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2018年2月7日水曜日

「店の主人が、店のお客」

昨夜九時半頃、海風が南から北へ向って少しだけ吹いていた。
その風は腹が減ったなと思っていた私の鼻に、ヤキトリを焼くあの独特の香りを乗せていた。万有引力の法則は、男と女が引き合うよりも強く私をヤキトリ屋に引き寄せた。
駅から徒歩約5分。
もうずい分と来ていないなと思いながら、ヤキトリの煙の中に入った。カウンターの右隅に若い会社員、四人掛のテーブル席に少しファンキーな若い男と女性。
二人は並んで座り天井のやや下にとりつけられている小さなテレビを見ていた。マツコデラックスがコーヒー通の男と何やらコーヒー選び談議をしているようだ。
私はカウンター(六人位座れる)の右から三番目に座った。
つまり若い会社員は席を一つ空けたところにいる。一つ空いた左の席を見ると、アレ、アレ、いつもヤキトリを焼いている店の主人が、ベロン、ベロンに酔っているではないか。
薄茶のチノパンに、青と赤のチェックのブルゾン(?)白いダウンのベスト。
メガネのツルが耳から外れている。オジサンどうしたの、はじめてだな主人がお客になって飲んでいるのを見るのは、と言いつつマフラーを外し、オーバーコートを脱いだ。
ヒィック、ヒィックしながら、オスサシビリ(多分お久しぶり)中ジョッキの中には、レモンの切ったものしかない。テーブルの上に一万円札が二枚。
オコラリシャテンノ(多分怒られちゃってんの)ビューインニキョウエッテケタノ、オカネハラウカラナ、(多分今日は病院に行って来た、飲んだ分はちゃんと払う)夕方からずっとヤキトリを焼いていたであろう。
顔中に脂汗を浮き出した奥さんが、無言で私の頼んだレバー、ハツ、ボンジリ、カワ、タン(これだけ塩)を焼いてくれていた。
オジサンはカウンターにうつ伏せになり、すっかり眠っていた。
メガネがズリ落ちて鼻先きに引っかかっていた。
若いバイト風の店員がラストオーダーをと言った。
多分お手伝いのオバサンが若い男から3860円を受け取っていた。私の右横にいた若い会社員(多分)は、すいません、あとコブクロをと言った。
私が煮込みはと言ったら、もう終りましたとオバサンが言った。
オジサンはイビキをかいていた。
二枚の一万円札を左手でしっかりと押さえていた。
オジサンはきっと病院に行って検査結果を聞いて、全然大丈夫と言われてすっかりうれしくなり、絶っていた大好きなショーチューのレモンサワーを一杯、二杯と飲んだのだろう、と推測したのであった。
ヒゲをキレイに剃った顔が青白く、目のまわりがマルマルと赤かった。
オジサンの足もとにモロキュウ(キュウリ)が二本落ちていた。
オジサン良かったな。身長152、3センチ位の小柄なオジサンは、今夜はヤキトリをバタバタと焼いているだろう。
丸顔の奥さんはひらすら無口である。


