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2020年4月15日水曜日

第51話「私は支給」

私は「支給」である。かつてこんな怒声的フレーズがテレビドラマから放たれて、大ブームとなった。確か安達祐実さんであった。「同情するなら金をくれ!」と少女は叫んだ。ドラマの名は忘れたが、フレーズは忘れていない。今、日本中で支給は至急にと怒声が叫ばれている。私支給は上からの命令がないと至急にと怒っている人に支給されない。私支給の支給源は、そもそも国民が納めた税金である。政府とはこの税金をどう使うかを任された機関である。私支給は怒る、税金を納めるのを少しでもおくれたら、日曜日でも納税をしてくださいと電話してくる。一度茅ヶ崎市の女性職員に、なんで日曜日に電話するんだよ、と言ったら、平日は家にいらっしゃらない人が多い、日曜日の夜七時頃がいちばんいらっしゃるからだと言った。至急か! バーロと言って電話を切った。現在日本国政府の指揮系統がパニックになっているようだ。総理大臣の言うことと、官房長官の言う事に差異が生じ、財務大臣は与太者みたいに自論を放ち、コロナ担当大臣は目を泳がせながら、他国の例を持ち出し意味不明。でもって自民党の幹事長は、何をモタモタやってんだ! ややこしい支給方法で、ケチケチすんじゃネエとばかり、一律で10万円支給を至急せよとスゴミを効かした。本来厚労大臣が担当すべきコロナ問題を、笑い顔で評判がよくないからと外したのか、実は年金の支給を75歳に引き上げる法案を、ドサクサに乗じて成立させるために、その注力を発揮せよと役を命じているのかも知れない。コロナ、コロナと大騒ぎをしている今、この悪企みの法案の審議は進むはずだ。与太者風財務大臣は、財務官僚にとって使い放題だ。総理大臣への記者会見で外国人記者が、コノコロナウイルスモンダイノセキニンワドウナルノデスカみたいに資問したら、総理大臣は一瞬ドキッとして、ソレは私が責任をとればいいと言う訳ではないのですが、ソ、ソレは麻生副総理がつとめることになると思うわけであります。私支給の元締財務大臣はこのひと言で、あわよくば例え一日でも、もう一度総理大臣と呼ばれたい色気が出たようだ。実のところ国民になんか全然目がいってない。権力争い真最中なのだ。私支給は至急されるべきなのだが、この国のエリート役人は絶対に自分に失敗のツケが来て、出世のジャマになることはしない。国民の命より自分の肩書き命なのだ。かわいそうなのは現場の役人さんで、ややこしいことを、もっとややこしくすることの処理に追われる。国のリーダーが、私が責任を持つさっさと支給しろ、ややこしい手続きをカンタンにしろ! と言えば至急に支給される。やっぱり貫目が重い人物、キャリア豊富な人物がリーダーの脇にいないと今起きている状態となる。野球用語でいえば、ベンチが軽いとなる。官邸を仕切っているのは、現在選挙で選ばれていない、官僚出身の補佐官だと言われている。現在午前五時九分四十一秒、早朝のニュースでIT担当大臣がいることをはじめて知った。マスクで顔がよく分からなかったが、あなたは誰! と言うかんじだった。シドロモドロであった。ITでコロナ感染症を追跡するんだとか。医療現場が崩壊している。権力争いをしている場合じゃない。ビートたけしは国会議員を半分にすればいいと言い。鶴瓶師匠はソファーに座ってお茶飲まずに踊りはりゃよかったのにと。星野源は何の連絡もなかったですよと言う。私支給の近所の奥さんたちは、いまさらマスク2枚もらったって、バカにすんじゃないわよ、500億円近くも使ってさと怒る。ノーベル賞受賞の博士は、100億をワクチン開発に回すべきだと叱かっていた。民主党政権時代を悪魔のようだったとよく言っているが、今や悪夢のような政権だったと、歴史にクッキリ残るはずだと思う。私支給は至急にが鉄束なのだ。今年は小庭に咲くと期待していた、牡丹の花が咲きそうにない。花芽が一つも出ていない。やけに寒い朝が来た。このまま夏もなく、秋もなく、尾羽打ち枯れたような冬になるのだろうか。太陽は別名コロナとも言う。(文中敬称略)


