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2011年7月14日木曜日

「モテル、モテない」

ある調査、丸の内OL100人に聞く。

結婚相手の理想の職業は、1位,会社員、2位,公務員。

初めてのデートは1,映画館、2公園。

初めてのキスの後に言って欲しい言葉は、1,好きだよ、2,ずっとこのままいたい。

初めてのプレゼントで一番うれしいのは1,指輪、2,カバン。

初めて交合する場所1,彼の部屋、2,海辺のホテル。

初めての食事は1,フレンチ、2,イタリアン。

年収の希望は、400万以上。


初めてデートした時気にして見るところ、1,靴が汚れているか、2,爪を切っているか。

いちばん男の色気を感じるのは「指」だとか。


とまあ何だか面倒な事だ。20代で彼女がいない男が70%以上だというではないか。若いうちに遊んでおかないと人間修行不足で人を使う立場には立てない。また、大きな仕事を成すことは出来ない。



明治維新を行った男達はみんな遊び人であった。坂本龍馬、高杉晋作、伊藤博文、井上馨などは差しずめ四天王だ。男にモテない男はまず女性にはモテない。

女性の母性本能はちょっと不良がいいらしい。私の様なすっごい不良は一部の理性的持ち主か、男に尽くすことが生き甲斐の堕落論的生き方の女性か、私が付いていてあげないとどうしようもないというマリア様的な女性しか近づいてくれない。


信じる者は救われたいと思っている。アーメン、ソーメン、冷ソーメンとオヤジギャグを小さな池の鯉に向かって話しかけている。おい、なんでこの頃の若者は遊ばないんだ。


吉原にお気に入りの女性が出来て会社に出て来ないとか、新宿にゾッコンの女性が出来てサラ金地獄で人質にされているとか、錦糸町に命をかけたい程の女性が出来て博打に手を出しついにイカサマが露見して足腰立たなくなって入院しているとか。20代の内にそんな得難い経験をしてほしい。


現代絵画のカリスマ、故今井俊満は72歳で亡くなるまでに世界数十カ国の女性と関係を持ったという。

常日頃、私は一日の内8時間はSEXをし、8時間絵を描き、8時間は寝たという。

愛し合った女性の数およそ5千人。ドエライ先生だ。


精力絶倫、前人未踏、腰痛撃退、絵なんてものは早く描く事が先生の心情、ピカソもビックリの先生。

フランスの文化勲章をもらってしまった。今も日本の若い女性に抜群の人気を誇っている。



オカネ下さ〜い。絵を買って下さ〜い。おねがいで〜す。先生の息子、アレクサンドル今井画伯の日常挨拶語、あの三国連太郎さんは人と会ったら必ずオカネを貸してくれよといったとか(今は分からない)何しろモテモテであったからオカネが必要だったのだろう。


モテル男は歩くモーテルという位火宅の人である。与謝野鉄幹などは横綱級だ。

そんな亭主を持ちながら十一人の子供を育てその間「君死に給うことなかれ」とか「柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君」なんていい詞を書きまくった。もの凄い夫婦だ。


若者よ遊ぶ金なら私が一生懸命働いて少しは貸してあげる(出世したら返してね)ドンドン来てくれる事を待つ。


君たちがこれからニッポンをつくるのだ。

2011年7月12日火曜日

「日本四大悪女誕生」

「あんた泣いてんのね、だから言ったじゃないの」と歌ったのは落下傘スカートを広げていた大歌手「松山恵子」、

歌の名は「お別れ電話」だ。



いま日本中が菅直人と菅伸子という夫婦総理にむちゃくちゃにされている。

この夫婦は一昔前なら許されない従兄弟同士の近親夫婦なのだ。いにしえの頃から夫婦とは赤の他人、偶然出会った仲であった。それが証拠にかつてはお見合い結婚の方が多かった。菅夫婦は従兄弟同士という血の近い同血夫婦なのだ。

だから普通の感覚では計り知れない絆で結ばれている。


人の顔を見ない男、目が泳いでいる(裏業界ではキョトった目で盗っ人の目といわれる)人と話すことができない、決断できない、立っては外に出て怒鳴り、喚き散らし、戻ってきては人が話しているのに2台の携帯を見たりいじったりする。


