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2016年12月9日金曜日

「シンプル・ソング」




一日一本365本(DVD含む)を目標に国内外の旧作、新作、準新作の映画を見て来たが、今年は全然ダメで200本位だった。その中で、これほど会話がすばらしいのはなかった。

「グランドフィナーレ」イギリスの老作曲家は引退してスイスの別荘地ホテルにいる、親友の映画監督たちと。
老作曲家がつくった「シンプル・ソング」を女王陛下がソプラノソロと共に交響楽団を指揮する老作曲家を待っている。
スイスまでその旨を交渉に来るが老作曲家は断る。親友の老監督とまい日絶妙の会話をする。

老作曲家の娘と老監督の息子は結婚していたが、好きな女性ができたので別れるという。
父は息子に聞く、あのアバズレのどこがいいんだ。息子は応える“ベッドの上が最高だから”と。
それを聞いた老作曲家は泣きじゃくる娘にいう。
キミがベッド下手ということはありえない、何故?と娘は聞く。
“オレはベッドの上で最高だったから”その娘のキミが下手な訳がない。父と娘は大笑いをする。

老作曲家と老監督は、朝レストランに現れる老夫婦がまい日ひと言も口を利かないのを見て、今日は利くか利かないかお金をかける。
若い脚本家スタッフと構想を練る老監督は前立腺肥大でオシッコがでない。老作曲家も同じ。
朝散歩する時、必ず二人は今日は出たか?と互いに聞き合う。スイスの映像はまるで絵書き。
温泉プールには様々な人が来る。まるでダルマ腹のマラドーナ?、オールヌードのミス・ユニバース、アクターたち、登山家、そのシーンの間にインスピレーションの映像がインサートされる。

これがまた抜群の映像、クラシカル、ポップアート、シュルレアリスム、グラフィカル。まるで映像の美術館だ。
座禅を組み瞑想をする若い修行僧は浮場をめざしている。
会話をよくよく理解していくと、スイスの美しい風景の中に、人間の生老病死と四苦八苦がある。
これが人間にとって「シンプル・ソング」であることを教える。是非オススメの名作だ。

かつてその曲を唄った女性ソリストは老作曲家の妻であった。
そのソリストは、一枚100円か150円でレンタルしてくれば、その変わり果てた姿に会える。そして…。

2016年12月8日木曜日

「望遠鏡とカラムーチョ」


十二月は嫌いだ。知人が逝去したことを知らせる葉書きが来るから。
望遠鏡をそのまま見ると遠くのものが近く大きく見える。
逆にして見ると遠くのものは、もっと遠く小さく見える。
過去とはそんなものである。
嫌なものが大きく見えて、楽しかったことが遠くに見える。

来年私は年男、つまり酉年生まれだ。1945年に生まれた。
敗戦後の10月に。思えば長く生きたものだ。
二十歳になった時、なんとか四十歳までは生きてみようと思った。
何度死んだか分からない十四、十五、十六、十七、十八、十九であった。
楽しい思い出、仲間と一緒に戦った思い出、青春がゴチャゴチャになった思い出、マブイ女(美しいイイ女)との思い出、体中にある傷の思い出。

いきなり顔を殴り逃げた三人の野郎、中野の天野、花小金井の手島、吉祥寺の武藤、その名は今でも忘れない。何しろ殴り逃げだから借りを返さなければならない。
人間は殴ったことは忘れるが、殴り逃げは絶対忘れない。
正々堂々と勝負ができない奴等だった。

一人は天沼の自宅の側、一人は花小金井の定食屋の前、一人は荻窪駅西口映画館側だ。
私は絶対に忘れていない。心当たりがある人は教えてほしい。
どこへでも行って一発殴り返さねばならない。

花札、パチンコ、スマートボール、ラッキーボール、競輪、競馬、競艇、オート、チンチロリン、バッタ、手本引き、ポーカー、ブラックジャック、バカラ、ルーレット、スイチそして麻雀。一年中何かをやっていた。二十歳になってやめた(時々麻雀はした)。

