鳥には何の罪もない。
あの野郎は蝙蝠(こうもり)みたいな奴だから気をつけろ。
あの野郎は鵺(ぬえ)みたいな奴だから気をつけろ。
あの野郎は廊下鳶(とんび)だから気をつけろ。
あの野郎は烏(からす)みたいな奴だから気をつけろ。
など人から嫌われる人間を表すのに何故か鳥類がその表現として使われる。
人間が群れをなす社会とか会社にはこの鳥類が飛び回り、走り回り、逃げ回り、隠れ回り、漁り回る。この鳥類たちに気を許したり、心の内をさらけ出したり、内緒の話をしたりするとあっという間に話に尾ヒレがつき、あっちこっちに話がこぼれ回る。
メダカみたいな話は巨大魚となり、小石みたいな話は巨岩となり、小さな波紋は鳴門海峡の渦巻きとなる。あの野郎とっ捕まえて嬲(なぶ)り殺しにしてやると被害にあった人は怒気と憎しみを口走る。
「嬲」という文字を見れば分かる通り、世の常として許されざる男と、許されざる女と、許されざる男が見えざるところで人を陥れる。だから「嬲」という文字が生まれたのだろうと私は思うのだ。
ある業界では秘密はベッドの中から一番流れ出るという。
大会社を潰すのには刃物はいらない。人事、人事、人事の噂を流せば内部からガタガタになるという。
ある店の小上がりの部屋で数人の男たちが熱気を放出して会社の人事話をしていた。
ウルセイ蝙蝠と、ゴッツイ鵺と、キョトンとした鳶と、やたらに改革だを連発する烏野郎が会社の秘密を大きな声で話していた。一人の男が突然、俺は是々非々だといった。
何がゼゼヒヒだと他の人間から集中攻撃を受けていた。
静かにしろいと私が怒鳴ったら、一同シュンとなってしまった。
あんな奴等にも会社はちゃんと給料を支払っているのだ。馬鹿な男たちでここだけの話だぞといっているのに、背広の上着に会社のバッヂをつけていた。
誰でも知っている有名な会社であった。私と友人の後をゾロゾロと出て行った。