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2011年4月13日水曜日

湘南から喜怒哀楽 「清き一票を捨てた」



この一枚の投票用紙は私にとって生涯忘れ得ぬものとなった。
20歳で投票権を得て以来一度も棄権をした事がなかったからだ。

神奈川県知事選と県議選であった。
松沢成文前知事の選挙戦を手伝ったりご一緒に受動喫煙防止、スモークフリー運動やCO2マイナス6%「クールネッサンス」運動も行って来た。
石原知事から後は頼むと言われ3選確実なのに敢えてその席を捨て東京都知事を目指した。

そこに大地震、正に人生はシナリオのないドラマとなってしまった。
阿呆な菅直人、融通の効かない岡田克也、お坊ちゃんの様な枝野幸男の顔をうんざりする程見ているともう清き一票を入れる気がしなかった。

ネット新やみんなの党。共産党の新人、この政党はなんで落選するのが判っていて候補者を出すのだろう。これ程の無駄遣いはない。全く日常活動をしなくなった弱者の味方であるはずの共産党は今回も遂に一度もこなかった。

金太郎飴みたいに同じ事を、同じ喋り方をする。
都知事選に出た小池晃なんか都議や区議ならいい人だろう。


1、コンビニは深夜営業をしない。
1、スーパーは24時間営業しない。
1、 パチンコ店の営業時間規制。
1、 自動販売機の全面撤去。
1、 繁華街の営業規制。
1、 耐震構造の強化。
1、 テレビ番組の馬鹿騒ぎの見直し。
1、 一家一セット防災セットの配布。
1、 地域コミュニティーの強化。
1、 全ての原発見直し強化。
1、 第一次産業の復興。
1、 御用学者、御用学識経者の見直し。
1、 医療現場の充実。
1、 徹底的な放射能知識の習得。
1、 国会議員を半減する。少数精鋭を。
1、 電力やエネルギー会社の利権の徹底見直し。
等々を一つでもしっかり訴えてくれる候補者は一人もいなかった。

いつも誰に入れたらいいのと聞いてくる愚妻や息子達に誰でもいいよ、お父さんは行かないから自分で決めなさいと言った。

誠にもって情けない気分であった。切なく悲しい政治家たちであった。出て来い次のリーダーよ。一心一途にこの国をひっぱる強力なリーダーよ。そう願わずにはいられない。

投票用紙はポツンとテーブルの上にあった。
私は遂に棄権してしまった。これからはもう人に必ず投票をすべしとは言えない。

2011年4月12日火曜日

湘南から喜怒哀楽 「マスターズと下半身」


4月11日午前五時現在、タイガーウッズが久々にチャージしています。

眠れないで困っています。早朝家を出ないといけません。
しかし女性の性の威力はもの凄いものですね。あれだけのスーパースターを使い物にならなくしてしまうんですから。やはりプレイを終えてもっと違うプレイが待っているというのがスーパースターの支えだったのです。
あれがプレイを終えたら淡谷のりことか清川虹子とかが待っているとしたらどうでしょう。かなり先行きにガックリを抱えるでしょう。



よくゴルフで初勝利なんかした時女房子供を抱きかかえボロボロ泣く男は今ひとつ好きになれません。プロ根性不足です。あれがもし祇園の舞妓さんとか銀座のピカイチとだったらありがとう、やっとツケが払えるよと涙してもいいでしょう。日本の妻は表に出てはいけません。

かわいそうにタイガーウッズなんていまや誰とも抱き合えません。藤田寛之(マジメ過ぎ)、石川遼(妙に正し過ぎ)、池田勇太(思い切りダサイ)、プロのくせに女の臭いがありません。つまり男の色気不足です。

石川遼なんてもっともっと遊ばせて違う下半身を鍛えないと真のプロになりません(成人したら)。男は女によって磨かれて行くんです。ジャンボ尾崎は女房の事業失敗でトリプルボギー、世界の青木は再婚相手に恵まれて林の中からチップインバーディー。
結果オーライです。
中島常幸は父親と離れてクリスチャンの奥さんから色々学んで人間的に大成長バーディーです。一度石垣島にロケに行った時その食欲とその歌唱力にビックリでした。
バイキングはほぼ8人前、ドンブリ飯3杯+赤いきつねのジャンボサイズ、マイクを持ったらセリフの入った歌しか唄いません。これが絶品です(特に悲しい酒)

