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2009年12月20日日曜日

人間市場 水明館市篇

石原軍団の幹部、館ひろしが岐阜県の下呂温泉は水明館でディナーショーを行ったとスポーツ新聞で見ました。
懐かしいな水明館。館ひろしの歌はどうでもいいんです。凄い下手ですから、人間はいい男、礼儀正しく育ちのいい男。
一度、渡哲也主演、館ひろし共演のテレビドラマのタイトルを付けてくれと石原プロにいた友人から頼まれ、タイトルを付けました。「代表取締役刑事」です。家に電話が入ったので、直ぐに作りFAXをした処、一発でOKをもらいました。番組の試写会場で、渡哲也さんからいい声渋い声で、いいタイトルありがとうございました、と丁寧に挨拶されました。煙草を口にするとサッと館ひろしがライターで火を付けました。昔は石原裕次郎が煙草を口にしたらサッと渡哲也が火を付けたのです。


で、水明館の思い出、名古屋から高山本線に乗って窓の外から美しい川の流れを見て、山峡の色彩の変化に見とれつつ、竜鉄也の奥飛騨慕情を歌いながら行きました。何故、それは名門水明館のグランドオープンの仕事を頼まれたからです。岩下志麻さんに出演をお願いしました。今から二十年位前です。それはそれは綺麗なる事楊貴妃の如し。ホテルオークラで打合わせした時、その姿を見た人がみんなボー然としてました(着物でした)。自分の家に帰って家の者と比べた時、その違いに愕然としたのです。水明館は名高き滝一族の経営です。

確か次男の方、滝秀行さんとは今でも年賀状の交わりをさせて頂いています。腰の低いとても気持ちのいいお方でした。益々のご発展を祈るばかりです。
岩下志麻さんのディナーショーが終わり、大きな風呂にみんなで入りました。洗い場に一人でちょんぼり体を洗っている人がいました。お尻がかなりシワシワになっているのが印象的でした。煮込み(後ろ姿です)過ぎたおでんのはんぺんみたいでした。ゴルフに行っていた頃、プレイをした後風呂に入る。そこで見る中年男のお尻。ほとんどみんなはんぺん状態です。
嫌だねぇ。ああいうお尻にはなりたくないな、あれは男の色気がないよと思いその後色々鍛錬して、私のお尻は今でもパチンパチンです。

男が洗い終わり、ある個所をタオルで隠しながらお風呂に近づいて来ました。あれえ~と大声、田中邦衛さんでした。何で何でとなったのです。奥飛騨浴場でした。水明館いいところです。
高山本線は素晴らしいです。

2009年12月19日土曜日

人間市場 ズル市篇

正直に告白します。ズルとウソを重ねて来ました。
いつか告白しないといけないと思っていました。どんなご批判も受けます。

ゴルフの話です。

崖の下、誰も見ていない、球はぬかるみの中、そっと出しました。
ボールは300ヤードは飛んでいる、しかし白杭のわずか数センチ外、中に入れました。
バンカーの中、クラブが土に触りました。木の根っ子の上のボールを横に出しました。
林の中で空振りしました。でもバックレました。実は色々やりました。
あんまり数打って判らなくなると、人のスコアをしっかり見て、勘定している友人によって違うと注意されました。ゴルフ程精神的に疲れるものはありません。自分がレフリーですから、特に一緒に行ったお客さんのウソや、ごまかしを見たり知った時は、自分の事を棚上げして裏切られた気になって重い一日となりました。

ゴルフを止めて二十年。その間一度だけもう一度やるかとキャラウェイのフルセットを買い込みました。ある年、湘南シーサイドのメンバーになりました。(結果エライ大損しました)知人、友人といざスタート、酷い事もう今世紀中には家には帰れないのではと思う程のスコアでした。
無口な愚妻が言いました。釣りから帰るといい顔してるけど、ゴルフをして帰ってくるとぐったりしてると。300ヤード以上飛ばして人よりグリーンに近くに、しかし上がってみると一番スコアが悪い。そんな事ばかりでした。
そうか、Tウッズだってかなり過少申告してるんじゃない。(愛人の事も)ズルもウソもOBも大嫌いだったウッズが、より大好きになりました。人間的に感じました。人の子だったのです。ちょっと好き過ぎですが、力が有り余っているのです。あれだけのプレッシャーの中のプレイいいじゃないのと言いたい。なんか積年の反省が晴らされたみたいだ。