※画像はイメージです。


2018年2月6日火曜日

「間違ってない人生とは」

奴雁(どがん)この言葉を知ったのは年が明けてからである。
小さな庭にスーパーで売れ残ったリンゴを置いてあげる。冬になると冬の鳥たちが来て、朝早くからリンゴを突っつきまくる。鳥たちはすこぶる用心深く、疑い深く首をキョロキョロと動かす。雁の群れが餌をついばむ時に、仲間が外敵に襲われないように、首を高くして周囲を警戒する。
この姿を奴雁というらしい。冬に来た鳥たちがこの頃一羽だけになってしまった。
毎朝一羽ずつ交代にリンゴを突っついていたのに。一羽の鳥はとても孤独感がある。こんな詩があった。「孤独の鳥の五つの条件」一つ、孤独な鳥は高く飛ぶ。二つ、孤独な鳥は、仲間を求めない。
三つ、孤独な鳥は、嘴(くちばし)を天空に向ける。四つ、孤独な鳥は、決まった色を持たない。
五つ、孤独な鳥は、しずかに歌う。♪~夜が又来る 思い出連れて 俺を泣かせに 足音もなく 何をいまさら つらくはないが 旅の灯りが 遠く遠くうるむよ。
小林旭の「さすらい」口ずさみながら孤独な自分を味わう。
どんなに人にまみれて生きていても、人間は等しく孤独である。
ある大学の精神科医の診察室を訪れる若者は、こんなことを言う。「つらいんです」どういう風にですか(?)と聞いても、「つらいってことです」そして「この感じがとれる薬をください」と。医師は言う、大学生たちと接していると「『私』をどこかに預けている感じがする」、「自分の弱さと向き合うのはとても苦しいことだから、でしょう」これは大学生だけの話ではない。昨日深夜、廣木隆一監督(原作)の「彼女の人生は間違いじゃない」という映画を見た。その後重なり合った新聞を整理しながら、奴雁のこと、孤独の鳥や、ある精神科医の話をつまみ読みした。映画は廣木隆一の世界がヒシヒシと伝わる。
福島県いわき市、原発事故で無人化した町の外。仮設住宅で父と暮らす娘は、生きている存在を失っている。こころの孤独をいやすためなのだろうか、夜行バスに乗って東京へ行く。
目的はデリヘル嬢になるためだ。金が目当てではない。
性的快感でもない。3、11で母を失い、生活を失った虚脱感が全裸の姿に現れる、恋人はいたがすでにいやされない。デリヘル嬢をしている時、よろこぶ男を見て自分の存在価値が、自分の体で分かるのだろう。廣木隆一はこの手の映画を作らせると天下一品である。
かつて「ヴァイブレーター」という名作を生んでいる。
長距離トラックの運転手の孤独と快楽。確かNO.1であった。
小さな庭に置いたリンゴは未だ半分残っていた。
一羽でなく、二羽、三羽と来るのを私は待っている。
小さな池の12匹の赤い金魚はじっとして動かない。
金魚たちも鳥が来るのを待っている。赤い寒椿が見事に咲いた。
植物たちはしたたかに生きていく。地球が隕石で滅びても、わずかな植物は生き残るらしい。