私が会った政治家の中で最悪NO.1の男だ。

そんな男に700人もいる政治家が首を落とせない。仙谷由人、岡田克也、枝野幸男、玄葉光一郎、野田佳彦、前原誠司らはすっかりサジを投げられ、ナメられ、コケにされ自分達の子分である蓮舫、松本龍(親分なし)、馬淵澄夫、長妻昭たちが次々と破門にされたのに解散が恐いと沈黙している。全くケンカ下手だ。


菅は大嫌いだったはずの官僚にすっかり腑抜けにされいまやホモと化した阿久津幸彦、寺田学、加藤公一の3人の話しか聞かない。そして最後は悪妻の命令に従うという訳だ。(浮気がバレて以来頭が上がらない。)


日本三大悪女と言えば日野富子、北条政子、淀殿であったが後世に菅伸子が加わり四大悪女となるであろう。

九州電力のヤラセメールなどは大相撲の八百長と同じで当たり前、調査会社ほどいい加減な会社はない。又、タウンミーティングや世論調査等はみんないい加減、ほとんどヤラセだ。仕出し屋がガヤと言われる人間をインターネットで雇いヤラセるのだ。信じる者は救われないのだ。3千億集めた義援金は未だ20数%しか被災地に届いていない。

私の125,000円を返せといいたい。


いつの間にか電気予報や放射能予報が当たり前になっている。会社は暑いがスタッフはじっと我慢している。私一人がガンガン冷房をなんて言ってシラーとされている。結局9500円と5000円の扇風機を2台買った。

こうなると天誅を下す者をと思ったりするがテロリストたちもすっかり暑さでヘバっている。こうなりゃ私がと思うがアチコチ痛い。全くダラしない始末だ。若かりし頃は錆びにナイフでも人は殺せるなんていっていたのに。


そう言えばむかしパルコの広告でいい言葉があった、それは「ナイフで切ったように夏は終わった

果たして菅直人、伸子なる厚顔無恥な権力亡者同血夫婦をこの夏中にスパッと切る事ができるか。

それにしても官僚たちはズルく、シブとく、コスからく、セコク食えない東大法学部卒の串団子達だ。


政治とは「言葉なり」という。誰か一人歴史的名言を残して首をとりに行こう。

かつて秦の始皇帝の首をとりに行った刺客荊軻の様に。だがその荊軻は・・・・。


中国では大英雄なので調べてください。日本でいえば唐獅子牡丹の高倉健でしょうか。

名セリフは「死んでもらいます」だ。

「もしや、もやし」



新しい病原菌O-104のもとはドイツ産の「もやし」ではとの疑いがもたれた。

どいつが言い始めたかは判らないがドイツ産ではないらしい。

しかしこの「もしや、もやし」ではどうやら違ったらしい。


この世はこの「もしや、もやし」的疑いで成り立っている。人は人を信じず、人は人を疑うのである。

もしや浮気しているのでは、もしや裏切るのでは、もしや競馬の大穴を当てられるのでは(宝くじなども)もしや役員になれるのでは、もしやあの女性は自分に気があるのでは、「もしや、もやし」気が付けばもしやの如くとなっている。


この「もしや」にだって十分な言い訳はある。

同じ野菜市場から出荷されても、あるもやしは立派な鉄板焼き屋さんで大切に扱われ、ある「もやし」は冷やし中華の中でその存在を誇示している。だがある「もやし」は料理下手な奥さんのレバー炒めとなりクタクタになるまで炒められたり、豆板醤とジャンジャン混ぜられヒドイヒリヒリ感にさらされたりする。

もやしそばでは主役であったりするが、担々麺やタンメンに入れられると脇役に回り、長崎チャンポン等に入れられると完全にちゃらんぽらんな存在になってしまう。


もやしっ子といえばかなりネガティブな子であり、もしやと思えばかなり期待の星であったりする。

食生活が豊かになった現代ではもやしっ子は随分と少なくなった。


学校を出て新人として会社に入る始めの内は相手にもされないが、もしやの才能を発揮しだすと先輩はその才能に嫉妬し、何やかんやとイジメをしだすのだ。女性の嫉妬は悪い気持ちはしないが男の嫉妬ほど始末に負えないものはない。

特に男が女性に与える嫉妬心は犯罪的であったりする。

インターネットにはとんでもない映像が溢れかえっているらしい。

韓国の女優達はそれによって自殺したリするという。アイラブユー、ユーラブミー等といかがわしい事をしたりするとあっという間にその時の映像が世界中に出回ってしまう恐い話なのだ。