石川遼選手もやがてグリーン以外のグリーンに乗らねばならない。大ファンの不動裕里さんは恋人が出来てすっかり下半身のためが無くなった。18歳の賞金王をやっつけるのはどうやら見えて来た。くの一だ。俺だけなのかなズルしたのは。もうゴルフはやりません。


そうそう、セコムの仕事を一緒にしていた私の知人が、ミスター長嶋のゴルフ友達だった。世界中どこでも一緒だったその人から聞きました。ミスターは負けず嫌いで、直ぐズルをするんですよ。球がデイポットに入っていると足でチョコット出す。あ、又やったと言うと、やってないやってないと言うんです。その他にも色々と。
いいですねーミスター。可愛いですね。ミスターはだから大好き何んです。許せるんです。ウソのない人間はウソつきです。
ズルしてますか。セコムしてますか。

2009年12月18日金曜日

人間市場 命のやりとり市篇

襖に太い楊枝を刺すとプス~と入る。

赤いトマトに同じようにすると、プス~と入る。人を刺すというのはそんな感じ、刺されるのも同じ。

アチイ、火傷した様に熱い。22口径で撃たれると熱い火箸を当てられた感じで、38口径や45口径は経験が無い。ほぼ一発で砕けてジ・エンドでしょう。

こんな馬鹿な事を一時期して来た命、人生の4コーナーを回り、何となくストーリーが見えて来た。この命どう使って捨てるかだ。車がはねた小さな石ころが額に当たって死ぬ命もあれば、ジャンボ機が落ちても生きてる命もある。この世から消した方がいい命と、何としてでも守ってあげたい尊い命がある、生と死を誰が決めているか判らない。人生とは不公平なもの、平らな道でもつまづくものと言う。

好事魔多し、良い事がある方が怖いもの男の人生はリスクを背負った方がいい。

外車、クルーザー、別荘、馬主、女遊び(?)、ドンペリ、豪邸、株、相場、競輪、競馬、競艇、オート、麻雀、博打、これ転落の述語です。私は全てなし、全てしないのです。凄いでしょ。完璧です。

実の所、博打や酒(?)は二十歳までに人の何十倍もやり尽くし飽きてしまったのです。遊ぶなら若い内、三十過ぎて遊びを覚えると仕末が悪いですから。

リスクは夢や浪漫です。見果てぬ物、決して手に入らぬ物と判っていても追うのです。頭の中で夢を追うのはタダです、原稿用紙に書くなら一冊268円、ボールペン一本120円です。

中学三年の時、先生に将来何になりたいと聞かれた事がある。

私は即座に、三州吉良の常吉の様になりたいと言った。不勉強な教師は何だそりゃと言った。尾崎士郎の名作「人生劇場」に出て来る侠客ですよと言った。教師はキョトンです。

村田英雄がラジオドラマで歌っていたでしょ、「やると思えば、どこまでやるさ、それが男の魂じゃないか、義理が廃ればこの世は闇だ。俺も行きたきゃ仁吉の様に義理と人情のこの世界」って歌ですよ。ヤクザか、違います侠客です。話は全然かみ合いません。尾崎士郎はあの恋愛武士道の宇野千代と愛し合った。恋多き千代が一番愛したのは尾崎士郎ではという説がある。ライバルは東郷青児、いや他にも沢山かな。

千代さんはとにかく男から愛され、愛した。


話がそれたがこの世は今や義理も人情もすっかり無くなってしまった。

手のつけれない不良少年は母親に連れられて江戸川のレイスポーツジムに入った。ジム創設十五年。

遂に一人の東洋太平洋チャンピオンが生まれた。その統一戦があった。育ててもらった選手は会長やスタッフから受けた恩と義理を体で返すためにリングに立つ。会長やスタッフは、何とか世界チャンピオンにさせたいと愛情を注ぎ続ける。

