ページ

2017年1月20日金曜日

「手作りの力」




世の中にはランクというのがある。
松・竹・梅とか、上・中・下とかである。ここに特別・中等・初等というランクがある、少年院のことだ。

一月十九日東京新聞に「誓いの成人式」という見出しのコラムがあった。
横須賀市に久里浜少年院というのがある。特別少年院、通称「トクショウ」という。
特別というのだから不良少年の中でも特別の少年が入所する。
ヤクザ社会に向かう少年であればエリートコース、いわば東大法学部を出たようなものである。
新成人53人が、保護者、保護司、教誨師、職員ら130人が見守る中でめでたく新成人となった。

久里浜少年院には現在、非行度の深い少年や外国人ら16才から20才前後の約90人が在院しているという。久里浜少年院は海のすぐ側にある。
水練がキツく、どこよりもツライといわれている。
さて、彼等を世の中はどう迎えてあげるかである。
年少(ネンショウ)出だからぜひ我が社にとか、我らの店にとか誘ってはくれない。
逆にヤクザ社会からぜひ我が組へ、我がグループ、我が会へとの誘いの方が多いかもしれない。私は出所した新成人たちを空腹にしないでと世の中に願う。
何故なら空腹はまた犯罪を生むからだ。

世の中には特少を出てから立派な経営者になったり、一流の役者になったり、教育者になったり、一流のシェフや板前や名人、達人といわれる職人になったりしている人がいくらでもいる。

私は過日見たNHKのドキュメンタリー番組「ばっちゃん」を思い出した。
広島のとある街に住むばっちゃんは八十歳を過ぎている。
ばっちゃんは午前三時頃に起きて、一日何度も食事を作る。
空腹になった非行少年、少女や家族と不調和な若者や、社会生活と手く付き合えない若者たちが、ばっちゃんの作ってくれる手作りの料理を食べに来るのだ(無料である)。
また社会に出てちゃんと暮らしている若者たちがばっちゃんに会いに来る。
ばっちゃんのごはんが食べたくなったからと、番組ではばっちゃんのところから300人近くが育って行ったという。

きっと昨日も今日もばっちゃんはご飯を作り続けているだろう。
ご飯を食べさせてあげなきゃいかんのじゃけん。
子どもは腹を空かしているのじゃけんのぉ~と大きな声で笑った。

私はこんな人になりたくてもなれなかった。とてもなれなかった。
が、いつでも弱者の側にいて少しでも世のために尽くしたい。
人の恩恵で生かされて来た、無学で貧しき者としての役目だと思っている。
ばっちゃんはその大いなる見本だ。

久里浜少年院を出た若者たちに幸多かれと願う。
くじけるな、めげるな、あきらめるな。我慢だよ、世の中には善い人がたくさんいる。
喧嘩で使った根性を仕事に使えばきっと負けない。手作りのおにぎりには愛がある。
その味は一生忘れない。コンビニで買ったものではダメ。

2017年1月19日木曜日

「朝日の人」




昨年の末のことであった。何だいテレビを見ると小池のババアばかりじゃねえか、チャンネル替えてくれ、と言ったのは私では決してありません。
おすし屋さんにいたお客二人の内一人のオジサンです。
築地の側なのでイロイロアタマに来ていたのかもしれません。

そうだよ都知事選が終わってからまい日、小池、小池、小池だからなと、もう一人のお客さん。オヤジゲソ焼いてくれ、オレはタコブツだとご注文。
もう移転はできねえな。マッタクどうなんてんだ東京都はヨォ。

で、私からオジサンたち築地の関係の人と聞けば、全然関係なく朝日新聞の人でした。
そうか本社近いしなと思った。朝日はダメだねと言うと、そうダメですと素直に言う。
全然ダメなんだよとイカのゲソ焼きのオジサン。
タコブツのオジサンは、薄くなった頭をグリグリしながら、いいんじゃないの朝日は永遠に朝日なんだからと訳の分からないことをつぶやく。
酒もう一本、ウーロンハイもう一杯と二人は続く。