「もしや」と「もやし」ネットカフェは満杯、陰湿なパソコンマニアがあなたを狙っている。

タンメンの中のもやしの様に人民の海の中にいる。


先日まで渋谷東急文化村の入口の前のビジネスホテルの狭い一室に居た。

その奥は有名な円山町ラブホテル街、1階のちっぽけなイタリアンレストランで深夜一人でビールを飲んでいると窓越しに様々なカップルがホテル街に消えて行く。いかにも上司と部下風、いかにも教師と教え子風、いかにも不倫風、いかにも教授と編集者風、いかにも、いかにも、いかにもである。




東電OL殺人事件はこの円山町で起きた。昼は東京電力のキャリアウーマン(39歳)、夜は変身して客をひろう立ちんぼ、エリートの親に対する反抗であったというが本当の事は判らない。有罪、無罪を繰り返し結局無期懲役となったネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリは、今獄中にいる。「神様私はやっていない」のゴビンダの声が大きく法廷に響いたという。

両親が自分の娘に対し、「もしや」も「もやし」も感じなかったのである。


皆さんお気を付けて下さい。何!もしやだって!

2011年7月8日金曜日

「無頼にあらず」


その日私は渋谷東急文化村の1階ギャラリー脇のラウンジにいた。

知人や友人や後輩と一緒であった。「昨日の情熱大陸みました?」と聞かれたので、「ああ、ホテルの一室で見たよ、伊集院静だろ」と答えた。


格好良かったですね無頼派はと後輩。

うちの女房達が格好良かったと友人が言う。私は応えた。何言ってるんだ、大体広告界では使い物にならなかったコピーライター上がりが小説を書いてその気になっているんだ。

例えば林真理子や石田衣良、山本一力等その数たっぷりだ。「無頼派」を名乗るにはちょっと役不足だ。織田作之助、壇一雄、坂口安吾、太宰治たちと比べようがない。


まず無頼派は「山の上ホテル」等の高級ホテルを定宿にしない。

まず無頼派はグリーン車に乗って女房の待つ家になんて帰らない。

まず無頼派は、君飲み代持ってるの?風俗代持ってるの?なんて優しい声を掛けない。

まず無頼派は何本もの連載原稿を抱えたり数多くの講演等をしない。


気になったのは麻雀大好きという割りにはその手捌き、牌のツモリ方が素人だ。

私のように麻雀で生計を立ていた。プロから見るとモーパイ(手で触っただけで判る)が出来てなくツモってチラッと牌を見る仕草は勝負に弱く、気の弱い打ち手がやる事だ。

無頼派を名乗るには、1.女性にたかって生きる、つまりヒモになる。

.あちらこちらに女性を作り火宅の人となる。

.人の金の事など気にしない(何しろ金が無いのだから)

.気の利いた家などにすまない。自分の名入りの原稿用紙などを使わない。

.美人芸能人などをナンパしない(金がかかる)

.毎日ファッション等に気を遣わない。


等々、無頼派は駄目な、どうしようもない、救いようのない、金もない、ないないづくしでないといけない。徹底的に堕落した男のみに与えられる名誉ある称号なのだ。

まだ未熟の徒、「本物の男」とはとか「大人の流儀」とかを書いて出版社のお先棒を担いでいては何おかいわんやだ。そもそも無頼派は「私は何故モテルのでしょう」等という様な最低な言葉を発しない。


何より無頼派は文章が上手くないといけない。もっともっと遊んで月謝を払わないと行けない。

すってんてんになるまで。一度や二度はヒモになった女性に刺される位でないと駄目なのだ。


同居した女性や家族、借金を踏み倒した友人知人、ツケを払わないお店に蛇喝の如く嫌われる。

だがしかし決定的には捨てられない何かがある。この「何か」が無頼派の魅力なのだ。残念ながら私は無頼的ではあったが遂に無頼派にはなれなかった。まるで役不足であったのだ。

何しろ人から奢ってもらったり、人から金を借りるのは大の苦手なのだから。(つまり見栄っ張りなだけ)