2020年4月14日火曜日

第50話「私は下駄」

私は「下駄」である。この頃私下駄を履く人は少ない。四月十日一人の偉人がこの世を去った。映画監督の「大林宣彦」さんだ。八十二歳であった。私下駄はある年、当時人気絶頂だった「鈴木保奈美」さんを大手コーヒーメーカの商品広告に起用することを、広告代理店さんと共にすすめた。幸い企画案が採用となり誰に演出を頼むかとなった。いつも私下駄を使ってくれていた、CD(クリエイティブディレクター)に若手の人気女優を撮らせたら、今は大林宣彦さんでしょと言った。いいね、受けてくれるかなとなった。その頃すでにヒット映画を何本も手がけていて大御所であった。映画監督は今ではCMを多く手がけるが、当時は少なかった。CMの演出家が手がけていた。記憶が確かなら青山の骨董通りにあったオフィスにCDの方とお願いに行った。広島出身と聞いていたので、きっとすこぶる荒っぽい広島弁なのだろうと心期していた。(「仁義なき戦い」の広島弁が有名)青山通り近くのビルの中にオフィスがあって、型通り失礼しますと言って、ソロソロと入った。大林宣彦さんは素足に下駄履きであった。奥さまがプロデューサー&マネージャーであり、御二人共この上なくおだやかでやさしかった。イヤードウモドウモ、まぁ座って座ってと言ってくれた。広島弁だと思っていたが、そうでなくフツー弁だった。ひとしきり映画談議をして、演出をお願いした。その後快諾をいただき後日撮影となった。その日、スタジオにいるとカタコト、カタコトと下駄の音がした。大林宣彦さんはパンチパーマにサングラスが定番であったが、まさか撮影に下駄で来るとは思わなかった。信玄袋みたいのを持っていた。人気絶頂だった鈴木保奈美さんは実に静かであった。そして実に美しかった。とてもいい作品ができて、次の年もお二人にお願いすることになって行った。大林宣彦さんは父上が軍医であった。七歳の時に敗戦となった。自分は敗戦少年だと言っていた。口をすこしオチョボ口にして、戦争は絶対にしてはいけないと話す。気負いない語り口は、民話の語り部みたいだった。愛妻家であっていつも奥さまと一緒だった。肺癌で余命数ヶ月と宣告されながら、長編の大作を生んだ。徹底的な平和主義者であった。反戦を旗印にしていた。大林宣彦さんの言葉にすばらしいのがあった。(記憶が定かでないが)「ボクねこう思うんだよね。日本はバカな戦争をして、原爆落とされてアメリカに占領されてしまった。でもね、奇跡的なものを手にしたんだよ、平和憲法をね、憲法九条は絶対に守らねばならないんだ」私下駄は大林宣彦監督のすさまじい生への執着力は、ひとえに反戦と平和のためにあったと思う。映画は平和を勝ち取る武器であったのだろう。心より敬意を表し合掌する。余命数ヶ月宣告から三年近く、酸素ボンベで息をしながら歴史に残る名作を生み出した。「花筐(HANAGATAMI)」は、発表後ベスト1になった。「青春は戦争の消耗品ではない」という言葉があった。私下駄は外に出れないので一日二本から五本映画を見ている。今日は大林宣彦監督といえばこの作品と言われる。尾道三部作「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」を一気に見ることにする。東日本大震災後、日本に新たな戦争が迫ってきた」と危機感を語っていたと言う。私下駄はあの世に下駄履きで行く大林信彦さんに深く頭を下げるのだ。コロナ、コロナの世の中に真冬のような永雨が降っている。午前一時三十八分四十二秒。今起きている事はいつか終って行く。その先のために一日一日何かを学び大切に生かそうと思い、中村文則原作「去年の冬、きみと別れ」という映画を見始めた。

