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2018年11月7日水曜日

「しあわせの絵の具」

“正しい結婚”というのがあるとしたら、この映画の主人公二人だろう。実話を題材にした「しあわせの絵の具」という映画だ。借金だらけの兄がいて、意地悪な叔母と住んでいる女性がいる。やせていて、背中は丸くなっている。体はリウマチで、歩くのが苦手だ。歳はすでに40歳位になる。兄は住んでいる家を借金返済のために売り払い、体の不自由な妹を追い払う。叔母も賛成する。女性は家を出て一枚の募集のメモを見る。そこには“家政婦”募集掃除道具を持ってくることと手書きで書いてある。不自由な体ではやく歩くこともままならない女性は、足を引きずり、トボトボと長い道のりを歩き、広い畑の片隅にある、小屋みたいな家に着く。そこには街を嫌い、人を嫌う偏屈な荒々しい男がいた。男はオンボロ車とリアカーに積んだ、割った薪を売ったり、釣った(とった)魚を行商して日銭を稼いでいた。犬が二匹、ニワトリが数羽、電気はなくランプで生活をしている。ガスもないので薪で料理(とても固いパンと冷めたスープ位だ)女性は家政婦に雇ってくれと頼む。男は断る。何度か頼み、屋根裏で暮らすことと、週給25セントならと住み込ませる。小屋の中は汚い。空気も汚い。(網戸がないので閉めきっている。開けるとハエが入るから。)リウマチで指が不自由な女性にはひとつだけ、幼い頃から好きなことがあった。それは絵を描くことだ。女性は毎日男に叱られながら働く合間に、ペンキの缶の中に、持ってきた絵筆を入れて、壁や、ガラス戸や、いろんなところに絵を描く。働いて得たお金で絵の具を買う。(街には長い長い距離10キロを歩いて行く)汚かった小屋に花とか、鳥とか、緑の樹々とか、いろんなものを、絵本のようなタッチで描く。猛烈に雪が降る冬が、一度、二度と訪れる。女性はその風景を粗末な板に描く。小さな板にも描く。屋根裏で一緒に雑魚寝している男は、抱くこともしない。ある日、一人の女性が大きな車から降りてきて、ガラス戸とか扉に描いてある絵を見て、これを買いたいと言う。絵書きサイズ一枚をなんと5ドルで。男はこんな下手な子供のよう絵が、5ドルで売れたことに驚く、と言っても相変わらず荒々しい言葉で接する。ある日一羽のニワトリを締めて、温かいチキンスープを女性がつくる。男の中に少しずつ変化が起き始める。大きな車の女性は何度か来ては、絵を買って行く。そしてその絵のことが新聞で紹介される。当時副大統領だったニクソンが気に入ったと。小屋の前には、テレビ局や新聞社などが連日取材に来る。人が嫌な男は苦々しい日を送る。 そして何年か経ったある夜、男と女性は結ばれる、屋根裏の古いベッドの中で。二人は牧師一人、友人夫婦一組に祝福されて教会らしきところで式を挙げる。月日は経ち、女性の症状は悪化して肺の病となる。オンボロ車に、妻を抱きかかえて、男は街の病院に行く。そしてベッドの脇で初老となった男は息も絶え絶えの妻に、そっと「俺にとっていい妻だった」と言う。その言葉を聞き、永遠の眠りにつく。一つの希望の思い出を残して。昨日深夜から四時少し前まで、この映画を見た。夫婦はどちらか死んだ時、どちらかが何を言うかで、その結婚が正しかったかどうかが分かる。とてもいい映画なのでぜひ見てほしい。さて、私の場合はと考えた時、きっと地獄だったわよと言われるかも知れない。私は人に好かれようとすることが大嫌いである。それ故誤解を生むが、思いのまま、ありのままに行く。相手が分からなければ、それだけのこと。やけに絵が描きたくなった。週末久々に藤沢の画材屋さんに行って50号のキャンバスを5枚買うことにした。来年はきっと個展と、新作映画の短編を発表する。そのためにひたすら働き、ひたすら映画を見るのである。ルノワールも大恩のある大巨匠も、リウマチで体が不自由だが、執念で固まった指に絵筆を持って、日々創作している。

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