人から聞いた話だが伊集院静氏は大変な筆マメで手紙や礼状をしっかり書く男だと聞いた。それは時として巻紙?であったという。まてよならばやっぱり人たらし。モテルかも。

2011年7月7日木曜日

「節電の日に歌う人」

7月1日電力使用制限令開始の日、何処へ行っても節電だらけ、だがその節電の本当の意味はちゃんと説明されてないから分からない。こう節電すればこうなるのといってくれないからだ。



午後10時40分赤坂のクラブに久々に顔を出した。

わたしたち二人、店内は薄暗くマッタリ。十人座れるカウンターに60代前半のお客二人、半円のボックスに私達二人、二つの小さなボックスにお客さん一人、60代後半。ママ一人、背の高い女の子一人。モンペ+ブルマー風ファッションの若い子一人。



ボーイッシュな女の子だ。ビールを一杯飲み干すと突然聞き慣れた音楽だ。カウンター右の60代が歌う。

「美しき十代」三田明のヒット曲だ。節電と美しき十代、妙な気分だ。

で、次に「学園広場」舟木一夫だ。おじさんすっかり青春ど真ん中へ、以下西郷輝彦、橋幸夫、ホステスさんとデュエットで「いつでも夢を」と続く。その間を縫って私の斜め前のおじさんが心を込めて「釜山港へ帰ろう」ときたもんだ。パチパチと消えそうな線香花火の様な力ない拍手。で、次に「珍島物語」。アッチの人じゃないのとコッチの人に聞くとアッチの人じゃないけどアッチでの遊びが好きな人なんだと。ジャンジャジャジャーンとカウンター左の人、始まりました。名曲「奥飛騨慕情」次に背の高い女の子が五輪真弓の「恋人よ」あーあ頭が痛くなってきた。


この日一緒の男と難しい話を長くしていたので野口五郎のなんとかという歌を聞く頃には頭が完全に消灯してしまった。

何しろ節電の日の割りにはおじさんたちは週末十分充電していたのだ。


充電といえばあの事件から7ヶ月、暴力振りまくりの海老蔵が無罪放免で舞台に立って見得を切る。いよ!日本一とかさすが千両役者だとか。一方不良少年上がりのリオン君は恥をかかされた先輩のために懲役へ。名門の出と不良の出の違いとはいえ不条理ではないか。法は平等でないといけない、ケンカは両成敗と古来より決まっているのだから。


どんだけ大金が動いたかは分からないが私はやっぱり海老蔵君とリオン君が一年くらい同じ房の中で生活して肩を組みながら「高校三年生」とか、「修学旅行」なんかを歌ってほしいと思うのだ。そして二人揃ってもう灰皿でテキーラなんか飲んでケンカするのは卒業しようと誓い合ってほしいと思うのだ。



海老蔵が堂々と見得を切る。その目の前に海老蔵が送ったチケットで来たリオン君がいる、目と目があう。緞帳が下がってくる。コレで一件落着だ。

2011年7月6日水曜日

「時給は6円位」

去る6月2日から8日まで渋谷、東急文化村で「あかるい鬱展」という企画展を行い多くの方々がご来場してくれました。

テレビを見たからという人、FMラジオを聞いたからという人、渋谷駅でポスターを見たという人。

新聞や雑誌を見たという人。

トイレに行こうと思って通りがかり「あかるい鬱展」とは何じゃい、ちょっと見てみるかと言う人(若い人たちが多かった)、

鬱で悩んでいる人、周りにいる人、かつて苦しんだ人、人、人、そのご家族やご友人達様々に鬱の今がありました。



1000冊作った図録は販売しなかったので多くの方々が是非にとノートに書いて有りました。

現在対応を考えています。私はあれがよかった、僕はあれだ、俺はあれ、あたしはあれよとそれぞれでした。9日間文化村入口前のビジネスホテルに泊まり込み、連日オープンからクローズまで会場におりました。取材もたくさん入りその対応をしている内にお世話になった方たちにキチンとした対応が出来ず申し訳なく思っております。

また、会いたかった人が知らない間に来てくれていて会えずに残念でした。


初日のレセプションは予定の3倍となりテンテコ舞で色々と不手際があり反省しきりです。

成功したか否かは私が決めることではないのですが、スタッフ一同全力を尽くしました、ただいまやっと事後処理の7〜8割を終え、ど、ど、ど、どっと疲れが出ています。

しかし充実した疲れでした。足、腰、肩、首は鉄板の様になっていました。

アチコチからもう一度開催出来ないかとの問い合わせがありましたが今はとても無理なのです。

信用金庫から少し借金でもしようかと思ったので、申し込むと貸付係の課長さんと担当の若い人がレセプションに来てカメラでパチパチ撮っていました。なんでも上司に報告するとの事でした。私は嘘を言ってない事が山ほどの超一流の人達を見て安心した様です。もう一回分借りるかもと言ったらとんでもない、いい加減にしてよと山妻に言われました。

