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2015年9月18日金曜日

「飛ぶ鳥、後は…。」



銀の週間→シルバーウィークが明日から始まる。
人生の後半をいかに生きるかしばし考えてみよう。モノ忘れは酷くなった。
前の日何を食べたか忘れてしまう。人の名前が全然でない。
え〜、あの、あれ、あれ、あいつだよというセリフのやりとりが多くなった
毎日着る物に関心がなくなった。そのクセやたらに食欲はある。
日々服用している薬を飲んだかどうか忘れている。
朝・昼・夜・食間・就寝前と薬局に分けてもらわないとダメですよとなる。
え〜、もしもし、ハイハイ、あれ誰でしたっけと電話をかけた相手を忘れてしまう。


「人生は…死ぬまでの暇つぶし」といったのは確か山本夏彦さんだったと思う。
「生きてるだけで丸もうけ」といったのは確か明石家さんまさん。
「年寄り笑うな行く道だもの」は確か永六輔さんであったと思う。

私の師匠であり大先輩であった人は「飛ぶ鳥、あとはメッタメタ」だよといい、銀座の高級クラブにツケを山ほど残して逝った。
大和のハイヤー代も山ほど会社のツケで残していた。
でも、いい仕事も山ほど残していたので太っ腹の会社が精算した。
みんなに愛されていたのでツケは何分の1かで済んだ。
勿論私も先輩のツケを二軒分払った。

先輩は生きている間中“シルバーウィーク”だった。
ゴールド→お金に対して全く興味なく、使うことばかりに興味があった。

“いぶし銀”といえば中年のいい男のことだ。ロマンスグレーともいわれた。
50代、60代の人が読む週刊誌の特集は、毎週これから、愛欲を楽しめと見出しが踊っている。女性に興味を失った時、男としての人生は終わりとなる。

ある賢人の言葉に「悪いことのできない人より、悪いことができて悪いことをしない人の方が、人がついてきて成功する。」この人は高級百貨店グループを生んだ。
私は大先輩の生き方に共感する。

あれ、今日薬飲んだっけ、メシ食ったっけ。
誰の電話だったっけ(?)銀座のクラブのツケは約束の日に振り込んでもらった。
みなさんよいシルバーウィークでありますように。

2015年9月17日木曜日

「モンゴルのことわざ」



私がこのブログを書き始めたのは、九月十七日(木)午前一時二十七分〇九秒である。NHKをつけっぱなしにしている。中米コスタリカ、世界一美しい森という映像に白いテロップがある。
「国会関連のニュースは動きがありしだいお伝えします」と。

国会周辺は“戦争法案”採決反対の人、人、人。
警官、警官、警官。
護送車のような警備の車、車、車、雨、雨、雨。
国会内は怒号、怒号、怒号。

自民党並びに政府はまさかこんなことにはと思っているはずである。
何しろ圧倒的な数を持ち、相手しているのがガッタガタの少数野党ばかり、だから全部合わせたってたかが知れてる、どうせ寄せ集めの民主党や維新なんか簡単に切り崩せる。

ここまではその通りだが、ネット社会を知らなすぎだ。
この社会の人たちの凄さと怖さを甘く見ていた。政党対政党ではないからあらゆる手練手管も通用しない。あっという間に繋がる威力に対抗できない。
政治家一人ひとりが何を語り、どう行動したかは永遠にファイルされる。
次の選挙のときにそのファイルが威力を発揮して攻め立てるだろう。

安保反対のデモとはそこが決定的にちがう。イデオロギーの問題でなく、生活者レベルの反対行動だから老若男女がネットで繋がる。数では安保デモだがその質では圧倒的に今回のデモの方が強力だ。

ある政治家はあんなデモはすぐに雲散霧消する、といったがネット社会で繋がった情報はどうやったって消すことはできない。
世界中ともオンタイムで繋がっている。
プラハの春望、エジプトもタイも、全ての打倒権力はネット社会の民衆によって成されている。永田町の政治はネット社会に対して遅れている。

現在午前二時〇一分四十八秒、NHKのテロップは変わらずだ。
映像はラグビー日本代表の五郎丸歩選手の成功率85%への驚異的プレースキックの目標を「アスリートの魂」という番組で追っている。
ラグビーは試合が終わればノーサイドだが、ネット社会を敵に回したらノーサイドはない。朝までには特別委員会の採決をするだろうが、実はここからが終わりの始まりであったことを永田町は知らされるだろう。
テレビの画面では五郎丸歩選手が45度の角度から見事にチョークキックでゴールに成功していた。

「歴史は夜動く」有名な言葉を思い出した。モンゴルのことわざにこんなのがあった。「逃げた馬はつかまえられるが、一度口から出た言葉はつかまえられない」政治家のはなった全ての言葉はネット社会がつかんで放さない。

外は雨、雨、雨である。

私も放った言葉で失敗ばかりしている。

2015年9月16日水曜日

「13発の銃弾」



「飼い犬に噛まれる」、信頼していた人間や、手塩にかけて育てた人間に裏切られたりした時に使われる言葉だ。


その紀州犬は余程凶暴だったのだろう。
身長120センチ、体重21キロであったという。犬は七歳。

千葉県松戸市の路上で飼い主など3人を噛んで警官3人に銃殺された。
首輪とリードで住宅の敷地に繋がれていたが逃げ出した。
警察官が制止を試みたが襲いかかった。飼い主の許可を得て発砲した。