私はかねてより朝日を見限っていたので、まあこんなオッサンたちが碌に取材もしないでヘコタレた記事を書いては、ボツをくらっているんだろうと思った。
二人の年齢は、一人は四十七、八歳、一人は五十二、三歳であった。
赤貝とホタテを一人が追加し、一人が穴子焼きを追加した。
店のオヤジが穴子は白焼きそれともタレでと言えば、ハーフ&ハーフと言った。
なるほど出てきた穴子は一匹丸ごと、縦に真っ二つに分かれている。
半分は白焼きでその上にワサビがのっていて、もう半分にはタレが染み込んでいた。

昨夜音楽関係の人とそのおすし屋さんに行った。
大作曲家の先生のところから独立したのでその御祝いをした。
防災の話、歴史の話、音楽の話、広告界の話と話は弾んだ。
お刺身を食べてさて次はとなった時、穴子焼きを頼んだ。
白焼き、それともと言った。一瞬思案していると、ハーフ&ハーフでいきましょとオヤジさんが言った。あっ、そうかと思った。

その日読んだFACTAという雑誌に朝日新聞27万部減という記事があった。
あの朝日の人たち新年早々どこかへ飛ばされていないかとふと思った。
ゲソ焼きとタコブツを頼もうと思ったのだが、話は関ヶ原の合戦に飛んでいた。

2017年1月18日水曜日

「葛城事件」




♪~馬鹿いってんじゃないわ 馬鹿いってんじゃないよ 三年目の浮気ぐらい大目にみろよ…。
男女デュエットの歌を一人の男だけで唄っている。
女性が唄うところはカラオケの音楽だけが流れる。男は杖をついて唄っている。
スナックのママがいて男のお客が三人いる。

男は突然暴れ出す。
テメエラ散々オレをコケにしやがってと、オレだってむかしは、むかしは、むかしはと言い、ふざけんじゃネェ―とテーブルの上のウィスキーやら水割りやら灰皿をぶっ壊す。
ママはオロオロとしながらもう来ないでと言う、客の三人は店の外に逃げ出す。

男の名は「葛城」、金物店をずっと営んでいた。
結婚をし二人の男の子を授かる。
家を新築し友人たち親族たちを呼んでパーティーをする。
庭に子どもの成長を願ってミカンの木を植える。

それから20数年経つ、成績優秀が自慢だった長男は結婚をし二人の子を授かる。
が、営業マンとしての成績が上がらずリストラされる。
妻は勿論、父と母にも内緒にして、まい日出社を装う。
が、やがて心を病み自殺する。
父親は事故死だと言い張る。

葛城家は地獄に向かって崩壊して行く。残った弟は物静かである。
が、まい日酒を飲んで母親を殴る蹴る父を見て心が壊れて行く。
二人は逃げてアパートに隠れるが父に見つかり家に連れ戻される。
そしてまた、酒と暴力。

葛城金物店は閉店する。
オレにだってこんな幸せがあったんだと、むかし家族四人で撮った写真を見る。
父は笑い、母も笑い、兄も弟も笑っている。
行き場のない悲しみ、やり場のない怒り。ご近所の好奇の目と口。
外から見ると幸せな2階建ての家の中は生き地獄となっている。

ある日弟のところに通販で買ったサバイバルナイフが届く。
それを持ち弟は商店街のアーケードに向かう。
すれ違う人、人、人を無差別に斬り、刺しまくる。男女の区別なく、年齢の区別なく。
そして弟は死刑囚となって、早く執行してくれて願い出て、異例の早さで死刑は執行される。

秋葉原の事件と、宅間守の事件を思い出す。
無差別殺人と死刑執行の異例の早さ。
隣人たちからは忌憚され噂される。母親の心は崩壊する。
そんな姿の女房に男はやらせろと襲いかかるがヤメテーと突き飛ばされ、私ははじめからアナタが嫌いだったと言われる。やがて妻は施設へ入る。