その年確か8勝をしてもう恐い物知らずでした。
フェアウェイならぬ牛の放牧地で撮影しました。その凄い事といったらありません。人間サイボーグ、挨拶一つできないといわれてた男がクリスチャンになって別人となったのです。

石川遼が信用金庫の仇名を持つ父親と離れた時どうなるかが注目でしょう。
まずあの小さな体型ではフルスイングしかなく無理でしょう。いい女性が出来て下半身と上半身にガッツリ筋肉が付きフルスイングが出来なくなった時もしかしていい選手になっているかもです。早稲田から日本ハムに入った斉藤祐樹と同じです。
やらねば強くならんでよぉーです。当然のその逆のやり過ぎのケースで失敗が多いのは当然ですが。しかし二人共いい若者で清々しいです。

マスターズの解説者の岩田禎夫さんが今回を限りに身を引くとか。
中島常幸選手といいコンビでした。この人がとにかく大酒呑み、ベロベロになってみんなが帰っても一人だけ残って呑み続ける。ヨットマンでもある。

ある日湘南のヨットのリーダーのご母堂が亡くなった。お通夜の夜酒好きのヨットマンが集まった。岩田さんは文字通りお通夜、誰もいなくなってもずっとずっとぐっとワインを呑んでいました。
体でも壊していないといいのですが。

2011年4月8日金曜日

湘南から喜怒哀楽 「ロックンロール」



内田裕也はどうした何で出て来ないんだ、みんな心配してヤキモキしておりました。

かつてパルコの広告でハドソン川をスーツで泳いだんだからきっと福島の原発の海をロッケンロールを歌いながらシェケナベイビーと白い杖を突き上げる。
みんなみんな首を長くして待っていました。


ロッケンローラーはあんまり放射能は好きでない様で、バナナ690本(ロック)ミカン690個(ロック)を救援物資として持って登場です。

シェキナベイベーときたもんだ。少し滑り気味だが善意と熱い好意は十分に伝わった。
ちまたではソフトバンクの孫さんの100億+在任中の給与全額寄付にビックリ。
ユニクロ柳井の10億少ないね。楽天の三木谷も少ない少ない。
一番電気使うセブンイレブンやイトーヨーカ堂なんてコンビニスーパーはなんでボンとゴッソリ出さない。

古舘伊知郎、安藤優子、小谷実可子、小倉智昭、タモリ、たけし、さんま、木村太郎、テリー伊藤、和田アキ子、市川海老蔵、まーちょとしか出さないね。
みんな余計な口や手を出したりはするが、お金となるとガッチリしまってしまうのだ。


バナナ一本100円×690個、ミカン一個50円として690個、34500円。裕也先生かなり頑張ってくれた様でイエーイ、ベイべーです。やるときはさすがに決めてくれます。


恐縮です、恐縮ですとレポーター役をやって大好評を得た「コミック雑誌なんていらない」という映画、あんまりしつこくして三浦和義に水をぶっかけられる。
勿論、恐縮です、恐縮です。


ロッケンローラーは実は勉強家で優しくて気遣い上手で、思いやりたっぷりなんです。
だから無神経な人間や愛情のない人間や権力に歯向かうのです。


シャウトするんです。何しろあの樹木希林が惚れた男ですからね。
今は杖をついて歩いている様子が地震の日全速力で走っているのを見ない嘘つきや、倒れて転んでローリングストーンとなっていたという嘘つきもいます。

先生なぜ「石巻」に届けたのかの問いに「だって石巻はロックンロールだろう」と答えました。いつも嬉しい人です。こんな時ユーモアは大切なんです。

2011年4月6日水曜日

湘南から喜怒哀楽 「消費のススメ」

もっと天丼、鰻丼、カツ丼を食べましょう。
もっとオムライス、ピラフ、スパゲッティを食べましょう。
もっと天ざる、鴨せいろ、おかめそばを食べましょう。
もっとハンバーグ、カツライス、チキンライスを食べましょう。

春物の洋服を買いましょう。温泉に行って一服しましょう。落語を聞きましょう。
浅草でストリップを見ましょう。ホテルでバイキングを食べましょう。花見をどんどんやりましょう。ビールをバンバン飲みましょう、ハイボール、日本酒、焼酎も。映画を観に行きましょう。

ちょっと贅沢しないと日本全体が沈んでしまいます。
みんな潰れたらいけないのです。お金のある人はどっぷりお金を使って下さい。
それが結果日本を元気にして被災者の人々を救う事になるのです。