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2020年4月13日月曜日

第49話「私は2個」

私は「2個」である。1個と1個が存在して成立する2個だ。例えば、善と悪、表と裏、日常と非日常、罪と罰、嘘と真など私2個は数多くある。座敷牢に居る生活が六日経った日、運動不足解消のにめに近所の海岸に行った。正月駅伝のランナーが、大観衆の声援を受けて走っていた道に、車の数は少ない。夕陽が沈みそうな海にはサーファーが浮いている。右方向を見ると薄青と「太陽」の赤みが混じった空が大山連峰の上にある。左方向を見ると江ノ島の灯台が、もうすぐ灯りが入るぞと語りかける。歩道橋の踊り場にある木製の丸椅子に座っている。すっかり観光用となった地引き網の船が陸上げされている。この頃は魚が獲れないので、地引き網は人気がない。空を見るとうっすらと「月」が滲み出ている。「太陽」と「月」を見ていて思った。この地球上の全ての人類が、この「2個」のおかげで生きている。森羅万象、生きとし生きるもの全てが、この2個の下で、生まれ育ちそれぞれ違った神を信じ、違った言語を語り、違った食べ物を食す。この2個は地球を創生し人類を誕生させた。私2個は思う、太陽と月の下で何辺にして、国と国、人間同士が争い続けるのかと。いかなる大王も、皇帝も、大富豪も、太陽と月は手に入れることができない。私2個は今外出禁止の中にいる。日常が非日常になっている。何もかも無の状態になった以外、日常的である。鵠沼海岸に住む友人が、小鰯(コイワシ)を届けてくれた。料理上手の奥さまが、美味しい食べ方をご主人に伝え、それを活字にしてFAXを送ってくれた。これが実に美味しかった。愚妻と共にアツアツのものを手に取って食べた。きっとワイン通なら、白ワインかで楽しむのだろうと思った。私2個は新型コロナで休み中は、禁酒と決めているので、残念ながら酒はなしであった。家の前の公園でたくさんの子どもたちが遊んでいる。近所に住む高校二年生の孫が来て将棋をする。いつの間にか力をつけ、このところ二勝五敗であった。そして大敗けし、おこづかいをせしめられた。二勝六敗である。勝負時間は一時間三十分位であった。父親と弟も来てケンタッキーフライドチキンが食べたいというので予約しておいた。午後六時キッチリとバイクで運んで来てくれた。とても日常であった。テレビのニュースをつけると、東京都内で感染者過去最多と報じている。ゴーストタウンのような銀座、誰もいない新宿歌舞伎町、渋谷センター街入り口の大きなビルボードの広告は、ビートたけしが恐い顔して交差点を睨んでいる。いつもは人の波だが、チラホラ、ベタ凪である。非日常はニューヨーク、パリ、ロンドン、世界中に生まれている。将棋などしていていいのだろうか。赤坂のクラブのママから電話があり、もうダメこのまま店を閉めるかもと言う。銀座で高級エステを経営している、女性社長と電話で話す、スタッフは一時解雇して失業保険にしてもらい、終息したら再雇用にすると言った。三月箱根にグランドオープンした、ホテルのオーナーと電話で話す。オープン即買い手募集ですよ言った。コロナもなくオリンピックが予定通りなら、萬、萬歳だったのに。天才中野裕之監督が電話で、この映画泣けますよと、教えてくれたインド映画「バジュランギおじさんと、小さな迷子」を鍼灸の達人にアマゾンで買ってもらって(自分では買えない)いたのを、持って来てくれた。体中に鍼を刺してもらった。午前一時から見始めて午前三時四十九分エンドロールが流れた。母親とインドで迷い子になった、とんでもなく美しい6歳の女の子は、国境近くで列車の中から外に出た間に、母親が乗る列車が発車してしまったのだ。この女の子は幼い頃ある事故で受けた衝撃で、言葉を発しなくなっていた。当然長い映画のラストは、言葉を取り戻した女の子の絶叫で終る。おじさ~ん、おじさ~んと。この映画は正に2個である。インドとパキスタン。仏教とアッラーの神。敵と敵だ。超マッチョで色男のおじさんは、愛と勇気を持っていた。善と悪があるようでない不思議な映画。愛は国境を越えるという泣けるシーンを、ラストで現わす。圧倒的に美しい自然の中、愛と勇気を讃える敵同士。すばらしく楽しい感動作だ。午前四時過ぎ新聞記事を整理する。ノンフィクション作家「吉岡忍」のコラムを読む。サッチャー英国首相(故人)は、かつて「社会などというものはない。存在するのは男と女と家族だけだ」と言ったとか。日経新聞のシリーズ文学周遊に太宰治の八十八夜の中の言葉がよかった。「真暗闇でも、一寸さきだけは、見えている。」午前五時のニュースで、政府PCR検査拡充検討へと報じている。世界の新聞では日本は何もかも遅いと報じる。太陽と月世界中の人類がこの2個を怒らせてしまったのだろうか。私2個は日常と非日常の中に、閉じこもりている。広告とは皮肉だ。そうだ京都に行こうのJR東海は、京都知事から、どうか京都来ないでとなり、JR東日本の行こうぜ東北は、岩手県知事から、来ないで岩手となった。観光立国を目指して、誘致キャンペーンをしていたところは、みんな来ないでとなりテレビCMは中止となった。あらゆる媒体が人材派遣会社の広告で滞杯だったが、殆ど姿を消した。ミシュランや食べログなどのガイドは、今は無用となってしまった。ある店の主人は常連のお客さんが一人でも来てくれるなら、店を開けると言い。私は潮時かと思っている。このコロナウイルスを期に、店を閉じると言う老主人がいた。私2個は静かに打ち寄せる波を見ながら、潮時という言葉を思い出した。お金は無いが作りたい夢が未だいっぱいある。無用の用という言葉もある。インド映画には決まって群衆による踊りのシーンがある。~キッチンからチキン 鶏の鳴き声は コケッコッコーと歌い踊る。女の子はインド人が食べない、フライドチキンが大好きだったのだ。時間があるので、ずい分と長くなってしまった。このまま起きていて、午前八時から始まる、TBSの関口宏のサンデーモーニングを見る。私2個に眠気は、ない。(不眠症という)いつかきっとみんなでニコニコする日が来るはずだ。
                               (文中敬称略)