警察官の拳銃の装弾数は5発のため標的に対し4発で決めるというのが暗黙のルールらしい。で、凶暴な紀州犬に対し3人の警官が発砲したのが13発、一人は全弾撃ったことになる。犬1匹に13発、何発かが命中し、何発かは外れ13発目で犬は倒れた。
この犬は前日にも人を襲っていたため発砲やむなしと判断されていた。

ある警察OBは相当警官は混乱して弾を外したといい、ある人は1匹の犬に13発なんて考えられない、実弾での訓練不足だという。何はともあれ外れ弾が人に命中しなくてよかったということであった。飼い主はどうやって繋いでいたのかは分からない。

土佐犬や紀州犬、秋田犬など日本犬は、いつでも闘う気満々である。
その気になるとリードなどブチ切る力を十分に持っている。
人間が支配できないプライドを持っている。

私が飼っていた犬にも8分の1ほど紀州犬の血が入っていたらしい。
私も愚妻も何度も噛まれた経験がある。白くて小さな犬であったが13才でこの世を去った時、大声を出して泣き続けた。銃殺された犬の飼い主はどうであっただろうか。
腹に何発も命中している姿を見て。14日住宅街でのバ、バ、バァーン!であった。

人間が飼い主を噛む場合はプライドを傷つけたか、分け前に不満の場合が多い。
何度か噛まれた傷口がまだ痛い。人の心は銃弾の如きである。
ちなみに犬は上から目線を嫌うらしい。語りかける時は同じ目線で話すといいらしい。

2015年9月15日火曜日

「シルバーの話」



あ〜夢も希望もねえ、世の中どうなっちまってるんだよマッタク。
も〜やってらんねえ、こんな気分が充満すると、流行るのは昔も今も川柳だ。
今それが静かな流行となっている。

昨日九時七分伊東行きに新橋から乗った。
キオスクで夕刊紙三紙と週刊誌一冊を買った。ヨイショと座り、まずは夕刊三紙を読む。今朝は朝刊が来ない日だった。
ここでは新聞の話ではなく、横浜を通過したあたりからパラパラと読み出した週刊誌の中で、思わず笑ってしまった川柳を紹介する。

「シルバー川柳傑作選」とタイトルにあるから私たちのことである。
「先ねるぞ 安らかにね と返す妻」なるほど、
「老いるとは ふえる薬と 減る記憶」そうなんだよな、
「マイナンバー ナンマイダーと 聴き違え」ウマイ!
「年賀状 出さずにいたら 死亡説」聞いたことあるある。
「耳遠く あの世のお呼びが 聴こえない」いいではないか、ずっと生きていれば、
「改札を 通れずよく見りゃ 診察券」これはけっこう切ない。
「シルバーだ 銅(どう)にも動かぬ 我が体」これもウマイ!
他にもいいのがたくさんあった。

48才から91才の人までが投稿していた。
まてよ、笑っている場合じゃないとページをめくった。
チクショー若い頃なら、チクショーあの頃なら、チクショーせめて10才若ければと一日中チクショーと思っている。

45才まで手帳も持たず、電話番号は殆ど覚えていたから電話帳も持たず、一日何本打合せやオリエンがあってもメモも取らず、どこへ行くも身一つだったのに、チクショー、チクショーなのだ。つまりはシルバー川柳の対象として生きている。
いいか、プロはな、あっ忘れましたは一つも許されないんだ、なんていっていたのが、いけねえまた忘れちまった。
なんだまた同じこと聞いてとなり、カバンはどんどん重くなる。
不眠症だから熟睡感は一年365日ない。
元旦から大晦日まで半熟卵みたいなのだ。

最後に「目覚ましの ベルはまだかと 起きて待つ」この経験かなりあるもんねえ、なのだ。朝早い打合せの時、目覚ましをかけてそれが気になり起きてしまうのだ。
チクショーといいながら時計の針を見るのだが針は一秒ずつしか動かない。
十秒は意外と長い。ウサイン・ボルトの100メートルのタイム9.79秒(この間の世界陸上)なんてそんなに速くねえかもなどと思うのだ。


シルバーを笑う若者よ、十秒は長いが歳を重ねるスピードは速いぞ、あっという間に三十代、ぞっと思うと四十代、ガチョーンとシルバーまで一気だから一日一日を大切にだ。
どんな大金持ちでもどんな貧乏人も時間は平等だ。

こんな言葉がある。
「酒もやらず、女もやらず、100まで生きたバカがいる」二十代ならまずは遊びたまえ、三十代ならいいものを食べたまえ。
大金持ちのソフトバンクの孫正義、ユニクロの柳井正、楽天の三木谷浩史たちに共通しているものがある。顔相が貧しい。金ばかり追っている人間共通の貧相だ。
彼等が何兆円持っていても命を手に入れることはできない、やがて死ぬ。
そしてあっという間に忘れられる。いい遊びをして来なかったからだ。
良い文化を作ることに貢献していないからだ。

「シンドラーのリスト」という映画の主人公がこんな言葉を遺している。
「金は汚く稼いでもいい、美しく使えば」シンドラーは稼いだ金で、アウシュビッツに収容されていた人間を何千人も救けた。
ユダヤ人の中でシンドラーの名を忘れる者はいない。
わずかな銀貨(シルバー)を手にするためにイエスを売った。
ユダの悪名も忘れることはない。(文中敬称略)