2018年2月5日月曜日

「少年と少女」

「ライオン」という文字を見れば、100人が100人「百獣の王」を連想するだろう。私もレンタルビデオのタイトルを見てそう思った。準新作7泊8日とシールが貼ってある。
文字がよく見えないからメガネを出してよく見てニコール・キッドマンが出ているオーストラリア映画、これは真実の物語というのを知った。130分。他に8本借りた。
二日深夜にその「ライオン」を見た。結論を言う。100点満点で100点の映画であった。本当に泣けた。兄弟、姉妹は他人の始まりという世の中でこんな兄弟、妹がいた。インドの中でも極貧の村に住む、三人の兄弟、長男、次男と妹、父はいない。
母は石を運んで少しばかり賃金を得ている。
兄と弟は石炭を運ぶ列車に乗って、石炭を盗む。布袋に入れてそれを売り、小さなビニール袋に入った牛乳二つと交換して、母のところに持ち帰る。兄はいつも五才の弟を抱きかかえかわいがる。
弟は、兄ちゃん、兄ちゃんと兄に付き従う。盗む、追われる、逃げる、逃げる。この子役が実にいい。懸命に走る姿がいいのだ。ある日駅のホームで兄は弟のために何か食べる物を求めて、ここで待っていな、すぐ戻るからと言って駅を離れる。弟はベンチに横になり、疲れて寝てしまう。
気がつくと兄はいない。兄ちゃん、兄ちゃんと探す。
停まっていた列車の中に乗り、兄ちゃんと叫んで探す。その列車は回送列車であった。空腹の少年は食べ残りのリンゴを見つけてそれを食べる。そして列車は1600キロも離れた駅に着く。物語はこうして始まり、その少年はやがて施設に送られる。その後オーストラリアに住む、金持ちの夫婦にもらわれて行くのを描く。
少年は養子として25年間育てられる。真実の物語だから最後にすべての真実を見せる。本物の夫婦、本物の少年時代と25年経った今、当時の新聞記事やテレビのニュース映像。2018年現在は34、5才になっている。青年となった少年は兄ちゃん、母ちゃんを思い出す。そしてまい日パソコンに向かいグーグルマップで、兄ちゃんと走り回った山道を探す。兄ちゃんと離れた駅の給水機を思い出して探す。石を拾っている、母ちゃんのいた山を探す。インドは広い、インドは深い、インドのほとんどは貧しい。そしてある日遂にグーグルマップで給水機を見つける。山道を見つける。少年の名がインド名で「ライオン」の意味であることを最後に知る。
涙がボロボロと流れた。土曜日息子が来たので一緒にもう一度見た。
映画好きの息子がすばらしい、自分の息子に見せると言った。感動を忘れた人に、ぜひおススメだ。兄が呼ぶ、少年の名は(?)これが劇的である。キャスティング、シナリオ、撮影、文句なし、特に編集はパーフェクトであった。ニコール・キッドマンが実に抑えられた演技で養子を夫と共に育てる役を演じていた。芥川龍之介の小説(10ページ位)に、「蜜」というのがある。
小説家本人とおぼしき男がある日列車に乗っていると、一人の少女が隣の席に座る。小説では小娘。少女の手には網の中に入ったいくつかの蜜柑が入っていた。
男はいぶかしく思った。列車が動き出し、しばらくすると少女が列車の窓を開けた。少女は柑を手にして窓から外へ投げた。畑のようなところに三人の弟たちがいて手を振っていた。
少女はきっと弟たちのために働きに出るのだろう。私は柑を見るとこの小説を思い出す。人間は貧しい方が純粋でいられる。そう思いながら柑を手にした。
(記憶が定かではない)
兄弟、姉妹、みんな同じ母親が生んでくれたのだ。




2018年2月2日金曜日

「僕の好きな先生」

私はブキッチョ(不器用)を極める。その私がキミはブキッチョだねと言った男がいる。
「成城石井」の男である。「成城石井」といえば高級スーパーの見本であり、紀伊国屋と並び称された。
だが八十八店舗あった絶頂期から転げ落ち、2011年に投資ファンドである丸の内キャピタルに買収された。投資ファンドにとって買収した会社は、いわば商品と同じ、すっかり染みついていた汚れを取り、気取りを取り、プライドを取り除き、見栄えをよくして転売する。
リサイクルされた「成城石井」を買ったのはローソンであった。
2014年のことである。業界の大先輩へ人を紹介してくれた御礼に行く途中、青山にある「成城石井」に立ち寄った。スコッチを一本買った。広い店内に見たところスタッフは女性二人とズングリ太った男が白い前掛けをしてレジ側にいた。商品のディスプレイは、辻堂の激安スーパーOKに近いと思うほど乱れている(OKはドンキと同じでそれが戦略である)お客が手にして動かしたのがそのままなのだ。
入り口に果物を高く積み上げていて入店のジャマをしている。
むかしの「成城石井」のスタッフが見たら気を失うだろう。
で、ウィスキーを包装してくれと頼むと、太った前掛け男が包装紙に細長い箱を包もうとしていた。
が、何度やってもキレイに包めない。
とっても気の長い(?)私は本性をムキ出しにして、ブキッチョだな、何回やってんだよ、と言った。
男はすでに一枚、二枚、三枚と失敗をし、手がブルブルと震えている。「成城石井」は人手不足なのであった。
年配のオバサンが私がやりますとピンチヒッター、男はスミマセンと謝ってレジのオバサンと交代、このオバサンが又、やたらセロハンテープを使って包装紙に貼りまくる。
上手な人なら多くて三カ所で十分だ。気の長い(?)私は気の短い男のように、「成城石井」もすっかりダメだね。品川駅の階段下と同じだよと言った。
ウィスキーにはチーズをと思いチーズ売り場に行くと、これが又、バランバラ。
人手不足は私たちも同じなので同情するが、至るところでパートやバイト頼みとなっている。いっそその昔青山通りにあった人気スーパー、ユアーズみたいに過剰な包装をせず、外国みたいに茶袋にバンバン入れて、袋の上を開け放しにしていた方がスタイリッシュである。袋は安い素材でもそれがオシャレだった。
女性たちがその茶袋を抱きかかえていた。袋からバゲットかセロリなんかが二本ばかり出ていた。
VANジャケットの袋も茶袋であり、そこにオシャレなロゴタイプが印字されていた。人手不足は本当に”新国劇”だ。私の家の近くのコンビニ、ファミリーマートに店員バイト募集中の張り紙がある。
バイト代時給980円、それでも人手不足だとなじみのオーナーは言った。
昨夜ピンクと白とグリーンの三色串ダンゴワンパック(三本入)と、杏仁豆腐を買って帰った
ダンゴは父と母、親友二人、兄の写真の前に供えた。杏仁豆腐はその夜お世話になっている会社のオーナーと会食(ごちそうになった)した時、この映画見ておいてと言われた。
86分のドキュメンタリー映画を見終わったら食べようと思った。
広島県因島出身の東北芸術工科大学の先生(教授)「瀬島匠」さんの創作活動を追った作品である。
この作家の作品は”創作活動そのものが作品でもある。
すばらしい、生き方がとにかく明るい。
”が、RUNNERと必ず作品に印すその意味を最後に知った時、杏仁豆腐を食べる気を失った。詳細はいずれ書きたい。
人間は明るくふるまって長く生きるほど、つらいものはない。故忌野清志郎の「僕の好きな先生」がタイトルソングであった。彼も絵が大好きであった。