ある日男はコンビニで買って来たつけとろざるそばをズルズルとすする。
何を思いついたのか、掃除機を持って庭に出る。
首にグルグルコードを巻き持ち出した椅子の上にのりそれを蹴り倒す。
大きく育ったミカンの木にかけられたコードはボキッと折れてしまう。
死ねなかった男、しばしボー然としていたが部屋の中に戻り、食べ残ったそばをズルズルとすする。
弟と獄中結婚した若い死刑廃止論者が訪ねて来るが、男はその若い女性にもやらせろと襲いかかる。

壊れてしまったのだ、何もかも、過去も現在も未来も。
そばをすする音と姿で映画は終わる。

昨年見落としていた、評判の作品「葛城事件」だ。
新作2泊3日、脚本・監督は「赤堀雅秋」、また一人凄い監督を知った。
映画ファンなら絶対見なければならない問題作だ。出演者は内緒である。
すばらしい役者たちだ。

いつものグラスにギルビージンを入れた。夫婦も親子も、家族も隣人間も。
たった一つのことで壊れていく。
シェイクスピアの悲劇の一つ、オセローがイアーゴから告げ口され、たった一枚のハンカチーフで壊れてしまったのを思い出した。
「キミは、営業マンに向いていないんだよ」たったひと言が始まりだった。
弟思いの兄、兄にコンプレックスを持ち続けていた弟、愛のない夫婦、崩壊の芽。

2017年1月17日火曜日

「ワンタン」




雲呑(ワンタン)ほど見た目、気合の入っていない中華料理はない。
へらへらして、無気力で、ユラユラしている。

あのヤローワンタンみたいな男だなというのがいる。
近い人間にハンペンみたいな男がいる。
ワンタンもハンペンも裏表がないので、きっと正直で誠実で真面目な人間が多い。
自己主張をあまりしないので主役は演じられない。
が、ハンペンの入っていないおでんは魂の入っていない仏像に近い。

昨日会社の仕事仲間二人と、早い、安い、旨いの中華料理店「菊凰」に行った。
シュウマイ二個ずつ、カニ玉三等分、エビチリ三等分、今年はじめての菊凰は期待通りである。あれこれ話をした後、ヨシ、ラストにチャーハン三等分、スープ代わりにワンタン三等分ということになった。

ワンタンはつかみにくい、箸ではつかめない、スルッと逃げるのだ。
まるでクラゲのように。そこでレンゲというのを登場させる。
だがレンゲだけだとやはり取りにくい。一発でレンゲの中に入らない。
アレッと逃げるこら待てと追うのだがヘニャヘニャっと笑いながらすべり落ちる。
で、左手にレンゲを持ち右手に箸を持つ、レンゲを45度位にして下を向かせ、そこに箸でワンタンをつかんでサッとレンゲにすべり込ませる。

大ぶりのワンタンが威風堂々とレンゲ内にはみ出し気味に広がる。
ワンタンの中にはお肉がしっかり入っている。
マンガのヒット作に「ゲゲゲの鬼太郎」というのがある。
その中に“一反木綿(イッタンモメン)”というヒラヒラしたお化けがいる。
ワンタンはイッタンモメンがお肉を食べて腹がふくらんだ状態に近い。

菊凰のチャーハンは絶品なので、ワンタンとの組み合わせは大ヒットであった。
三人それぞれビールにお酒にウーロンハイ。私はお酒一合半。シメテ約9,000円。
ちょっと名のある中華料理店なら24,000円位はするだろう。

今年も私は菊凰に通うのである。今度はワンタンメン単品と思っている。
銀座昭和通りにある大衆向け中華料理、この店には実はかなりの人たちが遠くから食べに来る。ランチは800~1,000円位でイロイロ選べる。特別ヤッホーなのだ。

