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2013年12月5日木曜日

「途方もない人」




小説家は誰が見つけて世に出すか。
それは間違いなく出版社の編集者及びそのボスである編集長と決まっている。

過日、実に痛快なドキュメントを見た。
それは集英社のヒット雑誌「週刊プレイボーイ」のかつての名物編集長の実話の再現であった。ある賢人は言った。「芸術は途方もない無駄の先にある」と。

およそ編集長と名のつく人は、この途方も無い作業を毎日、毎晩、朝まで行う。
嫌な奴だろうが、変なやつだろうが、相当に気が狂っていようが、金の亡者だろうが、女狂いだろうが、男狂いだろうが、同性愛だろうが、名誉欲の塊だろうが、きちんと会い、語り合い、飲み合い、抱き合い、勘定は全て支払い、その人間に何かがあるかを探り、その先を確かめる。

小説家はたかり魔が殆どだ。編集者や編集長をお財布代わりにする。
編集長は痴情のもつれや、借金のトラブルを始めこの世にあるトラブルと名のつくもの全ての相談に乗り、その解決を目指す。

「週刊プレイボーイ」の元編集長の話で面白かったのは、芥川賞を受賞した後、極度の躁鬱病になり小説を書かなくなった作家、開高健に人生相談のページを依頼し成功したエピソードだった。開高健は躁の時は大音声で喋り、鬱の時は蚊の鳴くような声であった。
博覧強記、グルメにしてグルマン、濃密な文体と同じでこの編集長(あるいわ編集者)と思った人間には接着、密着、交着する。

「なあんでワシが週刊プレイボーイみたいな軟派な雑誌で若者相手に人生相談せなアカンの」みたいだったのだが、名物編集長は作家の住む茅ケ崎に通い詰め、抱き合い、キスをし、お土産のコロッケを共に食べながらロマネ・コンティで口説き落とす事に成功する。

この人生相談は「風に訊け」と題され、やがて若者たちの圧倒的支持を得る。
この元編集長は現在、三越伊勢丹にあるBARでバーマンをしておりエッセイを書いている。

この編集長に匹敵する途方もない編集長から一冊の本を送ってもらった。
腰巻きには政府と企業と安全対策に警鐘を鳴らす、トップリーダー必読の書!とあった。
題名は「最強の危機管理」若者は危機管理アナリスト金重凱之。
元警察庁警備局長、内閣総理大臣秘書官、数百社の危機管理コンサルティングの実績を持つ人だ。




送っていただいた以上読まねばならないと一週間みっちりかけて読んだ(超難解)、その内容の凄さに驚いた。まるでホワイトハウスの歴史を全部見てきた様な深密な情報に満ち溢れていた。読み終えるとどっと来てテーブルにうつ伏せになった。
その瞬間全てを忘れた。やっぱり途方もない事を平然とする編集長だった。

「退屈は人生の最大の罪だ」と言った人がいるが、その言葉が実に似合う稀代の人物だ。「クリネタ」という新しい雑誌に特集されている。
その編集長がまた途方もない人でその名を長友啓典さんという日本を代表するグラフィックデザイナーだ。人間は危険とずっと背中合わせに生きてきた、そこから逃げたら退屈だけが待っている。ジャーン、だが待てよ、逃げるが勝ちという教えもあるぞ。
始めは処女の如く、後は脱兎の如くだ。

2013年12月4日水曜日

「シャックリ」




走る速さと、食べる速さの競争をじっと見守った。
東海道線上り東京行。

私は新聞を読んでいた。列車は順調に横浜を通過した。
1140分ちょい過ぎ、それにしてもこの日本国はどうなってしまうのか。
いちばん成ってはいけない人間たちがリーダーとなって何もかもが滅茶苦茶、ごっちゃごちゃになって来てしまった。
“シマッタ”こんなはずじゃなかったと地団駄を踏んでも後の祭りだ。

