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2023年4月2日日曜日

つれづれ雑草「姉弟のベルト」

「その壁を砕け」中平 康監督/主演「芦川いづみ」、「小高雄二」/製作日活、芦川いづみがまだ20代の初めの頃の作品、1959年の映画だ。自動車修理士の若者が一生懸命働いて念願の車を購入する。うれしくてたまらない。結婚を約束している恋人に会いに、ある地方に向う。心はウキウキしている。修理工役が小高雄二、恋人役が芦川いづみだ。この作品はおそらく実際に起きた冤罪事件を題材にしていたはずだ。社会派監督中平 康は当時日活を代表する一人であった。男は横浜の方から富山の方に向ってひた走る。深夜道路を歩いていた男から乗せてほしいと頼まれ一人の男を乗せてあげ、途中で降ろす。その頃小さな町の中で強盗殺人事件が起きていた。まだ誰も知らない。男はその中でその町を通過する。そして山の中の小さな町は大騒ぎとなる。大事件発生だ。店の老主人は殺され、老主人は頭部に重傷を負う。交番の若い警察官は、初めての大事件で興奮する。刑事たちが続々と現場に集結する。これは流しのたたきだなと推測する。流しのたたきとは、生きずりの強行犯のことである。警察には強力斑という花形部署がある。強盗、殺人、強姦、“強”がつく事件は成績の点数が高い。“強”が二つ付くと長期刑、無期か死刑となる。放火がからみ起訴まで持ち込めば、ぐんと成績が上がり、表彰され昇格する。警察も一般の会社組織と同じで出世争いである。映画の中の事件は、強盗、殺人、殺人未遂であるから、逮捕して起訴に持ち込めば、死刑は間違いない。男が乗っていた車を見たという人間がいた。警察はすぐに手配をする。男は恋人の待つ駅を目指すが、途中で捕まる。厳しい取り調べが始まる。当時は自白が何よりの証拠であった。男は無実を訴える。起訴するには22日以内に自白させねばならない。日が経ち目を覚ました老婦人に男を見せる。(面通し)布団の中からこの男ですと指をさす。よし! 刑事たちはこれで万全だと調書を作り始める。男は無実を主張する。事件があった頃、一人の男を乗せてあげて、途中にあった橋のたもとで降ろしたと叫ぶ。待っていた恋人が来なかった。芦川いづみさんは看護婦(当時)さんであった。結婚するので退職をし、みんなで送別会までしてもらっていた。このままでは、恋人が殺人犯にされてしまう。芦川いづみさんは、刑事専門の弁護士を探し、そして弁護を依頼する。裁判は進む。弁護士は独自に調べて行く。そこからいろんな疑問点や矛盾点が出て来る。ここまではテレビのドラマなどによくある話だ。1960年代の事件で裁判官たちが、警察の調べに不審を持ち、自分たちの目で現場検証をするなどというケースは少ない。裁判官たちは犯行現場を徹底的に再現する。検事の主張は、弁護士の主張によって敗北する。男は無罪を勝ち取る。検事と弁護士の法廷闘争は、勝った、負けたと総括する。ある学者の説によると、人間は10日間一睡もさせない状態で、お前がやった、お前がやったと言い続けられると、俺はやったんだ、私はやったんだ、と思い始める。罪を認めれば、ゆっくり寝かしてやる。かつ丼でも、天丼でも好きな物を食わしてやる。悪いようにしないからなと、言われると、“私がやりました”となる。そして冤罪は生まれる。有史以来、無実で死刑になった人間は数知れない。ボクシングの聖地“後楽園ホール”に行くと、ずっと、ずっと、ずっと前から、「袴田巖」さんを冤罪から救いたい、再審を要求する呼びかけのポスターが貼ってある。そして遂にその時が来た。確か柳田國男の日本人国記によれば、日本でいちばん悪い人が少ないのは静岡県人だとあった。欲深き人間が少ないのだとか。静岡県清水市味噌商殺人事件の真犯人は誰れであったのか。弟のために90歳になるまで、再審を求め闘い続けたのはお姉さんだった。“イワオハ、ヤッテナイ”袴田巖は無実だと。世界で最も長く拘置された元ボクサーは、50年近く容疑者、死刑囚生活を経て、87歳となり正気を失っているが、やってない事は、やってないと分かっているはずだ。兄弟は他人の始まりという言葉があるが。袴田姉弟の絆は太くて強い。そして世界チャンピオンのベルトより価値がある。再審開始というベルトを獲得した。我々一人ひとり、いつでも冤罪になる可能性がある。一度でも指紋を取られた経験のある人は、その可能性はさらに高まる。90歳になった袴田巖さんのお姉さんと、恋人の無実を信じて闘う、芦川いづみさんの美しい顔が重なって見えた。国家権力とは、捏造を生むための権力でもある。何故か元総理大臣故安倍晋三の現場検証は容疑者が同行されずに終った。そこは小さな花壇となった。闇の奥でそれを許されない何かがある。この国は怖しい支配下の中にある。(文中敬称略)



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