望遠鏡を逆さまに見ているから、それらの思い出は遠く小さく見える。
仲間たちは殆ど死んでしまった。かわいがってくれた金筋の親分も、若頭も先輩も、かわいい舎弟たちもみんな死んでしまった。

why、何故か。一番先に死ぬはずの私は今も生きている。
四十六年間会社経営という、最も先の読めないバクチをして来た。
今私の頭の中には、五つ六つのテーマが動いている。やらねばならないテーマが。

ボブ・ディランは“友よ答えは風の中に舞っている”と書いたから、過日海岸に出て寒風の中に立ったが答えはなかった。烏帽子岩がしなびた男根に見えた。
逆光に黒ずんでいた。陽はつるべ落としで大山連峰に消えた。
赤く染まった空の上にスイカを八分割に切ったような三日月が白く輝いていた。
サーファーたちの黒いシルエットが次に来る波を待っていた。

家に帰ると、知人のご逝去を伝える喪中葉書きがポストの中にあった。十二月、31枚目であった。また、その人の歳では死ぬに等しい“解雇”されましたの文字が入った言っつの葉書きも来ていた。やっぱり十二月は嫌いだ。


午前二時からタルコフスキーの「ノルスタジア」を見始めた。
今年三度見ている。カンヌのグランプリ受賞作品だ。
タルコフスキーは難解を極めるが、何度も見るとバカな私にも分かるようになる。
旧約聖書の世界だ。いつものグラスに氷とジンを入れた。
つま味は湖池屋のカラムーチョを少々。ヒーヒーオバサンのCMは大好きだった。



2016年12月7日水曜日

「昼顔」




ここにある数字がある。アメリカでは2組に1組が離婚し、日本では3組に1組が離婚する。当然再婚は多くなり、2015年に結婚した全カップルのうち、双方もしくは片方が再婚者である割合は約30%。
職場の同僚に何度目かの結婚式に呼ばれ、第一回目は日本料理、第二回目はフランス料理、その次はチャイニーズといった冗談も飛び交っているとか。

バブル女子といわれる45歳をセンターとする女性たちの半分は20代、30代の彼氏がいる。その半分は不倫しているとか。
「昼顔」とか「紙の月」とか、「運命に、似た恋」が視聴率がいい、良かった、かなり共感となったのはそのせいらしい。
50代前にもう一度輝きたい、熱い想いを持ちたい、若い男性に見られたい、抱かれたい、×××たい。
家に帰ってもジャージとかユニクロのステテコでゲームとか、テレビを見てゴロゴロして笑っている。ファッションへのこだわりはなくなり、疲れた疲れたと言っては、缶ビールとかワンカップの酒を飲んでいる。

結婚前は調子のいいことを言っていたり、それなりにサービスをしてくれたり、ソコソコ格好よかったはずなのに。
ところが、50代、60代になった夫を見ていると、こんなはずじゃなかった。
こんな夫を連れて歩きたくない。こんな夫に見られたくない、いわんや抱かれるなんてジョーダンじゃないとなる。
まぁ~生活費を稼いでくるから義理は時々果たすということになる。
で、何かのキッカケに昼顔の主人公になって行く。

日本のドラマでは上戸彩が演じ、確かフランス映画ではカトリーヌ・ドヌーヴが演じた。宮沢りえや原田知世が45才位の主人公を演じ、池松壮亮や斎藤工などに胸をトキメカせるのだ。
私なんかもうオバサンよなどといいながら。奥さんは美しい、ステキだなんていわれて、メロメロのメロドラマとなる。知らぬはジャージ&ステテコ男。

あるデータによると女性の6人に1人は浮気をしているんだとか。
ちなみに男は4人に1人。ホンマカイナなのだ。
ガンバれ男どもよ、捨てられないように。私もいずれ捨てられる。
オンナを怒らせるとコワイわよ、積もり積もったものがあるから。

今年に入り何度目かのフレーズを聞いた。
日本の流通業を支えているのは、45~49歳のバブル女子たち。
見られるためなら金に糸目はつけない。10万円もする口紅だってハイお買上げだ。