2020年4月10日金曜日

「本日、休筆」

本日、コロナ対策のため休筆です。みなさん、週末も充分気をつけてください。

2020年4月9日木曜日

第48話「私は貫目」

私は「貫目」である。貫目とはその人間のスケールの大きさ、器量とか度量をいう。あいつとあいつでは、貫目が違うとか、あの人とあの人では、全く貫目が違うなとかに使われる言葉だ。貫目が軽いとみられると、掛け合い(交渉ごと)の時、安く見られる。アイツはスヤイ(安い)となる。私貫目は芸を売っている身なので、自らの体重ほどの貫目しかない。新型コロナウイルスに対して無重力であり、世の中に何も貢献できない。国を盛んにするのも、滅ぼすのもひとえに政治家の貫目による。ネットフリックスで「ローマ帝国」の長いシリーズを見たせいかも知れない。歴代の皇帝たちは、元老院の力と側近の裏切りで滅びた(ブルータスお前もか)。外出できず家の中に軟禁状態なので、ダルマさんになっている(手も足も出ない)そこで活躍してほしいのが、選挙によって選ばれた代議士(選挙民の代表)である。その中から大臣という役を務めるものが、国家国民のために思案思考し、無辺に行動しなければならない。歴史には後世振り返ると、国民が塗炭の苦しみを味わい、国が滅んだのはアイツのためだという、キーマンの人間がいる。今、このキーマンになりつつあるのが、新型コロナ担当大臣(経済再生担当でもある)「西村康稔」だ。100年に一度の疫病災禍の重大事に、大臣としてのキャリアがない、貫目の軽い人間が事に当たっている。国民にとってこれほどの不幸はない。政治家の番付でいえば「平幕」位である。その軽量大臣が、国家の存亡を右往左往しながら、ヨタヨタ、ヨロヨロ、キョトキョト、ニタニタと担っている。私貫目はここ数日、政府と都知事とのやり取りを見ていて、この国は生き残れるのだろうかと、真底思っている。パシリという言葉があるが(使い走り)西村康稔クラスの軽量では、単なる政府と諸官庁、諸大臣、諸業界との使い走りでしかない。仮りにこの重大事を乗り切る貫目のある歴史上の人物をいえば、江戸時代の名君「保科正之」とか明治時代なら「西郷隆盛+大久保利通」クラス、あるいわ児玉源太郎。昭和なら田中角栄とか後藤田正晴位の貫目がないと乗り切れない。官邸内に何が起きてるのか分からないが、何故西村康稔なのかと私貫目は思う。今すぐにでも与野党を超えた救国のチームを編成すべしだ。批判はされたが、野党には東日本大震災で多くの事を学び経験した代議士もいる。又、自民党内には豊富なキャリアを持つ代議士がいる。西村康稔に歴史的大役が務まる訳がない。ワイワイガヤガヤのテレビのニュースワイドショー見ていると、いよいよこの国は危ういと思う。政権の使い走り田崎史郎がアチコチテレビ局をハシゴしている。かつては時事通信の闘士だったらしいが今では、エセジャーナリストになってしまった。私貫目は重ねていう、日本を代表するあらゆる分野の英知と、代議士としてのキャリアのある人たちを結集して、救国のチームを作るべしと。又、在野にいるであろう、優れた人物を頼りにせよと。三国志では劉備玄徳が、諸葛孔明を山の中に訪ね、三顧の礼を持って迎い入れた。理容室がどうだとか、ホームセンターはどうだとか、名古屋外しだとかいってる場合じゃない。世界の英知とも共力し、国民の命を守るにはどうするのかだ。などとブツブツいいながらニュースワイドショーを見ている。私貫目はダルマの自分が情けない。この期に歴史を学ぶことにする。(文中敬称略)


