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2010年12月10日金曜日

湘南の嵐便り 「うんざりの中に宝」


私の事愛してる、うん死ぬ程愛しているよ。人に殺されても、うん勿論、どんな掟を破っても。うん、それじゃ一度殺されてみてというテーマを映画にしてみた。



一万円札大好き小銭大嫌い、ブランド大好きそんな心貧しき万札主義者の哀しさを映画にした。身の丈に合わない人生を歩む先には不幸しか待っていない。
どんなに背伸びしても血筋は争えない。一万円が120円に及ばない事を映画化した。


東大、京大、一橋大、早稲田大、慶應大、学習院大、上智大、青学、えっそんな連中がという連中が我々小さな会社にゴマンと面接に来る。

地方の国大とか名も知らぬ大学はうんざりする程来る。
だがしかし真の人材はこのうんざりの中にいるものなのだ。それを発掘するのが面接だ。

※イメージです

一万円札と120円どっちがいいかと言えば勿論みんな一万円札というだろう、しかし自動販売機のお札の所が故障、120円ないと飲料にありつけないとなると場面はどんと変わるのだ。

学歴優秀、家柄優秀、だけどなんで会社に入れないのというとまず書類でそして次は面接で落ちる。ドアを開けて入った瞬間に分かる。まずオーラが出てないと第一、第二志望の会社には入れない。で、私どもの様な場末の会社にまで来る。しかし全然まるでオーラがない。一銭の金を出す価値が見えない。志がなく人生の目的も夢もロマンもなく、酒も飲まず女遊びもしないという。
文学に暗く、絵画に疎く、当然陶芸や染色まして映画もレンタルで時々観るしかない。AVを見て手コキを毎日毎日する。



東大なんて半端な気持ちで入ってしまったばかりすっかり駄目になり、上智などでナンパを覚え(ちなみに学校から下へのグランドに行く坂をサック坂などという)まあ青姦坂だ。
聖イグナチオ教会はどんな悪さをしても悔い改めれば許されるというクリスチャン程都合のいい教えはないといえる。(上智の学生がいいました)


その昔隠れキリシタンに私は心から感動し涙を流し長崎や天草に行って無宗教ながらその意志力、信仰力に敬意を表した。




遠藤周作の「沈黙」「深い河」に人の心の在りかを探したものだ。

君、最近どんな女の子と寝たかと聞くとビックリし、どの小説でオナニーしたかと聞くと言葉を失い、どの映画で殺意を感じたかと聞くと動揺を露わにし、最近博打で幾ら負けたかと聞くと口を閉じる。ところで君はどこの大学を何のために出たのと聞くと言葉を失う。

学歴なんか関係ねえよ、遊んだ人間しかうちは入れないと言うと汗びっしょりで帰って行く。多分携帯でパパ、ママ、ジジ、ババ、サイテーの会社だったよ僕は凄く傷ついたよ、とこんな子は永遠に志望の会社に入れない。突き出せ、放っぽり出せだ。

一人で暮らし、一人でメシを食べ一人で生きていく逞しさを持たねばこれから世の中は絶対生き抜いて行けない。
いい年をして親の家に住み着いているのは単なるパラサイト、共生虫だ。
親が退治するしかない。

あっという間に30になり40になってしまう。
ジ・エンドだ。まず女の子にはモテナイ事間違いない。放り出せだ。
それが一番の親の愛情だ。


万札より120円を大事にする人間になって欲しい。
お父さんお母さんは一生懸命ストレスと戦っているのだから。

2010年12月9日木曜日

湘南の嵐便り 「故里は遠くにありて」


むかしおニャン子、そしてモーニング娘、今はAKB48

秋葉原のメイド喫茶(行った事はない)育ちの様な女の子の集団が大人気らしい。
もっとむかしに野麦峠とか女工哀史という辛く悲しい少女達の歴史があった。
飛騨の冬山を越え長野辺りの製絹工場に働きに行き、少ない賃金で働いて働いて仕送りをする。文字通り死ぬまで働くのであった。



秋元康というある種の天才がいる。美空ひばりの「川の流れのように」は名曲である。又、イベントプロデュース、ユニットの作成の天才である。
今何が人気を呼び何がヒットするかの感覚の天才である。