生きていると夢ばかり追ってお金ばかりかかります、私があの世に行った時は決して鬱ではなく、この世では夢が追えないからです。世の悪人の誰を道連れにするかを夢見てます。「天誅」ではなく「夢誅」です。ちなみにジャーナリストの鋭いペンで書く体制批判は「筆誅」といったが今はこの国にまっとうなジャーナリストはいません。

本当にこの国は滅びるかもしれません。みんなお金儲けばかり考えているからです。

ちなみに刑務所に入ったホリエモンの労役の時給は6円位、いい勉強になるはずでホリエモンの「後の門」を掘る人は誰でしょうか。必ず洗礼を受けねばなりません。でも刑務所内では愛をお金で買う事ができます(お金のことをツルといいます)。ホリエモンはツルを山ほど持っているからきっと気持ちいい毎日を送れるはずです。

す。

2011年6月14日火曜日

御礼

6月2日から8日まで渋谷東急文化村ギャラリーに於いて開催しました「あかるい鬱展」を無事終える事が出来ました。

連日様々な人、人、人でした。

これからしばらくは事後処理に時間を取られます。ブログは7月1日より再開予定です。



それにしても「鬱」で悩む人のなんと多い事かを改めて知りました。

殆どの人が「鬱」って文字もこうして見るとあかるいね、楽しいね、素晴らしいねと言ってくれました。

教授、博士、カウンセリングの先生達もこれこそ本当の認知療法(自分で何か出来た事で自信を付けていく)の見本だと言ってくれました。


一人でも多くの方が何かを掴んでくれたとしたら「私はとてもあかるい気持ち」になれるのです。

2011年5月31日火曜日

湘南から喜怒哀楽 「J−WAVE体験」


FMラジオ、J−WAVEに初めて出演した。

小黒一三さんという超人とのトーク番組である。小黒さんは元ブルータス編集長、現在はロハスな生き方を提唱する「ソトコト」編集長。全日空の機内誌「翼の王国」も手掛けている。


二十年ほど前なんとケニアに三つ星ホテルを建てた。

BS朝日の「毎日ロハス日和」も人気、又最近、銀座松坂屋裏の元TEPCO館1Fに「巴馬(バーマ)ロハスカフェ」というでっかい中華料理店も出した。設計は建築家の隈研吾氏で椅子の一つ一つまでこだわっている。コンセプトはロハスで長寿。

巴馬とは中国奥地の村の名前、百歳以上が沢山いる長寿の村であるとか。



小黒一三さんの「LOHAS TALK」は月〜金曜、午後8:408:50まで、10分間の番組である。今まで出演して来た人はあらゆる業界のトップランナーたちばかりであった。

私ごとき場末の芸者、ただの小作人にはまぶしい舞台である。私がある企画展を六月に行うというと、その内容と資料を一読、そして即決。そして俺の番組に出てよ、後は担当から連絡させるから、でお酒となった。何しろ人脈の巨大な塊。


千年の大木の根の如く深く広く遠くまで繋がり絡み合っている次から次へとビッグネームやビックリ話が飛び出す。桁違いの人である。きっと坂本龍馬はこんな人であっただろうと思う。人の見る角度によって万華鏡の様に変わる。

その人柄というか人格というか、何か魔可不思議なオーラに吸い込まれるのだ。


眼光は鋭く一発で相手の値打ちを読み取るのだ。

笑っている様で笑っていなく、怒っている様で笑っている。「巴馬」にはあの梁山泊の様に才人、怪人、奇人が集まって来る。中国風の格好の時は壇一雄の「夕日と拳銃」の主人公伊達麟之介の様でもある。北から南、そして世界のアチコチその行動力は広くて素早い。

一カ所にいないのだ。


六本木ヒルズに行くとセキュリティチェックが凄く厳しいのに驚いた。

無能な私の有能なデスクの女性とこのイベントのパブリシティを担当してくれる女性を用心棒にして行った。二人とも身長170㎝以上で頼もしい。これでも私は気がとても弱いのだ?。


