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2015年2月17日火曜日

「怪物に乾杯、つまみはから揚げ」





「ジャージーボーイズ」というハリウッド映画が昨年日本で上映された外国映画のNo1となった。
残念ながら映画館には行けなかった。
2月11日そのDVDを買ってもらっていたのでそれを見た。
監督は八十四歳になる巨匠「クリント・イーストウッド」だ。
この人は怪物である。
年を重ねるごとに作品が若々しくなる。
ジャージーボーイズは友人たちが揃って絶賛していた。
ニュージャージーで育った4人の若者が60年代を代表するヒット曲を連発し成功するも、グループはお決まりの様に仲間割れして行く青春映画だ。
全米No1になった「シェリー」「恋はやせがまん」「恋のハリキリ・ボーイ」「悲しき朝焼け」「悲しきラグドール」「バイ・バイ・ベビー・グッドバイ」など4人グループ“フォー・シーズンズ”が唄う。
ミュージカルをクリント・イーストウッドが映画化した。
リードボーカルの声は裏声とヨーデルが重なった様な不思議な高温の声で、私は少年時代友人みんなとノドを引き絞って真似をした。

クリント・イーストウッドは早撮りで有名な監督。
2月21日からは「アメリカンスナイパー」というアカデミー賞の候補作も上映が始まる。
監督と製作を一人でやって成功したのはこの人とオーソン・ウェルズしかいない。
3,790円で2時間30分何度も何度も楽しめる。
何かに向かっている人は老いる事はない。
夢を追っている人はいつも青春時代だ。
クリント・イーストウッドはそう教えてくれる。

♪シェリー シェリーベイビー シェーリー
と気分よく口ずさみながら昨日夕刊を読んでいると「とりのから揚げ」の事を中国語の発音では「ジャージー」ということを知った。
中国では「ジャージー・ボーイズ」は「とりのから揚げ少年」となってしまうのだ。何だかガックリとした。
週末に又、見る事にする。

60年代は音楽の宝庫であった。
ペラペラのソノシートで聴いた「悲しき街角」「悲しき雨音」であった。
少年の恋は悲しいのだった。
クリント・イーストウッドは何度も結婚し、何度も離婚し、何度も自分を生まれ変わらせてきた。
彼はきっと100歳になっても青春の真ん中にいるだろう。

怪物に乾杯だ!つまみは勿論とりのから揚げだ。

2015年2月16日月曜日

「朝です」




このブログを書いているのは、二月十六日(月)午前五時十七分五十一秒だ。

テレビではニュースが流れている。
テロあり、殺人あり、鍋焼きうどんに針混入あり、安倍内閣の支持率が50%を越えたとか、北アルプスで遭難、山スキーをしていたとか。やったらダメですというのをやってしまう山スキーヤーのなんと多いことか。札幌のカニ屋で落下物がありケガ人が出たとか。森三中の大島さんが妊娠六ヶ月とか。

七時間原稿用紙に向っていたら愛用のボールペンの芯が残りわずかになってしまった。
バレンタインデーにいただいた「あげもち」と「チョコレート」で一杯飲んで眠るとする。

いつものグラスに日本酒を注ぎ入れた。どこか旅に行きてえなと思った。
沖縄の友のホテルに行こうと予定している。フォールーム。四部屋しかないがアジアンテーストのステキなホテルだ。おっとその前に友人が元箱根の日帰り温泉に行こうと誘ってくれている。

五時三十三分〇三秒、ウクライナ東部で停戦発効、その後も双方で攻撃中。小田急線経堂駅側ビルで火災、周囲騒然。
ヤバイこんなこと書き続けていたら眠れなくなってしまう。クーラー設置で何故住民投票(?)。
それではおやすみなさい。十時には起きますので。
小学五年生を殺した男が、日常的にバカにされたから殺したと供述をしたとか。

小さな庭にヒヨドリが来るようになった。
昨日、梅の花がポツンポツンと五つ咲いた。

2015年2月13日金曜日

「一羽でもニワトリ」




我が子を育てるように酪農家や養鶏業の人々は、牛、豚、鶏を育てる。
オイお前食欲はあるか、少し元気がないぞ、オイお前風邪でも引いたんじゃないか鳴き声が枯れてるぞ、オイお前腹の調子でも悪いんじゃないか便がゆるいぞ。