2017年1月16日月曜日

「ラーメンの食べ順だって」




午前四時十九分〇五秒ボールペンを持つ。
その少し前窓を開けると、キィーンと冷気が入って来た。
日テレをつけるとおはよんが始まっており、各地の降雪状況が伝えられる。
八十歳を過ぎている老人が雪の下敷きになって死んでしまったことを告げる。
外遊をしている安倍首相がお金をバラ撒いていることを知らせる。
毎年繰り返されるセンター試験が雪で混乱している。

新作「日本一悪い奴ら」と新作「シチズンフォー」を午後十時半から見た。
「日本一悪い奴ら」は北海道警察で起きた実話を基にしている。
拳銃の押収ノルマを達成するために警察とヤクザが、どっちがどっちか分からないほどどっぷりと癒着する。
この事件を扱ったニュースは当時大々的であったが、結局ナシのつぶてのように全容は解明されずウヤムヤとなった。

「シチズンフォー」は、ロシアに亡命前のエドワード・スノーデン本人が主役を演じたドキュメンタリータッチの映画だ。
ネット社会には、国家機密も国家と国家の機密もすべて暴露される。
ロシアがアメリカに強気になりはじめたのは、スノーデンを手に入れたからだ。
いわんや個人情報などは丸裸だ。
勿論現在の日本でも同様だ。

プライバシーは死語となっている
すでに自由の国とは、すべてのプライバシーがない国ということだ。
新聞や雑誌は何を読んでいるか、朝食は、昼食は、おやつは、酒や料理は、煙草は、デザートは、浮気は、旅館やホテルは、マンションは、アパートは、SEXは、体位は、変態行為は、恋人同士の関係は、夫婦関係は、セクハラは、パワハラは、不倫は、金の使い方は、貴金属やファッションは、カードは、TSUTAYAのカードで借りる映画は、親子関係は、ピーナツは何粒食べて柿の種はいくつ食べるか、ラーメンを食べる時メンマ、チャーシュー、スープ、メン、ナルト、ノリ、モヤシの順か、それともスープ、メン、メンマ、チャーシューの順か、煮玉子は最初か途中か、それとも最後か、そんなことまで調べられる。

PC、ツイッター、フェイスブック、メール。
食べログ、アマゾンやヤフー、楽天やニコニコ動画やスケベなチャンネルなどを使用している人は丸裸となっている。
今年テロ防止という名目で稀代の悪法「テロ防止共謀罪」が強行採決されるだろう。
誰でもいつでもパクることができる。

我々は監視社会の中にいる。
どんな本を読んで、どんな映画や演劇を観て、どんなセミナーに参加して、どんな教室に通っているか。コラッ!ダメだぞそんなところに行ってイケナイことをしたら。

若者たちの間に梅毒が急増しているという。特に若い女性に多いという。
何故か、考えれば分かるはずだ。

2017年1月13日金曜日

「週末におすすめの映画2本」




正月休み、映画を15本レンタルして来てそれをすべて見た。
頭の中を空っぽにするには私の場合映画だ。準新作7泊8日、5本で1,000円だから3,000円である。

その中でぜひおすすめしたいのが「火の山のマリア」
夫婦とは、親子とは、文明とは、富める者と貧しきの悲哀を表現する。
南米グアテマラの山の中、小さな集落でコーヒー豆を摘んで売って生計を立てている父と母、その娘の物語。
娘は18才位である。

貧しい山の民のコーヒー豆を買いに来る都会人に目をつけられて嫁になることになる。
父と母は都会人に精一杯のもてなしをする。もてなしといっても安酒と粗食でしかない。
何しろ電気すらない。村人たちは火の山に食物がとれますように、コーヒーがとれますようにとひたすら祈る。人生の行方は霊導師のお告げが頼りだ。

娘には想いを寄せる若者がいた。
二人は一度だけ結ばれる。若者は山を下り都会へ働きに行く。
母は娘に一生懸命お化粧をし、新しい服を着せアクセサリーをつけて嫁入りに備える。
が、娘は若者の子を宿す。都会に行ってしまった若者は知るよしもない。
その事を知った父と母は、都会人との結婚の行方は、おなかの中の子の行方は、あどけない娘は。
この先はぜひ借りて来て見て下さい、泣かずにはいられません。

