二人はしまいに泣いていた。丼ぶりの中から小指大ほどの一本のうどん。
切れ目なくずーっとつながっている。
一本うどん通だなんて言って無理して飲み込もうとすると、とんでもないことになるらしい。ずるずるとすすり始めてしばらくすると飲み込み不足、で少し腰を浮かす。
更に、そしてついには立ち上がる(?)。
一本うどんは70センチ近くあるから、ノドチンコを通過して、食道から胃袋に入ってもまだ半分くらいは口の中にある。苦しい、グルジイ、一本通は一気にすすり込むんだよ、なんて男は言いつつ目から涙が出ている。
口の中からうどんという白い管が、まるで滝のように丼ぶりとつながっている。
必死にすする、ウグッ、ウグッ、ゲホッ、ゲホッとなり、鼻水が二本出る。
彼女はそれを拭き取ってあげる。もうよしなよ、箸で切れば、切ってあげるからと泣き声になる。アタシ小ばさみあるからなんて言ってバッグに手をやる。
一本うどん通としては一気にすすり切り、プハァーウメェと言いたかったのだ。
丼ぶりの中にあった鰹節がデーブルの上にヒラヒラとくっついている。
一本うどんは極めてシンプルで、丼ぶりの中には汁と鰹節ときざみネギと、グルグルと蛇のようにトグロ巻きになったブットイうどんのみ。
半立上り状態になった男はうどんをくわえたまま泣いている。
優しい彼女はそれを見てもうやめなよと泣いている。
彼女も一本うどんを頼んでいたが、彼氏の悪戦苦闘を見てすっかりすする気をなくしていた。男は名のある精肉店の若ダンナ、彼女はやがて嫁になる女性。
これ以上書くとバレてしまう。
店で会った時は二人共ニコニコしてチョコン、チョコンと頭を下げたが、そんな余裕は失っていた。日本のどこかでノドに小指大のうどんがつまって死んだ人もいたと聞いた。ホントかよと思ったが本当なので、老人や子どもには出さないとか。命がけなのだ。
♪~オレはみんなから ダメな二代目と言われているけど ナメんじゃねえ 見てろよテメーラ この一本うどん 葛きり飲み込むみていに すすり込んでやっから ノドン、テポドン上等だよ こちとら一本うどんだ せいのの合図で イチニノサンシゴーロクナナで飲み込むぜ 見てろよオレは ダメジャネエ ダメジャネエ オレと結婚したら シアワセ一杯 腹一杯 トンカツ、コロッケ、メンチ一杯食べ放題 ダッツーノ。
なんてノリノリのラップ風ファッションだったが。
フツーの店の何倍もこの店は手強いらしい。私は一本うどんに興味はなかったが、一度山梨で挑戦したことがある。すするよりぶつ切りにして食べた。