ボクシングが聖なるスポーツと言われるのはこのためだ。世界チャンピオンにならなければ食べていけない世界。わずかなファイトマネーでボコボコになるのだ。一歩間違うと人生が終わる。これも命だ。12月8日、後楽園ホール。四角いジャングルの中に私の応援するボクサーがいた。太平洋ライトフライ級暫定チャンピオン家住勝彦選手だ。前回の試合は二度のダウンの応酬、8ラウンドTKO勝ちだった。ベストマッチで表彰された。相手はそのまま救急車で運ばれそして引退した。ボクシングは一種の殺人ゲーム。相手を殺しても罰せられる事はない。神聖なジャングルだ。引き金の代わりに、刀の代わりにパンチを出す。12ラウンド打ち合うと八百~千発位パンチを受ける。もらうギャラと一発ずつ受けるパンチの値段を単位にするとこれ程割の合わない職業はない。決められた体重に落とすために、何も食べず何も飲まない生活をする。飽食の時代に逆行する。客は倒せ、倒せと皇帝ネロの様に絶叫する。目は切れ、鼻はつぶれ、顔はシリコンを入れた様に膨らむ。冷静に考えるといったい何が好きでと思うだろう。

ボクサーは水を断っても乾いた花では無いのだ。極めてウエットなのである。相手が向かって来る、恐いからパンチを出す、倒れたら立つなと祈る。そういった最強のチャンピオンがいた。


応援した選手は一ラウンド二度のダウンを奪ったが、流石にあいても正規チャンピオン、統一戦に相応しい好試合であった。結果は家住選手の判定勝ちであった。両選手の試合後のマナーが素晴らしかった。

帰りにみんなで水道橋のひなびた中華屋さんに入った。ラストオーダー十時半でいいですか?とオバサン。それぞれ、餃子、パーコーメン、塩焼きそば、キュウリとミミガーの千切り、カニ玉、麻婆豆腐、タンメン、ビール、焼酎をじゃんじゃんオーダー(安そうな店だったので。でも高かったな。)で、乾杯、良かったなと。帰りのタクシーの中で「やると思えば、どこまでやるさ、それが男の魂じゃないか。義理がすたればこの夜は闇さ」と人生劇場の歌を心の中で歌ったのです。


2009年12月17日木曜日

人間市場 若者市篇

友人のピート小林君の紹介で三人の若い写真家が来た。

ピート氏はかつてジャガーやアップルやサントリーの仕事で幾多の広告賞を受けた。高名な文章家であり英会話読本の著者であり、日本中の桜を撮る写真家である。近頃は日本中の案山子の写真を撮っている。

先日TBSの夜の番組V6が出演しているクマグスに、案山子クマグスで出演した。超マニアックな番組で私も必ずモニターで録ってもらって見る。


若者は二人が男、一人が女性であった。久々に志を持つ若者たちであった。(歳は三十前後)新鮮な二時間のやり取りであった。話は彼等がリーダーシップを発揮している写真家のイベント、若い感性のサミットの審査員をして欲しいという趣旨であった。私は基本的にあらゆる審査はお断りしている。

一度だけやってこりごりした。人それぞれ苦労した作品をとても選ぶ事が出来なかった。それ以来してない。

持ってきたパソコンで前回のイベントを見てくれと言われた。パッと見た瞬間、それ以上見るのを止めた。その後話を進めると、一人のリーダー格の若者がイベントも見もしないで失礼じゃ無いですかと言った。九州男児、ステキな顔立ちに怒りがわなわなと出ていた。それでいいんだ。怒る事が一番の創造になるのを知っている。外人の様な顔立ちの女性、黒いベレー帽風に黒い革の上着を着た男。三人の目をじっと見続けた。三人ともイノセント、純粋であった。私にとっての出会いは、その人達の過去ではなくこれからである。この先に何かエキサイティングな展開が生まれるか、自分の目が頼りである。ジャズでいうセッションであり、アドリブであり、舞台でいえば即興であり、ロックで言えばビートとフレーズの交差である。

過去を見てしまうと先入観が入りすぎてしまうからかえって危険だ。若者にあるのは感覚のヒダの数だ。脳しょうの騒々しさだ。残念ながら私にはその若さがもう無い。だから若さは羨ましい。小さくなって欲しくない。オリジナルを追求して欲しい。写真家は写真を撮ってもらえば一切の言葉が無くともその撮り手の明日が見える。