瀬島匠さんの作品はこちらで見れます。
http://takumi141.exblog.jp


2018年2月1日木曜日

「飛騨高山にて」



辻堂→小田原→名古屋→飛騨高山(打合せ)―高山にてチャーシュウメンをごちそうになり、→名古屋→新横浜→東神奈川→横浜→辻堂。早朝は小田原駅で待合室、大好きな駅弁、”デラックスこゆるぎ”を食した。
「旅芸人の記録」という名画があったが、私も、そのようなものである。
飛騨高山はとにかくラーメン屋さんが多い。今回はここがおススメと調べていただいていた。
「桔梗」という味のある店名のラーメン屋さんであった。
老夫婦と息子とおぼしき男の人が一人、年の頃は三十六・七才であろうか。
L字の形のカウンターに8人程座れる。小上りがあり、4人が座れるテーブルが三つあった。
建築家の先生、建築会社の人二人。広告代理店の人二人、施主の人二人、私の合計八人であった。
カウンターに五人、小上りに私と三人。午後一時少し前。店内は私たちだけで満員のようになった。
それぞれ大きな鞄とオーバーコートやダウンジャケットを脱いで、空いたところに置いたからだ。ラーメンが出来上がる前の話題に、私が待ち時間があった時、前日ある造幣局にテレビが取材に入ったのを見た話をした。新札の一万円がここで一年間に何枚造られるか。輪転機は猛スピードで印刷する。
そして断裁機でズドン、ズバッと断裁されて、刷り立ての一万札のぶ厚いブロックみたいなのができる。
ニセ札ができない工夫のところはボカされる。
勿論カメラが入るには、いくつもの鉄柵のようなところにつけられた厳重な鍵を開けなければならない。
さて、一年間に一万円の新札はいくらかと、造幣局の人に取材者は問われる。
想像もつかない。それじゃ教えます。一年間で12兆8千億円です。
へえ~、うへえ~となった。
私は直感的にソフトバンクの有利子負債14兆5千億円位を思い出した。
つまりソフトバンクは一年間に刷られる新札の一万円札12兆8千億より、2兆円近く多く借金し、利子だけで年間約数千億円を支払っている訳だ。
ラーメンは薄い醤油味、魚系のスープ。
麺は細目のちぢれ系、ラーメンの基本中の基本のようなものであり、ひと口スープを口に入れると旨い。チャーシュウが5枚でこれが実に旨い。
シンプル・イズ・ベストであった。
高山は水がいいので銘酒もたくさんあり、食べ物が美味しい。
飛騨牛店とみたらし団子店が多い。
朝市で有名な川にかかる橋の入り口で、これ以上小さな店は不可能という程小さなみたらし団子屋さんがある、おばさんが一人しか入れない宝くじ屋さんがあるが、それにほぼ近い。
三人でタクシーに乗って運転手さんに、あの店ずーと昔からあるねと言ったら、あの店でビルを建てましたよと言った。
へえ~そうなんだ。
高山の名物店である。
残念ながら団子は食べる時間がなかった。
雨が多い高山は幸い晴天であった。観光客の多くは外国人。
特にアジア系が多い。
最早日本国は中国、台湾、韓国、そしてアジア系を敵に回したら、経済は成り立たない。高山のラーメンに近いなと思ったのは、喜多方ラーメンであった。
天領でもあったから、格式は高い。
プライドもすこぶる高い。京都に近いところがある。
何の仕事で打合せをして来たかは、後日にする。
一人のカリスマと、一人の天才と、大巨匠をプロデュースしている。家に帰って深夜アンジェイ・ワイダの遺作「残像」を見た。いい映画はアタマの中をクリーニングしてくれるのだ。
「芸術とは卓越性だ」と主人公の画家は言った。
「人のやった事をいくらなぞっても、それは技術でしかない」