牛はモーモーと応え、豚はブーブーと応え、鶏はコッココッコと応える。
子牛から大人の牛へ、子豚から大人の豚へ、ヒヨコから大人の鶏へ。
それはそれは丹精を込めて育てる。なんて人間はやさしいんだと思う映像のあとに。

牛肉がグツグツと音を立てて白滝や春菊やネギやお麩と共に鉄鍋の中で「スキヤキ」となっていく。鉄板の上でステーキとなっていく(まるで火炙りのごとく)。
豚肉は切られ、包丁で傷を入れられ、衣をつけられ熱油の中にジューと入れられ「トンカツ」となっていく(火炙りのごとく)。
鶏は逆さ吊りにされ、毛をむしられ首を切り落とされ切り刻まれた。その上串刺しにされ炭火で焼かれ「ヤキトリ」となっていく(まるで火炙りのよう)。

心暖まる酪農家の人たち、養鶏業の人たちの映像と、火炙りになり人間たちの口に入る“料理”の映像を見るとガクッ、ガクッ、ガクンときて目の前の肉類を食べたくなかった。
筋肉隆々、ゴハンをモリモリ食べていた牛たちが四角いダンボールの箱に入って出荷されていく。
若い女性たちがステーキを食べて、キャーこれおいしい“本当の牛肉”みたい(?)とハシャギまくった。

「六道輪廻」生き物を食べた者は一度地獄へ落とされ(畜生に)生まれ変えられると「僧源信」は「往生要集」に書き残している。
それから逃れるには、生き物を食べた以上の善行を重ねるしかない。

こら!そこのオヤジ、ヤキトリ何本食ってんだよ、未だ、皮、ボンジリ、レバー、つくね、シロ、ハツ、タン、カシラ、セセリしか食べてないだと、地獄へ行くぞ、今度生まれて来るときは養鶏場の中のニワトリだぞ。一羽でもニワトリとはこれ如何にだな。

2015年2月12日木曜日

「鼾」




小説の神様といわれた「志賀直哉」の小説に「剃刀『カミソリ』」というのがある。
剃刀を使わせたら名人といわれた床屋さんの主人がいた。女房と若い者が一人いた。

その日主人は風邪を引き熱を出していた。
一人の男の客が来た。髭を剃ってくれという。
女房はあんた今日は体の具合が悪いのだから若い者にまかせなさいなといった。
主人は大丈夫だ俺がやるといった。客の男に温かな布を当て髭を剃り易くする。
温めている間、愛用の剃刀を細長い革の上で返し返しをしながら切り味をよくしていく。

主人は客の髭を剃り始める、いつしか客の男は大きな鼾(イビキ)をかき始める。
職人気質の高い店の主人は心が乱れる。熱が出て体の調子が悪いのに、俺が剃ってやっているのに鼾なんかかきやがって。
そうとは知らぬ客の男は高鼾だ、そして店の主人のイライラは頂点に達し、剃刀で客の男の喉笛をスパッと切ってしまう。
とまあ大筋こんな小説であったと記憶している。

あるとき、私が敬愛する監督にこの小説を短編映画化したいですね、と話した。
監督はぜひやりましょうといってくれたが、それは実現できなかった。

昨日午後四時半頃、私は床屋さんで大鼾をかいていた。
早朝まで起きていて二時間半ほど寝て起きた。朝八時半に連絡をしなければならないことがあった。二度寝をしようとしたがそのまま起きた。
休日であったが、平塚からハリ・灸の達人が十時に来てくれるといってくれたからだ。
頭を刈ってくれたのは店のご主人であった。起きてシャワーで洗ったので、頭は洗わないでよかった。

途中記憶がなくて目を覚ますと、ご主人のお母さんが剃刀を当ててくれていた。
自分で鼾をかいていたことを感じていた。
何か夢を見た気がしたがどんな夢であったかは分からない。
私は、お母さんにいや〜夢を見ちゃった、ずい分鼾をかいたでしょといった。
時計の針は五時に近づいていた。
お母さんが大きなマッサージ器を使ってくれようとしたが、いいです、いいですよといって断った。

千円札を四枚出してお釣りをもらった。
家に帰りながら「志賀直哉」の小説を思い出していた。
小説の神様もきっと床屋さんに行って大きな鼾をかいたのだろうと思った。

2015年2月10日火曜日

「初恋の結果は」




そういえばこの頃笑ってないな。
腹を抱えて大声出して笑っていない。
バラエティ番組を見て笑うのは、笑わせられているのだ。
この国にお笑い芸人たちがいなかったら、すこぶる暗い日々となるだろう。

