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2022年10月15日土曜日

つれづれ雑草「ある広告」

電車の中から広告が激減している。中吊り広告や車額広告もスッカスカなのだが見る価値が多いのがある。広告主の多くは美容と健康であり、学校や専門校、塾などがポツポツとある。かつては週刊誌や不動産の広告が多かったが、今では少ない。整形外科や整体関係はそこそこ多い。チンポ、インポ、ホーケイを治すとか首猫背、背中猫背、頚椎症、圧迫骨折、筋膜ライン伸ばしとかを劇的に改善するとある。万病を防ぐとか、たった一日一分でとか、羽ばたき体操&サバ缶納豆で、猫背が招く「圧迫骨折」新体操なんて、ウソだろホントかよみたいなものが載っている。スマホやパソコンの見過ぎで、「カメ首」というのが増えているらしい。私は100%信用していない。だがギッシリ書かれた広告を見ていると笑えるのだ。男の力、夜の力、忘れぬ夜のための、チンポ力向上とか、中・高年の春を生むとか、彼女に恥ずかしい、ホーケイ治療をカンタンにというのは深刻だった。小さな広告の中に情報がある。昨日はこんなのが目に入った。頻尿・尿もれ自力で克服! 1分体操、過活動膀胱を改善、国立大病院で改善者が続出! 足裏の刺激で蓄尿力が向上! 昼夜とも減少。くしゃみでもれる。腹圧性尿失禁に断然効く1分タオル体操。前立腺肥大の頻尿が退く「骨盤スクワット」あおむけ足上げで夜間頻尿見事に改善、朝までグッスリ。等々信じ難きことが多彩な活字のレイアウトでビッシリとあった。現代社会は老人社会、その老人の悩みを解決すべく、超有名飲料メーカーから、地方の小薬品メーカーまでこぞって、サプリメント関係の開発に力を入れて商品を世に出している。テレビCMもこの手が多い。そして画面の中にチッコイ文字で、個人差がありますとか、個人の声ですとか、当社比較によるとかが見えないように入っている。なんと85kあった体重が2ヶ月で65kにとかがあるが、それじゃ4ヶ月で45kになっちゃうのと素朴に思う。たった四人で始めた脱毛専門の会社の社長は、いつでも何かお金を使うことないのと言っていた。毛を一本抜いていくらの商売、これぞケッコー毛だらけだよと言ってゴルフばかりしていた。今では業界一と言っていい会社になっている。一度アメリカで超売れっ子だったミュージシャンをCMに起用しませんかと言ったら、それいくら、ん千万円位ではと言えば、あっそう安いじゃないやろやろ、やろうよとなった。何しろ生えてくる毛を抜いて金になるんだから資源不足にはならないのだ。脱毛と脱税は背中合わせである。抜いた毛は元にもどせないが、稼ぎ過ぎの金はガッポリと持っていかれる。とはいえ、私をはじめ私のまわりでは、頻尿の話題が多くなった。軟便は何遍も出るという人に、一流新聞の広告に載っていたクスリの話をしたら、腹がパンパンになって出なくなった。それじゃドサッとその朝快便のクスリの話をしたら、超特急になり過ぎたと言われた。知り合いの医師にこの話をしたら、パンダじゃないんだから、熊笹飲んでどうすんのと笑われた。人には人の体質があるのでそれ以来はすすめることはしていない。すすめられても服用しない。だがしかし確実にヒンニョーになっている。1分の竹踏みで改善とかの文字にムズムズするのだ。サプリメントに治療責任はないから、作るのはカンタン、広告に有名タレントを使えば売り上げ大向上だ。この話をやはり知り合いの医師に言ったら、そんなもんはみんなオシッコで出て終りだよと言われた。以来各種のサプリメントやビタミン剤をやめたら、全ての数値が正常値になった。最後にこれはと思った広告の言葉を教える。あっ、もうだめと思ったときには「肛門締め」これはさてどうだろうか、やるべきかやらざるべきか。あなたならどーする、どーする。昨日、友人の見事な水彩画展を観た帰りの列車の優先席でこんな文字だけの広告をシラッと読んだ。