近々一人のとんでもなくユニークなミュージシャンの写真を撮ってもらう事にした。UCKという29歳の若者だ。彼の放つ言葉は、言葉の自叙伝、音楽の懺悔と叫び、生きる事へのメッセンジャーだ。分かりやすく言えば一人の元ギャングが妻と子と別れた。悪の道に入るか、入らないか迷っている少年少女に自分の体に示した無数の刺青を通してメッセージを送るのだ。彼は泣きそして叫ぶ。新しい音楽のジャンルを切り拓くだろう。

三人と会った次の日、友人の個展が勝どきの倉庫の中であった。そこに着物を着た美しい外人がいた。笑って近づいて着たその女性は前の日に来た写真家だった。私が帰った後、他の二人も来てくれたという。私に会えず残念だったと言い残してくれた。

UCKと三人の若き写真家。どんな作品が生まれるだろうか。とても楽しみだ。

若い感性を励ます、それが私の使命だと思っている。でもやっぱり負けねえぞ。まだまだだ。

2009年12月16日水曜日

人間市場 ドライブイン市篇







先々週丹沢に行ったよ。その前は深大寺でそば巡り、その前は鷹取山・・・・ずっとその前を語る中年夫婦。

ドライブインで隣合せ。

私はかなりウキウキで串カツ一本、ジャガコロッケ一ヶ、あっ、あれが白鯛焼きか、何か冷たい感じだな。そのうち白い今川焼き、白いとんかつ、白いコロッケなんか出たらもう人間止めてしまおうと思った。たこ焼き一ヶ、焼きそば一ヶ、焼き鳥の皮を人数分一本ずつ買う。焼き鳥は大人気。

どこへ行くんですかと聞くと、御嶽山です何しろ毎日暇でやる事が無くてね。

お歳は、私は71歳、妻は69歳、アチコチ食べ回っている同行者も似たり寄ったりですよ、ウァハァハァと空声の笑い。笑い終るとすこんと肩の力が抜ける。

あなたは何処へと聞かれた。

奥多摩です、奥多摩と言っても色々あるんですよ、霊感を探しに行くんですよ、え、何ですかそれ、人間の霊を見に行くんです。そんなのあんですか、あるのです。

へぇ~といいつつ、母さんあそこのイワナの塩焼き2本買って、焼きたてだよ、黙って言うと冷めた方を出すからなんて的確な指示、慣れてるんです。霊感はどこに居るんですか?御嶽山に入る途中にある神社、登って行く石塔に挟まれた階段(結構キツイ、でも夏に登った羽黒山の2443段に比べれば楽チン)に霊が歩く、それから樹齢千年近い木々の側。それから多摩川の上流、特に水の溜まりがある大きな石の上。

私は川の流れる音が大好きなんです。特に陽が落ちそうな時、朝、陽が昇る寸前がいいんです。おっ、イワナ旨そうですね俺も食べたいな、イワナとなるとやっぱりキリンビールだな、オイッ、ビールよろしくとなる。あなた何の仕事をしているんですか、何に見えます?う~ん、その格好から見るとテレビ局かなんかの人?違います。でも少し近いです。テレビはライバルです、じゃラジオ?違います。

この串カツ旨いないけますよこれ、こういう処では何食べても旨いですよね、縁日と同じでパックの焼きそばそのまま家で食べたら旨くないですよね。たこ焼きだって、パックっていうのは、家庭生活に合わないんですよ。

私の友人で、奥さんがしょっちゅうパックのままご飯を出すので頭来て離婚しましたよ。京都の大金持ちの娘、家業は代々質屋でした。そうですよね、オイッよく聞いとけよ、なんて奥さんに言う。

人間の霊って本当に居るんですかね、居ると思えば居る。居ないと思えば全然居ない。それじゃ肝試し(?)違います、そこにある時間と空気感を探すんですよ。音、光、闇、温度、石、樹、風、落ち葉、今が丁度紅葉でいいんです。へぇ~何だか、そちらさんのが面白そうですね。こちらは、年金、施設、介護、戒名、葬儀、相続、嫁とか婿の悪口ばかりなんです。面白そうじゃないですか、そっちのテーマも皆さんかなり霊に近づいている人ばかり、生霊だから、私好きなんですそういう人の話。あなた変わってますね、面白い方ですね、とここまでの会話は約十分位。