2020年4月8日水曜日

第47話「私は映像」

私は「映像」である。午前三時五十五分十一秒TBSのニュースを見ている。そこにはニューヨークで新型コロナと戦う、病院のスタッフたちの悲惨にして、強烈。そして献身的な姿の真実を見た。若者の命が重症化となり急速に悪化して、失なわれて行く。必死に人工呼吸器とか、エクモとかいわれる器具が、取り付けられる。太い管が何本も激しく動く。防護服が無く黒いゴミ袋をポンチョのようにして身につける。医療用マスクは無く代替で防ぐ。又医療用のメガネも無く、スキー用のゴーグルで目を隠す。勿論手袋も不足している。つまり病院に病院の器具が無いのだ。続々と運ばれてくる感染者。私映像はこの医療崩壊の現場を、世界中のリーダーたちはきっと見たはずだと思った。いまだかつてないウイルスの恐怖を見て、都市封鎖を徹底させる指示を出した。きっと日本のリーダーや、オリンピックの関係者も見たはずだ。が、こんなヤバイのが国民にバレたら、オリンピックどころじゃない。様子を見ることにしようとなったのではないか。世界のトップであるアメリカが、まさか、まさか、まさかとなっていてビックリした。我が国の内閣官房の情報収集力は、世界でもトップクラスという。新型コロナウイルスを甘く見て、水際で防げると過信していた。オリンピックがパァーになっちゃうと思い、毎度、毎度の忖度と隠ぺいとなった。小池百合子知事は、都知事選を七月に迎えていて、勝利は不確かだった。自民党都連は反小池百合子で固まっていたはずだ。ニューヨークの映像を見た小池百合子知事は、一大機会が来たと思ったと思う。五輪誤輪になったのはここからであると、私映像は思うのだ。戦争は一瞬の見誤り、一瞬の判断ミス、一瞬の隙きが大敗北となる。ミッドウェー海戦の大敗北は、日本軍の過信と、魚雷にするか、爆弾にするか、指揮官の判断ミスが大きなロスタイムを生み、アメリカ軍に攻撃体勢を生む時間を与えた。そして大敗北となった。朝からステーキを食べている国と、メザシにタクアンの国では、勝負になるはずがない。私映像は昨日夜総理大臣の記者会見を見ていて思った。あらゆる怪しい数字、オイシイ言葉より、アメリカの医療現場の崩壊映像、若い人でも猛烈な痛みで命を失う映像を、日本全国にある、いろんな会社の映像広告の変わりに見せたら、一瞬にしてみんな家の中にいようと思うはずだ。結局小池百合子都知事の一人勝ち。私映像が敬愛するルー大柴さんみたいに、英語と日本語を、ミックス交ぜて三つの密という言葉を残した。政府もこの言葉を使わずにはならないこととなった。密閉、密集、密接。私映像は新型コロナウイルスで終るかも知れないと思った。すべては五輪のために立ち遅れた。ある人は、ちゃんと検査をしたら本当は何十倍も感染者が出るといった。200万円とか100万円とか、ややこしい手続きをしている内に、出血多量で会社も店も、人々も終ってしまう。ドイツは三日で本人の手に支給、日本国は早くても二ヶ月後位、それも手続重視、書類重視の役所に行ってのことだ。公務員の役人にとって書類は命、天と地が引っくり返っても、公文書や重要書類は残すのが掟だ。戦時下の大統領として有名な、フランクリン・ルーズベルトは、四期在任した。残した数々の言葉の中に、「嘘を何度も繰り返しても真実にはならない」と。戦時下一年間、ラジオから国民にメッセージを送りつづけたという。トランプ大統領でも二時間かけて記者に応じる。ハイ時間です、次があります、ハイここまでと仕切る記者会見に、緊急感は、ない。やってる感だけだ。(七日間で四回だけ)ホントは、何時間でも応じたいと総理大臣は思っているかも知れない(?)。次に予定がが定番の仕切りだが、首相動静を見ると、七時か八時頃には家に帰っている。(又は官邸泊)私映像は日本のスポンサーに、屋外広告の映像を、アメリカの医療現場の映像に変えることをお願いしたい。何か笑える話、明るい話を書きたいと思っているのだが。東海道線の中もガラガラであった。誤輪(オリンピック)がなければと思う。海外メディアは一斉に日本政府の対応が後手後手で、とんでもないことになると報じている。岩手県と島根県、鳥取県は今だにゼロ、ヨソから決して来てくれるなとガードを固めている。昨夜、名作「ベニスに死す」(ペニスに死すではない)と「大人は判ってくれない」を見た。何度見てもいい。私映像は映画があれば、狭い所に何年間でもいられる。実は孤独に強いのだ。


2020年4月7日火曜日

第46話「私は奴隷」

私は「奴隷」である。私と同じ現代人も奴隷である。100年に一度といわれる新型コロナウイルスの襲来。つい四ヶ月程前の正月、私奴隷は箱根駅伝に声援を送っていた。今私奴隷は家から出ること慎しんでいる。3日間が経ち私奴隷は考えた。私奴隷も現代人も「自由の奴隷」になっていると。文明の進化、SNS全盛、人工知能Alの台頭、人間は目に見えない電波によって、あらゆる自由と便利を手にした。スマホ一台あれば何でもできる自由。PC一台あれば自由は知らなくていいことまで知る自由。老人も大人も、三つ四つの子どももスマホやPCを使いこなせる。自由と便利はさらに5G、6Gと進む中で、実は私奴隷も現代人も、自由の奴隷になっていた。バーチャルな時間、スキャンダラスなニュース、フェイクニュース、エログロナンセンス。ワンタッチとか、マウスの動きが生む快楽という自由の奴隷である。私奴隷たちは自由を手にして、実に不自由になった。どこで、誰と、何をし何をどう食べたかが、瞬時に分かってしまう。知られたくない家族や一族の過去や秘密。知りたくもない他人の家族や、その一族の過去の秘密も目の前にある。自由の奴隷になった人類より、アマゾンの原住民「ヤノマミ」の方が、自由に見える。文明を拒否しているからだ。私奴隷はそう思った。一日中金もうけの話をする金の奴隷。権力争いをする、権力の奴隷、異性を追いつづける、性の奴隷、何でもかんでも知りたがる、情報の奴隷。自由と便利の奴隷が、私奴隷であり(スマホもPCも使えないが、人を介して使っているのと同じ)現代人といえる。小学生が将来何になりたいか、とのアンケートの第一位が、ユーチューバーであるという調査があった。新型コロナウイルスは、あらゆる自由と便利を手にした現代人に、世界中マスク不足という問題をつきつけた。権力者も大会社のオーナーも、人気者のスーパースターも、巨万の富を手にした者も、ギブミーマスクなのだ。文明の進化の先きにあったのがマスク不足なのだ。100年に一度の混乱と混沌から、私奴隷は忘れてしまった大切なものを、思い出さねばならないと思った。敬愛する天才中野裕之監督の「ピース・ニッポン PEACE NIPPON」が、ネットフリックスで見られるようになった。天才が電話で教えてくれた。超絶的美しさのニッポンの風景を、そこに行かずに見れる、矛盾するが、自由と便利の恩恵に私奴隷は見とれた。(何度見てもニッポンは美しい)小泉今日子さんと東出昌大さんのナレーションもいい。タイトルデザインは、天才葛西薫さんだ。ぜひ見てほしい。主題歌に涙するはずだ。現在四月七日午前六時二十九分四十三秒。英国のジョンソン首相が病状悪化ICUに入ったとニュースが報じている。おそらくアウトになるだろう。ノドに魚の太い骨が、突き刺さったような激痛がずっとつづき、睡眠導入剤も効かず眠れなかったと、ICUから生存した人の話が新聞に載っていた。私奴隷はこれからアチコチに露出する。倒産、破産、夜逃げ、廃業、閉店、解散、縮小リストラなど見たくなく、聞きたくない話に、直面して行くことになる。サバイバルをかける私奴隷に解放はない。したたかな投資家は、人の不幸、世の不幸も、ここがチャンスとばかりに、株を買ったり売ったりしている。NYダウは1600ドル以上も値上りしている。正にハゲタカだ。日本のハゲタカも色メキ立つことだろう。お医者さんや看護師さんが、次々と死んでしまうウイルスで金もうけ、その先は地獄だ。やっぱりピース・ニッポンの映像を見て、天国気分となり少し眠りたい。私奴隷は眠りの奴隷でもある。オヤスミとオハヨーが共にある。大英帝国の首相がもしコロナウイルスで死んだら、その次は、そしてその次は……。目に見えない電波、目に見えないウイルス菌に世界は自由を奪われている。