もっと浮気してホテルを利用して下さい。もっと不倫して旅館を利用して下さい。
後でどうなっても私は責任は持ちませんが。


あんみつ、みつ豆、ぜんざいを食べて下さい。
私の知っている甘味屋さんがヒィーヒィー言っているのです。おせんべいや甘納豆、落花生も買って下さい。千葉の落花生を売るオバサンがヒィーヒィー言っているんです。

もっとカラオケスナックで飲んで歌って下さい、私の友人が新橋にオープンしたとたんに大地震、まるで開店休業状態でヒィーヒィー言っているんです(店の名前はグランパです)。


お金を使うのを自粛ばかりすると世の中にお金が回らなくなるのです。
経済活動が活発でないと人を助けられなくなるのです。何で銀行は義援金を出さないのでしょうか。日本の大企業は300兆円内部留保をしているといいます。
一億だ五億だ十億だなんてケチな事を言わないで一兆二兆と出せば復興費用の十五兆二十兆は集まるんです。私達庶民はささやかな出費を、大企業や大金持ちは気合いを入れてこの国を救って下さい。今までたっぷりと美味しい汁を吸ってたらふく儲けて来たんですから。


えっ、何だって金持ちほど余計な金は使わないって、食事は丸干し二本とお新香と庭で採れた緑の葉っぱの煮付けだけ、後は梅干し一個。よせやいべらぼうめそれじゃ昔経団連の会長だった土光敏夫の食事じゃないか。確か競艇のボスだった笹川良一もそんな食事だと書いてあったな。


眉唾もんだよ取材中だけの、さぁ〜鰻を食べに行こう、ドジョウ食べに行こう、精力つけなきゃやってらんねぇ。


沖縄の友人がやっているフォールームスというホテル最高だからきっといこう。
浜松の友人夫婦の所、それから伊豆稲取の知り合いの旅館(石勝海)にも足を伸ばそう。
みんな待っていろよといいたい。

2011年4月5日火曜日

湘南から喜怒哀楽 「手巻き式」

この度の計画停電で思わぬ優れものに出会った。
それは「たまご充電」という手巻き式ラジオ兼懐中電灯兼非常用サイレンだ。
手のひらサイズでふっくらしたたまご型、裏に手巻き機が埋め込まれている。120回、回すと1時間ラジオが聴ける、AMとFM両方だ。

パチンと停電になったらカセットラジオは役に立たない、ラジオはないかという事になった時愚妻が確か通販で買った非常用ラジオがあると言いだして物入れをゴソゴソした。

あったあった、これラジオよと言った。
丁度義姉が来て居り組み立ててくれた(私は家では基本的に何も出来ない)娘と息子の所にも以前送ったと言って連絡をした。

手巻きを一生懸命回す役は私がやった。ラジオから次々とニュースが入る。やるじゃないこれと言ったら愚妻が手を叩いて喜んだ。真っ暗な中で蝋燭と懐中電灯、そして手巻き式ラジオ。

なんとも近代的だがやっぱり重要な三点セット、トリオザパンチ、トリオスカイライン、トリオロスパンチョスだ。原発の放射能流出を止めるのに新聞紙とおがくずを投入なんてコンビの名を聞いた時耳を疑った。
考え抜いた手段が高分子ポリマー+新聞紙とおがくずなんて一体どうなっているのかと思わず苦笑した。
おい、新聞紙大事にしておけよいずれ計画集配に来るかもしれないからと言った。


週刊誌をペラペラめくっていたら銀座のホステスさんがリュックの様なバッグを持ち歩いている。中には下着を3日分、防寒着、ペットボトル預金通帳や実印など戦時中と見間違うばかりの光景が広げられているとの事だ。

着物姿はほとんどいない。逃げる時に不便だからだろう。グラグラ揺れた日の前日から夜の銀座には行っていない。自分の客を持っていない女の子たちは自宅待機との事だ。銀座の女の子にとって命の次に大事なのが預金通帳らしい。たまった数字は一番の精神安定剤なのだろう。

浜圭介の歌に「おんな道」というのがある。
「嫌なお客にせがまれて 男の枕にされながら 作る笑顔も生きるため」とかであった気がする。

私の預金通帳に残はない。精神不安定になるが6月のイベントに全てつぎ込んでいる。
咲いた花なら散るのが覚悟、人生最後の落とし前をつけたいと思っている。60余名のアーティストの人達が才能の花を満開に咲かしてくれている。自分の心を手巻き式の様に回している。120回回すと一時間頭が働くのである。