※画像はイメージです。


2018年1月29日月曜日

「楽するべからず」

「引くな、引くなバカヤロー」オシリを竹刀でバシンバシン、バケツの水をドヴァーとぶっかける。
「引くな、押せ、押せ、引くなバカヤロー」私の仕事場は遠い昔両国であった。
目の前はある相撲部屋であった。仕事でほぼまい日徹夜に近い日を送っていた。
午前四時頃には下の力士たちの朝ゲイコが始まる。親方はとにかく引き技を怒る。
楽して勝つなという事である。
私が相撲をこよなく愛するのは、実にここにある。
楽をするな引くな、逃げるなが私の生き方の手本だった。
私たちは例え何度も競合プレゼンに負けても、着る服や、履く靴やシューズまで変えさせられることはない。ただあいつに頼んでもプレゼンに勝てないとなると、新たな仕事はこなくなる。
私たちは芸を売っているので、お座敷の声がかからないと枕芸者みたいになる。
しばらくぶりにお声がかかった時、受話器に向ってハイ、ハイ、ありがとうございます、としきりに頭を下げている先輩の姿を見て、絶対にそうなるものかと心に決めて来た。
仕事で受けた恩は仕事で返す。
受話器、今なら携帯だろうか、それに向って最敬礼はしない、自分が駄目になってしまうからだ。
ジョージア出身の栃ノ心が平幕優勝をした。
かつて大怪我をして十両へ、そして幕下まで番付を落としたが、消してあきらめずがんばって、幕下、十両で優勝を重ねて幕内に復帰した。
この力士は引き技を使うことがない。
前へ、前へ、なのだ。十両は毎月100万円近く給料などが出るが、幕下は無給、二ヶ月ごとに15万円位の力士養成費が部屋に支払われる。
十両以上は関取といわれるが、幕下に下がるとちゃんこ番(メシがかり)となる。相撲部屋では関取を”米びつ”と言う。つまり部屋が生き残っていくためのメシの糧なのである。メシのことを留置所、拘置所、刑務所では、”バクシャリ”とか”モッソウメシ”と言う。
では学校ではなんと言うかそれは”給食”と言う。
一月二十八日(日)朝日朝刊31面湘南版にかなしい記事があった。見出しに、「給食寂しく 食材高騰に泣く」読めば小学校の給食のメニューの番付(品数)がどんどん減っている。
政府や日銀は景気回復順調と言っているが、国の宝である子どもに食べさせる給食への援助は情けない。2011年、みそ汁と「アジの開き」が出ていたが、アジの値上がりで、14年度は「ししゃもの素揚げ」に。17年度には、みそ汁を豚汁もどきにして、主菜は「ちくわの磯辺揚げ」に。
11年度6分の1カットだったデザートのメロンは17年度は12分の1カットに。
そしてデザートの回数も減る。人気のカレーライスの豚肉は、1人あたり50グラムから40グラムへ。
福神漬けは13年度8回だったが、16年度は1回のみ。神奈川県内の16年度の小学校給食費用は月額平均4,062円、一食あたり243円だった。消費者物価が上がってよろこんでいるのは、政府と日銀だけ。小学校の給食での鉄分や食物繊維は基準を下回っている。
たんぱく質はギリギリとか。各市によって違いがあるが、大差はないようだ。
食い物のウラミは恐い。ママたちを怒らせると恐い。案外こんなことが原因で内閣の支持率は引いて、引いて、どん引きとなる。
留置所とか拘置所、刑務所の方が余程いい食事をしている。だからわざと法を犯して中に入る人間が続出している。
茅ヶ崎出身の序の口力士、「服部桜」は7連敗で入内以来1勝だ。
引くな、引くな、楽をするなだ。
木曜日までは出たり、入ったり、都合により休筆となる。