ドライブインは一期一会。


いざ、奥多摩へレッツゴー!次はあのケーブルカーの登り口で鮎の塩焼き、昼はあの川のほとりの店で四色そば、うどん&釜飯一膳(これは人から少し頂く)といくか。


奥多摩辺りには、確か太占(ふとまに)という鹿の肩甲骨を斎火で焙り、出来た割れ目の位置でその年の農作物の出来、不出来を占う(相場師たちが来る)人がいるとか。会えるといいな霊と占い師。

実は、私は霊感というか、直感というか人の運命が見えるのです(?)。もちろん自分の今後の運命もしっかり見えているんです(?)。

2009年12月15日火曜日

人間市場 夜は変市篇

動物や人間には眠るという一応の決まりがある。

しかし、その夜に働いている人々がいる。

夜勤の看護師さん、長距離の運転手さん、タクシードライバー、カタカナ産業の人々、物書き、病と戦い続けている人、人生の不安を抱えて眠れない人、疲れ過ぎた人、明日が恐い、夜が恐い、朝が恐いと思っている人、夜は静かな中に激しい鼓動を鳴らす。

ひっそりと暮らす山間の村にも、勢いを失ったシャッター通りの町にも、かつては活気に満ちた漁村にも、灰色のビルがまるで墓場の様に立ち並ぶ街で人間関係と仕事と、売り上げとストレスと戦う夜にも鼓動がある。

歴史は夜作られるとも言う。夜は人間を変える。

白い巨塔の支配者や学識者たちは、風俗の中で一匹の動物と化し、国会議員のバッジを付けた権力者は完納の世界に息を弾ませる。部下を詰り倒した男はSと化しMと化す。生徒の規範となるべく教師は、ホストにひざまずき、高級官僚はただの幼児となり捕乳瓶を吸い、名のある評論家、エコノミストたちは、死体にたかるハエの様に女体に群がる。およそモラリストを声高に演じる者ほど、金と性と酒と背徳の世界の住人となる。

私は長い間信じられない光景を見続けてきた。

「異常も日々続けば正常になる」と書いた言葉の達人がいた。その名を仲畑貴志と言う。彼も又、私と同様人間を見続けた男だ。夜だ、暗夜だ、闇だ。漆黒の中の斜光の交差だ。空には歪んだ月が浮かび、夜光の動物が獣道で動き出し赤外線のカメラで捉えられる様に人間の隠れた本性が写し出される。

そんな夜に心のオアシスの様なラジオ番組がある。NHKラジオ深夜便だ。

名だたるアナウンサーが赤児を諭す母親の様に静かに語りかける。その声は慈愛に満ちあふれている。リスナーが誰であっても一切の差別はない。言葉を吟味し、曲を選び、話を選び、本を選び、エピソードを選び、人々の心のふる里を語る。

異常を少しでも正してくれる仁術あふれる医師の様に。そうか、ナイチンゲールは小夜啼鳥とも言う。やさしき看護師さんの様に村を、町を、街を癒してくれる。夜と朝の間にラジオは流れる。その流れの早さはせせらぎである。決して答えを押しつけない、答えを求めない。人間は迷える子羊、悩める小鳥、群れる小魚。鳥網に突っ込んで身動き出来なくなった鳥の様に、刺し網に頭を突き刺し、抜け出せない魚の様に、金というエサを求め突撃を繰り返す。隣に死に絶えそうな人間がいても声をかけるでもなく、跨いで行く。大都会の烏は凶暴化し、彷徨する野犬は栄養を取り過ぎ肥大し、地下を走るネズミは猫ほどになり、猫は野犬と化す。

ラジオ深夜便は夜をいたわる様に流れる。

過日、そのラジオ深夜便に出演した。午前一時五分から一時四十五分迄であった。アナウンサーは二十年のキャリアを持つ、宇田川清江さん。正に慈愛あふれる、優しい人であった。小柄でチャーミングな女性であった。井上陽水のコンサートを楽しみにしていた。二百万人のリスナーに静かに、深く、眠れぬ者に寄り添うが如く語りかける。一人一人に。貴重な体験をさせてもらった。私も夜眠れぬ人間である。「ただし背徳な行為は一切しない」

ラジオはテレビと違い言葉が姿であり、言葉が人生の履歴書である。ブースの中で宇田川清江さんがナイチンゲールに見えた。

2009年12月14日月曜日

人間市場 視力市篇

内藤大助敗れる。(かなり遅いニュースですね)

