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2013年3月7日木曜日

「バカヤローたち」






目が泳ぎまくる総理大臣やマンガのギャングの様な財務大臣がズラッと勢揃いして、経団連や日商や日経連のトップたちに「オイ、オメエタチシコタマ内部留保してん“タロー”」と麻生太郎言わないか定かではないが、給料上げろやと内政干渉をした。

過去に例のない政治的圧力である。
何がなんでもアメリカの命令に従うためにはたとえ偽りでも景気回復をさせねばならない。円安ドル高はアメリカの輸出に貢献する。
更にTPPに参加させれば俄然アメリカ有利となる


で、ローソンの新浪剛史社長はウチはボーナスをアップさせるもんねと先手を打った。
この社長はセブンイレブンやイトーヨーカドーを牛耳る鈴木敏文社長(今や老害で打つ手が後手後手)に比べ発想が新しく動きが早い。
仕方なく鈴木敏文社長はボーナスでなく、オレはベースアップするもんネエ〜と動いた。

 こうなるともう組合活動は無力化したのに等しい。
何故なら経済団体は組合要求に対してはゼロ回答をしていたのだから。
こうなると資金力のある企業でないと昇給も賞与の追加アップもできない中小、零細企業はいよいよ経営は困難を極め、また人材確保が難しい。

かつて青山のユアーズや紀伊国屋、成城石井やピーコックで買い物をするのが下々の人間の夢だった。ファッションの発信源であったパルコはすぐにJフロントの傘下へ。
このまま行くと日本中がスーパー屋さんコンビニ屋さんに買収されてしまう。
地方の有力スーパーでも余程頑張らないと次々に淘汰されてしまう。

最も連合や同盟などの有力組合のボスたちはすっかり組合貴族となってしまっている。
かつてデパートの人間はスーパーマーケットとかコンビニなんて人種差別の如く下に見ていた。その高慢ちきな経営が今の逆転現象となった。

ついこの前までコンビニは安い処だとばかり思っていたら息子から、コンビニは高いのだと教えられた。
私の愛用の使い捨てカメラはコンビニだと980円位、カメラのキタムラだと480円位であった。なんでも24時間やっているから高いんだと言われた。
誰も頼んじゃいない。
日本中24時間コンビニが営業して電気の付けっ放しの無駄使い、それでもって史上最高益とか。

メガネのJINSなんていう企業も給料アップとか。
続々と企業イメージを高めるためにアップしはじめるだろう。
ベースアップはいわばパブリシティ効果をあげる企業広告費、販売促進費と同じなのだ。

結局政府や財務省、日銀の新総裁になる黒田東彦やエール大学の教授という時代遅れの経済学者(本当はもう終わった人)浜田宏一なんていうアメリカの手先、スポンサー丸抱えの学者たちによる経済学の実験台とされてしまうのだ、この日本国は。
格差は拡大されバブルが再現される。そしてまた地獄へ堕ちる事となる。

オイそこの組合のボスたちよしっかりしろい。
オネエちゃんのオッパイ触ったり、オシリナデナデしている場合じゃないだろうが、オイ分かってんのか。
夜の銀座、赤坂でカモネギ背負って組合のボスたちが美食三昧、美女三昧をしているのだ美女たちとの揉め事をしっかり始末してくれるのは当然裏社会のボスたちだ。


お金が少し貯まった人は一度銀座、赤坂に行ってごらん。
とてもスケベなオッサンたちが本当にイケマセン姿で美女たちとアフターかなんかで“銀座の恋の物語”なんかデュエットしているから。バカヤローたちにつける薬はない。私は全然貯まってないから行けません。

2013年3月6日水曜日

「スミマセン」




ある年まで私は領収書をもらうという習慣がなかった。
今から思えば実に放漫な事であった。
飲み屋さんとか食事をする処は決まった処にしか行かないので殆どツケであった。
またツケが効かない地方などではカードを使っていた。

男子たる者が領収書を下さいというのがどうしてもいえなかったし、全く経験がなかった。こんな事が許される程世の中は甘くない。
「なんで領収書がないんですか」
「男がいちいち領収書をもらえるか」
「そんなのは通らないんですよ」
「だったらどうだっていうんだよ」
「全て使途不明金として課税対象にします」
「何が使途不明だよ、ちゃんといってるだろう」

