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絶望と希望がリングに上がったらどっちが勝つだろうか。
絶望は赤コーナー、希望は青コーナーだ。グローブは8オンスだ。
絶望の得意のパンチは左右のフック、希望の得意のパンチは左ジャブだ。
絶望は大都会に在る大きなジムで育った。
プライドが高く尊大で世の中で一番強いのは俺様だと常日頃放言をした。
フットワークは面倒だからと使わず鼻高々に相手を倒してきた。
希望の野郎なんてフック一発で倒してやると好きな物を食べ、女性を抱き、酒を飲んだ。若い頃は減量苦を知らなかった。
絶望には銀座、赤坂、六本木から応援が来た。
試合前には激励賞と書いた祝儀袋がグローブで掴み取れない程送られた。
誇らしげに観客にそれを見せてリング上を回った。
絶望は敗け知らずで希望たちをリングの上に沈めて来た。
鼻は試合ごとに高くなり先が少し曲がって来ていた。
その夜の相手は東北のある県出身の若い希望だった。
親兄弟も無い孤独な若者だった。小さな漁港の側にある倉庫がジム代わりだった。
獲っても売れない魚が倉庫の中で加工されていた。生臭い中にリングだけあった。
ボクシングジムにある筈の大鏡も無い。あるのは薄暗い灯りだけ。
希望にアドバイスを送るトレーナーはかつて絶望に打ち敗かされた男だけだ。
男は希望に、足を使えフットワークがボクサーの命だ、動く労を惜しむな、後は左のジャブだけを教えた。小さなジャブ、突き刺すジャブ、ストレートの様なジャブを徹底的に教えた。あいつの鼻を狙え、あいつは希望を飲み込んで贅肉だらけで動けないと。
そしてゴングが鳴った。絶望は見下す様に希望に近づいて来た。
希望は左のジャブを鼻に突き立てた。何発も何発も、絶望の鼻は少しずつ変形して二つの穴から血が流れ続けた。絶望はニタッ、ニタッと笑いながら近づいて殴られ続けた。
1R、2R、絶望は一発のパンチも出さない。
3Rになると絶望の顔面は赤いダルマの様になっていた。
希望は強いストレートの様なジャブを放った、とその瞬間希望の左と右の顎にフックが入った。左右のパンチが同時に出たかの様な速さだった。
希望は勝てると思い一瞬足を止めたのだ。
気がつくと希望は海の底に沈んでいた。希望の周りをクラゲたちが不思議な光を発しながら浮遊していた。立て、立つんだ、希望にトレーナーの声が聞こえた。
毒の強いクラゲに刺された様に希望の全身は痺れていた。
絶望に敗けてたまるか、ユラユラと立ち上がった気がした。
希望が練習したジムの名は「パンドラ」であった。
決して開けてはならないと伝えられていたパンドラの箱の中にあった二文字とは。