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2012年11月6日火曜日

「ある礼節」


 タラバガニ※イメージ


私の様な無駄口をたたいてばかりいる人間を黙らせる方法はただひとつ、それは蟹を食べさせてくれればいいのです。

私が大変お世話になっている会社の社長さんからでっかいタラバガニを送っていただきました。はるばる北海道からちゃんと横泳ぎで来ました?
とれたて、茹でたて、真っ赤な北の幸。
二日間かけて解凍し、いざ食さんと出刃包丁と木製トンカチを用意しました。蟹のギザギザで少々指先を傷つけ、おーいててと血の付いた指を洗うのがしきたりです。蟹への敬意なのです。

ぶっとい足にギッシリの身、でっかい甲羅に味噌たっぷり、割る、ほじくる、割る、ほじくるを繰り返し家族全員無言状態となる。蟹焼き、蟹サラダ、蟹鍋、蟹そのまんまを食べ尽くし、甲羅にお酒を入れて飲む。 次の朝は蟹汁だ。刻みネギを蟹汁にハラハラと落とす。

アレッよく見ると蟹の食べ残しの足がお盆の上にずらりと乗っている。
その足をつかみ望遠鏡を覗き込む様にしてまだまだ身があるんじゃないと指で掘り出す。オッイテテと指から血がにじみでる。水道の蛇口をひねって水を出し親指と人差し指を洗う。蟹さん本当に美味しかったと頭を下げるのだ。

よく軍手をつけて蟹を解体する人がいるがあれは駄目、やっぱりイテテ、イテテと素手でやるのが正しい事なのだ。蟹に対して礼を欠いてしまうのだ。

2012年11月1日木曜日

「おつりが60円」




後楽園といえば野球の殿堂、または日本三大名園の一つ岡山の後楽園というのが日本人の決まりであるが、“幸楽苑”となるとハテなんでしょうとなるはずです。

昭和29年創業。290円のラーメンが人気のチェーン店です。
ラーメン道やラーメン通ならご存知度80%位の店です。

その幸楽苑が我が家から歩いて5分くらいの処にオープンしたのです、箱根駅伝が走る道路の側に。むかしなじみの屋台の味が売りです。
それに餃子やらチャーハン等メニューは楽しさいっぱいです。

私が育った東京荻窪は、私にとってラーメンの聖地、いや命、いや人生の主体といってもいいのです。丸福、春木屋、丸信は史上最強のコンビでした。
ラーメンといっただけで荻窪を思い出すのです。

幸楽苑に多大な期待をしませんが290円の味に私は深く共感するのです。
シンプルイズベスト。
醤油スープにチャーシュー、シナチク、のり、きざみネギとラーメンの家族が麺の上に勢揃いです。

愚妻に行くかと聞けば行かないわよ、アタシはベトナム人の友人たちと一緒に家で食べるなんていうから、ヤッホーひとりで幸と楽を味わう、本当の処290円の幸楽苑にはひとりで行くのが正しい姿。後期年齢の男がビーチサンダルなんかで後姿も淋しくひとりラーメンをすするのがいい感じなのです。

石川啄木の歌に「かにかくに 渋民村は恋しかり おもいでの山 おもいでの川」というがラーメンを待つ身に浮かびます。
「かにかくに荻窪村は恋しかり 思い出の丸福 思い出の春木屋」となるのです。

私の隣りのお兄さんは、チャーシュー麺とチャーハン餃子セットをビッグに注文しました。いいなあラーメン幸楽苑、310円で60円おつりをもらいました。(消費税は別です)

2012年10月31日水曜日

「ああ国府津駅」




おそば屋さんに入りました。
天せいろを頼みました。友人は大盛りを頼みました。
丸い竹籠に入ったおそばと、海老、イカ、カボチャ、シシトウの天ぷらが付いてきました。

人間は完全なる徹夜を二日すると、竹籠の中のおそばがただのおそば色の固まりにしか見えません。
私は並盛りだったのですが友人の大盛りの方が少なく思ってつい取り替えようとしてしまいます。イカ天を食べていたのですが何の味もしません。
大好きな海老天はただの長い天ぷらの衣です。
カボチャはサツマイモと区別がつきません。シシトウはピーマンと間違えます。