2020年4月6日月曜日

第45話「私は胃袋」

私は「胃袋」である。人間には空腹を満たす胃袋と、あらゆる欲望を満たす胃袋がある。四月六日月曜日午前五時十九分〇八秒書き始める。家にずっと居なければならないので、新聞を整理したり、読みかけの本を読んだりする。読書は苦手なのでやはり映画を見たり、落語とか浪曲を聞く。見逃していた諸外国のテレビのドキュメンタリー番組を見たり、世界のドキュメンタリー映画やドラマを見る。私胃袋は人間という生き物が、この地球上で最も性質の悪い生き物であることを改めて思った。人間は生きていくためには、何でも食べる。福山雅治は世界各地に行って写真を撮る。前夜コンゴの奥地で、チンパンジーやマウンテンゴリラ、ボノボという三種の類人猿を撮るNHKのドキュメンタリー番組を見た。それぞれ人間と同じ性質があった。オスを挑発するメス、そのメスを求めて死闘をするオス。勝ったオスは相手を引きちぎり、喰いちぎり、食べてしまう。地球上で自分と同じ仲間を食べる哺乳類はチンパンジーだけだという。(人間も人間を食べたという。戦争は空腹との戦いだった)私胃袋は思った。生き物には天敵が必ずいる。生き物の進化とは天敵から身を守るためのものだった。これは植物にもいえる。30メートル近いクジラから、木の中、土の中の小虫まで、人間は何でも食べて来た。人間には天敵がいないようであったが、ウイルスという天敵がいた。ウイルスは人間に入らないとその存在の意味がない。人間がこの世にいる限り、ウイルスは次々と進化して、人間を襲う。中国人はコウモリを食べてんだ、なんてオドロクが、人間は動く物はすべて食べる。動物園に行って動く物を見て、かわいいと言った生き物もすべて食べて来た。ウイルスは人間への復讐ともいえる。私胃袋の中に昨夜食べた。豚肉やアジや、明太子、ヒジキ、トマト、ピーマン、キャベツ、タマネギ、お豆腐に納豆、鳥の産んだ卵、チーズやバターなどが入っている。それぞれの食べ物には、たくさんの細菌が宿っているが、人間は進化しながらそれらと共生している。新型コロナウイルスは100年に一度の強敵といわれるが、テレビでは大食いを競う番組や、激辛を競うものや、食べ歩き、食べ物のメニューの人気当てなどで大騒ぎをしている。人間の欲望の胃袋は人間を殺してでも満たす。昨日古い映画を三本見た。一本は「イコライザー」大好きな「デンゼル・ワシントン」主演、元CIAの凄腕とロシアマフィアの果てしなき欲望との戦いである。当然何人も殺す。ハリウッドのパターン的映画だ。アメリカは善でロシアは悪の構図。二本目は近作「楽園」吉田修一原作、今売れっ子の監督「瀬々敬久」の作品、ある地方で起きた少女失踪事件。吉田修一ものは、実際に起きた事件を足したり、引いたり、掛けている。(他の作家も殆ど同じ手法)地方に透け込むのは、ヨソ者には並大抵ではない。地方には恐い因習が深く残っていることを、私胃袋は改めて知る。50年酒を飲み交わし同じものを食べ合っても、ヨソ者には、心を開かない。その土地には、その土地の過去があり、決して楽園ではない。三本目は、「エージェント」トム・クルーズの若き日の作品。13年位前のものである。スポーツ選手のエージェント(代理人)の話。アメリカのプロスポーツ選手の胃袋は、マネー、マネー、マネーである。駆け出しのエージェントであるトム・クルーズが、欲望渦くスポーツ界で、金と名誉を漁る仲間入りを目指す。つまんない2時間であった。プロスポーツ選手は、巨額のCM契約を取れるエージェントを選ぶ。午前六時三十六分四十二秒、テレビのニュースを見る。イギリスのジョンソン首相が入院。安倍総理明日にも緊急事態宣言とか。昨夜フジテレビの夜の番組で、嫌味なしゃべりの木村太郎が、今の日本はまるで小池総理みたいだと言った。安倍総理シンパの作家百田尚樹とか、経済学者高橋洋一とかが、いよいよ見限って反安倍メッセージ、次なる飯の種を探しはじめた。この者たちの好物は、権力者のおこぼれである。胃袋に毛が生えている連中である。有事の時に国のリーダーの資質がハッキリ分かる。カジノ育ちのトランプ大統領は、マスクは輸出しないと、ダッチロール状態で再選に赤信号。欲望を満たすにはもうトランプではダメだと、国際ユダヤ資本家は見限るだろう。私胃袋は紅茶とロールパンで空腹をやわらげ、朝刊を読む。お隣の奥さんが裁縫上手で、一夜にしてタオルからマスクを作ってくれた。すばらしい作品である。私胃袋は、これからの戦いのために、空腹に耐える訓練をはじめねばならない。(文中敬称略)