その年初めて税務調査というのを受けました。
正直マムシみたいな嫌な男でした。ネチネチ私は攻められイライラは頂点に達してました。

「お前男のくせしてこんな仕事して楽しいか」ときけば「楽しいですよ自分で選んだ仕事ですから」「お前嫌な奴だなマッタク」そういいました。

相手は京橋税務署の調査官という職業の男です。
年齢は4050位でした。典型的小役人という感じでした。
その頃は未だ会社の経理体制もしっかりしておらず、空き缶みたいな四角い箱にお金を入れておいてそれぞれ必要なら持っていけみたいだったのです。

民商という共産党の経理事務所に全てお任せでした。
ところがこの事務所のスタッフが私よりズボラで大放漫でした。
10円でも会社の経費は領収書がないと駄目なんです」とキッチリ叱られました。
「お前トコトン嫌な仕事しているな」と憎まれ口を叩いて席をたちました。

で、当たり前の様に法のケジメをつけられました。
全然儲かっていないのにシッカリ税金を取られました。
それでも領収書をもらう習慣はつかず今でも苦手中の苦手です。

亡き親友が一緒にタクシーにのって降りる時に私が領収書いりますかと聞かれた時、いるよといったら、イケマセンアナタハ領収書なんかくれというコトバを出してはイケマセンと言われました。ダヨナァ〜、ダヨネェ〜となったのですが、今はそんな訳にはいきません。

早く領収書を必要としない身になろうと切に希望しているのです。
夢の実現まで慣れないコトバを積み重ねるのです。
男としてはもう終わっているのです。

「おい領収証出せや」
「俺の辞書に領収証はネエんだヨオ」なんてタクシーにの運転手をからかってしまったら本気で怒られました。交番行くぞだってさ。
スミマセンでした。領収証いただけますか。

2013年3月5日火曜日

「待合室にて」




「アタシャネエ世田谷食品のグルコサミンを飲んでいるから膝は大丈夫なの」
「今日は先生にどこを診てもらうの」
「膝が痛くて仕方がないの」
「だって世田谷食品のグルコサミン飲んでるから大丈夫っていったじゃない」
「あんたあれは舞の海なんて元相撲取りがコマーシャルでウソ付いているだけ?」
「じゃあ飲まないで先生の指示通りにした方がいいよ、おばあちゃんいくつ」
「アタシャネエ今年で満87です」 
「膝以外どっかよくないの」
「別にどこといってないけどね。ここにこうしていると安心するの、セサミンも飲んでるし、皇潤も飲んでるし、毎朝梅干しと楽京も食べてるし、青汁だって蜂蜜入れて飲んでるし」
「それじゃ病院に来なくてもいいんじゃない」
「そういうけどあんたお兄さん、健康第一だからね。プロポリスだって飲んでるし

 その日私は少し背中の曲がった老婆と病院の待合室で語り合いました。
場所は耳鼻咽喉科であった。

「アタシャこの頃耳が遠くなってね、先生に何回診てもらってもただの老化だっていうんだよ、お兄さんはどうしたの」
「耳の中にジェットが何機も飛んでいる様でありセミが九十九匹位いる感じなの」
「お兄さん変な事をいう人だね、飛行機は空を飛んでるし、セミは木にへばりついているんだよ」
「例え話だよおばあちゃん」
こんな変てこりんな会話を待合室で楽しみました。

「おばあちゃん100歳まであと13年頑張ってね」と声を掛けた時、そのおばあちゃんの名前が呼ばれた。
おばあちゃんの横で無言で週刊誌を読んでいた嫁さんらしき女性がおばあちゃんの両脇を抱きかかえて立ち上がり手をたずさえて診察室に向かった。
膝が痛いらしく引きずっていた。

どうやら世田谷食品のグルコサミンは未だ効いていない様だ?私は今は一切サプリメントとかビタミン剤は服用しない。やめてから様々な数値は改善された。
どんな薬でも肝臓は解毒のために働かなければならない。
痛い、痛い、とおばあちゃんの声が聞こえて来る。先生に膝を触れられている様子だ。
先生の声が聞こえてきた。
世田谷食品のグルコサミンで膝が治るくらいだったらお医者さんはいらないんですよ、私は耳鼻科だから市立病院の整形外科に行くといいですよおばあちゃんといった。