友人がネット上に亀田興毅のバンデージが異常に盛り上がっている、と教えてくれた。

鉛を入れたのか(?)昔のボクシング界でよく使った手口だ。内藤が第2ラウンド左ストレートを完璧に受けた。

一発で鼻は曲がり、異常に腫れ上がった。長い間ボクシングを見て来たが、確かに異常であった。

鼻血が詰まり、息が出来なくなり集中力に欠ける。あれだけの角度で入った左ストレートで内藤がダウンをしなかったのは亀田のパンチが弱いのだろう。


内藤の敗因はやはり年齢のせいだ。動体視力が断然違っていた。見切りが違った。入ったと思ったパンチは瞬間避けられ、避けたと思ったパンチは入った。その差が出ていた。スポーツ選手は全て動体視力の衰えから来る。

ゴルファーはパットラインが読めなくなる。野球は球にくい込まれ詰まる。バレーも、バスケも、サッカーも、卓球も全て動体視力の衰えから、入る筈のものが入らなくなり、がっくり来る。プロゴルファーは一本の芝、一ミリ二ミリのパットラインを読むという。

松井秀喜やイチローは自分のバットを作ってくれているバット職人にグリップの処を一ミリ二ミリ細く、又は太くしてくれと頼むと言う。バトミントンや、テニス、卓球はラケットの中心でスマッシュを、一ミリ二ミリずれると駄目だと言う。

バスケのシュートしかり、バレーもしかり、しかり、しかりである。

内藤VS亀田の一戦は紅白歌合戦並の瞬間最高視聴率50%強であった。その70%は内藤頑張れだった。アリスの名曲「チャンピオン」を思い出した。「立ち上がるな、これでもういいんだ。おお神よ」その夜私はアリスまみれになってしまった。

世の中はデフレ社会、デフレファイターなる新しい言葉まで生まれた。こちらは一ミリ二ミリではなく、一円二円の勝負をしている。娘夫婦が家に来てチラシを見る。あっ、こっちが二円安い、おっこっちは一円安い。クーポンも付いている。行こ、行こと言っている。男はスーパーなんかに行ってはいけないと心に決めて生きて来た。コンビニは新聞を買いに行くだけ(?)。お父さんは何かというと男のくせにと言うけど大変なんだからと言われてしまう。


「竜二」という映画で、堅気になった主人公竜二が、肉屋のバーゲンに並んでいる妻と子を見て、堅気と決別してヤクザな世界に還って行く。かなり判る気がする大好きなラストシーンだ。本日割引の赤い旗が印象的であった。その映画を作った、金子正次は「竜二」の初日に胃癌で死んだ。35歳であった。瀬戸内海の小島で生まれた男であった。

生きていれば60歳だ。その男が残したシナリオ四本の内の一本「チ・ン・ピ・ラ」を友人の増田久雄さんとフジテレビと共に製作した。(増田さんは今矢沢永吉の映画「ROCK」を製作・監督して上映中。是非観て下さい)この場合、金子正次という男の生き様に一票を投じたかった。

幸い映画は大ヒット。担保にした家は取られずに済んだ。無欲であった。

すっかり話がズレてしまった。私の動体視力も衰えた。一歩間違ってスーパーやユニクロに入ってしまうかもしれない。

実は生涯で十回位は入っているんです。そっと、一人で。

買い物、乗り物は大嫌い。自分で切符が買えるのは東海道線だけ。何事も人任せ、人頼り。始末が悪い人間なんです。

2009年12月13日日曜日

人間市場 果たして市篇

まず始めに私は弱者の味方である事を宣言す。

その上でホームレスや、派遣村の村民たちは全て同情すべき人々なのだろうか。
見れば五体満足、若い人々も多いではないか。何故、君たちはそこにいるのかを私なりに問いたい。

一、 何故朝から酒を飲んだりしているのか。
一、 多重債務の原因は何か。競馬、競輪、パチンコ、投資の失敗等、働かず楽して儲けようと思った結果ではないのか。
一、遅刻ばかり。
一、時間、約束にルーズ。
一、金銭にルーズ。
一、異性間の事にルーズ。
一、向上心がなく、協調性がなく、挨拶も満足に出来ない。
一、服装にルーズ。
一、清潔ではない。