もう一本「最愛の子」
実話を基にしている。
中国では子どもの誘拐ビジネスが盛んであることはニュースなどで知っていた。
結婚をした夫婦には三歳くらいの男の子がいた。
街の片隅で粗末なインターネットカフェのようなものを営んでいる父親、別れた妻が時々子に会いに来る。
妻は再婚している。ある日父親がちょっと目を放した隙きに愛する我が子が消えてしまう。
その日から父は我が子を探す。狂ったように。
広大な中国の中で探す。

映画はドキュメンタリータッチで現代中国の光と闇、正常と狂気、法と無法、生みの親の愛、育ての親の愛を鋭く慈悲深く、無情と非情にまみれて表現する。
中国映画恐るべし、カメラは農村から山村そして大都会へと展開する。
追う親、逃げる親、それらを追い詰める人、人、人、執念の果に数年後、遂に我が子を誘拐する場面とおぼしき映像に出会う。

実話であることをニュース映像を見せながら描く。息つくひまもない。
130分の映画の行方は。泣かずにはいられない。夫婦とは何かを考えさせられる。
この映画もたった一度の男と女の営みが生むドラマでずしんと胸に刺さる。
これ以上は借りて来て見て下さい。2本で400円です。

2017年1月12日木曜日

「ダイヤのワンペア」




昨日深夜帰宅。午前二時NHKをつける。トランプの半年ぶりの記者会見を見る。
その前にオバマ大統領51分間の最後の演説ダイジェストを見ておいた。
立て板に水の如し、民主主義の大切さを話していた。

さてトランプだが57分間の記者会見はもうサイテーであった。
前代未聞、弁護士まで出した。自分の企業経営と大統領職との関係についてを説明させるために。息子たちに経営させるから法は犯さないと。メディアとの対立を鮮明にした。

日本のメディアと違ってアメリカのメディアは徹底的に攻めまくる。
ロシアと握っているのでは(?)
プーチンと共に反ヒラリー・クリントンのハッキングやったのではと、トランプは口を乾かし、目は泳ぎ、声を荒げた。
アメリカの終わりの始まりの記者会見であった。
日本とメキシコはやっつけるみたいなことを強調した。
つまりトランプ次期大統領は、親ロシア、反日、反メキシコ、反中国を鮮明にした。
次から次にロシアからのハッキングに関してメディアの集中砲火的質問を浴びせられると、会見を終えて消えた。
NHKのニューヨーク支局、日本の解説委員はまるでお通夜のようになっていた。

例えて言うなら、医師免許を持ってない人に大手術をされるとか、司法試験に受かってもない人に命を託すとか、フグの調理師免許を持っていない人の捌いたフグをバクバクたべさせられる、そんな不安を抱える状況になっていた。
トランプがいろんな疑惑を持っていることをアメリカのメディアは追う。
ニクソンと同じ途中退場になるのでは(?)
アメリカから民主主義、移民主義、アメリカンドリームを奪ったら、原住民であったインディアンを殺しまくった騎兵隊国家だ。
もっともその象徴であるカスター将軍隊はインディアンに皆殺しにされた。

さあ、さあ、どうする日本国は。トランプは買いか、売りか、じっと自滅を待つか。
こんなことを2日続けて書きたくはないが、やはり今後の我々に大いに影響する。
何しろ政治経験のまったくない人間が、世界一の強国のリーダーになるのだから、無関心ではいられない。それにしてもオバマという政治家の演説は天才的だ。
オバマがスリーカードなら、トランプはダイヤのワンペアだ。

あ~嫌だ嫌だと思ったのは午前三時であった。
トランプカードのダイヤは“お金”のこと。
トランプの頭の中はそのことしかないのだろう。(文中敬称略)