2022年10月8日土曜日

つれづれ雑草「ちくわぶとアラ」

裏表がない。この事に気づいた時、私は感動した。この事はある本に書いた。昨日金曜日は83年ぶりの寒さであった。地球の温度が上がって、日本特有の春夏秋冬の決まりが狂ってきている。夏が長くなり、秋が短かくなったのだ。秋は詩情豊かでヒトがこの時ばかりはと人間的になれた。空を見れば鰯雲が流れ、大地には落ち葉が風に吹かれて揺れ動いていた。夏に燃えた恋も、秋には切ない別れがあった。肉体を露出した愛は、コートを着る季節には、それじゃこれでさようならとなる。83年ぶりに寒い夜、おでんが鍋の中でぐつぐつするのを見ていて、人間は裏表ばかり、お前はいい奴だなとおでんに話しかけた。はんぺん、つみ入れ、すじ、昆布、こんにゃく、じゃがいも、ウインナー巻き、ごぼう巻き、バクダン、玉子、がんもどき、しらたき、ちくわに、ちくわぶ、きんちゃく、ロールキャベツ、大根にさつま揚げ。どれもこれも裏表がないのだ。こんなに正直な食べ物は他にない。余りに正直なので、黄色いからしで刺激を与える。私はおでんが大好きである。関西風の薄味より、関東煮といわれる濃い味を好む。特にちくわぶという、正体不明な白い練り物はいい。おでん以外にこの食材を見ることはない。あ~疲れたと家に帰り、今日のおかずはちくわぶよなんて事になったら、俺は一生懸命働いて来たんだ。嫌なお客にペコペコ頭を下げ、嫌な上司につまんない事で文句を言われ、満員電車に乗って、バスに乗って、コトコト歩いて、やっと家に帰ったら、夜のごはんのおかずがちくわぶなんて、ふざけんな、何! ハンペンを焼いている、そ、そ、それだけかよ、バーローと大声を出しながら目に涙をためるだろう。せめてアジの開きは、何! アジは高いだと、目刺しはないのか、あるだろう少し残りが、何! 焼きすぎてボロボロになっちゃっただと、バーローよく見てないからだよ、目刺しを焼くのはむずかしいんだよ。ちくわぶはぐったり煮すぎるといけないからな、火がしっかり通ってないと、粉のようなものが見えてダメだからなとブツブツ言いながらウロウロする。私はこんなちくわぶがたまらなく愛しいのだ。もう別れようと言い争う男と女、泣きながら別れないで、私にはここしか生きてゆけるところはないんだから。おでん鍋の中でぐつぐつと煮込まれているちくわぶを見ていてバカなストーリーを思い浮かばせる。フッフッ、ファックション、この時期必ずアレルギーで鼻の中がクショ、クショになる。目がしょぼしょぼになる。短かくなったとはいえ秋の決まりだ。裏の世界ではコテンパンにやっつけてやる事を、ハンペンにしてやったと言う。骨抜きでヘロヘロ、ペタペタ状態にしてやったという状態だ。値上げ、値上げで生活がハンペンになっている。このままだとおでんの鍋の中にはちくわぶだけになるだろう。故石原裕次郎の歌に「粋な別れ」というのがある。 泣かないで 泣かないで 粋な別れをしようぜ……。からしが効きすぎて私の目には涙がたまっている。こんにゃくにつけすぎたのだ。泣きながら食べる初秋のおでん。別れ話の相談を受けていて、つい、粋な別れをしろよ、なんて言ってしまった。何! そんなもんじゃない、血を見ないと治まらないかも、なんてブッソウな声がした。ついこの間まで、飛んでイスタンブールみたいな、派手派手で飛んだ生活をしていたのだが、超円安の状態で会社が一気に傾いてしまったとか。ブランドマニアの奥方との間に、ロシアとウクライナのような争いが続いているらしい。ピンポンと宅急便が来るたびに心臓がドキッドキッとすると言った。ご近所の家にある柿の木に、立派に育った柿がたくさんぶら下がっている。今年の秋刀魚は食べれるだろうか。明日は魚屋さんに行ってみようと思っている。大好きな鯛のアラを買いに。焼いて、煮て、アラの中にある味をさがす。アラさがしは亡き母が芸術的に上手だった。きれいに骨だけにしていたのを見て育った。私の大好物で母を思い出す味だ。アラ塩を多目にかけて焼く。これにはお赤飯が合う。何故か煮たものには合わない。焼き魚を食べるのが苦手な愚妻は、私が一時間位かけてアラ探しをしているのを見て、よく見つけるわねと言う。それでも今日のアラはサイコーだったと言うとうれしそうな顔をして、明日はブリカマを買ってくるわと言うのだ。ともあれ秋は前に進む。ちくわぶアラがあれば生きていける。鈴虫の声はまだ聞いていない。