その後おばあちゃんは身長を測る物をみつけると身長を測って欲しいといって台に乗った。1.5センチ低くなったけど心配ないですよと看護師がいった。
アラッ嫌だアタシャ縮んだのかねといって台から降りた。
この機械壊れてるねといっていた。
嫁さんらしき40代とおぼしき女性の目は、全くやってられないといった感じであり、もう何もかもジョーダンじゃないという感じでもあった。
次の日は整形外科に行くといって帰っていった。
このおばあちゃんに先生から処方箋はなかった。

2013年3月4日月曜日

「セントルイス」


※イメージです


ツキはとっておけ。
これはプロのバクチ打ちの鉄則である。


ツキは誰にもやってくるが必ず落ちるものでもある。
 例えば麻雀に例をとるとツキにツイて馬鹿勝ちする時がある。
シロウトの人間は有頂天になりツキに身を任せ何でもかんでも勝負に行く。
ツイている時は気味が悪い程勝ち続ける。

プロはそんな時どうするか、私もずっとそうしていたがツキ過ぎたと思った時は、仮に当り牌が出ても“ロン”といわずあがらない。自分で“ツモ”ってもあがらない。
よほど自分が思い描いていたいい手でない限り。ツキはとっておくのだ。
勝たせる時は相手にトコトン勝たせてツキが落ちるのをじっと待つ。

麻雀を知らない人にはわからない話だが。
小指が一本も二本もない“ジャンゴロ(麻雀のプロ)”相手に高い高い月謝を払ってこそそれは身につく。心の上に刃をつけると“忍”の一文字ができる。


私がいいたい事は、待てば海路の日よりなりで、今どんなにシンドくてもきっとツキが回って来る、誰にでも。人生はバクチと同じだ。
結婚などはバクチの最もたるものだ。
人間はオギャーと生まれた時から“運”まかせとなる。
小石が額に当たって死ぬ人もいればジャンボ機が墜落した時助かった人もいる。


大切な事はツキが読めるか否かだ。
幸と不幸は次々と行ったり来たりする。
運の無さを嘆いてはいけない、その原因はきっと自分自身が作っているはずだ。
幸運に身を任せていてはダメだ。運は人に分けて上げたほうがいい。

ボランティア、チャリティ、寄附、形は様々にある。
シコシコ貯めこんで通帳を見てニヤニヤしていると、どーんと悪い運がやって来る。
昔お笑いで売れた確かセントルイスとかというコンビのギャグで“田園調布に家が建つ”とか、“定期預金に残はない” というのが流行った(そのコンビもツキが落ちて今やいない)。

アベノミクスとかで安倍晋三はすっかり大流行の様子だ。
本人もツキにツイている運も実力の内だとその気になっている。
だが予算委員会で質問を受けている最中にトイレに行く回数が増えてきたのがアチコチで報じられ始めた。持病が“調子”に乗るなと怒り“腸子”が落ちてきたのだろう、運と違う“ウン”を出すためにトイレに座っているのだ。
軟便はナンベンも出るという、今年の風邪は腸に来るらしい、油断を禁物にしよう。

2013年3月1日金曜日

「そうだ・・・行こう」




私のよく行くお寿司屋さんご一行がある年に社員旅行で京都一泊の楽しい嬉しいルンルンの旅に出たのです。

なんで京都かと尋ねれば“そうだ京都、行こう”なのですという。
テレビCMで見た南禅寺の桜を観たいのだと。私はいいました。
あれはあくまでCMなのでコンピュータ・グラフィックで誇張しているからな、まあ広告表現上の許される?嘘だと。

今年もまたCMでそれはそれは見事な桜が描かれている。
画面の片隅に小さな文字でCM上の表現をしていますとちゃんと書いてある(ほとんど読めないけど)このCMは見る者を旅に誘う強い美力がある。
長塚京三らしきナレーションもよい。とてもよい。

で、お寿司屋さんご一行は旅から帰って来ました。
どうだった南禅寺の桜はといえば、一行はだんまりです。
主人が出てきてこんにちは、お池にはまってさ~大変の気分の様で。