ただ度を越した番組や、死に直面するような番組も多い。
深夜になるともうやりたい放題無法状態である。
作る方も作られる方もSMのような関係となっている。

私は江頭250とか出川哲朗とか上島竜兵とか坂田利夫の大ファンである。
笑うことが欲しくなった時は、彼等の出演しそうな番組を探してそれを見る。
それほど多くはないがその余りのバカバカしさに救われるのだ。

お笑いの人たちは「明石家さんま」を除いて、殆どの人が番組外では無口である。
冷静であり寡黙に徹するという。そして、もし売れなくなったらどうしようと不安神経症的になる。落語家は高座を終えると人を笑わすようなことは話さない。
金にならない笑いは取らないのだ。


7日の土曜日BSジャパンで「フーテンの寅」の初期の作品を見た。
マドンナは「長山藍子」であり、おじちゃんは「森川信」だった。
おばちゃんの「三崎千恵子」やタコ社長の「太宰久雄」は若かった。
「佐藤蛾次郎」も若かった。

純情な寅さんはいつも失恋する。
恋する寅さんを見ておじちゃんは、“バカだね〜”と溜息をもらす。
妹のさくら「倍賞千恵子」はどこまでもお兄ちゃんの寅さんにやさしい。
小さな会社に勤める労働者の「前田吟」は汗にまみれ黙々と働く。
“労働者諸君!今日もお仕事おつかれさん!”と寅さんは声をかける。

この映画のシーンには多くの笑いがある。
大きな幸福を望まない人々が日々の生活の中で手にする上質の笑いがある。
労働と笑いは親しい関係でなければならないことを教えてくれる。

ある調査によると、初恋は4人に3人が実らずほろ苦い思い出になったという。
初恋の相手は「同級生」が最多で80.9%、幼なじみが7.4%、学校の先輩が5.4%であった。初恋の年齢は612歳が55.6%、9割以上が15歳までに初恋を経験していると回答していた。

寅さんは初恋ばかりして、失恋ばかりする少年であった。
フーテンの寅さんを演じた「渥美清」さんは、「躁と鬱」を繰り返す難しい人であったという。山田洋次監督はその調子をよく見ながら、今日はやめとこうとか、今日は回すといったと何かで読んだ。

ヨーイスタート、カチンコが鳴った瞬間に、渥美清さんは寅さんになり、満員のお客さんを笑わせた。プロの芸人としてヨーイスタート、さあ日本人よ笑いを思い出そう。
皆さん毎日寒いけど笑顔で行きましょう。労働の後の休日を楽しんで下さい。
そういえばスマイルバッヂはどこにいったのだろうか。(文中敬称略)

2015年2月9日月曜日

「ズキ」




「星はなんでも知っている」なんて歌を唄ったのは平尾昌晃さんだ。
鳥は何でも食べていると思っていたのは私だ。
リンゴを細かく切って小さな庭に放り投げてやると鳥たちが集ってくる。そ
れを見ていて止められなくなり、深夜リンゴを切り刻んでいる。

節分のまめが袋に入っていたのでそれを鬼は外、鬼は外とはいわずに無言で投げた。
朝カーテンを開けて見ると、リンゴはすっかりなくなっていたが豆はほとんど残っていた。うーむ、おかしいなと思った。ぜいたくになってしまったのかなと思った。
一週間リンゴを食べさせたせいかもしれない。鳥は本当に用心深いことを知った。

日曜の午後に行った果物屋さんには、傷もののリンゴとか他の果物も安く売っている。
食べりゃ同じなんですがねと中年のオヤジはいう。
人間と同じで見た目で判断しちゃいけないんですよね、店の前を毎日通る見栄えのいい娘さんは何故か独身ばかりですよといった(?)見栄えと性格は違うからなと私は応えた。

家に帰り、ノートを開いて「女の愛」についてを探し出した。
イタリアの女性は気性で愛す。
スペインの女性は快楽で、ドイツの女性は官能で、ロシアの女性は堕落して、東洋の女性は習慣で、フィンランドの女性は義務で、イギリスの女性は本能で、アメリカの女性は打算で、フランスの女性は心で愛す、とメモ書きしてあった。

女性の傷を愛す国はいない。女性の心の傷は美しい。
見た目は小鳥のようだが、小鳥のようには用心深くなく、まさかのことを経験してしまう。最も最近では男の方が用心深くなりすぎというか、フラレたくない、傷つきたくないと消極的らしい。
♪〜星はなんでも知っている ゆうべあの娘が泣いたのも…。