天はもっと天才の才を彼に与えた。それは博打で負ける天才であるという事だ。
日本中は勿論、韓国、香港、モナコ、ラスベガス、ギャンブルのある処に彼の姿があるという。

そしてでっかく勝負するので有名だ、故に勝ちも大きく負けも大きい。
当然本物の博打打ちじゃないのでトータルではでっかい借金だけが残って行く。
莫大な印税も少女達の生む金も形を変えて消えて行く。

立てばパチンコ、座れば麻雀、歩く姿は馬券買いというのどかな時代があったが現代のギャンブルはケタが違い方法論も様々だ。
地上での博打と地下での博打、天才はギャンブル依存症から抜け出せないでいるらしい。しかし決してめげずに又天才的発想で人気を呼びブームを作る。
人生の収支決算は終わった時一円でもプラスなら勝ちだからせっせと才能を発揮して欲しいと思う。

最近はボーカル+ダンスの集団が多くなったのは何故だろう。
演歌は息も絶え絶えだ。すっかり音楽番組を見なくなってしまった。



米山正夫作詞作曲、美空ひばりの「津軽のふるさと」なんて津軽の風景がそのまま見えて来る素晴らしい作詞であった。
「りんごのふる里は北国の果て、うらうら山脈に抱かれて夢を見た。あの頃の想い出あー今いずこに、りんごのふる里は北国の果て」
「ああ上野駅」の井沢八郎の歌声は人生に染み込んだ。

上野駅

ある年のドキュメント番組で集団就職で出て来た少年が事業で成功し大会社の社長になった。何か迷う時、上野駅に立つというものであった。上野は心の駅だったのだ。
かつて東京から青森まで26時間掛かった、そして124日東京青森間は3時間20分で行ける事となった。

斜陽館

太宰治が生きていたら文学から手を引いたやもしれない。
小説「津軽」は生まれていないだろう。




東京青森日帰り出張の時代となった。速い事は本当にいいのだろうか。故里は遠くにありてと思うものが無くなってしまう。阿久悠の名曲「津軽海峡冬景色」も直ぐ見れるし、森昌子の「哀しみ本線日本海」もお隣感覚だ。


時代がどんどん速くなって故里が近くなり過ぎて行く程人と人の心は遠くなって行く。AKB48の一人一人の女の子の手にするギャラを聞いたらきっとみんな腰を抜かすだろう。ほとんど無賃乗車に近いのだから。そして一人一人途中下車して行く。


天才は今日も丁か半かトランプで21を出すために気合いを入れているかもしれない。
それともルーレットかバカラかドボンか?

私は二十才を過ぎた頃から一切ギャンブルはしてない。それまでに人の一生分以上全ての博打をしたから(ちゃんとプラスで終えた)。
今は生きていくだけでもギャンブルだからだ。

2010年12月8日水曜日

湘南の嵐便り 「声の道場」


私の長い友人の奥さんが一冊の名著を上梓した。
題名を「声の道場」という。
友人から送られて来て直ぐに読んだ。中々奥深い教えの本であった。

道場の風景


著者の名は「山村康子」さん、観世流梅若会の能楽師である。
日本人が声の問題を抱えていて正しい発声法を学んで社会を正したいという極めて根源的テーマに対して取り組んだ本であった。



山村康子先生は声の道場を聞き、いかに正しい呼吸法が大切か歴史的見地から今日的テーマに対して息の大切さを語る。息とは自分の心という文字だと知った。
モンゴル人と日本人の発声が同じ様である事も書いてあり、日本人のルーツはモンゴル系である事も私は確信した。


息を飲む、息をつく、息が上がる、息を潜める、肩で息をつく、息を詰める、息を開く、息が長い、息にまつわる言葉の元を知った。



姿勢が大事です!

正しい姿勢、正しい発声が生む声が子を育て、身を育て、学問を育てる事を知った。

中でもこのエピソードが大好きであった。
アメリカの原住民が傷ついた鷲を捕まえた。日本人は大丈夫かしっかりしろ的な事を一生懸命に声を掛けたが鷲は一向に静かにならない、そこで原住民が母国語で優しく語りかけると鷲はピタッと静かになったという。大丈夫だよという言葉を掛けたのだ。生のイントネーションが違ったのだろう。


先日「プロフェッショナル」というNHKの番組で奇跡のお米を開発した農家の夫婦の話を見た。その人の作ったお米は他の米の五倍の値段がつくという。その方法は毎日稲に語りかけ声を掛けるのだ。