CMにだまされました、いわれた通りの桜でした。
CMはだましてはいないんだよ。
きっとこんな気分になります、その気分を拡大誇張して表現しているんだからな。
札幌の時計台へ行ってみな、小さくて通り過ぎちゃうよ。
土佐の高知の播磨屋橋なんておもちゃと同じだよ。
名物に美味しい物なしと同じだなという事で店内はしんみりとなったのです。

瓢亭のとんでもなく高い朝粥なんて食べに行かなかったろうなといえば、主人は行きました。でどうだった、店は良い感じでしたが肝心のお粥があまり熱くないので、関西の温度なんだよ、関東の田舎者には京の御所風の温度はもの物足りないのかもなという事になった。

“そうだ京都、行こう”と“そうだ京都へ行こう”とかなりの差があるのだ。
騒がしいCMが多い中で大人の財布を開ける格調がずっと好きである。
おっと観たいドキュメントが始まる。“そうだトイレ行こう”


2013年2月28日木曜日

「まま族と共に」




なぜかその週の内三日間位頭の中が吉野家の牛丼になっていた。
突然牛丼を食べている自分が現れよし行くぞと決めて新橋南口というか一番浜松寄り改札口近所の店に入った。
時計は午前十一時四十八分二十八秒であった。

コの字形のテーブルに20人が座れる。
16人入っていた。
全員男ばかり、少し太めで目のキツイ小柄な女性が目の前に立った。
胸章に「高」と書いてあった。多分中国人か韓国人の女性であろう。
オッキャクサンナニシマスとぶっきらぼうだ。

ということは中国人だなと思った。
牛丼特盛とお漬物を、とオーダーした。
フェーイキュートントクモリと声を発した。

男たちは黙々と食べている。
豚丼の男、カレー丼をスプーンで食べる男、牛丼並盛つゆだく(つゆがいっぱい)を食べる男、牛鍋+豚汁+コールスローを食べる男、みんなひどくダークな感じだ。暗い、早い(食べるのが)、重い。オーバーコートを着ながらとか、黒い革ジャンを着たままとか、分厚い半コートを着たままとか。

なんとなく「まま族」が沈んでいるのであった。
吉野家に付き物の紅しょうがの赤色が丼ぶりの上でやけに目立った。

私といえば牛丼を無言でドンと置かれ、お漬物をポンと置かれやっぱり中国人らしいなと思い仕方なしと許してあげる(中国人にはサービス精神はない)。
早い、うまい、安いが売りの牛丼であった。

初めて食べたときは正直感動した。
が、今回はガックリ度100%であった。
肉が硬いし玉ねぎはグッタリくたびれていた。
牛肉の色は薄暗い、赤い牛肉の色が全くない。
吉野家の秘伝はつゆに赤ワインをいれるところにあったはずだが値下げ競争のために入れなくなったか少なくしたのだろう。

味にコクがない。
牛肉をサッと入れてパッと熱々のご飯に乗せていたはずなのに煮込みすぎて何もかも台無しだ。これじゃ吉野家の売上がどんどん落ちる訳だ。
頼んだ以上仕方なく食べたが紅しょうが以外はかつての吉野家ではなかった。
お漬物は白菜なのだが広々としたものでなく細々としたものだった。


(半分以上残した)なんとか四分の三を食べ終えて、あーなんだったんだこの三日間は、牛丼が夢にまで出たのにと過ぎ去った時間を悔やんだ。
徹夜、徹夜で仕事をした日々、仲間と交代で牛丼を買いに行ってみんなで食べた発泡スチロールの入れ物の中でも熱々の牛丼がエライウマカッタ。

吉野家からテイクアウトが流行し始めた時、由紀さおりの“夜明けのスキャット”や石田あゆみの“ブルーライト・ヨコハマ”が流行っていた。
四日間一睡もしなくても生きていられる若き日々であった。

オッキャクサンオツリヨアリカトサンと「高」さんはいった。
私は吉野家と別れる覚悟を決めた。愛情が深かったばかりに店の外に出た私は牛歩の様に足取りは重かった。そうか、ずっと見ていた夢はあの頃の若い時分だったのだ。
牛丼イコール徹夜イコール自分だったのだ。