今年も残り一ヶ月を切ってしまった。
仕舞って置いたお年賀の判子が勤続疲労で欠けてしまっていた。
列車は川崎駅に着いた。

ドアが閉まったと思った時ガヤガヤと五十代中頃の女性が二人乗り込んで来た。
ウルサイナ、マッタクと思うと新聞の活字も目に入らない。
私の斜め前に女性は座ると直ぐに駅弁とお茶を出した。

幕の内弁当を一気に食べ始めた。
列車は走る、オバサンは食べる、列車は走る、オバサンは食べる。
アタフタ食べるからご飯はこぼれる。
列車は走る、お茶でご飯を流し込む、次は品川駅だ。

エビフライ、魚の切り身、梅干し、昆布、玉子焼き、食べる、飲み込む、こぼす。
カマボコ、黒豆、列車は品川に近づく。未だ半分位しか食べ進んでいない。
二人は黙々と食べ、飲みを繰り返す。多分品川までには食べ尽くせない。

新橋、東京までに食べると作戦を立てているのだろうなと推理する。
この二人かなり慣れているなと思っていると一人の方がシャックリを始めた。
やはり急ぎ過ぎたのだろうか。箸にはコロッケとおぼしき物を挟んでヒクッ、ヒクッとシャックリをしていた。ニワトリが天に向かって鳴いている姿を思い出した。

朝日新聞に内閣支持率が50%を切ったと書いてあった。
来年の夏頃には40%を切り30%台になる筈だ。列車は新橋に着いた。
私は列車を降りたのだが二人の女声は黙々と食べ進みシャックリは止まってなかった。
トリの唐揚げに箸をグサッと刺していた。

2013年12月2日月曜日

「フィクションの話・ショップにて」

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Y子さんはインテリアデザイナーです。
中近東のデザインが大好きです。特にペルシャ 絨毯が好きでした。
学生時代から何度もバックパッカーとして訪ねていました。

今、付き合っているのはそんな中で知り合ったイラン人の男性です。
日本にペル シャ絨毯のショップを出すのが彼氏の夢でした。

知り合ってから六年後銀座に小さなショップを出したのです。
そのショップにはイラン人、イラク人、トルコ 人、アフガニスタン人などが出たり入ったりしていました。Y子 さんもそのショップを手伝っていました。
二人はショップが順調にいって良かったねと喜んでいました。

ある日、よく来てくれていたイラン人が警察に捕まった という噂を聞きました。
それから一ヶ月後白いシャツに黒のズボン、灰色のベレー帽を被った男が二人ショップに入って来ました。お二人にちょっと聞きたい話 があるのでと言いました。

えっ、なんですかとY子さん。そしてそのまま。

2013年11月29日金曜日

「フィクションの話・外国語教室にて」




Kさんは商事会社に勤めていました。
仕事の担当は中国です。Kさんは北京語、広東語が得意です。
ロシア語もかなり出来ます。

仕事なので一年の内3分の1は 中国へ行っていました。
大学時代の友人が外国語教室を経営していました。
オイ、中国人の教師が手薄になっているんだ、日本に居る時は少し教室を手伝ってく れないか。
日本に長く居るロシア人が中国語を勉強したいって言っているんだ。
そうか、いいよ手伝うよ。

それから数ヶ月が経ちました。 
Kさんは中国から帰る度にロシア人に個別指導をしていました。

ある日、ロシア人から中国の友人から手紙を貰ったのだが正しく訳せないから頼むと言われた。そこにはオモチャとおぼしきロケットや宇宙船の写真が載っていました。 
Kさんは教室でその手紙を訳してあげていました。

と、そこへ黒い服の男二人。君、ちょっと話を聞きたいんだ、ちょっと一緒に来てくれるか。Kさんはそのまま。こんな事がまさか。







2013年11月28日木曜日

「フィクションの話・軍港にて」

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今回28日、29日、2日のブログはキッチリ400字(?)で納めます。
テーマはこんな事をしていると特定秘密保護法で捕まること有りです。