※画像はイメージです。



2018年1月25日木曜日

「ある確信の数字」

今日一月二十五日仕事でお世話になったある人に誕生日のプレゼントをする。
ある世界の第一人者だ。さて何にするかと昨夜東京発小田原行き湘南ライナーの中で考えつつ、朝日、毎日、読売の夕刊と、愛読紙日刊ゲンダイを読んでいた。クオリティーペーパーの夕刊は50円だが、日刊ゲンダイは140円だ。円が109円台となった。白根山が噴火した。
名湯NO.1、第一位の草津温泉でお客さんがキャンセル続出とか、前々日九段のグランドパレスホテルB1で、後輩の就活に労を尽くしてくれた、友人とその知人の人とお礼の昼食を共にした。(和食千代旧)友人の知人は草津でも有名な旅館(一井)の親類であるとい話をしたばかりだ。
今年は年初からこんな奇跡的な(?)事にであった。
一月七日相撲ノ国一之宮の有名な寒川神社に家族七人でお参りをした。
その帰り何を食べたいかというと、回転寿しと小さな子が言った。一軒目満員、二軒目満杯、三軒目超満員、そうこうしている内に家に近づき、結局近所のおしどり寿司へ。
そして、フライドポテトやとりのカラ揚げなど、一点、二点…。それに一皿、二皿、三皿、とお寿しを頼んだ。私はお茶と巻き物を二皿、小さな子、中二、中三の子は大よろこび、さて勘定となった。
レジを打つ男がバシバシと打つ。レジ機の数字がバンバン増えていく。
そして、チーンと終了。なんと消費税込みで、ジャスト10,000円、おつり0円。な、なんとその店はじまって以来の出来事であって、店の主人らしき人も来てビックリ、その領収シートは今年から大きな手帳にした一ページに貼って、会社の人間に見せて、今年はいいことあるぞと言った。
又、京王プラザホテル南園飲店でお世話になっている方と会食をした、オーバーコート等をあずけたら、セルロイドの黄色番号札、数字が「36」オッ、サブローではないか、それに足して「9」オイチョカブ(花札バクチ)の最強番号カブではないか。(私は「9」の数字を見つける習性がある、(クルマのナンバーとか)昨夜我が社の女性を赤坂のローリーズ(ローストビーフの名店)に招待、オーバーコートとマフラーをあずけると、番号札の数字が、又「36」ヨ、ヨ、ヨであった。ヨシ、今年は勝負運があると確信をした。
さて、列車内で小さなコラムを見つけた。
日刊ゲンダイはやっぱり面白い。一月二十五日生まれの人を紹介していた。
小説家サマセットモーム作家池波正太郎、詩人北原白秋、漫画家石ノ森章太郎と松本零士、人気グループの嵐の桜井翔、美容家の草分け、メイ牛山、ボサノバの父、アントニオ・カルロス・ジョビン。
等々そして、アメリカのマフィアのボス、アル・カポネ、そして、そして、日本国最大の山口組六代目組長司忍(本名篠田建市)と書いてあった。頭の中にパッと誕生日のプレゼントが浮かんだ。
goodアイデアだ。(文中敬称略)


