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2023年9月9日土曜日

つれづれ雑草「今日も私キレイ(?)」

「夢精映画」ではなく、「無声映画」を見た。役者は演じながらセリフを言っているが、声は出ないという、ずっと昔の映画だ。現在時九月九日午前三時二十七分〇九秒、テレビの画面ではフランスの大統領マクロンが、ラグビーのワールドカップの開会宣言をしている。4年に一度のワールドカップだ。サッカーのワールドカップ、オリンピックも4年に一回だ。午後十時頃帰宅をしていた。溜池にあるレストランで、お世話になっている代理店の方と、その代理店がお世話になっている会社の役員の方の誕生会をした。台風の影響かやけにジメジメしている。雨は思っていたよりずっと小降りだった。ニュースでは千葉の茂原が観測史上初の雨で氾濫する川が予想されていた。毎年史上初が生まれている。天の悪意か毎年大被害になる地が違う。Why何故(?)と思う。ラグビーの第一戦はいきなり優勝候補同士、フランス対ニュージーランドだ。画面にテロップが流れる。震度4の地震が南の国の島、鹿児島県“悪石島”近くが震源地だと伝える。悪石島とはいい名ではないかと不謹慎に思う。過日、小松左京の“復活の日”“日本沈没”を生んだ、アナザーストーリーのドキュメンタリー番組を見て日本列島という特殊な列島の、運命と宿命と寿命を知った。小松左京は阪神淡路大震災の現場を見て、自らが書いた恐怖の光景が、事実の光景であるのを確認して、“鬱”病になってしまった。このSF小説家は、純文学の小説家たちと違って、実に真っ当かつ正直であり、自分の書いた小説に責任をかんじたのだ。嘘ばかりついているある政治家に、ある人間がこう言った。なんであなたはそう嘘ばかりつくのか(?)、その答えは、それは“私が政治家だから”だと。つまり、政治と小説は嘘(作り話)で進行する。小説とは男と女を書くものなのだと、批評の神様「小林秀雄」が言ったとか、ある本で読んだ。男と女の血みどろの小説には、殆んど実際に起きた事件がネタになっている。小説家にとって新聞の三面記事と、裁判所でさまざまな事件について傍聴するのは、ネタの山なのだ。私小説は自分自身がネタであるから、原稿用紙と鉛筆一本あれば書ける。ヒトは誰でも一本の小説は書けるといわれる。いよいよネタが尽きるとなると、ジエンド終りとなる。男よりいかに女性が恐ろしい生き物であるかを知る。圧倒的に男の方が自殺する。心中を支配するのも女性が多い(殆んど)。見方によっては人殺しである。九月一日新宿の映画館で、中国映画の「兎たちの暴走」という映画を観た。200人近く入る映画館に観客は私と4人だけであった。毎週上映する映画をチェックしている。批評を読むと私好みなので足を運んだ。現在の中国が抱えている若い世代の問題は、現在の日本と同じであった。映像がとてもいい、中国語のロックの主題歌がいい。一歳の時に女の子をすてて出て行ってしまった母親が、16年振りに帰って来る。多額の借金を背負って。17歳の少女にとって母親は憧れの人であった。二人は借金地獄か逃れるために、少女の学校にいる、金持ちの子の誘拐を実行する。貧しい少女にとって、ずっと気に入らない目障りな子だったのだ。そして……。少女は母親に言う。あなたのためならなんでもやると。二人は歌う。♪~ 夢の中に上下左右はないと。5人だけで観るには勿体ない映画だった。さて、無声映画だが、内田吐夢監督の「人生劇場」だ。作者である「尾崎士郎」の自伝といわれている大長篇だ。映画は60分ほど、セリフは画面の文字で読む。古い書体がいい味を出している。愛知県吉良町に尾崎士郎は生まれた。私は中学生の頃から今日までずっと人生劇場の歌を口ずさんでいる。尾崎士郎は宇野千代との関係で苦悶する。宇野千代は恋多き女性で、東郷青児や北原武夫、梶井基次郎などの文壇や画壇の男共を悩ませつづけた。九十歳を過ぎた時、インタビュアーに、“今日も私キレイ”などと言ったのは有名である。現在午前四時四十五分八秒。フランスが9対8でニュージーランドに勝っている。画面にはテロップで千葉県の土砂崩れとか、JRの計画運休とか、竜巻、雷、地震情報が流れつづけている。神も仏もラグビーに夢中なのだろう。戦前の映画はフィルムが劣化していて、ザーザー降りの雨が画面に降ってよく見えない。でも尾崎士郎の気迫が伝わってくる。男心は男じゃないと分からないと。私の人生の見本は人生劇場の中に出てくる“吉良の常吉”だ。ヤッパ(短刀)や、ピストルより恐いのは、女心だな。そしてこの列島は災害に勝てない。※日本人の個人名は全て故人。(文中敬称略)








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