2013年2月27日水曜日

「アル体操」





国民栄誉賞が何程の賞かは分からない。
最近は政治的利用に使われている。

長嶋茂雄も力道山も石原裕次郎も受賞していない。 
Why何故?大鵬は死んでからだ。

 レスリングがオリンピック競技から外されるとなりそうで協会は慌てふためいている。
ロビー活動(金で接待漬け買収工作)が不足していたなんておよそオリンピックの精神からかけ離れた事が公然と叫ばれている。
オリンピックが既に商業化、巨大利権化している事を協会全体で認め大騒ぎとなっている。早い話国から出る強化費という名の利権が入らなくなるからだ。

私の見解ですがIOCの連中が日本に来てホテルかなんかでTVを見た、何を、それは♪〜イチニンサンシアルソックと歌いながら吉田沙保里選手や伊調選手が試合着風なのを着て不気味な踊りを踊る(アルソック体操というらしい)IOCの連中の一人かなんかが、なんだこりゃ、金メダリストが何やってんだ、品位のカケラもねえじゃねえかといったのでは?日本の協会はALSOKをつけてなかったのか防御体制が不足していた。

もしレスリングがロビー活動でオリンピック種目に選ばれたらIOCは公然とロビー活動を認めた事になってしまう。という事で私はレスリングは選にもれると思う。
油断大敵、またロビー活動とは深く静かに潜水艦の様でなければならない。
日本国の最大の弱点は情報戦に全て弱い事だ。国民栄誉賞なんてもう“えーよ”(サブー)



2013年2月26日火曜日

「自分へのごほうび」




静かなプロフェッショナルたちがいる。
一人ひとり自分の仕事を丹念に長年の技で無言でこなして行く。

私が四十年近くお付き合いをいただいている会社に東洋羽毛工業株式会社さんというのがある。羽毛ふとんの製造、販売会社だ。
世の中に偽物と本物というのがあるがこの会社は全身本物の会社である。

世間になじみは無いが本物の羽毛ふとんの世界のリーダーカンパニーだ。
悪質な羽毛ふとんは粗悪な羽毛、杜撰な精毛、洗浄、縫製により安価を売り物に世に放出する。
トラブルがついて回るのはそのせいである。
眠って起きたら周りは羽毛だらけ、部屋の中は異臭が出たりする。

最高の羽毛ふとんをお届けするために東洋羽毛さんは中国や欧州から良質の原毛を輸入し、精毛、洗浄、縫製まで一貫して自社体制で作っている。
販売先は主に病院や公共機関だ。
病院に勤務する婦長さんや看護師さん、ハードな仕事をする人たちにとって眠る事は何よりの楽しみ、自分へのごほうびなのだ。だから本物の羽毛ふとんを買い求めるのだ。

半ばしゃべるのが仕事の様な私にとって、羽毛ふとんをつくる人々の世界は聖なる職場の様である。無駄口、無駄な動きは一切ない。

ちなみにこの会社に残業はない。
五時半になると全ての仕事は終わる。創業者のモットーだ。
その日の仕事はその日の内にキッチリ終える、それがプロフェッショナルなのだ。
本当ですかという者がいたので、試しにある日五時半に電話を入れると繋がらなかった。

今年で創業六十周年、赤い羽根からヒントを得て生まれた羽毛ふとん会社。
この会社には暖かい布団を生む優しい人々の魂が息づいている。
二代目社長は温厚篤実を絵に描いた様な方であった。
現三代目社長は誠実かつ仁と愛に満ちた姿勢正しい私の最も尊敬する人だ。
会社中に誠実な空気が清々と流れている。

私は三代の社長から大恩を受けている。
現在六十周年を記念する60Pのブランドカタログを作らせていただいている。
羽毛の様に心を真っ白にして。“安物買いの銭失い”という言葉がある。
巷に流れる安い羽毛布団を買ってもきっと後悔するはずだ。

時々ジャパネット高田の社長が頭の先から甲高い声を出して安い羽毛ふとんを売り込んでいる。あろう事か朝日新聞の通販広告で極安の羽毛ふとんの広告が載っている。
朝日の広告審査機能も落ちたもんだ。
で、二月末で朝日新聞はお断りする事となった。