そこにいかにも小黒一三さんを担当している感じの若い女性ディレクターが登場、その仕事っぷりの早くて的確な事、どうもとソファーにどっかり小黒一三さん、レジメを見せていただきイザ本番。


小黒一三さんのトークの無駄の無い事。

50分オンエアーに対し、収録は約一時間、無駄は一切しない事となっている様だ。超多忙な人だし、さっとやってぱっと終わって、じゃあまたよろしくとエスカレーターに乗って消えて行きました。J−WAVEは人気のあるラジオ局、ヒルズの中はアメリカのオフィスの様、どこまでも洗練され広く若々しく活気に満ちていた。


ラジオの反響恐るべしであった。

ちなみに東北の大震災の時人々が頼りにしたメディアNO.1はラジオ、約46%。テレビはわずか10%であったとある調査結果がでた。 



番組はこちらより聞けます/収録の様子もみれますよ!

http://www.j-wave.co.jp/blog/lohastalk/2011/05/podcasting270.हटमल


さて、ご報告をいたします。

6月2日〜8日まで渋谷東急文化村1Fギャラリーにて身を粉にして実現出来た日本初の企画展「あかるい鬱展」を行います。ブログはしばらくお休みさせていただきます。


よろしければ是非お越し下さい。会期中はほぼ居る予定です。

2011年5月25日水曜日

湘南から喜怒哀楽 「割り合い」


ブランデーにはクラシック、ブラックコーヒーにはモダンジャズ、紅茶にはスイングジャズ、スコッチにはブリティッシュロック、バーボンにはカントリーウエスタン、ビールにはカリフォルニアロック、ダイキリにはハワイアン、日本酒には演歌、焼酎には高田渡か岡林信康、ラムにはレゲエ、テキーラにはマリアッチ、プーアール茶にはモンゴルの口笛、カフェオレにはフォルクローレ等その日聴く音楽で色々飲み分けると楽しい1日となる。


この頃焼酎のカルピス割り、りんごジュース割りを一杯飲む。

人の前では決して飲めないので深夜一人の時にそっと楽しむ。

気に入ったバカラのグラスに氷を入れ焼酎を半分とカルピス半分のハーフ&ハーフ。

焼酎の臭いが苦手なのだがこれだと初恋の味カルピスが(有名なキャッチフレーズ)だらしなく遊んできた人生をほろ酔い青春の味にしてくれる。


大型連休、手帳に禁酒と書いたが結局一日も禁酒できなかった。

意志薄弱なのである。


今更禁酒して何やねん、もう肝臓も膵臓もアカンんのやないけ、ドクターストップいうても飲まなぁ眠れんのじゃけんのー。こんなはナンボのもんじゃ、一杯やらなイケンノヨ。なんて大阪弁と広島弁がハーフ&ハーフ状態になってしまうのである。

「酒は涙かため息」かという歌があったが私にとって「酒は命か深呼吸」なのである。


焼酎のブランデー割り、焼酎のコーヒー割り、焼酎の紅茶割り、焼酎のプーアール茶割り、焼酎のスコッチ割り、焼酎のラム割り、これらを試したがそれぞれしっかりとした割り合いを守れば割り合いにうまい。焼酎は割りと協調性がある様で相手を選ばない。氏素姓とか家柄とか学歴とか顔立ちを気にしない。自分自身が芋とか米とか麦だからなのだろう。


ちょっと声をかければすぐ付いてくる女の子って昔いたでしょう、自分で自分の事どうせ私はブサイクだから一度だけ一緒にモーニングコーヒー飲んでくれたらOKなの。電器屋さんとかお豆腐屋さんとか乾物屋さんの娘に多かった様だ。だから初恋の味カルピスは特に相性がいいのだろう。


割りとオツにすまし、バーバリーとかローラアシュレーとかラルフローレンを着たお気取り屋さんは一番簡単に落ちたと友人が自慢していた。


割り合いそうかもしれない。

実は芋の様に臭いが強い度数がある女性は一度間違いを起すと悪酔いするらしい。

ヨーカ堂のインナーとかイオンのジーンズにワゴンセールのTシャツ系の人だ。

スーパーブランド系は後から恐く痛い目に遭う。私の先輩はスーパーブランド系とマンションの一室にいたら恐い人が突入して来てベランダ(二階)から飛び降りて複雑骨折をした。今でも足を引きずっている。