つまり脳内が味覚、視覚への命令をマア、どうでもいいや、腹の中に入りゃ同じだべ、出るときは何もかも一緒だわさといい加減に職場放棄するのです。

今日こそはどんな事をしても眠るべえと心に決めて東京駅から沼津駅行きの東海道線に乗りました。夕刊紙二紙、毎日、産経、東京新聞の夕刊(家でとってないので)週刊朝日、サンデー毎日、週刊現代、週刊ポストを買って乗りました。
 「石原新党はどうなるか」各紙どう書くかを確認するためです。

 週刊現代袋とじの草刈民代さんのヌードの美しい事、見事な裸体を見て一瞬眠気が消える。おおー周防正行監督はエライいい女性を生活の仲としているではないか。
よし、近作「終の信託」を見るベーと心に決めた。

 そこまで記憶があったのだが、気がつくと何故か降りるべき辻堂を通り越し、茅ヶ崎、平塚、大磯もそして私は国府津駅でハッと我に帰ったのです。
ヤバいやってしまった。
足元に草刈民代さんのグラビアヌードがパラパラと落ちていました。


2012年10月29日月曜日

「十月二十四日早朝」




とある国の、とある哲人が晩年、とあるインタビューに応えてこんな言葉をいった。

話法は私なりにアレンジした。
「マアわしの人生で自慢すべき事は何にもネエけど、しいていえば書物を一切読まなかった事だな」これにはいろんな解釈があった。なにしろ世界的哲学者の言葉だからだ。

ある人は自分の為になる書物は読まなかったのだろう。
本当は万巻の書を読んだに決まっていると。
ある人は自分の書いた書物以外はみんな悪書だと皮肉っているのだろうよと。
また、ある人はケチンボだったから書物は図書館で借りて読み、自分で買った書物はないと。

原稿用紙2000枚、738ページ、小さい活字びっしりの巨編を十月二十四日午前四時十一分十二秒、ほぼ三週間をかけて読み終えた。

古川日出男著「聖家族」だ。
異様かつ怪奇かつ詳細かつ難解かつおどろおどろしい「血」の歴史、東北六県にまつわる歴史と現代史。この作者は福島県郡山市出身の人。

不眠症の人にお勧めしたい。
読めば読むほど頭は興奮し、副交感神経は機能不全化し、混乱を極め、目は一段と覚めていく。とある友人に読んでいただいて解説をお願いしたいと思った。

菊地信義氏の装幀がすばらしい。集英社刊です。

読書などというなれない事をしてしまった。
だが、出羽三山を全て登った後の様な不思議な疲労感が気持ちいい。

2012年10月25日木曜日

「ご近所の人」


※画像はイメージです


隣人とは淡交を旨とすべしと先達に教わった。

世の中の付き合いの仲で隣人ほど難しいものはない。
ひと度お互いに不快心や嫉妬心や意地悪心が生じたらまず消える事はない。
 マンションを好んで住む人は隣人との付き合いが面倒臭いからというのが大きな理由であるが、隣り同士になった以上淡交に適するのは難しい。

友人の話だが、マンションは上下の関係が悩ましい。
ピアノの音がウルセイんだよとか、子供がドカドカ遊ぶのを何とかしろとか、小さなベランダから成長した木の葉かなんかが隣りに一センチ入ってもハサミできられ気をつけてよなんて言われる。

知人の話だが、家の前に一時的に停めてあった車に隣りの車が接触し傷ついた。
こんな処に停めないで下さい、なんて金切り声をあげられ日々ドキドキしている。
ある花などは繁殖力がすごく地の中の根を前後左右の隣人の家の庭に進入してボコボコ花を咲かす。すみませんね、すみませんねとハサミを持って行く。

先日一匹の猫が何を間違ったか網戸に飛びつき、網戸を切り裂きガッチリへばりついていた。猫も目線を見間違うらしい。

お前なんでそんなところに爪をたててへばりついてんだよといったら、年のせいで距離感を間違えましたといった?

