であった。井上嗣也さんの作品がなかったのが(?)であった。

過日PARCOの会場で見たポスターの連作“溺れる猿”に井上嗣也さんの今日の文明文化に対する批評する姿を見た。とても哲学的であった。
ADCの他の会員作品は見るべき新しさはなかった。この国に浅葉克己氏、葛西薫氏、井上嗣也氏、副田高行氏がいなかったら、コンピューターがADとなりクリエイターを死滅させるだろう。

本日より21日まで400字のリングを休筆する。みなさんよい夏休みを。
私はチャップリンの映画を全作見ることにしている。
この国に「独裁者」が生まれているので、まずは買っておいた「独裁者」からだ。
暦の上では立秋である。



2016年8月4日木曜日

「養命酒」



昨日行った養命酒の工場は対応が素晴らしかった。
10時から100人位は入れるシアタールームがあり、それを手始めに全工程を案内してくれた。平日の朝イチであるから私たち4人しかいなかった。
だが案内嬢は100人、300人の相手をするように、明るく快活にそして隅々までご丁寧に説明してくれた。
教育が徹底されていることと、案内嬢(長身で美人)の性格の良さが実に気持ちよかった。

標高800mの工場の入口にあるショールームに縄文土器が展示されていた。
この工場があるところから沢山出土したのだとか。
かつて縄文人たちがここで生活をしていたのかと思うと、縄文大好き人間の私としては歴史のロマンを感じた。周辺は緑一色の深い樹々がある。
アルプスからの雪解けの清冽な水が苔むした岩を割って流れる。
工場は全て純白であった。

ある大雪の晩、行き倒れの旅の老人を救い介抱した。
旅人はお礼に薬草を使ったお酒の作り方を伝授していった。
これより人々の健康長寿に尽くしたいとの願いのもと、山の奥深くに入り薬草を集め、長年の歳月と研究を重ねて養命酒を生んだ。自然の恵みとは凄いものだ。

私などから見ればただの葉っぱとか、木の根や皮、あるいわ木の実、果実などが万能の薬に変化する。きっと縄文人たちも工夫して日々の健康を維持していたのだろう。
冷え性や胃弱、虚弱体質の人たちに愛飲されている。

現在十四代目、あの塩沢ときさんの一族が脈々と創業者の意志を引き継いでいる。
いろんな工場を見学取材したが、ゴミ一つ落ちていない見事な工場であった。

縄文時代から弥生時代までの一万年近く、人と人が戦い争うことがなかったと古代史研究の碩学の人は言う。養命酒のアルコール度数は14度であった。
試飲したのだが空腹にじんわりと効いた。
車を運転する人はダメであった。

台湾や香港などに輸出が多いと案内嬢は言った。
ネームプレートに田中◯◯と書いてあった。
このところ小池百合子氏のシタタカ顔ばかりずっとテレビで見ていたので気持ち悪かったが、アルプスの空、風、空気、水、そして緑色の世界に癒やされた。
アサヒのワイン工場は薄汚れ、まったりとしてヤル気なしであった。
それ故書くことがない。

深夜ウルトラタカ派稲田朋美氏が防衛大臣になった、その記者会見の録画を見た。いよいよ“戦争か平和”になって行く。
初めて大臣になった八人の中には、まいにち養命酒を飲んだ方がいいと思う人が多くいた。2018年までに必ず天下は騒乱する。


「山際景子さん」



友だちの友だちは、その友だちだ。で今日は日帰りで神戸大丸へ。
友だちの友だちは藝術大学出身の画家山際景子さん33才、藝大出身「3人の視展」
辻堂→小田原→神戸だ。

ヒートアップしたアタマの中をクールダウンさせたいと思っている。
いい絵を見るのは何よりなのだ。

山際景子さんはロンドン留学を経てビビッドな色彩とリズミカルなフォルムで挑戦的な作品を発表している新進アーティスト。
長身で飛び切りの美人だからきっとその絵と共に日本の古い画壇に新しい風を吹き込んでくれるはずだ。

銀座八丁目にART FOR THOUGHというお洒落なギャラリーレストランをご家族と経営している。天は二物を与えた見本みたいな女性だ。
でこの目でしっかり15点の出品作を見て来る。
神戸の豚まんを久々に買って帰ろうと思っている。