2017年1月11日水曜日

「キャバレートランプ」




黒船が浦賀沖に来てブォーと汽笛を発した。
この一発で夜も眠れずと戯れ歌が町民の間で流行った。
島国日本に外国人が攻めて来たのは、蒙古襲来が二度あったきりであった。
神風が吹いて10万の大軍をやっつけたというのはウソらしい。
近代の研究によると、一万人位が攻めて来たがちょいとオドシて予定通り退却しただけだと。その頃台風が来る時期ではなかった。
二度目は少しばかり攻め合って鎌倉時代の兵たちが退却させたという。

歴史の話は半分位、その半分、そのまた半分位が原寸に近い。
私の大ボラに近いと思う。兵法の一つに、こりゃーどえらい強そうだと思う相手には接近肉薄せよと言う。
なんだい大した事はネェーじゃないか、酒は飲むし、酔っ払うし、女体に弱いスケベだし、一人っきりになるのを怖がるし、疑い深い小心者じゃないか。
遠くから見ると威風堂々、巨大な影に怯えていたが損をしてしまったというのが殆どだ。接近する勇気があるか、密着する度胸があるかだ。
戦は相手の大将の首を取った者の勝ち、大軍も大将がいなくなれば蜘蛛の子を散らす如くとなる。

今、世界中がトランプ次期大統領の40字のツイッターに、夜も眠れずとなっている。
とりわけ輸出大国日本はアタフタ、オタオタ、クタクタだ。
キャバレーの一座みたいなトランプファミリーはハリボテだ。
ハラハラもドギマギもすることはない。
空樽の音は大きいというが、トランプという空樽は実はスコーン、スコーンと大きな音を出す。さほど中身がなく、接近密着すればその実体が分かるはずだ。
日本国の大将がドタバタ駆けつけたのは愚の骨頂だ。
外交はナメられたら終わり。

豊臣秀吉が伊達政宗のヤローあいさつに来ねえじゃネェーか、素っ首落としてやると怒り頂点の頃に、いや~遅くなりやした。
伝聞では白の死装束で現れたというが、これはきっと講談の話だ。
ともあれ伊達政宗は一目も二目も置かれる存在となった。

キャバレートランプ一座の現状を見ると、ヒラリー・クリントンは、如何に自分が人気なく負けたことの意味を知るだろう。
日本の政治家や外交官はアメリカ人の前に行くとイジメられっ子のようになり、タカリ、ユスリ、カツアゲに屈してしまう。
2メートル以上もあるハッタリトランプに、机の上をシャラップ!ドーンと叩かれると、へ、へ、ヘイとすべてを聞き入れてしまう。だって怖いんだもんと。

ラスベガスのモーターショーで、トヨタの豊田章男社長が顔を引きつらし、声を震わせ、私たちは100億ドル近く(約1兆2000億)を投資しますと発表した。
逆にシャラップ、と台を叩いて見せてほしかった。
ドタバタの日本の大将、アタフタの日本最大の企業の大将にガックリとした。
キャバレートランプは一対一になると、気弱いハッタリ屋であることを自分がよく分かっている。だから身内や側近しか信用しない。
多分アメリカの歴代大統領でいちばん小心者だろう。
だからガキのようにツイッターをする、面と向かって言えないのだろう。
習近平、プーチンの敵ではない。キャバレートランプの店仕舞いはそう遠くはない。

2017年1月10日火曜日

「小鳥とペン」



2017年1月10日400字のリングのゴングが鳴った。
猫の額ほどのリビングの片隅におもちゃを入れたダンボール箱がある。
その中にあるいくつかのぬいぐるみが私をジッと見ている。
江ノ島の水族館で買ったピンクのイルカは口を開けたままだ。
ピカチュウは大きな目を開けたまま、三毛猫はものかなしげだ。

ずっとむかし子どもたちに買ったものが、その子らに引き継がれてきた。
つまりぬいぐるみたちはずっとずっと同じ表情とポーズなのだ。
ミッキーマウスもずっと手を広げたままだ。