昨日五時過ぎ銀座松屋の中を通った。風が強くなり、オーバーコートを着ていないので寒かったから。
一階は化粧品コーナー、いろんな香水のニオイ、いくら金をかけてもどーしようもないと思われる45歳位の女性が販売員にていねいにメークアップをしてもらっている。
誰かに似ているぞ、そうだ林真理子(本人じゃない)大先生だと思った。

販売員はニッコニコしながらメークをしていたが、顔にはどーしようもないと描いてあった。銀座資生堂本社はキラキラのイルミネーション、そこを歩いていたら遠くで私の名を呼ぶ声二人、ヤバイ聞こえないぞと歩く速度をアップした。(文中敬称略)

2016年12月6日火曜日

「クレーマーとクレーム」




私が勤める赤坂にある会社は溜池交差点のすぐ側にある。
ビルはかつて田崎真珠が入っていた。
そのビルの隣の一階はクリーニングで有名な「白洋舎」だ。

昨日会社の顧問をお願いしている方と銀座へ行くために、空車のタクシーが来るのを待っていた。
「きふ人プロジェクト」で大変お世話になった、某大手新聞社の社会部の方と会うために。

空車はすぐに来たが、乗り込む時ふと白洋舎の店内に目がいった。
老婦人、若い女性、それよりちょっと歳のいった女性の三人がカウンターに洗濯物を出していた。一人はビニールに入った仕上がりの物を受け取っていた。
一瞬だったので詳細は分からない。

乗り込んで行き先を告げて顧問の方と話をする間に、知人の奥さんのことを思い出した。その人は超有名ホテルのランドリーに数年勤めていた。
泊り客は勿論、クリーニングだけを頼みに来る人も多い。
奥方や奥様、ご夫人、オーナーママやトップホステスさん、文化人に著名人、プロスポーツの人々、芸能人に社長さん、自称、他称セレブリティが様々な物を持って来る。当然高価有名ブランドや愛着のある物だ。
ハンカチ、ネクタイからブラジャー、ショーツ、Tシャツからステテコ(ユニクロ)まで持参する。
シャネル、ベルサーチ、英国屋、麻布テーラー、フェラガモ、フェンディ、アルマーニなどなど、スーパーブランド品を持参する。

この人たちはほぼクレーマーである。正しくはクレームを楽しむ人である。
奥さんはまい日あのババア、あのヤロー、ブッ殺してやると思いながら笑って対応していた。
何よこれノリが効きすぎじゃない、何よこれエリがズレてんじゃない、何よこれボタンが凹んでるじゃない(もともと凹んでいる)、何だよノリはあまり効かせないでと言ったじゃないか(言ってない)、ズボンのラインが左右数ミリ違うじゃねぇか、まい日何よ、何だよの繰り返し、ん十万もしたブラウスよ、ん十万したスカーフだぜとガタガタクレームを言う。
スラックスのポケットにお金が入ってたでしょ(もともと入っていない)。

人間はどこまで我慢できるかの実験をする。
腹の中では、バカ、アホ、ハンカチ位自分でアイロンしろ、ブラジャーやショーツを出すなんて恥を知れ、赤、黒、ピンク、イエローの色キチガイと思う、Tバックなんてどうアイロンすんのと思う。

超有名ホテルは館内にクリーニング工場があるとか。
あんまり理不尽なことばかり言うババアを思い切りハリ倒してやめた娘がいたとか。
今度ぜひ白洋舎の人と仲良しになっていろんなクレーマーの話を聞きたいと思っている。

しかし世の中はバカ、アホのクレーマーばかりでなくバブリーな客も多いという。
コートやスーツを取りに来て、はいチップと一万円札を出すのも多いとか。
某芸能プロダクションの社長はチップをバンバン出すので超人気だったようだ。
クリーニングは自分でするか、ご近所に出しましょう。

2016年12月5日月曜日

「切り取りとヤキトリ」




裏社会のシノギの中に「期り取り」というのがある(切り取りともいう、以下切り取り)。
酒場で飲んで女の子のツケにして、期限が来てもそれを支払わない奴に対して、そのツケを取りに行く仕事だ。夜の世界では女の子の借金をバンスという。