「美人局」だった様だ。当然バッチリお金もかかった。

シャネルだらけだったとか。なんでもブランデーをビールで割るのがすきであったとか。

マズイ筈だ。



割り合いで一つ思い出した。

連休中友人のイギリス人弁護士夫婦が立ち寄った。その時テレビから矢沢永吉がサントリーモルツのCMでシャルウィーダンスをアカペラで歌っていた。

それを見たイギリス人は、この男はプロかアマかと言うからジャパンNO.1ロッカーだと言ったらなんとなく割り合い英語みたいな感じに聞こえるけどかなりなまっているなと言って帰っていった。


いいんだよ、永チャンはわたしの親友にとっては割り合いの英語風で十分なんだから。

湘南から喜怒哀楽 「ぜひ西伊豆石花海へ」

西伊豆稲取に「石花海」という海を前にした旅館があります。

定居康夫、比佐子夫妻が経営しています。比佐子さんは私が10ヶ月いた会社から私が辞めた時、私もやめますといって何百人もいる会社からわずか五人の会社に付いてきてくれました。旧姓は西君といいます。その頃22歳位だったでしょうか。


西君は九州八代の出身、父君は確か社会党の市会議員でした。その西君の結婚した相手が伊豆稲取で「喜久多」という昔風の小さな旅館の若主人でした。

えっ、西君が旅館の女将さんにと思いました。しかしこの西君は凄腕だったのです。



喜久多を改装したのを手始めに、海岸沿いにあった古い旅館を買い、10億以上の資金を銀行から出させその旅館を見るも鮮やかに改装しました。


「東本さん、○億○×億も借りるときは同じですよ。やるだけやって駄目ならそこまでですよ」といったのは私が泊まりに行った時です。



稲取の他の旅館主たちは朝からゴルフ、夜は麻雀やカラオケをしながら「石花海」はいつ潰れるか賭けていた様です。しかし西君は凄いアイデアを次々と出し、客層も大きく変えて大繁盛となりました。私が行くと美男子で優しいご主人と一緒に飲みます。


西君はどっしり落ち着き、着物が似合う文字通り大女将さんです。色気たっぷりとなっています。私の人生の中でこれ程見事に裏切ってくれた女性はいません。20歳で知り合ってから約30年、本当に貫禄十分過ぎる程の稲取の顔となりました。


多分今回の大震災の影響を受けているでしょうがこういう時は連絡してきません。負けん気が強く弱みを見せるのが嫌いなのです。いい女になりました。息子さんがホテル学校を出て後を継ぐ事となっているとか。


でも私としては沢山借り入れしているのは心配の種です。何とか一人でも多く「石花海」に行ってもらいたいと、友人、知人に声をかけています。目の前は海、屋上には大きな露天風呂があります。魚料理は抜群です。朝食はいう事はありません。私の紹介といえばお料理やお刺身の量も少しは増えるはずです。


「安・近・短」の決め手です。

どうかよろしくお願い申し上げます。伊豆稲取一の旅館です。

訳有りの仲で行っても口は堅いです。決してバレる事はありません。安心して行ってください。ただもしかして私と出会ってしまう可能性もあります。その時はお互い知らぬ仲という事にいたしましょう。


三年程前知り合いのお色気ムンムンのエステティシャンを紹介しました。

若い男の子と一緒、その夜あまりのエステティシャンの声に隣の部屋にいたお客さんからいい加減にしてくれと苦情が出た様です。しかし百戦錬磨のエステティシャン、翌朝ロビーでコーヒーを飲んでいる隣の人に対し昨夜は少し研修に身が入り過ぎてごめんあそばせといったとか。その色気に圧倒されたそうである。旅の恥はかき捨てという。


結婚して50年のご夫婦はひょっとしてと思い旅行に来たのです。実は隣から聞こえる泣き声、よがり声、すがり声に猛然と元気が出たのですがやはり最後までは無理だった様です。でもひと時興奮したと御礼の言葉をもらったとエステティシャンは喜んでいました。

48歳のエロ女です。エステの腕はまあまあです。二年ほど前DVにあい離婚したのです。かなりのMの女性です。今は29歳のコックさんと同棲中です。かなりマッチョです。


あっ、これはある二組のカップルを見て私が勝手に創作した話です。