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2013年9月19日木曜日

「週末にぜひ、そして…」

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73が、37に。といっても野球の試合の事ではない。
外国映画と日本映画の観客動員数の比較だ。

かつては圧倒的にハリウッド映画を観にお客さんは向かった。
しかしこの10年近くハリウッド映画は衰退を極めている。
その原因はコンピューターグラフィック(CG)の多用やカーアクション、ワイヤーアクションの多用、良質のシナリオ不足だ。

ハリウッドは映画産業のメッカあらゆる分業によって様々な職人たちがユニオンを作り仕事を手にする。
シナリオ、キャスティング、歴史考証、殴り合い、死体づくり、カーアクション、スタントマン、特殊メイク、大道具、小道具、銃の扱い。
照明、美術、馬使い、特機(クレーン等)流血、ダイナマイト、カジノ、ガラス割り、雨、風、砂嵐作り、ロケセットからロケの見張り、食事のケータリングまでその数は100種をはるかに超える。


日本の映画界では、監督がシナリオを書くのが殆どだが、ハリウッドではシナリオはシナリオライターが書き、それをプロデューサーや監督が見つけるのだ。
ラブロマンス・ラブコメディー、強い者の話、英雄や伝説の物語がハリウッドの主流であった。製作者は職人さんを失職させられないので必要でないシーンを作らねばならない。
それ故作品は劣化する。

最後は必ずハッピーエンドでなければならなかった。
逆にヨーロッパの映画は、文学性や宗教性、詩的や哲学的、大叙情詩や大叙事詩でなければ映画とはいわない。
アカデミー賞はハリウッドでの製作でないと受賞は出来ない(外国映画賞は別)。
カンヌやベネチア、ベルリンなどの審査員たちはアカデミー賞は単なるショーであると位置づけている。

映画少年だった頃、ハリウッド映画は夢の世界、未知の世界、無限の世界だった。
かつて黒澤明監督の名作「七人の侍」は「荒野の七人」と名を変えてハリウッドでリメイクされ大ヒットした。

今、クリント・イーストウッド監督でアカデミー賞を受賞した「許されざる者」が100%アメリカの資金で日本版にリメイクされ先日封切られた。
題名も同じ「許されざる者」として。

如何にハリウッドがシナリオ不足、企画力不足なのかの証明といえる。
何でもかんでもCGを使ってきたツケだ。日本映画の水準が上がったのかといえば決してそうとはいえない。
観客を集めているのは殆どマンガのヒット作やアニメ、あるいは原作が◯△賞とか◯☓賞を受賞した作品だ(殆ど外れる)。

映画会社が自分の会社で100%資金を出して製作するのは一年の内に数作にすぎない。
シナリオを読まずにヒットを当て込んだ製作委員会方式で作品づくりをするから、船頭多くして船進まずとなり、ああでもないこうでもない、ああしろこうしろと口を出し、有能な人材をスクリーンから遠ざけてしまっている。漫画家の発想力には舌を巻く。
 テレビの構成作家も同様だ。

何とも悔しいから一矢を放ちたい。

今一人の漫画家の人と作品づくりをしているが無尽蔵の才能を感じる。
映画づくりの職人さんたちがその職を失っているのを知ると切なくなってしまう。
みんな名人芸なのに。

ある高名な役者がこういっていた。
オレは今後一切CGを使った作品には出ないぞと。
とはいえCGでご飯を食べている人はゴマンといる。
私は未だ観てないので週末「許されざる者」に足を運んだ人はぜひその感想を教えていただきたい。クリント・イーストウッド作を超えているか否か。

木曜午前一時三十二分から新作LAギャングストーリーを借りて観たのだが大外れでガックリ来た。大好きな「ショーン・ペン」の主演だったが、ただの「ションベン」だった。

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