2013年2月25日月曜日

「そうだ山形へ行こう」


イメージです


新杵屋/牛肉どまん中弁当1,100円。
米沢紀伊国屋/米沢牛コロッケ一ヶ210円。
料亭香梅咲/弁慶めし懐石弁当1,200円。
自然食の桃井/青南蛮佃煮630円。
帯谷食品/赤かぶ漬368円。
半澤鶏卵/スモッち500円。
戸田商店/秘伝豆840円。


二月二十四日(日)さいか屋藤沢店で「山形の観光と物産展」を開催しており一人立ち寄った。
藤沢駅ビルに人に会う用があり山形ファンの私としてははやり山形の引力に勝てず大嫌いなデパートで買い物をした。

 かつてデパートの宣伝部にいたのでいつしかデパートの独特の人混みが苦手になっていた。血走った目で特売場や物産展に集結するおばさん達を見ると正直気持ち悪くなってしまうのだ。ウルサイ、クサイ、ダサイ。苦手中の苦手なのだ。

愚妻が金曜から急性ウイルス性胃腸炎で救急車で明け方四時過ぎ搬送、それ故日曜日は冷蔵庫の中はめぼしい物が無い。
朝やっとおかゆが食べたいというので作ってやり、昼は素うどんを作ってやりました。


時々は優しいんです。
会話は一日中15秒位。
食べるか!食べるわ!まあ、これだけ。

藤沢で人に会ってさいか屋藤沢で山形の弁当を買って来るかと一方的にいって家を出る。返事が無いから会話ではない。
新聞の折り込みチラシB4判をたたんでポッケに入れて出たのです。


山形はうまい物ばかりだ。
今年は行くぞ山形へ。いざ月山へ。湯殿山へ。羽黒山へ。鶴岡へ。
旅館はやっぱり“九兵衛”がいいな、藤沢周平の香りがいっぱいだから。
この処救急車づいてる、我が家には車が無いので仕方なしだ。

「誓います」




愛用の眼鏡はついに出てこなかった。
今まで散々あちこちに置き忘れたのだがその度親切な方に恵まれて私の手元に戻って来た。

その日、東海道線辻堂駅のベンチに座り新聞を読みながら列車を待っていた。
やがて列車が来た。私はつい眼鏡を左サイドの椅子の上に置いてしまった。
バッグにゴソゴソ新聞やらペットボトルのお茶を入れたのだ。
乗車して再び新聞を読もうとし、あっと思った。
シマッタ!眼鏡をしまってなかった事に気づいた。

次の藤沢駅で降り、下りの列車を待って乗った。
辻堂駅のベンチに行くと眼鏡はない。
改札口に行って若い駅員さんに眼鏡は届いていませんかと聞いたが調べた結果無かった。あーあ、ついにやってしまった。
つくづく物を大切にしないズボラな自分を叱った。

“反省だけならサルでもできる”という名人のコピーが頭をよぎった。
私はサル以下なのだ。バッグの中の革のケースからリザーブの眼鏡を出した。
この眼鏡は臨時用で1800円の品。忘れた眼鏡は28,400円の品だった。

その昔、“眼鏡は顔の一部です”というこれまた名コピーの広告を思い出した。
私は顔の一部を駅のベンチに置き忘れそして失ったのだ。
黒いウェリントン型の眼鏡です。左目は乱視対応のレンズがはいっています。
届けていただければ心ばかりの御礼をいたします。

これからは物を大切にする事を誓います。
でも、駅員さんに聞くと眼鏡の届け出は少ないとの事、使い道があるからだそうです。


「大切な教材」




あるコラムを読んでいて私と同じ見方をしている人がいる事に心が和んだ。
コラムはイラストレーター沢野ひろし氏であり彼の“え”が描いてあった。


それは中国の映画「初恋のきた道」についてであった。
張芸謀(チャンイーモウ)監督が未だ新人の頃の名作だ。
主役の少女がチャン・ツィーである、何がこの映画の良さかというと、悪人が出て来ない映画なのだ。

父の死を聞いて故郷に帰ってきた息子が、両親の馴れ初めを思い出す。
町から村にやって来た若い教師の18歳の村少女が恋をする。
チャン・ツィーが何しろ一途で美しくかわいい。
華北のひなびた村の秋から冬の風景が心を打つ。村と町をつなぐ一本の道は結婚する前、町に連れ戻された人を来る日も来る日も待ち続けた道なのだ。