等が因で会社を辞めさせられたり、親、兄弟、親戚、友人、知人、に迷惑をかけて居られなくなり、逃げ回っていたりしている。何かにつけて自分を自分で擁護し、被害者意識に立ち、社会や会社や人のせいにする。
人間本気で働く気になれば仕事はある。全ての物事には原因があるという。こんな気持ちを持っているのは、私だけだろうか。身体が不自由な人だって一生懸命働いている。


先日、ある公園に行った。そこに十数人の男たちがビニールやら、そのままやら毛布の上で昼間から酒盛りをしていた。
生ウーロン割、缶焼酎、ワンカップ、あろう事かアサヒスーパードライの500mlを飲んでいる中年男がいた。サントリーの角瓶を飲んでいる男たちもいた。ブランドはともかく安くはない酒だ。私の連れは、こういう場合私が何か言うのを知っているので早く行きましょう、止めなさいよと言った。そうだなと思った時、その中の一人、二人が、いいねーお二人はなんてぬかしやがった。トーゼン!プッツンです。
オイ、昼間っから酒かっくらってんじゃねぇよ。汚ねぇし、掃除しろ、掃除を!と言った。
かなり大きな声であったので池の鯉も全匹ビックリしていた。
働け!というと、仕事がねぇ~んだよときやがった。スポーツ新聞や、競馬、競輪新聞が散乱していた。ギャンブルやる金があるなら、石鹸でも買って顔を洗って来いと言った。おお~こえ~と言った。この人たちも同情しないといけないなら違います。自滅なのです。無気力なのです。何なら、お前らみんな俺の所に面接に来いと言おうと思ったが、目やにが一杯付いて、あんまり酒臭いので止めました(来てもOKです)。アカデミックな一日にしようと思っていたのに。なんたるこったです。


それにしても安部公房は凄いな。何十年も前に「箱男」という小説で、段ボールに入り込む人間を書いていたのだから。
一度入ってみっかな。

2009年12月12日土曜日

人間市場 辛抱市篇

新聞記事を読んで思わず大拍手したくなる事がある。久々にあった。

11月28日朝刊。私は小さな頃から大相撲が大好き。マムシの栃錦、一直線の柏戸、内掛けの琴ヶ浜、吊り出しの明歩谷、潜航艇の岩風、うっちゃりの北葉山等が大好きであった。
この頃では悪役を一手に引き受けている朝青龍だ。

東京場所の時は見に行く。ヨーダの様な顔をした朝青龍の天敵、内舘牧子。この人がもし、暗闇からでたらほとんどの人は気絶するでしょう。人の前には出てはいけない顔なんです。通販生活位は許します。(それ位の人なんです)何しろ私は美人派の代表ですから。

おっと、大事な記事の話を忘れました。なんと初土俵からワーストの38場所連続負け越しの記録に終止符を打った力士が出ました。年6場所ですから、6年半勝ち越してないのです。その力士の名は、森麗(もりうらら)序の口は16枚目です。
何とか山でも、なんとか海でも、なんとか錦でもない、「もりうらら」ちゃんなんです。カワユイではないですか。よくぞマァ頑張り続けたものです。どえらい人です。この日、16歳の力士に攻め込まれたが土俵際でうっちゃりの大逆転勝ち、努力すればいつかきっと達成できると語ったとか。
4勝3敗。こういう人には心から脱帽です。力士的というより人間的に尊敬です。こんな話があるから相撲は面白いのです。入門してからず~っと序ノ口、つまりは入り口に入ったばかり。中には入っていないのです。入門7年目、千葉県出身22歳、本名森川勇樹。170センチ、120キロ、血液型O型、大獄部屋(親方はあの大鵬の娘婿、元貴闘力)。この夜、父さん母さん(両方とも59歳)。遂に勝ち越したよと電話するとお母さんは号泣したとか。


同じ日、横綱白鵬は年間84勝目。うららちゃんには天文学的数字、でも同じ1勝。
その価値は全く変わりありません。大きな笊に沢山の勝栗を貰ったうららちゃんに、一足早く春うららが来たのです。人間辛抱だ、と言ったのは初代横綱若乃花でした。世の中はどうしようもないですが、努力、精進、辛抱の先にきっと春が来るはずです。
出来たら一度飲みたいなこんな力士と。

