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2022年10月8日土曜日

つれづれ雑草「ちくわぶとアラ」

裏表がない。この事に気づいた時、私は感動した。この事はある本に書いた。昨日金曜日は83年ぶりの寒さであった。地球の温度が上がって、日本特有の春夏秋冬の決まりが狂ってきている。夏が長くなり、秋が短かくなったのだ。秋は詩情豊かでヒトがこの時ばかりはと人間的になれた。空を見れば鰯雲が流れ、大地には落ち葉が風に吹かれて揺れ動いていた。夏に燃えた恋も、秋には切ない別れがあった。肉体を露出した愛は、コートを着る季節には、それじゃこれでさようならとなる。83年ぶりに寒い夜、おでんが鍋の中でぐつぐつするのを見ていて、人間は裏表ばかり、お前はいい奴だなとおでんに話しかけた。はんぺん、つみ入れ、すじ、昆布、こんにゃく、じゃがいも、ウインナー巻き、ごぼう巻き、バクダン、玉子、がんもどき、しらたき、ちくわに、ちくわぶ、きんちゃく、ロールキャベツ、大根にさつま揚げ。どれもこれも裏表がないのだ。こんなに正直な食べ物は他にない。余りに正直なので、黄色いからしで刺激を与える。私はおでんが大好きである。関西風の薄味より、関東煮といわれる濃い味を好む。特にちくわぶという、正体不明な白い練り物はいい。おでん以外にこの食材を見ることはない。あ~疲れたと家に帰り、今日のおかずはちくわぶよなんて事になったら、俺は一生懸命働いて来たんだ。嫌なお客にペコペコ頭を下げ、嫌な上司につまんない事で文句を言われ、満員電車に乗って、バスに乗って、コトコト歩いて、やっと家に帰ったら、夜のごはんのおかずがちくわぶなんて、ふざけんな、何! ハンペンを焼いている、そ、そ、それだけかよ、バーローと大声を出しながら目に涙をためるだろう。せめてアジの開きは、何! アジは高いだと、目刺しはないのか、あるだろう少し残りが、何! 焼きすぎてボロボロになっちゃっただと、バーローよく見てないからだよ、目刺しを焼くのはむずかしいんだよ。ちくわぶはぐったり煮すぎるといけないからな、火がしっかり通ってないと、粉のようなものが見えてダメだからなとブツブツ言いながらウロウロする。私はこんなちくわぶがたまらなく愛しいのだ。もう別れようと言い争う男と女、泣きながら別れないで、私にはここしか生きてゆけるところはないんだから。おでん鍋の中でぐつぐつと煮込まれているちくわぶを見ていてバカなストーリーを思い浮かばせる。フッフッ、ファックション、この時期必ずアレルギーで鼻の中がクショ、クショになる。目がしょぼしょぼになる。短かくなったとはいえ秋の決まりだ。裏の世界ではコテンパンにやっつけてやる事を、ハンペンにしてやったと言う。骨抜きでヘロヘロ、ペタペタ状態にしてやったという状態だ。値上げ、値上げで生活がハンペンになっている。このままだとおでんの鍋の中にはちくわぶだけになるだろう。故石原裕次郎の歌に「粋な別れ」というのがある。 泣かないで 泣かないで 粋な別れをしようぜ……。からしが効きすぎて私の目には涙がたまっている。こんにゃくにつけすぎたのだ。泣きながら食べる初秋のおでん。別れ話の相談を受けていて、つい、粋な別れをしろよ、なんて言ってしまった。何! そんなもんじゃない、血を見ないと治まらないかも、なんてブッソウな声がした。ついこの間まで、飛んでイスタンブールみたいな、派手派手で飛んだ生活をしていたのだが、超円安の状態で会社が一気に傾いてしまったとか。ブランドマニアの奥方との間に、ロシアとウクライナのような争いが続いているらしい。ピンポンと宅急便が来るたびに心臓がドキッドキッとすると言った。ご近所の家にある柿の木に、立派に育った柿がたくさんぶら下がっている。今年の秋刀魚は食べれるだろうか。明日は魚屋さんに行ってみようと思っている。大好きな鯛のアラを買いに。焼いて、煮て、アラの中にある味をさがす。アラさがしは亡き母が芸術的に上手だった。きれいに骨だけにしていたのを見て育った。私の大好物で母を思い出す味だ。アラ塩を多目にかけて焼く。これにはお赤飯が合う。何故か煮たものには合わない。焼き魚を食べるのが苦手な愚妻は、私が一時間位かけてアラ探しをしているのを見て、よく見つけるわねと言う。それでも今日のアラはサイコーだったと言うとうれしそうな顔をして、明日はブリカマを買ってくるわと言うのだ。ともあれ秋は前に進む。ちくわぶアラがあれば生きていける。鈴虫の声はまだ聞いていない。



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