ゴクッと飲む度に次の音が聞こえてきた。
一、ガリッ、二、ポリッ、三、ガリッ、四、ポリッ、五、ガリッ、六、ポリッ、七、ガリッ、八、ポリッ、九、ガリッ、十、ポリッ、十一、ガリッ、十二、ポリッ・・・
隣に座っている会社員風の小太りの男は右手に缶酎ハイ、左手に柿ピーの袋を持っている。缶酎ハイをゴクッと飲むとそれを両足の膝の間に器用にはさみ、空いた手で柿ピーの袋の中に手をいれる。
ピーナッツを食べると次に柿の種を食べる。実に正確に同じリズムでその行為を続ける。
その夜私は終電に乗っていた(東海道線)。
新橋から乗ると男はすでに座っていた。東京駅から乗って来ていたからだ。
乗車口脇ポールに男は寄りかかっていた。
人間は一定のリズムが気になりだすとその音に支配される。
時計のチックタックとか、グーグーイビキの音とか、シトシト雨音とか。
気になりだすと全ての意識がそこの集中する。
柿ピーの袋の中に、柿の種とピーナッツがどんな割合で入っているか分からないがその数だけ男は一定のリズムでその行為を続ける。
品川、川崎、横浜、ここで缶酎ハイのロング缶は飲み終わり黒いズタ袋の様なバッグからもう一缶を取り出す。
戸塚まで来た頃に私は読んでいたものが何も頭に入っていないのに気がついた。
柿ピーの臭いはかなり強い。
他の席が空いたのだがあえて移動せず男を観察することにした。
大船、藤沢、ずっと行為は続いている。私は次に降りなければならない。
いっそお前は何者だと声をかけようと思ったのだがそれが一体何になるんだと思い止めた。辻堂駅に着いてしまった。
心残りながら私は降りた。男はずっとそのままであった。
列車が駅を離れるまで私はホームに立っていた。
淀川長治さんではないが、サヨナラ、サヨナラと心の中で手を振っていた。
今度あったらぜひ声をかけてみようと思う。
三十五歳位、ごくフツーのメガネを掛けた男だった。知っている人がきっといるはずだ。