悪い人が出て来ない映画はこの頃殆ど無い。
小学生の頃いい映画を観る授業があった。
ぜひそれを復活させてほしいと思う。

先生と生徒が一緒に笑い、一緒に泣き、一緒に感動する。
ぜひ「初恋のきた道」を教材にしてもらいたい。

情操教育をしないのがこの国をギスギス育ててきた。
山の子は海へ、海の子は山へ河へそして村へ、里山へ。


































2013年2月20日水曜日

「犬だって」




雑誌アエラ(AERA)を読んでついに、ここまで現代社会は来たかと思った。
それは「犬」が心の病といわれる「鬱」になっている。
 
犬がなんと抗うつ薬を飲んでいるという驚きの記事があった。
勿論原因の殆どは飼い主にある。
ベタベタした過度の接し方、人形ではあるまいし着物やドレスを着せる等の過剰な愛情?服従させるのがしつけとばかりに命令を下し更に暴力を加える行為。
また、室内犬を外に出さずに家の中を牢の様にしてしまう間違った生活。
犬は言葉を出せないから、常同行動をしてストレスを示す。
自分の尾を噛んだり、お腹を傷つける自傷行為を繰り返す。
中には幻覚を感じたり、無気力になり一日中ぐったりしてしまう。
獣医に来る犬の鬱患者が増加しているという。

ある新聞記事によると、飼い主にとってある時は「うちの子」であるが、ある時は「ただの物」にしてしまうという。
例えばある夫婦が離婚する事となった。
さあ、愛犬をどうするか、夫は君が持っていけと言い、妻は私はいらないわとなる。

更にこんなケース、夫が転勤になった、行き先では犬が飼えない、それじゃどこか遠くへ行って捨ててしまおう。

そんなこんなで昨年だけでなんと25万頭の犬が捨てられ殺処分となった。
ネグレスト(育児放棄)が遂に犬社会まで及んできた。

先日、私の会社の社長の犬が病に勝てず家族に看取られ13年の人生(犬生かな)を終えた。家族同然であったのだから意気消沈している。それが正しい飼い主の姿だ。
亡くなった犬君もきっと幸福でしたといっているだろう
犬や猫を飼う人、ペットを飼う人は十分な覚悟が必要なのだ。


福島県の犬は放射能が恐いといって外に出してもらえない。
当然殆どの犬が鬱状態なのだろう。犬たちも脱原発なのだ。









2013年2月19日火曜日

「で、ごわす」




不良品は再生できるか?答えはできます。
それを証明しているのが役者の宇梶剛士氏です。

彼はアイヌ出身であり十代の頃上京した。
その後暴走族ブラックエンペラーに入り、やがて七代目総長となる。
抗争に明け暮れ特別少年院に入った。そこである一冊の本に出会い役者を志す。
出所後ある劇団に入る。また菅原文太氏から人間学を教えられる。

その経緯は彼の著書、その名も“不良品”という本に書いてある。
以前に読んだため正確には覚えていない。お母さんへの愛に溢れていた様に思う。

今や宇梶剛士氏は日本を代表する役者となり、映画や舞台、テレビで大活躍だ。
私が何故今この様な事を書くかといえば、金曜日夜1115分〜1215分に放映する“信長のシェフ”というマンガを映像化した番組が好きで時々見ているからだ。
信長の忠臣である森可成役を実にいい味を出して演じている。


私がイメージした森可成にそっくりなのだ。
豪快にして繊細、つまり強くて優しくて忠義に厚い歴史上の武士の姿だ。
それはアイヌの血が演じさせているのかもしれない。

かつて北海道のアイヌの集落に行った時に見たアイヌ独特の模様、荒々しいが何か心に染みる木彫りの熊や鮭。戦の道具。日本の原点が脈々と息づいていた。

私は熊が鮭を咥えている木彫りを買って帰った。
年を追うごとにいい味の色となっていく。
不良品の宇梶剛士氏もこれから更にいい味を出してくれるだろう。
アイヌは苦境に強かった。

