「山が私を変えたよ」といった。
五月三十一日で一人の女性がクラブのチーママから“上がった”上がったとは夜の仕事を離れ昼の仕事についたということ。
私がかれこれ三十五年の付き合いをしている店にいた女性だ。赤坂を上がって、うどん割烹の修行をして祖国で開業したいという。
彼女は韓国の女性であった。七年近くいたクラブの看板であった。
私はこの女性に借りがあった。
最新作の短編映画(27分)に“親分の女”として出演してもらったのだ。
ノーギャラに近かった千葉県君津の廃墟で早朝から夜までとんでもない姿になりながら、寒い中がんばってくれた。次の日杉並の公園のシーンでとてもいい芝居をしてくれた。
彼女は私の知る限りいちばん歌が上手い。
ホイットニー・ヒューストンの歌をホイットニーより上手く熱唱する。
勿論英語で。スタイル抜群で、美しくとても可愛い、それにビューティフルバストだ(全部を見たことも触ったこともないけど)それ故多くのお客さんに愛され続けた。
そんな中で彼女は山登りを知った。
ふとした友人からの誘いで初級の山に登ったら息ができないほどヘトヘトになった、そんな自分が情けなくなったという。それから歩くことを始めた。
1km、2km,そして毎日10kmと足を鍛えていった。
土日は山に行くのが何より楽しみとなった。スキーも覚え上達していった。
大自然の澄んだ空気を思い切り吸うことを知った体は夜の仕事を拒否し始めていた。
もういっぱいいっぱいだといった。
その一方で山を知った体はすっかり堅気に変わっていった。
ママさんと私と彼女の三人で送別の食事をした。
長い髪はバッサリ切ってボブヘアになっていた。小顔が余計に小さく見えた。
薄化粧のメイクであった。すっかり夜の顔は消えていた。
上がった以上は絶対に成功をしてほしいと思った。
誰かいい女性いたらよろしくとママさんにいわれた。
私はすっかり夜の世界から足が遠のいているから、私の親愛なる兄弟分に(この人は全然遠のいていないから)相談するよといってサヨナラをした。
実は私もよく登山をした。特に中央アルプスの入笠山によく登った。
今の季節頂上付近には鈴蘭の花が一面に咲く、白樺の林と絶妙なデュエットとなる。
天気がいい日は北アルプス連峰などがパノラマのように見える。
悪ガキだった私を登山部出身の姉が連れていってくれたのが始まりだった。
一人の山友だちが山登りを教えてくれた。山に登っている時だけは私は純粋な山男だった。丹沢、昇仙峡、甲斐駒ケ岳、三つ峠、奥秩父縦走など春山、夏山、秋の山に登った。山は人間をキレイに洗ってくれる空気がある。
赤坂の彼女はこれから昼の空気に慣れなければならない。
これが実に難しいのだがきっと我慢強い彼女なら頂上まで登ってくれるだろう。
もう一度ホイットニー・ヒューストンの歌を聞きたいがその機会がないことを願っている。彼女の名は「美美」さん。私たちが作った映画を見る人は会うことができる。
映画史上初めての姿に。七月か八月に第二回の上映会をする(第一回は前橋)。
ご期待あれ!