2011年4月4日月曜日

湘南から喜怒哀楽 「まだ春」


泉谷しげるの名曲がある「春夏秋冬」だ。

「春をながめる 余裕もなく 夏をのりきる 力もなく 秋の枯葉に 身をつつみ
冬に骨身を さらけ出す 今日ですべてが終わるさ 今日ですべてが変わる 今日ですべてがむくわれる 今日ですべてが始まるさ」


今、人と会うといや〜大変だ、もう終わりだ、あの仕事も飛んだ、あの仕事は消えた、あのイベントは中止になった、先が見えない、あの店は閉めたそんな話ばかりだ。

春なのに真冬の様だ、心も体も冷え切ってしまった。
そんな中で会社の若いスタッフが日曜に出て来て手作りの箸袋を700枚作り、割り箸を入れてラジオの企画に持って行った事を知った。一枚一枚にひと言ひと言が書いてあるカラフルなお箸だ。きっと心を割って喜んでくれるだろう。
私は静かに熱い若いスタッフに敬意を持った。


作家、開高健はアウシュビッツを訪れた時「全ての言葉は枯葉一枚の意味を持たない」と書いた。果たしてそうだろうか、敬愛する先生のお言葉だが「一行の力」というのもあるたったひとことに勇気をもらったり希望を感じる事があるからだ。

今は雨にも負けて風にも負けていい。心に太陽を持たなくていい、唇に歌を持たなくてもいい。粘り強い東北人よ涙枯れるまで泣くといい。喉が枯れるまで叫ぶといい。どこからでも助ける人が来れば助けてもらうといい。宮澤賢治先生もそうするだろう。


「てんでんこ」という言葉があるのを知った。
それぞれてんでんに(一人一人)生き抜けという意味を持つらしい。又、津波などが来た時それぞれ逃げろと伝わって来たらしい。我々もてんでんこだ。一人一人が生き抜く事だそして一軒一軒、一店一店、一社一社、一村一村、一町一町再生して行こう。


「春夏秋冬」はまだ春が始まったばかりだ。
これから夏が来て、秋が来て、冬が来る、これは日本の掟だ。出来れば涼しい夏、心地よい秋、寒くない冬をお願いしたいものだ。

4月になってテレビ番組が一斉に始まった。性懲りもなくクイズ、バラエティ、食べ歩き、何も変わっていない。やはりこの国は学習効果を上げない様だ。お笑いの連中はみんな復興の手助けに行けといいたい。

東大だ東工大の原子力専門の学者は何故誰も現場を見に行かないんだ。
テレビのACのコマーシャルで「それって必要ですか」と「電話やメールは控えめに」とか「無駄な買い物はしないで」とか言っている人たち早く現地に行きなさい。沢山買い物をしてから。

「日本は強い、信じてる」なんて言っている人も早く行って強いところを見せて欲しいものだ。そういう私は実のところまだ現地に行っていない。
ただただテレビや新聞に向かってブツブツ文句ばかり言っている駄目な人間だ。

おっ、又地震だ。
何か体が始終揺れているのはアルコールのせいだろうか。
今日で全てが終わるさとなって欲しい。今日で全ては始まるとなって欲しい。てんでんこに。

2011年4月1日金曜日

湘南から喜怒哀楽 「過去という着物」


赤坂に通称ヤッカン通りというメインストリートがある。
ヤクザと韓国人が多いからだ。最近は中国人の立ちんぼが多かった。過去形である。


大地震以降、韓国人も中国人もすっかり消えてしまったからだ。
日本は恐い、日本は終わる、地震、津波、原発事故の映像を見た家族達が出稼ぎから帰って来る様に強く言ったらしい。友人の英国人弁護士家族も香港へ行ってしまった。

困った事に私の体に一番ピッタリ合っていた中国人のマッサージのオバサンも旦那の中国料理人とハルピンに帰ってしまった。首こり、肩こり、腰痛、「任」さんはバッチリほぐしてくれた。いつ日本に戻るかわからないという。

頼りになるのは鍼とお灸の名手、辻堂駅西口のヲットマンのトミーこと富田さんだ。先日行ったら下腹(丹田)に力が入っていない、足が冷えているから暖めるようにと言われた。
節電で電気マットもエアコンも消している部屋の中で靴下を履くのと下着を着けてパジャマを着るのが嫌いなのですっかり冷えてしまった。

今は下着も履き靴下もはいている。何か窮屈でたまんない。仕事から帰って1.時計を外す、2.靴下を脱ぐ、3.下着を脱いでコットンパジャマのズボンを履く。広々とした開放感に浸る事が出来る。