あなた方の目の前に不良品に見える人間がいたら決して諦める事なく将来に期待して愛情をかけてほしい。人間にはきっとその人間のいい味があるからだ。

ちなみに今まで幾多の役者が西郷隆盛役を演じたが宇梶剛士氏が演じた西郷隆盛が間違いなくNo.1だ。すばらしいでごわすだった。

2013年2月18日月曜日

「北に夢あり」


出羽三山 


なんで世界一勤勉な国である日本が、なんで世界一の借金国になったのだろうか。
誰もそれを正しく伝えてはいない(大マスコミ)第二次世界大戦の時玉砕につぐ玉砕で敗戦にまっしぐらだったのに報道は全て全戦全勝の如くであった。

“アベノミクス”が救世主の如くいわれている。逆さまにすると“スクミノベア”となる。
ベア=定期昇給に大企業は“スクミ”縮んでいる。

我々の様な小企業は大企業が内部留保を使いサラリーを上げて消費が活況にならなければスクミ縮み続けるしか生きる術はない。

私の様に人と人との繋がりを命として生きて来た人間にとって心底住みにくい世の中になってしまった。かくなる上は井伏鱒二の名作「山椒魚」の様にじっと、ずっと、動かずに入って来た処から出れない身にならねばならない。どの穴に入るか探さねばならない。


高杉晋作の遺した言葉は“おもしろきなき世をおもしろく”であった。
勝海舟の最後の言葉は“これにておしまい”であったという。

近くの海岸に行き海に向かって“バカヤロー”と怒鳴って石を投げた。
勿論自分に向かってだ。人間の価値はどう生きたかではなく、何を遺したかでその価値が決まるという。

私が親しくしていただいている会社の社長が私と同じ事を目指すという。
そこが私の探す穴になるかも知れない。あるチームの一員になる事をお願いした。
北になすべき夢がある。

2013年2月15日金曜日

「あるアンケート」




私もあなたも明日殺人犯にならないとは決して断定できない。
ある哲人は“人はみな等しく狼である”といった。
そう人間は動物である以上生きるためには手段を選ばない。

仮に五人の人間が離れ小島に流れ着いた。
そこには食べ物がただ一つだけのパイナップルがあった。
一日、二日、三日、四日、五日、十日。五人は空腹に耐えられなくなっていった。
その後どんな展開になるかは誰でも想像がつくはずです。
武田泰淳の「ひかりごけ」の世界です。

その五人が家族でも、仲のいい友達同士でも、同じ職場で働く同僚でも、同じチームで汗を流すチームメイトでも。
仮に自分がその中の一人だとしたら。

今週ある週刊誌の特集を読んだ。それは133人の死刑囚にアンケートを頼んだのだ。 
78人が回答を寄せた。自筆の絵を添えた者、米粒の様な文字の者、達筆な者、震える字、怒りを込めた字、悲しい字、達観したかに見える字。

毎日毎日死と背中合わせで生きている。
間が差した者、劣悪な環境に育った者、極道者、嫉妬に狂った者、金が欲しかった者。
病的な者、カルト信者。
様々に生きて、様々に人を殺めた。

拘置所では仏教からキリスト教等自分で選ぶ事が出来る。
陽が差し込まない三畳間と洗面トイレ一畳分の中で死ぬまで暮らす。
心の中ではきっと手を合わせているのだろう何かに向かって。

アンケートを読んでいて絞首刑とは、法に依って人を殺すとは、死刑廃止論について胸を高く鳴らしながら読んだ。


韓国の映画に“執行者”といのがある、死刑廃止が基本の韓国に於いて、この凶悪な男だけは死刑にすべしと呼ばれた男が刑の執行間際に執行者たちに向かってこういう。
“オレはもう人は殺さないが、お前たちはずっと人を殺し続けるだろう”と。

この世の中で人間程恐ろしい動物はいない。
世界中で内戦が起きている。アラブ、中東は戦火のまっ只中だ。
幼い子どもにも狙撃手は銃口を向け引き金を引く。わずかな金を手にするために。
日本はそのアラブ、中東から来る石油で成り立っている。

ある一人の死刑囚のアンケートを記す。拘置所の舎房に対する意見について。
答え“動・植物、動く物、自然が見たい”1976年伊勢崎2女子中学生殺人事件など。
1998年死刑確定)