熱いけど頑張ってなとか台風が来るからしっかり頼むぞとか、美味しい水を入れてやるからなとかまるで子供を育てる様に愛情を込めるのだ。
稲穂は猛暑の辛さに耐え会話を交わしながら立派に育って特等米となる。


これは我々全てに今何が大切かを教えてくれている。
声を掛け合う大切さ、息即ち自分の心で語り合う大切さだ。ギザギザになってしまった家庭や政治や社会や会社や人間関係その全ては「声」にあるのだ。


パソコンやメールに声はない、あってもデジタルで無機質な声だ。
是非この一冊をお薦めした。丹田に力を集め大きく吸い小さく静かに出す。もうすっかりさび付いた夫婦関係や友人関係もきっとKURE-556の様に愛情を込め腹から声を出せばきっとスムーズになるはずだ。熱い吐息と共にそれだけで十分なのだ。

私は山村康子先生の声の道場に入門したいと思っている。

このままでは世界は声なき声で滅びる。世界中秘密情報の流出で大騒ぎだ。
メールより手紙、パソコンより電話、会いたい人とは会う事だ。

横着と便利は人を動かせない。

2010年12月7日火曜日

湘南の嵐便り 「映画完成」


123日(金)深夜一年がかりで作っていた短編映画二本が完成した。

この日は麻布十番のスタジオと目黒の109スタジオをはしごした。
二本で約25分、低予算だけに一流のスタッフが忙しい中時間を縫って作っていくから時間が掛かる、又様々な人達や会社の方々にご協力をしていただいて作っていく自主映画は一銭も無駄には出来ない。


来年のカンヌ国際映画祭に出品する、その他の映画祭にも出品する。
私に残された仕事はいかに若い感性の映画屋を育てるかにある。


一本は「夢魚」、平間絹乃さんという若い女性の監督第一作目。

平間絹乃監督 「夢魚」

もう一本は「120円」、寺尾学ぶさんというきっとこれからの映画界にデビューする若い監督の第一作目だ。

寺尾学ぶ監督 「120円」

カメラマンは二作とも長年のコンビ猪俣克己さん、又無理を頼んだ。
プロデューサーは奥野和明君とサポートプロデューサーとして鈴木智暢君、制作デスクは上原有美君だ。頑張ってくれてありがとうと言いたい。


祭の音、風の音、花火の音、車の音、蝉の音、川の音、カエルの音、鈴の音、餅つきの音、笛の音、電車の音、携帯の音、自販機を殴る音、蹴る音、ジュースを飲む音、お札を数える音、小銭の音、犬が吠える音、絵を描く音、色んな音を重ねて仕上げていく。

色味を細かく調整しナレーションを取る(何回もやり直しながら)私がOKを出さない限り終わりはない、だからみんなの意見を聞く。一人一人いいアイデアを出してくれる。


スポンサーがお金を出してくれるコマーシャルとは違う、コマーシャルの最高責任者はスポンサーだからだ(泣く子とスポンサーには勝てないという)。

最終的には監督が自分の作品にする、そしてOKいいじゃない最高だよと私が言った時、スタジオ中が拍手拍手となるこの一瞬が何よりのご馳走だ。
二人を世に出してあげたい必ず。


1211日渋谷宮益坂のスペインレストラン、ラ・プラーヤ(児玉徹オーナーシェフ)で完成試写会をする。


ランチ&シネマ、自主映画なので有料試写会にしてもらった。
120円」という映画は銀座のクラブのオーナーの義姉が主役、初めての演技とは思えない熱演だ。試写会には店のNo.1ホステスさんはじめ何人もスッピンで来るという。
女性はスッピンが一番だ。

※写真はイメージです


なんとその中の一人の女の子がヘアーヌード写真集を自分の記念に作りたいという。
勿論OKいい写真家を起用していい写真集を作ってあげる約束をした。

物作りをしていると色んな事に出会う事ができる。
頭の中にはアイデアが夏の雲の様にモクモクと沸いて来ている。
美しい顔、美しい肌、美しい豊かな胸、美しい足。果たして心の中は美しいか?写真は決して誤魔化せない。トコトンえぐり出す。
「銀座と人生と男と女」そんな世界を作るつもりだ。