私は幸い良き隣人に恵まれている。
ちょっとお味噌貸してとか、お醤油貸してとか、おネギ少しあるとか、わさびの買い置きある、なんてお付き合いをさせていただいている。

ご近所の人たちには、あのアロハのオッサン何者なの、気をつけなさいと言っている姿が家の前の公園にある。確かにそう思われても仕方ないのだ。

2012年10月23日火曜日

「歌舞伎揚げ」


※イメージです


砕いた人間の肉をカレーにして臭いを消す。
 86歳の元警視がとんでもない迷惑ババアの首を切り落とす。
想う女性をストーカーして同じマンションに引っ越して来て刺し殺す。
どえらい女が一人二人三人四人とコンクリート詰めにする。
女性を全裸にして首輪をかけ、よってたかってなぶり殺す。

推理小説家はいろんな事件をモチーフにして自分なりに事件を作り出すのだが、事実はまさに小説より奇なり、いかなる作家も想像を超えたおぞましい事件が連日起きている。
長引く不況が人間の心を獣に変えてしまった。


列車で通勤していると本当にとんでもないマナーの男女がいる。
何しろこの私が言うのだから。その列車は熱海行きであった。
乗客の殆どはもうすっかり温泉気分、靴を脱ぎ靴下を脱ぎ水虫に食われた足を出す。
向いの座席に足を出す。

夫婦とおぼしき30代の二人はチューハイ、缶ビールをパカンパカン空ける。
イカサキ、タコサキ、細切りチーズ、それと歌舞伎揚げのせんべいを未だ動かぬ東京駅で飲み、かつ食う。歌舞伎揚げの油のニオイがとにかくクサイ、二人はうるさい。
その二人の横の席にいた私はじっと耐え忍ぶ。浅野内匠頭の様に。
だが人間の我慢は限界というものがある。

川崎を過ぎた頃それは起きた。
男は全て食べ残った歌舞伎揚げの袋の底にたまった残り物をでかく空けた口の中に入れて流しこんでいた。パーンと列車内に袋が割れる音がした。誰が何をどうしたか。

2012年10月22日月曜日

「エライ!数字」


※写真はイメージです


マックといばおおよその人はマクドナルドハンバーガーを連想するはずです。
ではマック赤坂といえば殆どの人が???who?のはずです。

私もいかなる人物か分かりません。
 17,884票もマック赤坂氏は獲ったのです。 

1022日の朝刊に東京と千葉を結ぶ東京湾アクアラインにびっしり隙間なく市民ランナーが走っていました。すごい数だと思ったら14,000人とか。
マック赤坂氏はそれ以上投票者に自分の名を書かせたのです。

これって大変な事なのです。
私はぜひマック赤坂氏を知りたく思いました。
普通泡沫候補(失礼)といえば雀の涙ほどの数字なのですから。

ちなみにその日三重県志摩市長選の当選者の数字は13,406票。
島根県安来市長選の数字は12,695票。
北海道歌志内市長選ではその数1,554票でした。

マック赤坂(諸新)64歳。興味が尽きません。
きっと毎日マック氏はマックを食べているのでしょうか。
いいなぁー、こうゆう人がいるって事は。

新潟県はあの田中角栄を生んだところ。
マック氏は雪合戦なんかが強かったりしたんでしょうか。
雪下ろしなんかがうまかったのでしょうか。

調べてみよう。できたらぜひ会ってみよう。
きっとテーマソングは“マックザナイフ”かもしれない。
でも意外と東京の赤坂の人だったりしたら

2012年10月19日金曜日

「血の事」


今週の週刊朝日より


私が小さいながら会社なるものを始めた時、心に決めた事があった。
どんな事があっても社員のプライドを守るという事だ。

私たちにとって仕事を持って来てくれる方はなによりありがたい方々だ。
その方々から競合プレゼンなるレースに参加させていただき目指すのは一着のみだ。
私たちにとって二着、三着は何の意味もない“負け”なのだ。
だが全戦全勝という訳には行かない。
 
残念な結果になっている処に犯人探しをする方々がいた。
私の大切な社員に対してだ。“負け”の責任は全て私にあるのに。
あの人さどこの出ですか、ちっとも動きが悪く走らない。
味噌汁の飲み方だって卑しいじゃないですか。お里が知れるし、親の顔が見てみたいですよ。やっぱりプレゼンに勝つ競走馬は“血統”でしょう。

