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2018年9月20日木曜日

「久々の仲」

人間の嫌な性格は変わるか、と言えばそうは簡単には変われない。が、変わって行くことはできる。その理由は、人間は生きている限り一年に一歳、を取る。月日が経って行くにつけ少しは変われる。一昨日昼12時〜2時、溜池交差点のすぐそばにある、世界的に有名なローストビーフの店「ローリーズ」で、何年ぶりかで知人とランチをした。この知人はかつて業界3位の大手広告代理店で営業部長をしていた。今では有名な紳士服の会社の仕事をずっと一緒にした。その代理店にいたクリエイティブディレクターとコピーライターと共に。ある地に新装された本社ビルがあった。グイグイ成長をしていて、さらに、さらに知名度を上げたい。それまでは日本で一番大きな代理店が受け持っていたが、オープンとなりその先の広告戦略のコンペがあった。(確か5社だと記憶している)その時の担当部長が知人だった。なにしろこれ以上ないくらいの心配性であった。ウルセイ静かにしろ、と私が言うくらい、細々、細々と心配をした。コンペに勝てば数億円の仕事になる。当時長渕剛の“とんぼ”が流行っていて、私は会社の若者の運転する車の中でガンガンとんぼをかけていた。駐車場についても未だ曲が終わってないからと、音楽を流していた。私は全く無法者のように振る舞う、とびきり言いたい放題の嫌な奴だった。私はブログで自分の仕事内容とか、関わった人たちのことはつとめて書かないようにしている。だが知人が代理店を早期退職してから10年ぶりくらいに会って、劇的に心配性な性格が変わっていたのに感動したのだ。プレゼンのコンペは一発で勝利して何年も仕事を続けさせてもらった。(広告代理店には数十億が入ったことになる、私には入らない。)アメリカ、イタリアなどにロケに行った。社長と共にのこともある。フィルムの監督は、日本の最高峰で、この人よりCM界の受賞を授かった人は、おそらく今でもいないだろう。恐ろしい監督で有名であった。心配性の知人は撮影の現場でも細々と心配した。なぜ久々に会ったか、それは一冊の本の出版であった。知人は食とワインを通して世の中を変えようとしていたのだ。すでにカリフォルニアのその世界で知人の名を知らない人はいないという。私はワインは全くオンチである。ただナパヴァレーというワインの一大産地名は知っていた。知人は今ナパヴァレーから「ソノマ」 というところのワインを広げている。本の題名は「ソノマのワイン休日」世界文化社から出版された。写真・文も知人であり奥さんがサポートしていた。副題に「カリフォルニア・ワイン発祥の地」とあった。文章がとてもいい。実に謙虚で控えめで読みやすい。食とワインの関係、「ソノマ(ナパヴァレーのすぐ側、サンフランシスコに近い)」の観光ガイドにもなっていて、読んで写真を見ると今すぐにでも行きたくなる。カリフォルニアの太陽は上からでなく、横からくるんですよと知人は言った。サイン入りの本を送ってくれたので、その御礼にランチ(現在禁酒中なので)しようよとなったのであった。「ワインツーリズムの立役者」と呼ばれていると書かれている。映画「サイドウェイズ」の作品はワイン好きにはたまらなくいい。知人はナパヴァレー・アドバイザーとして参加している。ローリーズでヤア、ヤア久しぶり本をありがとう、素晴らしい本だよと言った。写真・文・地図、解説、観光ガイド、抜群だよと言った。かつての心配性的なものはなく、穏やかで、やわらかで、相変わらずオシャレでいい歳の取り方をしていた。イタリアミラノではジョルジオアルマーニ、をホテルの部屋いっぱいに買いまくっていた。むかしの仕事の話は別れ際の数分間だけ。金の話は一切なし、これはいい時間だった。現在日本とカリフォルニアを行ったり来たりして、日本に「ソノマ」のワインを輸入販売している。お世話になった方に赤ワイン二本、赤と白を一本ずつ贈りたいと言ったら
、すぐに手配してくれた。私に対してずいぶん変わりましたね、本当に変わったなあ、ガンガンバンバンしていたけどやさしくなったと言った。それが何を指すのかわからない。2時半に全日空ホテルで、ある政党のふたりの若手議員が相談事があると言うので、もっと話したかったが、また会おうぜと言って別れた。ワイン好きの方、ぜひ「ソノマのワイン休日」を読んでみてください。紳士服の会社の社歌を頼まれて、作詞故阿久悠さん、作曲は小林亜星大親分に頼んだ。今も歌われているか聞きそびれてしまった。社長が芥川賞の選考会場で有名な築地の料亭「新喜楽」で、社歌完成の席を開いてくれた。その時入り口で花束を持っていた若者が、今の社長になっているとか。月日は長々と経っている。 人は変わって行く。



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