八月二十二日(金)東京駅。
長い長い地下へのエスカレーターで総武線へ、六時〇六分発千葉行快速電車。
これがすごいギューギュー詰め、馬喰町、新日本橋、更にギューギュー詰め。
私といえばカバンを足元に置いて両足で挟む、両手は吊り革に、金輪際離さないとしがみつく。何故ならこの間ある高校の先生が痴漢をされたと女性に訴えられてヒデー目にあった。生徒たちの協力で無罪になる、長い裁判の末であった。
スマホをいじる男、男、女、女、体と体が密着する。
ふと思う、何で女性だけが痴漢と訴えられるのか、男だって訴えていいじゃねえか、女性が男の体を触ったらどーすんの。男女平等じゃないかいと。
約二十五分後船橋へ、土曜日に愛する孫(小学二年)のサッカー大会の予選の応援に行ったのだ。朝九時キックオフ、オオー、いきなり孫がシュートを決めた。
ダメ押しの四点目も決めた。4対2で勝ち、第二試合まで一時間待ち、第二戦はノーゴール、半分はキーパーをした。試合は勝った。そこで帰る事にした。
第三戦は強い相手で8対1で負けたとか。孫はノーゴール。
でも予選突破、九月六日にまた行く事とした。
八月二十四日(日)午後一時三十分、息子の長男(小学校六年)愛する孫の野球の試合の応援に。孫はいちばんチビだが主将で三番、この日はショート、捕手、そして投手をやった。公式戦は一時間半で終わりだが練習試合なので七回まで、いきなり相手の主将(一番でショート)にでっかいホームラン、エース不調で5点を取られる。
一度は5対5の同点となるも相手の打撃は相当に凄い。バカスカ打たれる。
相手は70球投げたら交代だ。
孫は第一打席ライト前にライナーのヒット、第二打席フォアボール、第三打席ランナー二、三塁で見逃しの三振、第四打席、投手越えの内野安打、第四打席は左中間にでっかい二塁打、あと少しでホームランだった。
捕手の時二人を牽制のサインを出して殺す、投手の時三塁ランナーを牽制で殺す。
4打数3安打打点5、投手で2回3分の2で失点5,結局、16対10で負けた。
熱心なコーチたちにつくづく感心する、本当に野球が好きな人たちだ。
一人が椅子を持って来てくれた。孫は何度も何度も私の方を見る。
ガッツがありファイトもある。
夜ごはんを食べに来たので、ご褒美に500円玉一個、嬉しそうだった。
気がついた事を私は書いて渡した。
どんなに疲れていようと、私は愛する孫たちの応援に行くのであった。
私の父は51歳で亡くなった。私を応援する日は一日も無かった。
私は少年が大好きなのだ。
そんな中、金、土、日の三日間で400字詰原稿用紙三冊半を書き上げた。
一冊分は既に書き上げていた。断りきれない義理があって近々本を出版する。
230〜250ページ位になると思う。多分誰も買わないだろうが。
日曜日午前三時十六分、これから新しいブランドを立ち上げている大切な会社の映像用の原稿を書き始める。テレビは通販しかやっていない。
いつものグラスにジンビームのロックを作った。レイ・チャールズの音楽を流す事にした。勿論「愛さずにはいられない」I can’t stop loving you.