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2020年4月3日金曜日

第44話「私は座席」

私は「座席」である。私の仕事は主に店に来たお客さんを座らせることだ。私は木製であったり、布製やレザー張り、畳に座布団であったりする。私座席が何よりうれしいのは、私座席の上にお客さんが座ってくれることだ。新型コロナウイルスを感染させないために、飲食店での時間を自制すべしという空気になった。強制力はないがこれ以上の拡散は止めねばならない。私座席は、店のオーナーや、店主や、店長の客待ちの辛い顔を見るのは、ヒジョーに心地よくない。現実は厳しい。鴨せいろが人気の「銀座長寿庵」はいつも満席なのに、お客が三組しか座っていない。ちらし寿しが美味しい、「新富町寿し辰」はお客さん二人だけ。ハンバーグがマアマアの水天宮「ガスト」は、お客さんが二組と女性一人とガーラガラ。マカロニグラタンが旨い「茅ヶ崎ジョナサン」は、老人夫婦一組とオバさんたち四人だけ。あんぱんで有名な「銀座木村屋」私座席は、ここの3階のビーフシチューが好きである。その日は2階でミックスサンドと珈琲をオーダーした。お客さんは若い男女一組だけ。いつもは満員電車のような1階のパン売り場はガラガラ。下手なイタリアンレストランより、ここのパスタの方が全然いいと思う「銀座椿屋珈琲」はお客6人。ここの天丼がいちばんと信じる、「辻堂五島」にはお客さん二人。雨が激しいので仕事場の前にある「鮒忠」に行くと、誰もいない、で、入らなかった。私座席はこの現実を見て思わず悪夢だと口走った。この一週間、一人で、あるいわ友人と、又知人と行った店だ。それぞれ昼時だったり、少し遅めの昼だったり、夜六時頃とか、八時頃のことだ。私座席が行った時、丁度空いていたのかも知れない。(そう願いたい)私座席の会社も、今日からテレワークを始める。社内は空席だらけになる。パソコンもスマホもない、正しくは使えない私座席は手も足も出ない。オンボロのファックス機だけが頼りだ。私座席はお客が座ってこそその役目を果たす。昨日ボックス型タクシーに乗ったら、異常にていねいな若い運転手さん。私座席が座ると、ご乗車ありがとうございます。私は日本交通のです。ドアを閉めます。安全のためにシートベルトをお願いします。行き先をいうと、ハイ、×へ行かせていただきます。ハイ右へ曲がらせていただきます。エッ、スミマセン、ラジオはついてません、ハイ、左に曲がらせていただきます。800円払って降りると、ご乗車ありがとうございました。又、日本交通をご利用くださいとなった。何だか座り心地が悪かった。日本交通は徹底しすぎていて不気味だ。(セダンは腰が痛いのでなるべく乗らない)私座席は早くお客さんが、たくさん座ってくれる日が来るのを願う。悪夢よサラバと。昨日深夜から朝まで映画とドキュメンタリーを見た。映画は「人間失格」監督は蜷川実花。主役の太宰治を「小栗旬」、妻役宮沢りえ、愛人(A)を沢尻エリカ玉川上水で心中する愛人(B)を「二階堂ふみ」。坂口安吾を「藤原竜也」であった。出来栄えは、う~む人間失格への濃厚接触が希薄であった。ただ男と女が抱き合い、交わっても、人間失格とはならない。映像は色彩やなシーンと、思いっ切りダークにした、独特の蜷川ワールドであったが、美術のセットがいかにもバレバレであった。上映時座席にお客さんはたくさん座ったのだろうか(?)(つまりヒットしたかどうか)小栗旬はあと10年位年を重ねると、もっといい味が出るのではと思った。ドキュメンタリーは、アメリカで起きた女子高校生のレイプ事件。アニメと実写を使って実話を表現する。SNSによる噂さの拡散は恐ろしい。年頃の娘を持つ親とか、孫を持つジイジイ、バアバアが見たらゾッとする。ネットという暴力によって、女子高校生は自ら命を断つ。私座席なら最大限の復讐をする。午前五時二十四分二十一秒。外は明るくなっている。どんな政府案が出て来るかと思っていたら、国民一人ひとりに、布マスク2枚をと聞いて、私座席は席から落ちそうになった。その予算200億円、布マスクは全然「マスクデラックス」でない。(文中敬称略)