二月五日(木)NHK「地球いちばん」に私の大好きな「ルー大柴」さんがアラスカのオーロラを見る旅人になっていたのでそれを見た。
星とトゥギャザーしたいといっていた。スタッフから今の気分を「五・七・五」で表現して下さいなんていわれたら、「やぶからスティックじゃないの」といった。天には、星、星、星の海、息を飲み込んだままあの世にいってしまいそうな、オーロラ、オーロラ、オーローラーだ。
星の数ほどあの娘が泣いた訳を知っているのだろう。
オーロラは地球上で傷ついた女性の心が集ってできたのかもしれない。

先週末、傷ついた人が身の上の相談に来た。
メソメソすんなこの本でも読めといって、私の書いた本を渡した。
パラパラとめくりながらまた来ますといって帰っていった。
多分私の本では何の役にも立たないだろう。オ〜イ、友だちに本を買ってもらってくれな、と声をかけた。結局“セコ”なのであった。買うことはない、売るほど持っているから。

二月十六日〜二十三日までの一週間、本のポスター三点を渋谷駅南口に貼り出す。
後輩二人がいいデザインといいコピーを書いてくれた。
新良太さんがいい写真を撮ってくれた。
キービジュアルは、世界チャンピオンの中のチャンピオン「内山高志」さん、赤坂のサロンの「ママ」さん、それとオーロラとトゥギャザーした「ルー大柴」さんだ。

お世話になった広告代理店の社長やみなさんのご協力に感謝御礼なのです。
ちなみにヤクザ者は“傷”をつけることを、“ズキ”を入れるという。または“ハスル”という。

2015年2月6日金曜日

「王さんは『玉』だった」




「艱難汝を玉にす」→カンナンナンジヲギョクニス。
“艱難”とは辛いこと、苦労、難儀なことと辞書にある。
“汝”とはおまえ、そなた、きみということ。
“玉”とは光り輝く存在のことだ。
若い頃の苦労は買ってでもしろ、と古人の教えもある。

あ〜嫌だ、も〜嫌だ、なんでオレだけが、なんでワタシだけがこんな辛い思いをしなければならないの。なんでオレはついていないの、なんでワタシは…と深いため息をつきどっとソファーやふとんに倒れこむ、そんな日々を乗り越えた先に、きのうと違う自分、強くなった自分、優しくなった自分、全然新しくなった自分に会える。
その逆に、つらいこと、嫌なこと、シンドイことから逃げまくると、天から見放されることになったり、運やツキからも見放されたりする。

最もイケナイのは人のせいにすることだ。
アイツのせいでとか、親兄弟のせいでとか、会社のせいでとか、社会のせいとかだ。

私の好きな戦国武将の一人に「山中鹿之介」というのがいた。
本当にいったかどうかは相手が戦国時代の人なので分からないが有名なフレーズが伝わっている。一族滅亡の危機に直面した時に「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」いったとか。そして死に、そして伝説の武将となった。
死に直面し更につらく苦しいことを与えよだった。

日本国はイスラム国(?)のテロのターゲットとなった。
狂信的な人間を相手にした残酷な現実から多くを学ばねばならない。
挑発に乗ってはならない。相手の思うツボの中に進んで入って行くことになる。
大変疲れたであろう国のリーダーたちに冷静になってもらいたいと切に願う。

好きなフレーズがもう一つある。
大きな組織に入っていない(暴力団員でない)、ある街の若いサラ金の男の本を読んだ、その題名が「ブルったらおしまい」であった。
喧嘩をする相手でいちばん手強いのは、じっと、そっと、黙っている男だ。
ブルってはいないからだ。

今夜は何か心が乱れている、何かにブルっているのかもしれない。
だがひと眠りして朝になったらまた、艱難辛苦の一日が始まる。
苦あればきっと楽ありを信じて。ブルってはいられない(ちなみにブルってるは、恐がってブルブル震えていること)。

肩こり、首痛、腰痛をほぐしてくれていた中国人女性(王さん)が一月で辞めてしまったと昨日聞いた、多分そのショックで心が乱れたのだろうと思う。
女子プロレスラーみたいにゴツイけどマッサージは抜群に上手かった。
そして何より優しかった。どこへ行ったの「王さん」なのだ。