とある二人の男女が横須賀港に来て、わぁー凄いあれが戦艦か、スッゲーカッコイイな一緒に記念写真撮ろうよ。そうね、初めてのデートの記念になるもんね。
誰かシャッターを押してもらえないかな、とそこへ外国の水兵さんが通った。

す、すいません、プリーズシャッター。
 OhイエスOKOKとシャッターを押してくれました。
それじゃ水兵さんと一緒のところを写してよ、君シャッター押してくれる。
でパシャ、ちょっと高かったけど真っ当な一眼レフはいいショットが撮れるな。
 と、戦艦に近づいてはパチ、パチ、パシャをしていました。いい写真が撮れた最高だね。

あそこでコーヒーでも飲もうか。
そうね、アラさっきの外人さんもいるわ。
で、一緒にコーヒーを飲んでいると、君たちちょっと話がある。
そして二人はそのまま。



2013年11月27日水曜日

「三度目の日」


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シラスコロッケ、シラス丼、シラスマン(肉まん風)、シラス揚げ(さつま揚げ風)、とれたてシラス、釜ゆでシラス、シラス盛り放題定食、江ノ島は火山も無いのにシラス大地(?)だ。

十一月二十四日(日)快晴、訳あって江ノ島神社に行った。
小田急線江ノ島駅から橋まで人、人、人、橋の上から江ノ島まで人、人、人、橋から神社まで人、人、人、富士山はぼんやり灰色だった。
海の上には洞穴巡りの船、釣り船が遠くにチラホラ、ホラホラ。

ヨットが気持ちよさそうに海の上をセーリング、友人が出ているかもなと思いつつ橋の上を歩く。風を受けウィンドサーフィンを楽しむ人、あーこの国は平和(?)なのだなと思ったりもする。

観光地を生かすも殺すもお天気次第。
この日はすこぶるつきの観光日和で、お土産屋さんや食堂やまんじゅう屋さん、おかき屋さん、ソフトクリーム屋さん、海老せんべい屋さん、何でも1000円ショップなどは大賑わいであった。神社までのゆるい坂道は殆ど満員電車であった。

イカ焼き、ハマグリ焼き、タコ焼き、トウモロコシ焼き、貝の串焼き、サザエのツボ焼きなどお醤油の焼き焼きのいい香りが元気よく鼻の穴に入って来た。
顔が隠れてしまうほど大きな海老せんをかじって歩く若い娘さん、バリバリしていると段々と顔が見えて来る。

アレッ、確かあった射的屋がいつの間にか和装小物に様変わりしているではないか。
それにしても地引網にあんまり入っていないシラスがなんでこんなにあるんだろうと疑問に思う。

湘南シラスが売りのこの地に本当に湘南シラスがこれだけいるのかい(?)
近頃何もかもが偽装とか、誤表示と続々と「お白州」の場に出されている。
あのイカも、あの貝も、あのサザエも、怪しいな、長い歴史を誇る店がある。
そこの太った三代目だか、四代目だかがラムネの栓をボッシュと抜いていた。

橋の上にズラリと並んでいた屋台のおでん屋さんが何とか条例で消えてしまった。
江ノ島の文化だったのに。富士山を見ながら波の音を聞く、サザエのツボ焼きを食しながら冷えたビールをグビィプハァーと飲む。次に大根、チクワブ、はんぺん、つみれと進む。そんな楽しみがもう無い。

目的のものを手にし、今日みたいな平和(?)な日が続くといいなと駅に向かった。
「病気平癒御守」二つ、今年この御守を頂きに来た日は確か三度目だったかなあと思った。アジの干物のいいのを出している店で何故か買うかと思ったが「御守」が魚臭くなるといけないと思い止めた。人気のホットケーキ屋には人、人、人が並んでいた。