※実際のレシート。


2018年1月24日水曜日

「銀座は白座に」


「私たちは高価な品を売っているのではありません。高級な品を売っているのです。」
広告の本場アメリカのある高級ブランドのキャッチフレーズである。日本には「安物買いの銭失い」という言葉がある。安物には安物の理由があり、最高級にはその理由がある。
30年近く前にある人から頂いたダンヒルのブルーのカシミヤセーターは、今でもプルシヤンブルーのままであり、型くずれもしていない。その間私自身が買い求めた安物のセーターは、何度もイカレポンチとなり捨てた。
ユニクロはユニクロであり、H&MはH&Mであり、ZARAはZARAである。靴下は”靴下屋”という靴下屋(ややこしい)で2足1000円とか、がんばって1足1000円位で履きつぶして来た。革靴はスーツをあまり着ないので、軽いスポーツシューズとかリングシューズとか1足8000円~10,000円を履きつぶして来た。
ワンシーズン持てばOK主義である。
ジーンズも同じだ。が結局は安物買いの銭失いで、高いけどいい物をしっかりメンテナンスしている人の方が、年月を経ると圧倒的に得をしている。
一昨日の大雪の中を、この5文字が通ったら日本中があっと驚くタメゴローのようなアイデアを込めたある箱を、依頼人のところへ届けに歩いた。箱は優秀な我が社のアートディレクターがイメージ通り作ってくれた。
午後九時半頃には銀座を白座にしていた。
隣にあるセブン•イレブンの前には雪ダルマがつくられていた。
傘を決して買わない主義(仕事上雨はロケを中止にするので、縁起悪いので持たない)丁度打ち合わせに来てくれていた、ウェブデザイナーの方が白いビニール傘を差して、箱の入った大切な袋を雪から守ってくれた。
すでに人影はなくフツーなら10分位のところに行くのに20~30分はかかる。
タクシーは来ない、オッ来たと思うと迎車のランプ、二人でズブズブと雪の中を行軍する。
黒のオーバーコートは、白のオーバーコートになっていく。
水分を含み重くなる。オッ開いててよかったデニーズだ。朝から何も食べてなかった。
四つの仕事を朝早くから一日中打ち合わせをしていた。
狭い狭い仕事場に依頼人が来ては帰った。私は大きなビル、広いオフィス、沢山の人がいる所が大の苦手なので、(はじめて入った会社が百貨店だったのでトラウマがある)ひたすら狭さを好む。
で、雪中行軍をした。
デニーズでコーンスープの暖かいのをスプーンで口に運びながら、足先がまったく冷えてないのに気づいた。
そうかヨージ•ヤマモトの靴下だからだ、過日経理担当の女史からヨージ•ヤマモトのソックスを頂いた。
多分1足4000円位はする高価な品である。
素材は厚いが柔らかく実に気持ちよくフィットする。
ホットしてフィットなのだ。靴下屋の1000円とはやはり物が違った。
それと先日仕事場の側にある、PATRICのシューズのあかげだ。
安物が破れてしまった。
シマッタ今日は夜お客さんと会食、その店は靴を脱いで上がらねばらない。
その手の商売の人は脱いだ靴、脱いだコート、持って来た傘で値踏みをするという。
ヤバイ破れている、が時間はない。PATRICはいいシューズだが高い。仕方ないと思って買った。これがまるで紙のように軽くてジャストフィット。
そしてこれもホットしてフィット。水分を全て弾いてくれて靴下まで染み込まない。軽いトレッキングシューズであった。傘を差し続けてくれた人には、ビーフシチューとビール中ジョッキを。
やっぱりいい物をいい値段で買った方がいいのであった。その後家に帰るまで苦難は続いた。今週末から月末まで、出張が何回かある。400字のリングは途切れ途切れとなる。
昨晩一合の酒を飲む。「♪~風が呼んでいる マイトガイ」小林旭の唄う声が聞こえていた。雪の白座はなんともいえぬほど美しかった。