“王”さんは私にとってマッサージ界の光り輝く“玉”であった。
私の仕事場の斜め前、「からだリフレッシュ工房」に居た。
誰かどこかであったら教えて下さい。60分で4200円だった。

2015年2月5日木曜日

「ある人の言葉」




今更ながらある人の話を思い出した。
戦争、内乱、紛争、世界中がガッタガタにモメる。
 
日本の極道界でNO.1A組とそこから出たB会の間で大戦争があった。
内部抗争から権力闘争になり、かつての兄弟分同士が血で血を争った。
当初はB会が多数となっていた。

NHK特集にB会の大幹部たちが勢揃いしてインタビューに応えた。
来るなら来いや、ワシらは戦争には負けないでとスゴんだ。
結局組を割って出て行った者に大義はなかったので次々と切り崩しにあってやがて壊滅させられた。イスラム国(?)も内部分裂から発生した。
鉄砲玉といわれる若者たちが極道界で男を上げようと的(マト)にかけた相手の命を奪った。

ある人はイスラム国(?)は戦争したらバンバン儲かる軍産複合体や、それを操るロックフェラーやロスチャイルド、華僑やユダヤ系マフィア、バチカンなどに使われている鉄砲玉なんだよと、アメリカという強力な存在がモメゴトを生み、作り出し、グイグイ介入してジャッキを入れる(空気を入れるともいう、小さなものを大きく膨らまし、モメるようにあおる)日本国のようなダンベイ(金ヅル)から金を出させる。

軍産複合体にとって“平和ほどの悪”はない。
ヒトラーのパトロンがフォードであったのは有名だが、今も同じなのだ。
戦争ほど儲かるビジネスはないのだから。

世界の国々は水面下ではしっかり通じ合っている。
ネット社会に秘密はありえない。
日本国政府、安部総理、首相官邸、何もかもひと芝居を打ったのだ。
何もかも知っていたのだから、勿論ヨルダン政府も。

昨日国会での予算委員会のやりとりを見ていた。
四時四十五分に終わった時、総理大臣は満面の笑顔をあっちこっちにふりまいていた。不気味で不思議な国会の風景だった。
とりあえず片が付いた、早く家に帰りたいと顔に描いてあった。

極道の世界には筋や道や、義理や人情、破ってはならない掟がしっかり残っているが、世界中の金持ち世界にそんなもんは欠片もない。
日本は永遠にアメリカのパシリであり、ダンベイであり続ける。
イスラム国(?)という鉄砲玉はその役目が終わったら、次の役目をさせられるだろう。そして使い捨てにされる。ある人はいった、財閥といういきものは金儲けのためならどんな八百長もやるんだよ、何も知らないのは毎日コツコツ働いている国民なんだ。

長い、長い芝居を打ってTPPはアメリカの書いた初めからのシナリオ通りになってきた。日本国を骨までしゃぶるアメリカは郵政の株を上場させそれを頂き、次に農協を解体させ、数百兆円も頂きに動き始めた。日本国の総理大臣はいまだにアメリカにてディナーもごちそうになっていない、「招かれざる客」なのだ。

2015年2月4日水曜日

「君の名は」



首切り花とも呼ばれるのは椿の花だ。
精一杯咲いていると思っていると突然ポトンと落ちる。
小さな庭に緋色と、紅色の寒椿が咲いてはポトンと落ちていく。
二つ、三つ続けて落ちると花と花と花が重なり合うことがある。
ポトン、ポトン、パサバサという小さくざわめく音がする。

日本人の人質二人の首が切り落とされた。
無惨残酷なのは、この国の人々はすぐに忘れてしまうことだ

人間にとって一番悲しいのは、愛されないことより、忘れ去られることだという。
先日芥川賞と直木賞が発表になった。さて、名前はというともう忘れている。
その程度の賞になってしまった。
高倉健はいつ死んだか、菅原文太はというと、もう忘れている。
まてよ昨日は何を食べたっけというとすぐには思い出せないことが多い。
一昨日となるとほぼ忘れてしまっている。
記憶は脳の中でポトン、ポトンと消え落ちていく。
テロリストは、この国の人々が忘れた頃に再び日本人を人質にするだろう。

