「男は父の背中を見て育つ」というが父の背中を見ない、見たくない、見せるな、と育った男がいる。
その男の父は長袖のシャツを着てプールに入った。
Why何故か、それは背中一面に“鯉の滝登り”の立派な刺青が入っていたからだ。
私の友人の父親である。
友人は夏になると嫌でしょうがなかったという。
父親とその子分たちと阿佐ヶ谷にあった50メートルプールに連れて行かれるのだ。
プールの入り口には刺青の方はプールに入れませんと貼り紙がしてあった。
小学生だった友人を連れてプールに行くのだが長袖のシャツは脱がなかった。
お風呂の中でよく見ていたので友人は、鯉の滝登りの絵(?)が好きだったが、中学生に入ってからは見たくもなかった。
あんまりにも暑い夏、父はシャツのままプールに入った。
シャツは水をたっぷりと含み背中の刺青がうつし出された。
背中の鯉は久々に本物の水を得てイキイキとした(?)。
友人は恥ずかしかった。同じ学校の女子生徒たちも来ていた。
子分たちもTシャツのままプールに飛び込んだ。みんな刺青が大なり小なり入っていた。
友人はプールから出て先に家に帰った。
あとから帰って来た父親は刺青が入っていることを友人に謝った。
お前はお父さんみたいなヤクザ者になるなよと言った。
友人は成績優秀で中高一貫校からそのまま大学へ進んだ。
“陸の王者”が応援歌の大学である。友人は応援団に入り、やがて団長にまでなった。
卒業して外資系の大手広告代理店に入った。
その会社のロビーで何年か振りで会った時、父親の刺青の話になった。
その時すでに亡くなっていた。
オヤジの背中見るのが嫌だったよ。
阿佐ヶ谷のプールに行った時、大好きだった女の子がプールサイドにいたんだよ、恥ずかしかった。
そんな話をしたことを思い出した。
幼い頃友人は消しゴムで父親の背中をこすったと言って笑った。
昨日家の近くの海へ向う親子がいた。
タンクトップから出ている太い腕に刺青があり、その右腕の中に小さな白い犬がいた。
犬がどう育つかは分からない。
左手に三才位の男の子がつながっていた。
空はどんよりとして霧雨が降っていた。