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2022年7月2日土曜日

つれづれ雑草「骨まで愛する」

激痛は明け方突然起きる。寝返りをしたなとアタマの中でぼんやり思っていた。その時ギャ~と声を発した。痛、イタ、イテェ~、イテェ~、両足がこむら返りしたのだ。両足の筋肉がケイレンを起こした。足の親指は反り返って固まり、ふくらはぎの筋肉はカチンコチンになっている。イタタタタ立てない。今回のはいままでと全然、ゼンゼン違う。ふくらはぎだけでなく足全体なのだ。イテェ~といいながらガタンガタンしていたら、上から愚妻が降りてきて、何してんの、何してんのを連発。足がつってんだよ、立てないんだよ、と言った。どこ(?)どこ(?)と足を触りここでしょ、カチカチよと言いながらゴシゴシ筋肉をほぐした。が、今度はいままでのように足を壁に突き出して反り返りを治せない。親指を指で引き寄せても治らない。私の仕事仲間の一人にこんな話をしたら、やはり同じようなケースがあり激痛がおさまらないので救急車を呼ぼうと思ったとか。フツーなら五、六分で治るのだが、一週間経った今日の朝まで両足の筋肉は怪しい動きをしている。脱水状態とか、冷房で足が冷えすぎとか、足の疲労がとしのせいでとれない。つまり筋肉が反乱をしているのだ。クーデターなのだ。時計の針が八時になるのを待って(七時台だと悪い気がした)平塚の鍼灸の達人に電話した。痛いんだよ、動けないんだよ、訳が分かんない痛さなんだよと言ってスケジュールが調整できたら来てチョーダイと頼んだ。円盤投げで佐賀県のインターハイに出た達人は、(ちなみに息子さんは砲丸投げをしている)昼になんとかしますと言ってくれてその通り十二時にピンポーンと来てくれた。さすがに達人、グイグイマッサージをしてくれて、鍼を経絡(ツボ)に相当数刺してくれた。ハリーアップの治療でかなり治った。いやはやこむら返り恐るべしであった。いきなりの狂暑で体の調子が狂ってしまったのだ。眠る前には水より麦茶(ミネラルが入っている)の方がいいとか、薄い靴下をはいた方がいいとか、同じ姿勢でずっと座っていない方がいいとかを学んだ。私は映画とか資料映像をぶっ続けで10時間以上見る習慣がある。そんな時は時々立って少しでも動いた方がいいらしい。激痛から一週間筋肉をなだめている。やさしくナデナデしているのだ。しかし反乱を予感している。少年野球の応援はずっと立ち放しなのでこれからは折りたたみ式の椅子を持って行くことにする。海岸で釣りをする時に買ったのである。いよいよ鰻(うなぎ)の季節だが、とにかく高くなっている。私はうなぎ大好き人間なのだが、2ヵ月に一度行くか行かないかだ。今朝の新聞に手紙文化研究家の中川越さんの文化人たちの日々好日というコラムがうなぎにまつわる話を書いていた。その内容がおもしろかったので、抜粋して私的文体にして書く。江戸時代の人気作家山東京伝(さんとう きょうでん)が、人相・手相に関する本の中で、「鰻の筋」というのを書いていた。手相の筋について。チンタラ、チンタラ生活して、勘当された身の人間に置きかえていておもしろい。狭い活舟(いけぶね=入れ物)の中に入れられ、口をパクパクし、ぬらりくらりと過ごし、やがて親兄弟かの縁を裂かれ、(うなぎが切り裂かれること)竹の串で刺され、火あぶりの刑のようになり、団扇(うちわ)でバタバタあおられ、不孝の醤油(タレ)につけては焼かれて身を焦がす。やがて山椒をかけられてしまう。うなぎの手相とは道楽息子の典型なのだよとあった。(中川越さんの文章は古文で鮮やか)歌人で有名な斉藤茂吉は大のうなぎ好きであった。五十三歳の時、妻の浮気が原因で別居している時に、自らの弟子の女性に恋をして一線を超えてしまった。その女性とうなぎを食べ酒を飲みながら、「こうすると美味いんだ」と言ってうなぎの上に酒をたらした。茂吉先生は子どものようによろこんでいた。そして外に出てある池のほとりで、弟子の女性とキスをした。(中川越さんの表現はもっとうまい古文風)やはりうなぎには何かムラムラさせるパワーがあるのだ。私が銀座でいちばんうまいと思うのは、私の仕事場近くにある登三松だ。抜群の味だ。だがジリジリと値が上っていてうなぎは遠くなりにけりだ。近くを通ると団扇でバタバタして生まれたいい香りが心を動かす。ムラムラするのだ。顔なじみのおばちゃんに近い内に来るからなと見栄を張る。少し吃音気味の男の人が、オ、オ、オマチしていますと言う。この男の人は私を筋者(ヤクザ者)と思っているようで、私と会うと緊張して吃音が強くなるとおばちゃんが言った。そうだな、人相、風体がその筋の人間みたいだからなと思っている。自分の手相を見ると、鰻の筋が何本もあるように見える。狂暑はつづく、きっとこむら返りもつづくだろう。コロナが増加している。マスク生活もつづく。息苦しい世の中になっている。うなぎの骨は体にいい。深夜、ショパンのバラードト短調作品23を聴いた後、久々に城卓矢骨まで愛してを聴いた。 生きてるかぎりは どこまでも 探しつづける 恋ねぐら 傷つきよごれた わたしでも 骨まで 骨まで 骨まで愛してほしいのよ……。いいね、いいね、うなぎの骨を思い出すのだ。
(文中敬称略)




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