映画はきっと劇場にかける様にしたいと思っている。


2010年12月6日月曜日

湘南の嵐便り 「ミシュランは×印」


身の程知らずのフランスのタイヤメーカーのミシュランが私の地元に近い鎌倉の店に星印をつけていた。

なまじミシュランなんかに星印を貰ってすっかり馴染みのお客に去られて青色吐息の店が東京中ゴロゴロある。田舎から出て来たお上りさん相手とか、外人接待とか、夜の世界のご同伴とか、悪巧みをする代官とお主もやるよのぉーの商人が行く店ばかりなのだ。




鎌倉で選ばれた店は味は何の事はない店ばかり。どっちかというと気取り代、場所代、お上りさんへのお土産代(行ったのよという)みたいなもんだ。

たかだか寿司屋に一人前二万も三万も払うバカが行けばいいんだ。
精進料理なんて坊主達が食べるのにバカ高い値段を払うバカがいけばいいのだ。おそばなんて一気にすすり込むのが正しい食べ方なのにオロオロソロソロ音も立てずに食べるバカが行けばいいんだ。


ここの鰻は天然物で気をつけないと釣り針が入っているだよなんて女の子をデートに誘って本当に唇に釣り針がささり血が出て唇は真っ赤な明太子。今日こそ彼女の唇をなんて考えも水の泡。ネッ、本当だろ天然ものなんだよ。




やっぱりミシュランの星一つ貰っただけの事はあるよななんて店出る頃は彼女は友達から急ぎのメールが入ったのなんて言われてハイサヨウナラ。
大体出て来た物をいちいち説明する店、店の作りをくどくど語る店、わざわざ肉や海老や野菜なんかを見せに来るところには殆ど裏切られる。
店に入って直ぐミシュランガイドが置いてある店も同じ。


本当に本物の店はミシュランなんて相手にしない。
かえって迷惑だと取材に来ても門前払いだ。常客を優先するからだ。ガイドブック持ってウルサイ、クサイ、ダサイ、ババジジに来られたらたまったもんじゃない。
どうせ一回こっきりの客たちなんだから。

本当の名店はこういった路地裏にあるものです

男のプロはいい女性やいい友と会うのは決してミシュラン等に選ばれた店に行かない。
いい店は必ずいい路地裏にあるものなのだ。
ひっそりと何も自慢せずそれとなくある、そして決して高くない。神楽坂とか神田とか四谷とか横浜や鎌倉だって路地裏にある。


なまじミシュランなんかに選ばれてミーハーに喜んでいるとどっと中国人や韓国人がやって来て泣きが入る事だろう。



私が時々行く鎌倉や逗子や横浜の店は当然ミシュランお断りだ。
「星三ついただきました」なんていって喜んで良いのは「堺正章のチューボーですよ」でいいのである。







よく結婚式とかに招待されてフレンチを食べて帰ると何か腹がギトギトする。昨日のの切り身残っていたならお茶漬けでも食べようとなって食べる、鮭茶漬けと漬け物の美味しい事といったらない。



フレンチはソースの味が決め手の料理、世界一お風呂嫌いのフランス人(中国人も風呂嫌い)が香水を発達させた様にソースでかなりフェイク(ごまかし)が出来る料理。毎日食べる事など決して出来ない。胃の中がベトベトになる。



素材と食器と盛り付けで見栄えをよくしてソースで味を感じさせる。だからどこのフレンチも写真に撮ると大差ない。肉と魚と野菜が入ってケーキみたいな気取った料理なのだ。
かの開高健はフランス大好き人間であったが一番旨かったのは露店で買った新聞紙に包まれた白身魚のフライだと書いてあった。


2010年12月3日金曜日

湘南の嵐便り 「ホテルグッドバイ」

私の家から海岸まで歩いて約八分、海岸の脇にベイシティホテルといういわゆるラブホテルがある。

※写真はイメージです
大きなビニールののれんの中に朝から晩までひっきりなしに車が入って行く。
先日海へひと歩きしに行ったらそのホテルの前に沢山の人だかりで、痴情にもつれた事件かはたまた売春か買春のもつれかと遠回しに見ながら歩く速さを遅くしたら、何人かの人が居た。何かあったのと聞くとそのラブホテルが立ち退いて直ぐ隣に新しく小学校が出来るので風紀上立ち退かなくてはならなくなったとの事であった。