12月はそのバンスを精算しなければならない。
毎晩飲みに行って気に入った女の子を指名して、ツケでドンペリなどをポンポン空ける。
プロの女の子は簡単には体を許さない。
許したら来なくなるかもしれないし、ツケを払わないかもしれないからだ。
毎晩のように来ていたお客がすっかりご無沙汰になる。
何度もメールしたり携帯に電話をしても無視をする。
つまりシカトする、バックレる、フケる(逃げる)。

女の子には100万、200万、300万、中にはン千万ものバンスを背負ってしまう子もいる。
そこで裏社会の出番となる。
切り取りの取り分は女の子との話し合い、五分五分とか、六分四分とか、七分三分である。中にはアイツは許せない、お金なんか取れなくてもいいから、会社や家へ行ってガタガタにしてよとなる。
電話一本、ハイおまかせをとなる。
近頃は暴対法があってかなりやりにくいが、巧妙にやるらしい。
切り取り屋は一度頼まれたら地球の果てまでツケを取りに行く。

これから忘年会のシーズンだが、年は忘れてもツケを払うのを忘れてはいけない。
女の子たちは体を張って、金をかけて、意地を出して頑張っている。

家に帰れば積水ハウスではなく、家に帰ればぐーたら亭主がいたり、寝たきりの両親がいたり、ひきこもりの妹や弟がいたり、夜間保育園に預けている我が子がいる。
ツケを払ってもらわないと、タイやフィリピンに売られてしまうかもしれない。

陽が落ちるのがはやくなった。
夕方銀座の喫茶店に入ると、出勤前の女の子とそれらしき男がアチコチでヒソヒソ話をしている。師走は誰もが忙しいのだ。
私はすっかりその世界で飲まなくなったのでツケはゼロ、誘いの電話が一本二本と入っては来る。

来年はトリ年だからキリトリの年かもしれない。
マージャンの世界では一度もあがれず散々な目にあうことを「ヤキトリ」という。
切り取り屋はヤキトリ状態になっていても、決して許してはくれない。

立てばパチンコ、座ればマージャン、歩く姿は馬券買いといわれたが、いよいよカジノ法案が採決された。トランプカードとサイコロ・ダイスの時代だ。
小林旭の歌を思い出す。
♪~呑んでくだ巻け グラスを砕け 男ごころは 馬鹿なもの 忘れろ 忘れろ 女なんかはョ…。
そうです女を忘れればツケはたまらないのだ。

いつものグラスでサントリーオールドのオンザロックを飲む。
つま味は海苔を少し焼き、生わさびをつけて食す。これぞ海の幸だ
おしょう油に少しツケるのもいい。

2016年12月2日金曜日

「狂った果実」




師走一日(木)は温暖であった。

が、一強独裁体制に奥深く入ったかと思った権力者安倍晋三内閣総理大臣の中には、寒気と怒りの風が吹き込んでいるかもしれない。
ヒラリー・クリントンが必ず勝つと報告していた外務省への怒り。
こいつは一番使えると思っていた通産省出身の最側近、今井尚哉への寒風。
口だけ達者でリークの名人という、通産大臣世耕弘成への怒り。

あわててすっ飛んでトランプに会いに行ったその後、頼みのTPPは脱退と宣言された。
したたかなロシアのプーチンは、北方領土問題について語るのはやめ、共同事業をしようぜというステートメントを発表。
十二月十五日の訪日は玉虫色で終わるはずだ。世耕弘成はガキの使いにもならなかった。

ベトナムへの原発輸出もストップ。フィリピンのドゥテルテは親中へ。
南シナ海に進出する中国を包囲しようと思ったが、気がつけば日本だけが孤立している。慰安婦問題は片がついたと思ったが、韓国の朴槿恵はオプソ(終わり)。
頼みのオバマは無力化した。拉致問題はラチがあかない。