年が明け近所を歩いて見ると、デニーズは味噌ラーメン屋に、イタリアンレストランがメモリアルホールに、我が家の家電の世話をしてくれていた電器店が貸店舗となっていた。駅伝が走る道路にあったサークルKが閉店し、ブックオフはジャガーのディーラーになっていた。

一個50円で買ってきた傷もののリンゴを細かく切って小さな庭にばら撒くと小鳥たちが集まってきた。二羽ずつだから夫婦なのだろう。
あ~この風景は生きているなと思った。ぬいぐるみたちには意志がない。

そんなの関係ネェ~、ハイオッパッピーと言って人気を博したパンツの芸人はすっかり姿を見なくなったが、“そんなの関係ネェ~”この言葉ほど今の日本人を表しているのはないと思っていた。自分に関係ないものは、関係ネェ~社会となってきた。
人間と社会のぬいぐるみ化と私は言いたい。
無思想、無関心、無表情、無言、そして無情。

御用学者たちはこの10年で日本人の健康は飛躍的に向上した、それ故今後は75歳を高齢者とするのはどうだろうとなった。年金が払えなくなった国家が年金の支払いを引き上げるのだ。若者たちの未来に年金はない。
日本以外の国なら大変なことなのだが、そんなの関係ネェ~と若者たちは思っているのだろうか。

新しい年、私はどう生きて行くべきかリンゴを突っつく小鳥たちにたずねた。
用心深くキョロキョロする一羽の小鳥が言った、自分の意志を持てと。
リンゴをばら撒いてくれる人はいないと思えと。

ピコ太郎はリンゴをペンで刺してアイディアを発見した。
ならば私はペンで時代を刺して新しいメッセージを発信して行こうと思う。

2016年12月22日木曜日

「泣いてたまるか」




師走二十二日(木)今年最後の400字のリングとなる。申年は去る。
人間に多くの宿題を残して。

冬至というのにジーンズにTシャツでもいいような暖かさは不気味だ。
そう申年は何もかも不気味な明日を感じさせた。人類の危機すら感じる。
富める者と貧者の格差は拡大の一途となる。
世界は右傾化、暴力化する。ファナティックなリーダーが世界を動かす。
狂気の時代が来ているのだ。

戦争か平和か。国民主権か、国家主権か。法は萎縮し怯える。
我々日本国がアメリカの従属国、未だに占領政策下に置かれていることが露出する。
政治、経済は混乱、混迷し主体を失い支配国に振り回される。
先進国の中で最下位に近い教育への投資はこの国の未来を失う。

芸術、文化は牙を抜かれ、哲学者は沈黙する。人間は思考することを哄笑しつつ、後退して行く。まるで息を吸うようにスマホを酸素化しパソコンに向い、マウスを握りしめる。便利な進化と便利すぎる退化がギシギシとせめぎ合う。
人とヒトは傷つけ合い、人とヒトは赤く流れる血の川を泳ぐ。
だが決して諦めてはならない。
少年のような青い空があり、少女のような白い雲は流れる。

自分にできることは何かを考える。
背伸びして出来ないことをすることはない。
等身大の自分を磨く。その結果が希望となる。
無為徒食に生きては人生は勿体ないということを私自身に語りかけている。

来たる酉年、どうコケコッコーとスタートさせるかを考えている。
♪~上を向いたらキリがない 下を向いたらアトがない さじをなげるは まだまだ早い…。「泣いてたまるか」渥美清さんが唄ったように。

出来ることを今日からやる。一年間400字のリングにお付き合いありがとうございます。
良いお年を迎えて下さい。人間は強い、ヒトはやさしい。
私はそれを信じて、新しいリングの上に立って行く。

一月十日より再開します。いつものグラスにドライジン。
午前四時ジャスト、NHKテレビではカンガルーの親子が仲良く食事をしている。
私は落花生をむきはじめた。「花は落ちてもきっと生きる。」