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2015年5月20日水曜日

「シーサンプチュン」




独裁的な「橋下徹」維新の会代表の後釜に、ズル平といわれた祖父「松野鶴平」、寝業師といわれた父「松野頼三」の息子「松野頼久」がアタフタと大騒ぎしながら選出された。

さてこの男が使えるかといえば、全く使えないだろう。
トッポイ兄ちゃんでしかない。
Yシャツのボタンを二つ三つ開け、ピンストライプのスーツに身を包み高級外車を転がす。
祖父と父親のDNAが染み込んでいるからあっちこっちとフラフラ、フラフラと揺れ動いて来た。軟派な不良みたいでとてもじゃないが天下国家など論じ得ない。
独裁者が生んだ政党からその独裁者がいなくなったら、カツのないカツ丼であり、天ぷらのない天丼、牛肉がトンズラした牛丼だ。

民主党は党首岡田克也がテレビに映し出されると、もうそれだけでどーんと暗くなってしまう。戦闘意欲が全く見えないのだ。政治家とは演説だ!といわれるが力ない言葉にこりゃ駄目だとなる(私の主観です)。

麻雀をやった人ならこんな言葉を知っているだろう。“シーサンプチュン”という。
はじめに13牌を手にするのだがその手の内がバラバラということ、こうなったらもう一度ガラガラとかき混ぜやり直せる。牌が2枚揃うとトーイツ、3枚揃うとアンコというのだが、今の野党はトーイツもアンコもない。
国家が戦争法案に突き進み、沖縄では普天間反対のうねりが起きているのに。
ウチの党に維新の会から何人来るかな、などと指を折っているのだろう。

勉強の出来る人間が頭がいいという決まりはない。
勉強の出来る人間同士が言い争っているのを見ると、本当に頭が悪いなと思う。
みんな自分が一番だと思っているからだ。一歩身を退いて大局を見る器量がない。
「着眼大局、着手小局」という。物ごとを広く大きく見て、打つ手は小さなところにまで目をこらせという意味だ。

永田町村に長く住み続けると、世の中の大局が見えないこととなる。
たまには外海に出て荒海に揉まれないと本当の景色が見えない。

競輪をやったことがある人ならこの言葉を知っているはずだ。
“バックを踏む”という言葉だ。それは自分がこいつについていけば(マークという)と思った奴がゴチャゴチャの中に入ってしまった。
まずいシマッタとペダルをバックにして止めて一番後まで退りそこからもう一度仕掛けて行く(まくりともいう、競輪の自転車にはブレーキがない、バックを踏むと止まる)こういう選手はやるじゃんとなり、いよいよ競輪場にラストを告げる鐘がジャンジャン鳴る。
逆に強い選手にべったりマークして二着、三着を狙う選手は小判鮫だと嫌われる。

チンチロリンというサイコロバクチをやったことがある人なら知っているだろう“ションベン”という言葉を、三つのサイコロを丼ぶりに入れて転がし目を出す、五回振り落とすことが出来るのだが、興奮して手に汗をかき出すとサイコロが指にからみつき丼ぶりの外に出てしまう。こぼすとか垂れ落ちるから、あっションベンだ総付けだとなる。
相手にしている全員に支払いとなる。

さて、松野頼久さんは乱を起こし、シーサンプチュンのようなバラバラの手を揃えて行けるでしょうか。ゴチャゴチャから一度退きまくることが出来るでしょうか、手に汗をかいて丼ぶりの外にこぼさないように。ズルと寝業はいけません。

独裁的官邸に少しずつほころびが出て来たようです。
実力をつけたNo.2とか軍師は歴史的に皆権力者に放逐されました。
蟻の一穴がどんどん大きくなって行くでしょう。
観相学的に見ると、別離の相でしょうか。権力者の目にNo.2への不満が見え、No.2にはイライラが目立ちます。

党の代表が「石原慎太郎」と「松野頼久」じゃ役貫と千点位の大きな差があります(麻雀に例えてスミマセン)。
お金に例えれば10,000円と100円位の差といえばお分かりでしょうか。
アレッ!ニュースを見ると新代表の手がすでに汗ばんで震えている。(文中敬称略)

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