2009年12月11日金曜日

人間市場 戦友市篇

男が女性達から、あの人はいい人です優しい人ですと言われたら、モテない男という事です。

いい人とはどうでもいい人であるし、何か頼めば何でもやってくれる優しい人という事なのです。

恐い、危険、近づきたくない、嫌い、と言われたら本物の男です。

一番の理想は、嫌いだけど好き。恐いけど会いたい。危険だけど一緒にいたい。

これが男と女。男の値打ちは、女房がいようがいまいが、どんな女性が側にいるかで判る。


過日、友人を見舞った。妻有り、子有り、孫有りの男であった。すさまじい手術の跡があった。首に腹に、癌はすでに末期であり、一度手術をしても直ぐに閉じてしまった。私の四十年来の戦友である。身長は180cm位あり手術前は体重80kgはあった。酒は一滴も飲まない、キャデラックとハーレーダビットソンを愛する男である。庭いじりを愛し、土と木を愛した。

男はもう一つ愛していた。七年前から一人の女性を愛していた。凄い足フェチで、足の事を語ると徴に入り細に入りいくらでも話をした。お互いに男女の仲は話す事はない、これが男のルール。見舞いに行って初めて紹介された。すでに入院ニヶ月余、体重は十数㎏落ちていた。それでも私たちが来るからとパジャマからジーンズとアディダスのパーカーに着替えていた。男と男、友と友、いよっ、で始まる。大好きな目出し帽を被っていた。前の日までハルミオンも効かなかったが私たちが来るのに声も出ないのはみっともないと、屋上で管を引きずりながら歩いたと言う。そのお陰か前夜は久々にぐっすり眠れたと言う。声も出てるでしょうと言う。精一杯のジョークを飛ばす。二種類の抗癌剤に最後の望みを託すと言う。錠剤と液体を3週間一クールにして試すと言う。一種が50%、一種が25%。合わせると75%効くかもしれない。


膵臓と腹膜に転移していると行って腹の手術跡を見せた。お腹のど真ん中からベンツのマークの様に巨大に切られ、手術用のホッチキスの跡が生々しい。つい二ヶ月前まではピンピンしていたのだ。男の側に一人の美しい女性。萬田久子をもっと美しくした様な女性。足フェチの男が選んだだけあって、足首はしまり長く、背が高く、黒ずくめのコスチュームが知性的である。何事にもそっと気がつく。そっと眼鏡、そっとハンカチーフ、そっと水(これは私たちに)、そっとティッシュ、このそっと感を見た時、成る程と思った。女房、子供には悪いが人生の最後はこの女性と終わりたいんだ、そういう男が何とも魅力的であった。

正に愛しているのであった。説明は要らない。ただ愛しているのである。

一時間半、話して笑いました。翌日女性から、私に付いて来てくれた者にメールが入った。本当に楽しかったと。嘘でもいい、見栄でもいい、その言葉が嬉しかった。帰りに、病院の近くのそば屋さんに入った。一緒に行った者があの人は食い道楽だったですよね。未だ食べ物の臭いだけでも気持ち悪くなるって言ってましたね。何か悪いですねと言いつつ、あれや、これやを食べてしまった。

広い店にお客は私たち三人。三重県出身という23歳(本人が言った)の女の子が妙に私たちから離れない。目が何となくウルウルして、体がしなだれている。薄いブラウスの中からブルーの花柄のブラジャーがハッキリ見える。君どうしたの?そんな格好して、何やってんの?と聞くと、恋人と一緒に声優になりたいと言う。性優じゃないの?と聞くと、チュガイマチュシェイユデチュ、イヤダーなんて突っ立てる。電話番号と名前を書いて、今度オーディションしてあげるから恋人とおいでよと言ったら、ウヒャーホントデチュカなんて言っている。たっぷり手術跡を見た頭がクールダウンしない。でも、家庭を捨ててもあんないい女性と一生を終えたいなんて、負けてんな、カッコイイよな。自己破産して何もかも無くなったが凄い愛を残したのだから。俺は支持するよと言った。

いいか、間違っても女性からいい人なんて言われんじゃネェぞ。何て思った夜でした。

男と女が手を繋ぐシーンがあんなにいいと思ったのは久しぶりだった。

長い病院の廊下、二人のシルエット、いい映像でした。

友よ、奇跡は起こす為にある。