かつて何度か経験した事だ(表現は違うが)。
私が怒り狂った時、上司や会社のトップまで頭を下げて来たが、そんな気分を味わった仕事のギャラをビタ一文もらった事はない。

確かに何億、何十億のプレゼンを勝ちたいのはわかるが戦っている内は一心同体なのだ。如何なるケースでも、人の家の“血”の話をしてはいけない。
会社の社長なんて社員が全員辞めたらただの一人者だ。
私は社員のプライドを守るためなら潰してもいいと公言して生きてきた。

週刊朝日の今週号で、橋下徹市長の“血”について書いてあった。
ドキュメンタリー作家の佐野真一氏を起用して。
私は別に彼の支持者ではないがあまりに度を超している。

“血の差別”は決して許してはいけない。
言論の自由をはき違えている。佐野真一氏ともあろう人がなに故書いたのか????だ。橋下徹市長には奥さんも子ども達も居るではないか。

人間は誰でも血の過去を背負っている。
知られたくない血、知りたくない血、できれば断ち切りたい血と共に生きているのだ
週刊朝日がどう言論人としてけじめを付けるかを見てみたい。
編集長の謝罪文では決して終わらせてはいけない。
休刊もあるやもしれない。それ程重大なテーマなのだ。

2012年10月18日木曜日

「そんなバナナ」




“その内とお化け”は出た事ないと昔の人はいいました。

ワルイけど直ぐ返すから、近いうちまとまった金が入るからちょっと貸してくれる、といってそのお金が近いうちに帰った試しはない。

私の先輩でこんな凄い男がいた。
今な、女房のおっかさんと一緒に住んでんだけどよぉ、廊下に毎日バナナの皮を置いてんだよ。近い内きっとそれで滑って頭を打ってあの世に行くはずだ。
そしたら保険金がしこたま入るからすぐ返すよ、だからちょっとだけ貸してくれよ。

その内といっていた男は、その後肺をやられて借金まみれで57歳であの世へ言った。
バナナの皮を拾っては捨てていた義母さんは92歳まで元気に生き抜いた。

グヤジーと先輩は夜な夜な化けてでているやも知れない。
私が貸した少しばかりの金は奥さんがちゃんと返してくれた。
バナナを見る度その男を思い出す。

夜中帰った日、台所にバナナが山ほどありました。
ご年配の方くれぐれもバナナの皮が落ちていたら気をつけてください。
できれば皮ごと食べちゃってください。すんごく不味いけど。

2012年10月17日水曜日

「おお神よ」


※写真はイメージです


潮の香りがたっぷりと車の中に入り込んで来た。
もうすぐ家だ。

その一時間半ほど前、夕方から夜中まで続いた打ち合わせを終え、友人とラーメン屋的日本食屋に入った、なんでもその店は35年間赤坂溜池で頑張っているとか。

壁にはズラズラズラと中華のメニュー、和食系のメニューがある。
その種類は300位ある。

友人とゴッツリ疲れたので生ビールの中を一杯ずつオーダー。
つまみは友人がエシャロットというらっきょうの兄弟分、それと厚揚げ豆腐。
私は金目鯛の煮付け。

頭の中が競輪場の様だ。
バンクの中を選手がグルグル猛スピードで回っているそんな感じだ。
2周ガンガンガンとジャンが鳴る。頭の中は回りに回り、口からは次々に思いつくままアイデアの連打であった。

で、ビールで乾杯お疲れさんと言ってグイ、グイ、グイ、エシャロットをコリッコリ、厚揚げ(薄かった)をネギとショーガをのせてブニョブニョ。
で、次にチンされてクタッとなった金目の煮付けに箸を入れる。

味が薄い。
時計は既に一時を回っていた。

私たち以外は若者が一人、春雨定食を食べていた。
戦後の焼け跡にある様なお店であった。
何故かカラオケ飲み放題3000円と書いてあった。

その夜、空には美しい星が出ていた。
平尾昌晃の「星は何でも知っている」を思い出した。
店を出た時クラクラッときた。ダウンしそうになった。
アリスの名曲「チャンピオン」を思い出した。
♫立ち上がるなこれでもう十分だおお神よ。

そう私はもう老ボクサーなのを忘れていた。
白子のポン酢を食べときゃよかたと思った。