2020年4月1日水曜日

「閑話休題」

三月三十日米紙USAトゥデイ(電子版)に、「世界中が疫病と死と絶望に包まれている時に、なぜオリンピックの日程を発表する必要があるのか、「無神経の極み」だ。せめて暗いトンネルを抜けて光が見える時まで待てなかったのか。同紙の運動担当のコラムニストの記事があったようだ。私もコロナ対策をしっかりと先きを見て対策をしなければならない。冷静に判断をしなければならない。無神経の極みといわれないよう。長い付き合いの飲食店、バー、クラブの人からお客さんが全然来ない、来てよ、来てね、来てチョーダイと連絡が入るが、とてもそんな情況ではない。誘っても今は止めとくとなる。義理を欠くのがつらい。生き残りをかけたサバイバルゲームが始まっている。こうして書いているのも、無神経の極みかも知れない。午前二時いつもより二、三時間早くふとんに入ったが、レンドルミン一錠+サイレース一錠は全く効かない。仕方なくパジャマにベストを着て、ドキュメンタリーシリーズを見る。「フロイト・若き天才と殺人鬼」第一話「ヒステリー」第二話「トラウマ」第三話「夢遊病」を見ていたら、午前五時三十六分〇八秒を時計の針は通過した。ロックダウンされる前に出社して、いろいろやらねばならない。いつも無表情の美人アナウンサー「夏目三久」さんは、紙人形みたいだなと思った。NTVの報道番組のレギュラーも長いし、深夜番組で下ネタ話にも動じない。朝から深夜までよく働くなと感心する。ニュースはしたたかな小池百合子東京都知事にジャックされ、さながら選挙活動みたいになった。山本寛斎さんが白血病を公表、クドカンこと宮藤官九郎さんがコロナに感染。オリンピックの400メートルリレーの選手、サッカーの選手と続々感染拡大。今日は強風と雨、さらに雷とか。すでに雨音が強くなっている。女子ゴルフずーと中止、プロ野球も集団練習活動や試合などを中止。サッカーも中止。政府の有識者会議(?)総理大臣やあの財務大臣もマスク姿。奇妙な会議風景をはじめて見た。大阪の吉村知事が政府は早く、封鎖を、対応が遅すぎると記者に応える。こうなると、へそ曲がりの対応を側近たちと練るかも知れない。病院→遺骨になって帰って来た、「志村けん」さんが悲しい。若き天才フロイトの時代は、電気がなく、灯りは月の明かりと、ローソクのユラユラする灯りだけ。どんよりした暗い時代だ。やたらにコカインを飲むフロイト。シリーズに“無神経”はないようだ。雨が激しくなって来た。財界から緊急事態宣言を早く、都知事も早くと政府を促す。ずっと眠っていないのでバナナを食べる。珈琲を飲む。ついでにプチケーキを四つ食べる。脳が疲れているのだ。普段はほとんど食べない。コロナ問題で一番有名になったのは、白鷗大学教授「岡田晴恵」さんだ。朝・昼・晩アチコチのニュース番組に出ずっぱり、髪は乱れバラけて汗ばんだ顔や首筋にへばりついている。きっといい人なのだろう。が、日々疲労度が増している。ニューヨークの病院は“地獄絵図”とか「コンビン麻衣」さんという人が報告する。2~3週間後は東京もこうなるかもとコンビンさん。ジョルジオ・アルマーニが防護服のデザインをするとか。私の大好きなニューヨークのセントラルパークは、コロナのテント村になっている。今や日本国のリーダーが誰か分からない。北海道の若い知事、大阪の若い知事は対応と行動と実施が早い。台湾の蔡英文総統はさらに早い。ドイツのメンケルも復活。女性力はすごいと思う。厚労大臣の影が急にうすくなった。悪魔のようなあの民主党時代が口グセのリーダーだが、疲れ切ったピッチャーは交代したほうがいい。キャリア豊富なピッチャーに。顔色がすこぶる悪い森喜朗元総理ではもう仕切れない。日銀総裁になれずに、オリンピックに身を投じた。武藤敏郎は使えない。スネに傷のある者ばかりで、スポーツ音痴だ。延期を待っていたかのように、元電通専務高橋浩之がオリンピック招致で、9億円近い金を手にしていたかのような記事が出た。アメリカの新聞によると、来年開催できる保証は、何もないと書いている。スポーツマフィアが利権を仕切る、商業オリンピックは、見直す時が来たのだ。熱いシャワーを浴びていざ出陣だ。♪~ 上を向いたら キリがない 下を向いたら アトがない。「泣いてたまるか」故渥美清さんの歌声が聞こえる。圧倒的に数が多い、貧者が最後に残ると決まっている。(文中敬称略)