※写真はイメージです

その日集まっていたのはラブホテルで使用していたベッドとか電気スタンドとか、カーテンとか風呂のバスタブとか二束三文だけで色んな業者が買い取りに来ているのだ。

商魂の逞しい事。ベッドは特に再生すればいい値段で売れるらしい。
気が付くと私はすっかりその集団の中に居て話を聞いていた。
何しろ好奇心だけは人一倍ある。三十代位の女経営者とその右腕の様な中年男が七人の業者と交渉している。

※写真はイメージです
会話の中で一番興味を引いたのはベッドや寝具に染み込んだ臭いをどう値付けするかであった。何しろ様々なカップルが享楽の売買と不倫とか許されざる行為を年々も支えて来た。ベッドや恥ずかしい姿を隠して来た道具達である。
染み込んだ体臭や香水や化粧や体内から放出された男女の液体の臭いは特殊なものであり消すのに費用が掛かるらしい。

※写真はイメージです

ベッドは1800円、小さな冷蔵庫は200円、ファンシーケースは150円、サイドテーブルは80円、電気スタンドは50円、掛敷ふとんセットは1500円とかで競売されていく。それはあっという間の出来事だ。安っぽい花や風景画はただであった。
2トン車のトラックや軽のバンが来ては去って行く。


私が33年前引っ越しして来た時は当時結婚式の名門、平安閣がありその前は子供達が夏は毎日の様にプールに行った地産ホテルがあった。
海岸の横にあるベイシティホテルは中々に風情があったもんだ。
立ち退き料をしっかりもらってどこぞに行くらしい。その隣に美しい小学校、私の孫が三年生と二年生から転入する。


アベック、カップル、訳あり、何千何万の愛の行為の「性界遺産」だ。
妙な怨念とか、怒りとか、別れのブルースとかカモンベイビーのロックンロールが聞こえて来る。有名人も沢山来ていたと地元の運転手さんから聞いた。

気が付くと四十分も居てしまった。
秋の陽はつるべ落とし、すっかり暗くなり初めていたが、女主人の笑い声は場違いと
いうか奇妙に似合っていた。平塚の風俗でNO.1であったらしい。
市原悦子と泉ピン子の体型に今陽子の顔をのせた様な女性であった。


再び歩き出して海岸を歩いていた私は、五木ひろしの「よこはまたそがれ」と井上陽水の「リバーサイドホテル」を口ずさんでいた。
ホテルの解体は簡単に終わったらしい。

2010年12月2日木曜日

湘南の嵐便り 「掟破り」


タクシーの運転手さんに鉄則があるという。
一、 野球の話はしない(お客さんが何処のチームを応援しているか分からないから)
二、 政治の話をしない(お客さんが何処の政党を支持しているか分からないから)
三、 宗教の話をしない(お客さんが何の宗教を信じているか分からないから)
この三つを基本としているらしい。


最近四番目に沖縄と朝鮮半島の話をしないが加えられたらしい(運転手さんに沖縄や韓国の人が多いから)
一歩間違って「お客さんロッテが優勝して良かったですね」
「一体民主党とかはどうなっているんですかね、又この小さな国に7つもの政党が必要なんですかね」「あの宗教関係の親玉はかなりヤバイらしいですね」
そして「沖縄じゃ基地でたっぷり儲けている悪い奴等がいるらしいですね」
なんてお喋りな初心者の運転手さんはかなりデンジャラスと言える。


※写真はイメージです


事実ウルセイ黙ってろなんて後から蹴飛ばされる人も多いという。
会社は運転手にも問題があるので余程傷が大きくないと警察に訴えない。


そこで思い出した事がある。私の後輩の女性が伊豆で大きな温泉旅館の女将をしている。
泊まり客の中で一番破廉恥でメチャクチャに騒いで暴れるのが、一位学校の先生関係、二位が警察関係、三位がお役所関係。一番スケベなのがお医者さんの学会関係という。
翌朝お詫びの言葉もなくハチャメチャにしてゴルフ場に向かう。