脱ぐ事、外す事はいい事なのだ。出来れば過去も脱ぎ捨てたいと思う。何一つ良い事はしていない。悪事の数々、嘘と見栄と虚飾と精一杯の背伸びをした過去を。


満足感に満ちた人生を送れた人は本当にいるのだろうか。もしいたら是非会って教えをいただきたいものだ。人生の最終コーナーを回った私は屋久島の様に365日心の中に雨が降っている様だった。雨を凌ぐために自分を自分で演じて来た訳だ。

どれほど人を傷つけてきたのだろうか。これから少しでも傷口を治すオロナイン軟膏になりたい、オキシフル消毒液になりたい、傷口を癒す包帯になりたい、そう思いながら救援物資を何袋も作り松下政経塾に持って行った。
私の過去を知るカーディガン、ジャンパー、セーター、オーバーコート、ヨットパーカー、釣り用ジャケット、マフラー等冬物の品々を入れた。

私の過去を誰が着てくれるのだろうか。雨や寒さを凌ぐために役に立つのだろうか。
子供の頃、児童文学全集で初めて外国人の本を読んだ。


ビクトル・ユーゴーの「ああ無情」であった。主人公ジャンバルジャンはパン一本を盗み19年間刑務所に入れられるがミリエル司教と出会い正しい人間となるのだが過去をずっと追って来る者が居た。


自分の過去ほど重い物はない。


2011年3月31日木曜日

湘南から喜怒哀楽 「浮雲」


何だか無性に戦後の焼け跡を舞台にした映画を観たくてビデオを借りてきた。
林芙美子原作、成瀬巳喜男監督の名作「浮雲」である。



小津安二郎が俺には絶対作れない映画が二本ある、一本は溝口健二の「祇園の三姉妹」、そしてもう一本が「浮雲」である。

高峰秀子と森雅之が主演。絶品極上の映画で痺れる。
昭和二十一年外地より引き上げて来た港の高峰秀子のシーンから始まる。
る日外地で知り合った男を渋谷区代々木上原に尋ねる。女は中野区鷺宮に住んでいた。
戦争中男は役人としてサイゴンに勤務し女はそこにタイピストとして現れる。

復興マーケットでラーメンを食べるシーン。雨が打つバラックの中でコッペパンを食べるシーン、東京ブギウギ、リンゴの唄が流れる焼け跡のマーケットのリアリティ。

初めて体を許した男との会話。再会した男のうらぶれた姿、外人兵のオンリーになった女をバラックに訪ねる男。小さなコタツ、ローソクの火、カストリ焼酎、コンビーフ、厚化粧になった女に泊まってもいいかと迫る男、何かこれからの日本と重なって来る。

何があっても必死に生き抜こうとする民衆の姿、したたかになって体を売ってでも自分を守る女。昔の女に未練がましく別れ切ない男。


今度の東北の災害も様々な人間ドラマを生み出すだろう。
例えて映画的にいえば避難場所で出会った過去を消したい男と女、自堕落な夫には無かった復興にかける力強い青年との出会い。
失った漁船への愛情を語り続ける初老の漁師とかろうじて残った小さなスナックの女との出会いと再生。

海が有る限り上には空があり雲がある。
雲には二度と同じ形はない水に常形がない様に人の一生も同じ物はない。


「無は有なり」という。「有は無」になってしまうが無は無限の力を持っている。
一本のローソク、一台のランプ、一個のドラム缶風呂、無一文という。
人間は生きる気になればどんな貧しさの中でも生きていける。

ただ人間は一つの愛がないと生きていけない。無の中に愛を見つける事を思い出そう。
心の中に復興のマーケットを作ろう。

2011年3月30日水曜日

湘南から喜怒哀楽 「適材適所」


25日付スイス紙トリビューン・ド・ジュネーブにこんな記事が紹介された。

大地震・大津波の被災者支援物資の提供に一丸となって活躍している集団があった。
東京から12時間かけて一気に駆けつけた様である。
トラック25台分、又福島第一原発付近にも防護服もつけず物資を届けた。
その集団は「ヤクザ」である。ネット上では東京の稲川会と云われている、と会社に来たお客さんから聞いた。
清水の次郎長