2022年10月1日土曜日

つれづれ雑草「故人のプライバシー」

人の死は等しく悼まれなければならない。それが仮に極悪の死刑囚のものであっても。あるいはこの国をどうしようもないほど、酷い国にした人物であってもだ。先日の故安倍晋三元総理の国葬儀を見ていて、結局故人が生前得意だった嘘ばかりであった。招待客のアゴアシその他を足すと、葬儀予算は100億は超えているはずだ。純粋にその死を悼んで自腹を切って全国から来て、ズラリズラズラ並んでいたのは数少ないはずだ。半分以上は旧統一教会系や他の宗教系の動員であったようだ。招待客も2000人近く少なかった。詳細は確かではないが。私がホントカヨーと思ったのは、菅義偉前総理の弔辞だ。その私情あふれるものは感動を呼んだという。まるで恋人へのラブレターみたいだったという人もいた。それは涙を誘い拍手を呼んだ。私はそれを聞いていてちょっと待って、プレイバック、プレイバックであった。特に感動したという故安倍晋三元総理の議員会館室のテーブルの上にあった読みさしの文章の引用だ。故人と同じ長州人、これ以上金に汚い総理大臣はいないといわれた、山縣有朋(若い頃は山縣狂介)と、これ以上女性にだらしない総理大臣はいないといわれた伊藤博文(若い頃は伊藤俊輔)。伊藤が暗殺され山縣が詠んだ言葉(マーカーで線が引かれていたとか)だ。山縣有朋は数多くの汚職にまみれた手にした金を別荘庭園づくりに投じた。伊藤博文は明治天皇から、女遊びは控えよといわれたという逸話もあり、紙幣の顔に選ぶのを天皇に先送りされていたともいう。明治維新の号砲をあげたといわれた長州人、高杉晋作や木戸孝允(桂小五郎)から、シュンスケオンナアソビハイイカゲンニセイと叱られていたらしい。さて、菅義偉前総理は人の部屋に入って行って、机の上に置いてあった他人の読みさしの本を、勝手に開いて読んだことになる。故人であってもプライバシーの侵害である。もしその本の中に、読まれてはならない故人の私的な文などがあったら許されるのか。これは許されないだろう。親子兄弟姉妹の間であっても、人が読んでいた本を勝手に部屋に入って、勝手に読んではならない。現代でいえば勝手に人のメールやスマホを見ることは許されない。あの弔辞はスピーチライターが書いたものであったはずだ。最後まで芝居がかったものであった。故安倍晋三元総理シンパは支柱を失いこれから寄るすべがないので涙を流した。日本人はやさしい国民なので、いい話だったと涙し一部のマスコミは絶賛した。長州人にもう一人明治の悪玉がいる。井上馨という国の金を扱う重要大臣だった人間だ。山縣、伊藤、井上たちのどうしようもない姿を見て、西郷隆盛は失意したと司馬遼太郎は書いていた。金と女まみれの元勲たち、日本でもっとも総理大臣を輩出した長州は、実に興味深く、松下村塾の吉田松陰は、短い間に何をどう教育して長州人を育てのだろう。私は、おもしろきこともなき世をおもしろくと書き残した、高杉晋作の大ファンである。自民党はこれから岸田文雄後への内乱となる。故安倍晋三、前菅義偉、現岸田文雄、この人間たちが残したもの、向って行く先は、メッタメタの日本である。河野太郎とか小泉進次郎などになったらと思うと、メッタメタメタメタである。野党もメッタメタだ。ジャン・リュック・ゴダールが安楽死を選んで旅立った、91歳であった。ゴダールは生前こんな言葉を残している。「私が死ぬ時、映画は終わるでしょう」と。真意のほどはいろいろ説がある。その一つに「新たな才能により生き続ける」というのもある。ゴダールはテレビの台頭、SNSの台頭を見越していたのかも知れない。若者たちは映画を早送りで見るという。映画界は製作委員会方式といって、みんなの会社の資金を集めて作る。本屋大賞受賞とか、マンガのヒット本に資金が集まる。資金を出した分、イロイロ口注文も出す。あの女優はもっとエロッぽくとか、あの殺しのシーンはもっと暴力的にとか、気の長くない監督はブチギレてしまう。神田の岩波ホールがなくなり、飯田橋のギンレイホールも近々閉じるという。名物ホールが消えて行くのは芸術文化への補助がないからだ。オリンピックが商業主義になってから、スポーツは一大利権となった。そのボス森喜朗元総理が、検察からホテルに呼び出されて聴取されているらしい。いちばんの目的は、新国立競技場を作るときの都市開発にからむ巨大な利権だ。このオッサンは、ノミの心臓といわれるほど心配性らしいが、利権がらみになると、特上カルビーとか特上ロースの心臓になるらしい。生きているだけで迷惑な人間なのだが、肺ガン治療の新薬のおかげで命を長らえている。ある映画を見た。初老を越えすでに性の交わりはない夫婦だが、同じベッドで寝ている。しかし夫には自分の勤め先に若い恋人がいる。ある日の明け方、夫のスマホにその若い恋人からメールが入る。うろたえる夫、見せろという妻、さて、その結末は。長い間セックスレスの妻は疑いが深く、とてつもなく恐ろしいのだ。そしてベッドの中で妻は夫の耳元であることをささやくのだ。故人でなく、個人の安倍晋三さんはすこぶる気さくであったそうだ。政治の世界は人間を変形させてしまうのだろう。菅義偉前総理のヤキトリ屋の話は映画的であった。本当はロマンチストなのかもと思った。(文中敬称略)