かつて東京駅で赤帽をしていた人と飲み屋で隣り合わせになった。
自分で書いたという本を後日送ってくれた。これが面白い事この上ない。

これがその本です

チップが多かったのが勝新太郎とか荷物を持ってくれたのがジャイアント馬場とか、スッピンで誰だか分からないでいた大女優とか東京駅の歴史本であった。

世の中は万華鏡の様な物。面白いと思えば色々に見えて面白い。何だがゴチャゴチャしていて見ていてもつまらないと思えばつまんない、視力検査みたいだから。


先日やけに毛深くてまつ毛が濃くて立派な運転手さんの車に乗った。
ネームプレートを見ると玉城とある。運転手さんは沖縄かい?知事選の方はどうなっているのと聞くとその手の話はしてはいけないと言われているのでご勘弁下さいと具志堅用高みたいな甲高い声で断られた。

でも実は結果はもう分かっている仲井真でね、既に建設会社がテトラポット、残土処理、生コンや運送会社もほぼ決まっているんですよと言った。

運転手になって五日目であった。
掟破りの人であった。

2010年12月1日水曜日

湘南の嵐便り 「冬の花火大会」



1127日(土)毎年夏に行われている江の島の花火大会がこの日行われた。

何故か?諸説ある。
APECの警備対策のためとか、不景気で大量の打ち上げの数が必要な夏は行えないとか、夏は若者達が集まりすぎて事件が起き過ぎるとか、冬の花火も夜空は澄み粋でいいではないか等々である。

※写真をお借りしました


六時から打ち上げ開始、家の物干し場から良く見えた。例年の半分位で終わった。
冬の花火はモノクロームの世界に多彩に色をちりばめた様で美しいがとても儚いしなんとなく切ない。夏の体感温度の中ならビールを飲みながらだが寒気の中ではぬるめの酒を手に花火の音と色を楽しむ。



冬の花火には何か血の香りと血の色を感じた、どこかで同じ気分になった事を思い出していた。そうだ乃木神社だ。先日大学で建築を学ぶ全国の生徒たちの日本一決定戦で選ばれた作品展を乃木坂に見に行った。
待ち合わせより少し早く乃木坂に着いたので何となく乃木神社に一人で立ち寄った。



そこは一歩入るとタイムトリップした様に軍国の香りがする。
日露戦争で有名な二百三高地で戦死した数万の血の色がどんよりした空気の中に見えて来る。
乃木大将夫婦が住んでいた住居は小さく狭い。夫婦で殉死した部屋などは子供部屋の広さだ。ガラス越しに血の形をした軍人が見えて来る。それは冬の空に打ち上がっては散って行く赤い花火の様である。この住居に老夫婦が住んでいたら生きている事に何の意味も感じないだろう。軍人は戦場が住居なのだから。

江ノ島神社
児玉神社

そういえば江の島神社の隣に児玉神社がある。二百三高地をどうしても陥落させられなかった乃木希典大将に代わり陸軍の至宝といわれた長州出身の児玉源太郎大将を祀った神社がある。
児玉は二百三高地をいとも簡単に陥落させ戦場を去った。
乃木希典は愚将といわれ続けたが天皇崩御と共に夫婦で殉死し軍神となった。明治の大砲の音に似た音を出し彩やかに上っては散る花火に江の島と乃木坂が繋がっていた。
冬の花火には何か哀切さを感じた。


一方日本一決定戦に勝ち残った学生達の作品は驚嘆すべき才能の花火であった。
第一位、二位、三位、そして特別賞数点。藝大建築科を首席で出た一人の女子学生の作品が展示されていた。

広島の軍港のドッグだった場所を再生し都市を作るという素晴らしい作品であった。他の若者たちの誇らしげな凄い作品も見てつくづく若い才能を羨ましいと思った。
三メートル近い模型は精巧を極めていた。信じられない繊細さだ。


少年の頃私の通信簿で図画工作は確か一か二であった。
一本の通りを向かい合わせにして日露戦争という破壊とこれからを創造して行く若き建築家たちの空気は青空の下、全く違って見えた。

冬はやっぱり鍋ですね

冬の花火を見終わった後、今年初めて大好きなたらちり鍋を食べた。
風邪をこじらせ声がよく出ないのでそっと静かに。


そう言えば何年か前に神楽坂のたらちり鍋の美味しい店にミシュラン関係の日本人料理批評家とフランス人の男が三人で居た事がある。食べながらこれ最高に美味しーい、トレビアン、本当は星三つと言っていたとか(フランス語が分からない)。


しかし当然ミシュランの星などは一つもなかった、そんなもんなのである。
ガラガラなのに絶賛上映中とか大ヒット中という映画と同じ批評家は全く当てにならないのだ。