ずっと寒風にさらされていた外務省はザマーミロ、通産省の人間に外交ができるのかと乾杯状態。アラブの石油は減産へ、で石油価格は上がる、株価も上がる。
が、株価が上がっても今以上に消費は減る、日銀の決算は赤字、黒田総裁にはもう一本の矢も残っていない。
アメリカの保護主義は日本の輸出産業を追い込む。
寒風と怒りが絶対権力者から絶対を外しはじめた。
得意と思っていた外交は金をバラまいただけで、成果は少ない。

地球儀俯瞰外交を俯瞰してみると、世界は中国によってすっかり包囲されている。
政治家は大きく官僚派と党人派に分かれるが、数少なくなった党人派が春を待たずに蠢き出した。実力者、影の総理ともいわれる菅義偉、党人派の代表二階俊博が手を組んだ(?)。
外交の使い走りだった岸田文雄も悪酔いから覚めて、いままでコケにされて来た今井尚哉たちに挑む気配を見せ始めた。
菅義偉の情報網はトランプの当選まで考え手を打っていた。
二階俊博は根っからの親中派。
ニューヨークでトランプから、カジノをつくれよと言われたのか、あっという間に法案を成立させる。
農協や全農の解体を目指していた小泉進次郎はあえなく後退。

この人を総理にと思っていた石破茂はその存在すら忘却の彼方へ。
三白眼は太陽が西から上っても天下人にはなれない(裏切り者の運命)。
次の権力者は誰か、菅義偉がその鍵を握っている。

安倍晋三内閣総理大臣の支持率は何故かグングン上がっている。国民が怒りを忘れているからだ。南スーダンで戦死者がでない内に解散総選挙となるはずだ。
月が変わってツキも変わり始めた。(文中敬称略)

2016年12月1日木曜日

「14秒88」




今日ある会社が明日もある、ずーっとあるという保証は何もない。
今ある身分が明日もある、ずーっとある保証は何もない。
今の世はまるで応仁の乱の時代の如く明日が見えない。
これは日本国のことでもあり、世界各国のことでもある。

地球上が応仁の乱となって行く。気候は温暖化が進み異常気象だ。
世界を良くも悪くもリードして来たアメリカがガタガタ、バラバラとなる。
イギリス、フランス、ロシア、中国、インド、パキスタン、核保有国も応仁の乱となっている。ユーラシア大陸、アフリカ諸国は血を血で洗っている。
南米も同じである。
南北朝鮮は統治不能状態、世界は分断、分裂する。一寸先は何が起きるか分からない。

その中で我が国日本国である。
年金が10兆円飛んで行っても、いつの間にか戦争に参加していても、年金がカットされても、医療費負担が増加しても、原発が再稼働しても最早沈黙だ。
しょうがない、仕方ない、が能書きは多い。

ウチの会社はヨォーボーナス上がるよな、働きの悪い人間に限って居酒屋では元気一杯となる。
オメェーみたいのはイラネェんだよと上司らしき人間に言われて、アンタこそイラナイノと絡みつく。
流通業界で勝ち組の代表と言われた三越伊勢丹ですら大苦戦、大減収、大リストラ、店舗閉鎖を始めているのにノーテンキが多い。
トヨタ&スズキは業務提携、ヤマハとホンダですら業務提携をして生き残りをかけて応仁の乱の中にいる。格差は更に拡大する。
株でひともうけした人間は、夜な夜な札束を勘定し不気味に笑う。
どこに隠すかを思案する。

オカーチャン、お小遣いあげてくださーいと新橋駅機関車前で酔っ払った会社員たちが街角インタビューに応えてる。
アベノミクス賛成なんていうのもいれば、TPPなんかカンケーナーイというバカ女が酔っ払っている。きっとカラオケ→ラブホのコースだろう。
汚らしくて気持ち悪い連中だ。

一人ひとりが力強くなって、一人ひとりが生き抜く努力をしなければならない。
社会のせい、会社のせい、グチと能書人間は人のせいばかりにする。
ダッテヨォもらうものはもらう権利がある、ベースアップ期待してまーすなんて言ってんじゃないよ、それは正気の時に正々堂々と言うことだ。
酔っ払いに言っても仕方ないと思いつつその場を後にした。1467年(ヒトノヨムナシ)応仁の乱が始まった年はこう覚えた。明日なき権力争いは永遠につづいている。

