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2022年5月14日土曜日

つれづれ雑草「笑えない、お笑い芸人」

我が世の春は長くない。苦節を重ねた芸人が売れはじめ、やがて寝る間もないほどの売れっ子になる。ある夜、いまはきっと夢を見ているんだと思う。そして売れないころインスタントラーメンをポリポリかじって空腹を満たしているじぶんを思い出す。電気・ガス代がもったいない、水道代ももったいない。やかんに水を入れて熱湯がつくれないのでポリポリかじる。今はどうだ仕事はいくらでもくる。そんな仕事は断れよとマネージャーに言ったりしているじぶんがいる。やっと寝ようと思ってもアタマが興奮していて眠れない。その日許された睡眠時間は3時間だ。きのうは2時間、その前は移動する車の中の仮眠だけだ。仕方ないウイスキーで睡眠導入剤だ。えっな、なんだいまのじぶんはすぐにあきられて、また三畳一間でインスタントラーメンをポリポリだ。ガバッと起きると冷汗がたっぷり、ふ~と大きく息をすると夢を見ていたのだ。ああよかった。高級なマンションに住んでいる。高級車にも乗っている。預金通帳には考えられない数字が増えている。自分で死んだ先輩が言っていた。我が世の春は長くはないぞと。嫌だあんな生活に絶対戻りたくない。しかし死ぬほど忙しい日々なので芸を磨く時間がない。まるで売れないころ刑務所の慰問に行った時、刑務官も囚人も大笑いしてくれた日がなつかしい。老人ホームに行った時おじいちゃん、おばあちゃんが手を叩いて笑ってくれた日がなつかしい。もし売れなくなったらと思うと夜が恐いんですよ。笑ってもらえなくなったらと思うと、笑っていられない。かなしいもんです芸人はね。こんな話を撮影の合い間に話してくれたのは、お笑い界の大御所の一人だった。お笑い芸人の人たちは、舞台から楽屋にもどるとみんな暗くて無口だ。大、大、大ファンだった「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんが自死したのをニュースで知った時、ガク然、ボー然として言葉を失った。熱湯風呂に突入する。アツアツのおでんのコンニャクを丸飲みする。大やけどするようなその姿にみんな大笑いをした。上島竜兵さんに我が世の春があったかは分からないが、大人気の3人組だった。人には言えぬ苦悩があったのだろう。眠れぬ夜を繰り返していたのだろう。まだ61歳であった。私は、とてつもなくかなしい。私も広告屋という芸人だ。“おだてりゃ豚も木に登る”でつたない芸を売ってきたが、四十九歳になった時からその先のじぶんの姿が見えた。先輩から50歳までが勝負だよと言われていた。そして今日まで眠れぬ体となっている。なら誰も思いつかないビックアイディアで勝負だと、ふるい立たせる。NHKで「映像の世紀」を見た。1918年スペイン風邪が世界的流行となり、第一次世界大戦によって爆発的に拡散する。戦争は軍人も民族も移動するからだ。マスクをした兵士たちが行進する。握手もしない、それを徹底したアメリカの州は感染者が激減した。しかしスペイン風邪を軽視してマスクをしなかった州はあっという間に感染者が激増した。ハグをし、キスをし、握手をしまくった。世界的大ベストセラー「銃・病原菌・鉄」を連休中に再読した。上・下800ページ近いこの本は、帝国や王国が戦争とウイルスによるパンデミックで滅びてきたことを教える。スペイン風邪を封じたのは、人類の英知だ。電子顕微鏡の発明でウイルス菌を発見して、ワクチンの開発を生んだことによる。ゼロ・コロナか、ウィズ・コロナか。人類とウイルスの戦争は永遠につづくのだ。ロシアとウクライナの戦争の先に何があるかは誰でも想像がつくはずだ。世界人口はスペイン風邪の時より倍増している。つまり死者も倍増する。宿命は生まれ持ったもの、運命はどう転ぶか分からないもの、寿命は絶対にくるもの。天命は誰が決めるか教えてもらえないもの。上島竜兵さんのご冥福を心より祈る。あの世では熱湯風呂に入らなくてもいいはずですよ、アツアツのコンニャクを飲み込まなくてもいいですよ。ゆっくり、ほっこりしてください。残した二人の仲間を見守ってあげてください。売れっ子だった指パッチン!のポール牧さん、ウクレレ漫談の牧伸二さん、上方落語の桂枝雀さん、みんな自分で死んでしまった人たちですが、あの世では、悩みはなく永眠だからぐっすり眠れますからね。悪い夢を見ることはありません。大谷翔平選手が劇画も及ばない大活躍をしている。ふと売れっ子の見世物芸人に見えてしまう。私は運命論者なので、この先きっと起きるであろうことを心配する。私には見えている、クッキリと。好事魔多しという。(文中敬称略)



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