※画像はイメージです。






2018年1月23日火曜日

休筆



本日は昨晩の大雪の影響の都合で休筆します。

みなさん足元にくれぐれもご注意を。



※画像はイメージです。


2018年1月22日月曜日

「凄い人、嫌いな人」



私はこんな人たちを尊敬し、心から憧れる。
人間はこうありたいと思う。で定年になった後、3年かけて日本百名山を上り続けて、ついにあと一つの山となった人。
その登山とは遂に世界30カ国の深い深い洞窟に20日以上かけて下り続ける人、51才。片や頂上を目指し、片や地底を目指す。
世に博士はいくらでもいるが「大博士」の称号を手にした人がいる。
1997年に始まり約50万人が受けた歴史上初の人。
この人は日本史検定の1級に、10回合格すると得られる「大博士」となり、6年前日本史に続いて世界史でも獲得した。
電気機器会社で働きながら、平日は2~3時間、休日は15時間以上学び続けた。
78才の人だ。
80才から連載を再会するマンガ家の人。
83才で絵本を出版する人。
昨年97才でこの世を去った。
「囲碁の神様」の妻であり、囲碁八段の人は90才だが、公式戦の大局を続けている。
番付の差一枚が天と地の、十両と幕下、その境界線を何度も転げ落ちては、はい上がった力士、その数7回。
会場8度目の十両へ、給料がもらえる関取りとなった。
もっと凄い力士がいて、入内以降1勝しかできていない。
確か1勝70敗の序の口力士である。
茅ヶ崎出身の服部桜、人間はやっぱりすばらしい、その強い意思に感銘する。
その一方私が気に入らないナルシストの物書きがいる。
その名は、「五木寛之」21日(日)の新聞にトーハン調べのベストセラーランキングが載っていた。
一位五木寛之「孤独のすすめ」、四位五木寛之「健康という病」、八位五木寛之「百歳人生を生きるヒント」なんと三冊、この老物書きは、人の心のすき間を書き、講演して荒稼ぎをする。
かねてより「生きるヒント」とか「大河の一滴」とか、中味はほとんど同じものを手を変え、名を変え、出版社を変えて、人の悩みにつけ込む。
ずーとむかし、ある航空会社のキャンペーンを頼まれた時、仕事を依頼するために、氏の常宿である■のプリンスホテル(当時)に行った。
一階のカフェラウンジで待たされること6時間であった。
何とかは仕事を引き受けてもらったが、長く待たせて悪かったの一言もなかった。
それ以来私はアンチ五木寛之である。
使い切れないほど印税が入っているはずだが、世のため、人のため、特に老人のためなどに使ったという話は聞いたことがない。
その程度の物書きである。
これからでも遅くない、ソロソロあの世は近い(否こういう人は100まで生きる)と思うから、五木寛之財団でも使って若者たちの明日のために使ってほしいと願う。
「青春の門」で売り出したのだから、青春の門を広げてくれよだ。
昨日元東大教授の論客西部邁が多摩川で入水自殺した。
四年前に愛妻を失ってから、死を覚悟していたようだ。
男は女性に比べて孤独力が断然弱いという。
女性は厄介な男があの世に行ってくれると、断然元気になる。
保守派の論客の冥福を祈る。
「朝まで生テレビ」の常連であった。
(文中敬称略)