さぁ~、乱世の渦で溺れ死にしないように学び努力をしよう。
つもり人間をやめよう
見るつもり、書くつもり、行くつもり、聞くつもり、会うつもり、つもりつもると大幅に退化している自分に気づく。

ヤバイ、私はこれから日活製作再開第一作、天才川島雄三監督の「あした来る人」をDVDで見る。なんと今村昌平が助監督である。
あしたのために、今日できることは今日やる。
朝になったらあの世に行ってるかもしれないからだ。

今年はたくさん喪中のハガキが来る。
その中にお兄さんを亡くした人が、ハガキの下の方に今年のベストタイム100m、14秒88と小さく書いてあった。七十代(と思う)増々走力がついているようだ。
私はこういうあしたに向かう人を尊敬する。

2016年11月30日水曜日

「シュウマイの朝」




昨日、東海道線列車内で足の爪を切る話を書いた。
ウソー、ホント?という話が一人、二人、三人とあった。ホントの話です。
きっとご婦人は足の爪が伸びているのが気になりながら、まあいいかと白い足袋を履いた、がやはり足袋の先が気になったのかもしれない。
爪はわずか数ミリでも気になりだしたら気になるものだから。

お行儀が悪いのはきっと本性が出たのかもしれない。
よく爪を噛む、よく深爪をする、よく爪の手入れをする。
そんな女性には気をつけるべしと遊び上手の先輩から若い頃教わった。
神経質と几帳面と執念深いからだと。
愛情の深い女性は男の爪を切りたがるとも教わった。

一人、二人、三人にそのことを言った。
へぇ~ホント、そういえばの言葉もあった。
谷崎潤一郎の足フェチ、足指フェチは有名だ。変態と言う人もいれば、谷崎潤一郎の女性的一面という人もいる。
女性が白い足袋を脱ぎ、素足を出し指を反らせて手をあてがい伸びた爪を切るシーンはエロティックであり映画的である。
今度映画を作る機会があったら(ないけど)そのシーンを必ず入れる。

心理学的にもストレスがたまった人はよく爪を噛むという。
夜遅く家に帰った時、奥方が爪に関わることをしていたら気をつけるべしだ。
同棲中の相手も同じだ。夜爪は切ってはいけないという位だから。
東海道線より横須賀線の方が、高僧やそのお弟子さんがフリースタイルでよく乗って来る。鎌倉があるからだ。

アデランス的シーンは珍しい事ではない。
一年中窮屈な生活をしているのだから、たまには開放してあげないといけない。
サッカー選手のように変わってヨコハマストーリーだ。
お坊さんは声がいいので歌が上手い人が多い。着物志向の女性には実にモテる。

昨日藤沢から男四人、女性一人がガヤガヤと乗って来た。
それぞれ××靴店の袋を持っていた。
十時二十分頃ドドッと座って、カンパーイと缶ビールを飲み始めた。
一人ひとり崎陽軒のシュウマイを楊枝で刺して食べ始めた。
むかし大好物であったが、突然ホタテアレルギー体質になって、ホタテが入っていることが売りの崎陽軒のシュウマイが食べられなくなった。

ヂクショー、クセイのなんの、五人はギャーギャーウルセイシ、女性はバカ笑いばかりする。クセイ、ウルセイ、前日何かイベントをした後らしい。
新聞を読んでいたら、いきなり前の席の男がガーンとリクライニング状態にしてきた。
行儀のいい人は、スミマセン後ろに倒してもいいですか、というのがルールと知っている。アタマに来た私は…。ご想像におまかせします。
東海道線には厳しいルールがあるのです。