阪神淡路大震災の時もめざましい活躍をしたのは山口組であった。
彼等は戦争に慣れている、又上からの命令は絶対であり一糸乱れぬ行動をする。その見本は清水の次郎長であった。明治維新の時、駿河湾に夥しい数の遺体が浮かんだ。
幕臣の山岡鉄舟は次郎長にその処理を頼んだ。次郎長の命令により子分達は集結し見事にその仕事をやり遂げたと伝えられる。次郎長は山岡鉄舟に魅せられ堅気となり庶民のために働いた。
山岡鉄舟
一説に依ると日本で始めて英語塾を開いたという。
明治21年まで生き抜いた。
畳の上では死ねないという「ヤクザ者」にしては異例な生涯であった。リーダーシップを持たない人間が国民の親分である総理大臣の椅子に座った不幸は計り知れない。

その男をイラ菅、アキ菅、スッカラ菅という。人を踏み台にして生きて来た男、人を裏切り寝返りを繰り返し生きて来たズル菅である。
今や子分達からも馬鹿にされ、コケにされている。
そして誰もいなくなった状態である。子分に見放された親分程惨めな者はいない。大臣手形、役職手形を乱発してなんとかしようと思っているがもはや後はない。

稲川会とか山口組に人材は山ほどいる。小泉純一郎の父親も刺青大臣と云われた男だ。
二人か三人、いや四・五人閣僚に入れるといい。
何しろ行動力は抜群である。命を懸けるという言葉に嘘はない。


瓦礫除去担当大臣、原発汚染除去担当大臣、野党壊柔担当大臣、無計画停電廃止担当大臣などがいいのではないか。それぞれ得意の分野である。適材適所とはこういうものである。

2011年3月29日火曜日

湘南から喜怒哀楽 「嘘つきたちへ」



3月27日(日)午後大地震以来行っていなかった海岸へ行った。家から五分程である。

あの日津波の避難勧告が有線放送からのんびり流れた。高い所に避難してくださいとの事だった。丁度孫たちが来ていて頭に座布団を被って妻たちは大京マンションに避難した。

私は家に残りテレビを見ていた。
まさかこんな大災害になるとは思いもよらなかった。三陸の海へは何度か取材に行った。
その海と繋がっている海岸へ行った。海は静かで何事もなかった様であった。若いサーファー達がパドリングしながら波が来るのを待っている皮肉な光景だった。

長くいるのが辛く近くのサーフショップのオーナーの所に行った。頼んでいた作品の話と津波について語り合った。オーストラリアのゴールドコーストのビッグウェーブなんて今度の津波に比べたら子供だよと言った。


そこから歩いて10分位の所にある和菓子屋さんに行った。若旦那に頼んでいた作品を見るためだ。若旦那は海岸のリーダーでありサーファーでもあった。今はとてもサーフィンをする気になれない。海に来ているのは他の土地から来た者達ですよといった。


そうだ駅の近くにある寿司屋「気仙」のオヤジは気仙沼出身だった。
どうしたか駅まで歩き始めた。途中GUCCIという昼オケスナックがあった。焼酎飲み放題、歌い放題、ミネラルウォーター飲み放題2500円を割り引き1800円と小さな黒板に白いチョークで書いてあった。
中から中年女性と思われる声で淡谷のりこの「窓をあければ港が見える メリケン波止場のぉ〜」という歌が聞こえた。

なんという題名だったか思い出せずに「気仙」についた。ランチタイムが終わって店の中には女性がテーブル席に三人いるだけだった。大変だったね、被害はと聞くといやーもの凄い事になりました。実家も親戚もみんな流されました。幸い命からがら助かりました。
未だ帰っていないので近々帰りますと優しいいつもの笑顔であった。
飲食店にお客が来ないので魚市場にはいいネタが沢山あるんですよと言った。

ビールを2杯飲み、寿司を少しつまんだ。
寿司屋さん仲間で被災地に行って寿司を握ってやったらきっと喜ばれるよと言ったら、そうかそうですね何かしたいと思っているのでやってみますよと手を叩いた。


家に帰りテレビを点けると政府、東電、御用学者達が嘘ばかり言っている。
何としても原子力開発を守らないといけない。人の命よりも自分達の都合だ。
子供の頃嘘ついたら針千本飲まされる、地獄の閻魔大王に舌を切られると言われた。

もっと怒れ国民よ、嘘つき達を許してはいけない。

破壊された原子炉を見るとブリューゲルの描いた「バベルの塔」を思い出す。
神に逆らった権力者の王様は話し合う言葉を取り上げられた。

「あらゆる争いの勝者は死」であるとブリューゲルは云った。
嘘をつき続ける権力者や権益者は死者たちに必ず死以上の裁きを受けるのだろう。