2022年9月27日火曜日

つれづれ雑草「芝浜」

私のところのような米粒みたいな小さな会社でも、税理事務所のお世話になっている。公認会計士&税理士の先生は、アタマの毛は薄いがSEXは強いらしい。小社の創業メンバーの二人の同級生だ。月に一回時節を評じた一枚の葉書きが来る。今回届いていたのが秀逸だったので、この場を借りてぜひご一読をと思う。「罰金だらけですが、楽しんで生きましょう」と見出しがあった。働いたら罰金 所得税。買ったら罰金 消費税。持ったら罰金 固定資産税。住んだら罰金 住民税。飲んだら罰金 酒税。吸ったら罰金 タバコ税。乗ったら罰金 自動車税。入ったら罰金 入浴税。楽しんだら罰金 娯楽利用税。死んだら罰金 相続税。貰っても罰金 贈与税。老けても罰金 介護保険料。と書いてあった。税金は他にもたくさん発生する。有史以来、我々は税金を払うために日々働いている。その税金が我々のために役立つような仕組みになっていない。市井の民とは借金と税金に追われ続ける一般市民のことを指す。ところが税金ドロボーたちに罪はない。アッチコッチで中抜きする。特権階級たちである。金は金を生み、金持ちは大金持ちになって行く。ゴージャスなロココ調のリビングダイニングで、目刺しなぞを焼いて食べている。スキ焼きに玉子などもったいないと言い、その上牛肉はもったいないと豚肉だった。スキ焼きはシラタキと揚げ豆腐と、玉ネギに春菊のスキヤキのタレで食す。私はこんな事実を見聞したことがあった。ビンボー人はお金を使い過ぎるからビンボーなんです、なんて言われた。使うお金がないからビンボーなんですよと言ったら、それは違うビンボーな人は、ビンボーに馴じむように生まれて来ているんです。なまじお金を持つと馴じまないで使ってしまうんです。そのほうが気が落ち着くんですよ。落語の芝浜みたいなもんです。いつか金持ちになってやると夢を見ているほうが日々幸せなのです。取材先の人間は日本を代表するプロ野球の名監督であった。何日か経った時、その人から一枚の葉書きが届いた。美しいペン字であった。そこには「貧乏ほどの大敵はないですな」と書いてあった。私の取材目的は「成功とは何か」を聞くことだった。監督は成功とは金持ちなり、借金に追われていたら、いい作戦は生まれないからであった。こんなギンギラの部屋は女房の趣味、私はここでアジの開きや、目刺しを焼いて食べる。臭いが部屋の中を回るので文句ばかり言われていると言った。アメリカのある成功者に成功とはと聞いた時、たくさんの税金を払うことだと言ったのを思い出した。この人はピューリッツァー賞を受賞していた。私が納めた税金で国が富み、人が育てばいい時代になるからだと。どちらの人の話も「ホンマカイナ、ソーカイナ、エ~」であった。話が用意されたようによくできていたからだ。本音はどこにあるか、それはきっとサイフの中か、金庫の中であったろう。私は大きな家に住んでいる人は、大きな悪さをしている、と言っていたという亡父の言葉を支持する。本当に汗水たらして働いている人は、江戸時代の町人のようになる。私はその町人に憧れる。人情があるからだ。昨日久々に「男はつらいよ フーテンの寅」さんを見た。山田洋次郎監督も江戸時代の町人たちが大好きなのだろう。この映画には悪人がでてこないのがいい。徹底的に性善説なのだ。人情が映画になっている。山田洋次郎監督に、成功とは、と聞いたら、きっと寅さんに会えたこと、そう言うのではないだろうか。労働者諸君、今日も元気で働いているかと小さな印刷会社のタコ社長たちに声をあける。山田洋次郎監督は市井の民の味方、弱者の味方であり続けている。悪知恵を集める人間たちを嫌悪する。浅丘ルリ子のリリー役がよかった。キャバレーを歌って回る役だ。好きだった 好きだった 嘘じゃなかった……。寅さんは毎作純粋な恋心を持つのだが、正面切って言えないのだ。愛するって耐えることなのねと誰かが言った。この頃ではそうは行かない。別れる切れるの話になると、血の決裁が控えている。ゾッとするような事件が起き続ける。私は人情が消えゆく社会にこの国の明日の姿を見る。65歳以上の老人が約4000万人近くになった。2100年にはこの国は総人口約6000万人弱になる。私の孫が敬老の日を迎える頃は、人口が半分になっているのだ。変形したこの国はやがて国破れて人影なしとなるだろう。今夜は落語の名作「芝浜」を聞く。故立川談志のラストステージ物だ。夢を拾って、夢から覚めた話です。(文中敬称略)
通信機能不良のため、四日おくれの便りです。