2016年11月29日火曜日

「足の爪」




電車の中でお化粧するなんて、ある電鉄会社がマナー広告をして評判を呼んでいる。
問題を提起しそれが評判になればその広告の役目はひとまず成果ありといえる。

すごい人を二人、東海道線グリーン車の中で見た。
一人は髪フサフサの中年男であった。
顔のシワシワの割にはやけに髪の毛が多いとは思っていた。
11月末とはいえその日は暑かった。
直射日光を浴びたせいか藤沢駅を過ぎた頃、両の手で長い髪の毛をつかみ、ジワジワゆすり、両手でグイグイとカツラを外した(同じことをかつて見たことがある)。
それをヒザの上に置いた。バッグから出したスプレーで何かをカツラ内に吹きつけた。
ツルツルの頭にもブシュープシューとかけた。
持ち出したブラシとクシで、カツラの毛を丹念に丹念にとかした。
別にいいじゃんと言えばハイとして言いようがない、カポッと頭にのせると別人となった。
切符チェック&売り子の女性が来たので、笑顔で冷たいお茶を買った(多分お坊さん)。

大船から年の頃は五十五、六、七才位の実に身じろいが正しい着物姿の女性が乗って来た。何やらクラシックのイベントに行くようだ。そこに携帯が鳴った。
蚊の鳴くような声で、今、電車の中なの、もう少ししたらかけます。
と実に育ち良しやという感じであった。
次に染付けのトートバッグからスポーツニッポン紙を出し、前の席にそれを広げた。
そして片足をスポニチの上にのせた。
次にバッグから小物入れの様な物を持ち出し爪切りを出した。
そして足袋を外し、足の爪をパチン、パチンと小気味よく切り出した。
みんなの表情が止まった。

それはまるでノーマンロックウェルの描く、イラストレーションの様であった。

2016年11月28日月曜日

「二重生活」




ある一羽の鳥から聞いた話である。
鳥の名は鏡子という。大学の哲学科三年生である。

教授に呼ばれ卒論のテーマを与えられる。
「人間のうしろ姿に見る考察について」。
鳥類の学校は勿論空の上である。

通常は空の上から見る鳥瞰学であるが、卒論は人間をまうしろから見る。
つまり人間の数だけ表があり、裏がある。
それは決して犯罪に結びつくものばかりではないが、秘密であったり、不誠実であったり、密通であったり、変身願望であったりする。

高名な文学者の妻には万引きという病があったり、評判高潔の経営者は赤ちゃん願望だったりする。
国の行方を左右する政治家はホテルの牛乳風呂の中で女と交わる。
捨てるほど金がある大富豪は、廃品回収が何よりの趣味である。
有名な芸能人は暴力行為が何よりの快楽であり、大金を払って女性の指を折る。
高名な科学者は昼間から少年を弄ぶ。

鳥たちは朝な夕なに集ってはその日見たことを報告しあう。
鏡子はそんな鳥の話を論文にまとめる。
人間のまうしろには、すべての「不」がついてくる。
不信、不満、不安、不義、不倫、不良、不快、不眠、不誠実。
スマホの画面で指を広げればその「不」は拡大される。
タッチボタンを押せば「不」は一瞬で世界に拡散する。

鏡子はいつしか人に背中を見せられなくなった。
自分が不正、不道徳をしていると思ったからだ。
大学の教授にそのことを告白する、この論文はもう書けないという。
教授はいう、それを克服するのが、キミ哲学なんだよと。

ある日鏡子はタトゥーの店に行く。
全身刺青だらけの男が何を彫りますかと聞く。鏡子は私の正面を彫って下さいと頼む。
その日鳥たちは強烈な殺鳥剤によって一羽残らず駆除された。
かろうじてツバメの子が一羽助かった。
前もうしろも同じようになった鏡子が、街の中で人のうしろ姿を追っていた。
その相手は哲学を教える教授だった。さて、教授の向かった先は(?)

映画「二重生活」にインスパイアされてこれを書いた。
小さな庭にリンゴを四分割して置いておくと、鳥たちが来る。
私は一方的に話しかけ、鳥の鳴き声から話を聞く。
午前五時二十八分五秒、いつものグラスにチリ産のワインを注いだ。
鳥の唐揚げが三個お皿に残っていた。楊枝でそれを刺した。