「忘却とは忘れ去ることなり、この忘却を知るこころの悲しさよ」その昔、大ヒットした映画「君の名は」の中にこんな一節があった。
君の名はとたずねし人ありからはじまった。3.11が急速に風化し忘れられている。
ポトン、ポトンというより、ツツツツーツーと忘れられている。
あと十日もすれば、首を落とされた二人の名前も忘れられてしまうだろう。
ならば何もかも全て覚えていろとなると超人以上にならねばならない。
人間が人間らしくあるための条件が思い出せない。

現在二月四日午前三時十四分五十六秒、今日は何を食べたか思い出している。
背中の向こうでパサバサと音がした、椿の花が落ちたのだろう。
そうか、昼にきしめんみたいなパスタと、夜は刺し身と握り寿司を六、七貫食べた、巻物を少し食べた、味噌汁が出たが中に入っていた白い物を思い出せない。
朝といえば紅茶だけだったと思う。東京へ向かう列車の中でピョコンと頭を下げた同年輩の男がいた。君の名は(?)一日中ずーっと思い出せない。

午前四時、日本テレビ「Oha!4」が始まった。
ヨルダンのパイロットが殺害され、サッカー日本代表監督、アギーレの首がドタバタと切られたと伝えている。これもすぐに忘れられるだろう。
きしめんみたいなパスタの名が思い出せない。君の名は(?)。(文中敬称略)

2015年2月3日火曜日

「肉マン」




盗撮、のぞき、性交、性的画像送付。
体に触れるなどは日常茶飯事の場所がある、どこかといえば、小中学校なのだ。
わいせつ教師は増える一方なのだ。

先月末、文科省の発表によると懲戒処分を受けた教師が205人もいたという、これは氷山の一角だと思う。
知人の精神科医の話によると、そもそも幼児性愛者の多くが教員を目指すという。
ある心理学博士によると「教員は欲望を表に出せない、抑圧の高い環境にある人ほど、現実逃避傾向があり、匿名性のSNSにはまりやすい。

普段若い女の子と接した時、“自分も簡単にできるのでは”と身近に感じるのです」という。子どもにとって教員、即ち先生という権威は絶対的なので命じられると従順になってしまう。

私には二人の女の子の孫がいる、この春で6年生となる。
心配だ、実に心配なのだ。今後もさらに増加するというではないか。
いっそ一緒に通学して目を光らせるかと思ったりする。
木刀一本持って校門の前に立っていようかとも思ったりする。

今日は節分だ。
鬼は外、福は内なのだが、学校で豆まきをしてスケベ外、エッチ外、ヘンタイ外とやってほしい。浜の真砂はつきるとも、世に先生の性犯罪はつきまじとなった。

運動会の時に望遠レンズを使っている男は要注意だと、知人の警察関係の人に聞いた。もっとも警察署内もSNSによるとんでもないことが多発している。
もみ消すヒマもないから外部にモレ出してしまうという。
何しろ拳銃を持っているんだから相手も恐怖におののくのだ。

先週の金曜日、有楽町の映画館で「薄氷の殺人」という中国映画を観た。
評判がいいので仕事を中断し、最終日の最終回に滑り込んだ。
120席位のところに38人位の観客がいた。

中国の寒い寒い所、昭和三十年代の日本のようなスケートリンク、現代社会は都市を繁栄させたが、地方では今も中国は私が中学生だった頃の日本に近い。
ローラースケートや、スケートリンクには不良が多くいるから行っては駄目だというようなことを生活指導の先公(先生)がいった。

私が通った天沼中学の校庭には浅倉養鶏所というのが突き出し校庭の一角を占領していた。住民の反対により埼玉の方に引っ越したのだが、その後はなんとローラースケート場になってしまった。
朝からスケーターワルツのようなのが流れていて妙な風景が2階から見えた。
勿論そこに行くことは禁じられた。

中国映画を観てそれを思い出した。
犯人を追う傷んだ中年の刑事がやたらと肉マンを食べていた。
当分肉マンを食べる気にはならない。
寒い中国の凍結した道に、乾いた拳銃の音が何か暗示的であった。


森昌子の少女時代のヒット曲に「せんせい」というのがあった。
「私がはじめて好きになったのはそれはせんせい」というような歌詞だった。
その息子(父親は森進一)の「ONE OK ROCK」のニューアルバムが2月から売り出すとTSUTAYAに書いてあった。
中野裕之監督の、「FOOL COOL ROCK」がなんと28枚もズラリとTSUTAYA新作の棚に並んでいた。

私のお仲人は中学時代にお世話になった「女性の先生」である。
昭和の先生は真面目で正常であった。先生のご主人は先生だった。