江の島の灯台が未だ規則正しく鋭い光りを放っている。
早朝未だ明けやらぬ海に忍者たちは静かにパドリングしながら波を待つ。
黒のウエットスーツに身をくるんだサーファーが真冬の海にいる。まるで伊賀忍者が甲賀忍者あるいわ根来衆又は服部半蔵の手の者たちの様だ。
温度二度、風速三メートル。地元のサーファーか他方から来たかは直ぐ判る。
サーフボードを持って歩いて来るか自転車か50CCのバイクなら地元のサーファーだ。
六十歳を過ぎたのを機会にサーファーになった不動産の親父がいる。夫婦二人で海から歩いて三分の処のマンションに住む。時々会社に顔を出す、同じマンションに息子達が住んでいるから仲良しなのだ。
ある日私の家から自転車で五分位の処の会社に行った。どうも久しぶりと扉を開けると奥さんがカウンターの下に顔を隠した。ダメ見ないで下さいなんて言っている親父は居ない。どうしたのと聞くといつもは被っていない白い正ちゃん帽を手で押さえた。
一体どうしたのと問い掛けると目にうっすら涙を溜めて髪の毛をバッサリカットしたと言う。見せてよというと渋々帽子を取った。ほとんど坊主に近い、ゴダールの映画「勝手にしやがれ」でジーンセバークしていたヘアスタイルだ。
凄く若返っていた。いいじゃない全然、いいよ似合っているよと言ったら恥ずかしいと言って泣き笑いをした。どうしたの、何か心境の変化と聞いたら、主人があんまりワガママで私をコキ使うから坊主になれば仕事に行かないで済むかと思ったのと言う。
何だそんな事か、俺は又若い男と浮気でもして親父の気が狂い頭を襲ったのかと思ったよと言った。まさかよして下さいよ、もうすぐ六十近いのにと言った。
いや女性は判らないよ、男より野性的だからと言った。ついでだから耳にピアスをしたらいいよ、それに細いネックレスも、きっと親父が目覚めるよ。それと今着ているシャツはイマイチだからシンプルなシャツの方がきっといいよと言った。
親父はと聞くとサーフィンの大会に行っていると未だ板の上には上手く立てないが昔肉体労働で鍛えた腕力には自信があるのでパドリング部門に出場するんだと言って出掛けたとか。自分ばかり遊んでいるんだから全くと言って二杯目のお茶を出してくれた。
それから一ヶ月半後ポスターを二枚作ったので持って行ってあげると何と、耳に小さなダイヤが光ったピアス、首にはシルバーのネックスレス、ワンポイントは貝殻、白い丸首のTシャツ絵柄なし、黒のジャケット、いい色したブルージーンズ、ローファーなシューズではないか。髪の毛も茶色に染めていた。二十歳位若返って見えた。
丁度親父が居た。遊んでばかりいたらダメだよ。奥さんは若い恋人が出来たみたいじゃないかすっかりファッショナブルになって、冗談止めて下さいよと言って二人共照れ笑いした。親父はすっかりサーファー灼けして逞しくなっていて、太っていた体がビッシリ締まって中々カッコイイ。
今までケチケチして自分に全然お金かけなかったからこれからは生き方を変えてオシャレになるんだと奥さんが言った。
親父いいじゃん奥さんがどんどん素敵になればお客さんもきっと増えるよ、これポスターいいだろと渡すと二人で喜んでくれた。善意の押し売りであった。
建国記念日の早朝海の写真が撮りたくて海に行ったらオハヨォーございますと一人のサーファーが声を掛けて来た。
忍者の様に黒いウエットスーツの中からニューッと顔が出る、親父さんだ、おお寒いのにやってるんだカッコイイじゃない、凄い上達してるらしいじゃないの奥さん元気かいと浜辺の立ち話。ええ、この頃すっかりいい女になってきました。
ありがとうございますと御礼を言われた。
作ってあげたポスターのキャッチフレーズは一つが「どんなお金持ちでも、金色のウンコは出ない。」一つが、「赤ちゃんの泣く家はみんなが笑う家です。」
お金は使い方次第、使う時は使う、使わない時は使わない。タンス預金なんてしまくって時々お札を見てニヤニヤするのはこの世で一番最低だ。その内忍者に忍び込まれてソックリ持って行かれてしまう。その時はザマーミロだ。