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2022年4月24日日曜日

つれづれ雑草「眼を閉じる魚類とは」

どんづまり、どんづまり、売るべき物はなにもない。難民の男の恋人は国境を離れて他国へ行ってしまった。金もないしビザもない。シリア人の恋人に会いたいが、殺戮が繰り返されている中東シリアである。そんな男に目をつけたのが一人の現代アーティストだった。その芸術家は男にじぶんの作品をつくらせてくれと言う。そのために体を提供してほしいと言う。芸術家が男に求めたのは男の背中であった。背中にタトゥーを入れそれを作品にしたいということであった。どんづまりの男はじぶんの皮膚を売ることで大金と自由を求めることに同意する。芸術家が男の背中に入れたタトゥーは、パスポートである。“VISAビザ”のデザインであった。何日もかけて芸術家は男の背中一面にパスポートを入れた。そして男はロダンの“考える人”のようなポーズをして美術展に展示される。生きている芸術作品は話題を呼びやがてオークションにかけられる。会場はどよめき価格がどんどん高くなりついには500万ユーロとなる。生きている人間は果して芸術か、それとも見世物か。美術館の真ん中に展示され、スポットライトをあびる男は、やがて精神に異常をきたし始める。難民という既知の事実の上に成り立つ稀有な芸術作品としての人工的価値に関心を寄せる人々の、人間と世界に対する無関心と冷淡な本質を浮かび上がらせる。チュニジアの映画(合作)「皮膚を売った男」は現在ロシアがウクライナに侵攻している中、逃げるに逃げられないウクライナの人々の現状と重ね合わせると、背中が痛む。この作品を生んだ監督は、ベルギーの現代アーティスト、ヴィム・デルボアのアート作品にインスパイアされたとラストに文字が出る。きっとこれに近いような芸術作品があるのだ。愛は国境を越えるというが、さてどうなったかはご想像にまかせることとする。どんづまりになっても人間には売れるものがあることを知った。タトゥーとは刺青のこと、ヤクザ者は“モンモン”とか“ガマン”という。激痛をじっとガマンすることからそういう。映画をつくるためなら体のどこを売ってもいいが、傷だらけの人生、私の体では売る個所はない。全身刺青を入れた男が言った。どこがいちばん痛いかというと、おしりの穴のところだとか。油汗でぐっしょりとなると言った。この頃ではファッションタトゥーが流行っていて、若い男女が好き好きに入れるがあとになって消したいと思ってもかんたんではない。火傷のように残るから気をつけてほしいと思っている。思春期の子を持つ親の方は特に気をつけてほしいものだ。「ジョー・ベル 心の旅」という映画がよかった。そして悲しかった。実話である。高校生の男の子を持つ親子がアメリカのオレゴン州にいた。弟が一人いる。二人とも美男子であった。ある日、兄が父と母に僕はゲイなんだと告白する。父と母は言葉を失う。さらに学校で酷いいじめにあっていると告げる。学校の対応は日本も米国も同じで教師たちは責任逃がれをする。そして愛する息子は自殺してしまう。父と母と弟は悲しみに沈む。やがて父ジョー・ベルは徒歩でニューヨークを目指す。町を訪ねながらゲイへの差別とイジメをみんなでなくそうと訴えて歩きつづける。その行為はネット上で評判となり行く先々でジョー・ベルは人を集める。小さな荷物を引きずりながら歩く。寄付してくれる人も多くなりジョー・ベルの話に多くの人々が聞きいる。人間はストレートばかりじゃないんだと。だがジョー・ベルに待っていたのは悲惨な最後だった。広大な荒野の中、長い一本道を歩いている時、トラックにはねられて死んでしまう。映画のラストに実際のジョー・ベルの写真が出る。親子四人幸せそうな写真に胸を打たれた。思春期の子を持つ親の人々にぜひ見てほしい。ゲイで悩む高校生はどんづまりだったのだ。人口1500人、インドネシア・ラマレラ村、インフラもなく作物も育たない。ここに住む人々の命の支えは鯨漁だ。年間10頭のマッコウクジラを獲れば、村人全員が生きていけるのだ。石川梵監督は2017~2019年の3年間かけてこの村を撮り、鯨漁を追った。漁法は原始的である。銛(もり)を持った男がマッコウクジラめがけて飛び込み体当たりで銛を刺す。村民にとって鯨は神さまであるが、生きる源でもある。村民総出で引き上げられた鯨をそれぞれに分配する。石川梵さんは30年かけて村人たちと信頼関係を生んだ。分配する部位は400年の歴史を守って行なわれる。すばらしい映画の題名は「くじらびと」。魚類の中で死んでゆくとき眼を閉じるのは鯨だけだと教えられた。ガキの頃給食で小さな鯨の立田揚げが出ると大よろこびだった。今でも好きだがこの映画を見てしばらくは鯨のベーコン、立田揚げ、缶詰は控えようと思っている。文明は進化しているが、人間は退化しているのだ。戦争で大儲けする不純な金持ちという鯨に、銛を持って体当たりして仕止め、解体しなければならない。ロシアという名のクジラも同じだ。ウクライナの製鉄所の地下で、どんづまり状態にある人々を救うことはできないのだろうか。3本の映画を見終わって朝となった。(文中敬称略)



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