2022年9月26日月曜日

つれづれ雑草「気狂いピエロ」

雨ニモ負ケテ、風ニモ負ケテ、毎日マスクニ負ケ、丈夫デナイカラダニナリ、政治ニウソオツカレ、右ニモ左ニモ頭ニキテ、海ニムカッテバカヤロート叫ビ、山ニムカッテ叫ブ。アンチクショウ、コンチクショウト怒ッテ、怒ッテ、怒リヌク、ソンナ自分ニナリタイ。モットモット馬鹿ニナリタイ。と思うのだがもともと馬鹿な人間は、馬鹿を極めるのは難しいそうで、結局生きている限りヒトビトに迷惑ばかりかけてしまう。この地球で平等なのは、世界中の人間に太陽と月が一つずつあることだ。それ以外は恐ろしく不平等だ。不平等は孤立を生み、孤立は憎悪を生む。メディアを支配して来たNHKや電通は政治の食い物にされ、ジャーナリズムを政治に売ったと言われる。読売新聞のボス・ナベツネこと渡邉恒雄は、未だ生きている。(現在入院中とか)このシブトイ人間がいなくなると新聞界はマシになると言う。スポーツ利権のボス・シンキロウこと森喜朗も悪い奴だからシブトイ。故安倍晋三という、プレッシャーから解放された警察庁や検察庁は、いままでのウップンを晴らすかのように、電通に一日かけたガサ入れをした。そこで宝の山のように情報を手に入れた。大変お世話になったAOKIの会長とその弟さんは、元電通のワル高橋治之に接近密着して、クサイメシを食わされた。高橋治之は生きてシャバに出ることはない。一審、二審、三審と進んで実刑となるからだ。森喜朗は軽口だから何でもしゃべって命ごいをするだろう。おそらく裁判が結審するまでにはあの世に行く。安倍派はチンコロ(密告者)合戦で、跡目候補の萩生田光一を潰した。統一教会問題は萩生田、下村潰しだから、おそらくチンコロは腰軽の西村康稔となる。この国は長い間人物育ててこなかったので、国を救うような経済人や、政治家が出て来ない。TBSの報道特集のメインキャスター金平茂紀がこの秋で降板させられた。辛口のジャーナリストだからだ。あとはいよいよ関口宏のサンデーモーニングだ。この国を徹底的に嘘ツキ国家にした故安倍晋三の国葬は、政局オンチの麻生太郎の入れ知恵だと言うが、思惑は大きく外れ、酷葬となってしまった。英国の王室といえば血の歴史、断頭台の歴史である。ロンドン塔は暗闇の塔だ。多くの王族が権力争いのために、首を落とされた。何人もの王妃たちも。故ダイアナ妃の謎の交通事故死を命じたのは(?) 英国の国葬はニギニギしい。NHKの大河ドラマ鎌倉殿の13もドロドロの権力争いだが、英国の比ではない。地球温暖化で大自然の営みがすべて狂って来たが、人類も相当に狂って来ている。完全にアブナイことになっている。金にセコイ汚い人間、ケチでチンケな人間はみんなに笑われブザマだが、金のない我が身はもっとブザマなのだ。ロシアのプーチンも習近平の前では借りてきた猫みたいだ。中国は必ず台湾を攻める。その時、アメリカは日本に莫大な金を出させるだろう。しかし中国とは戦わない。故安倍晋三銃撃犯はあっという間に精神鑑定に送られた。そしてきっと狂人をもっと狂人にして、この世から消すだろう。本当にあの男が銃撃したのだろうか。銃弾はいまだに見つからない。故安倍晋三の遺体は詳細に調べることもなく、すぐに焼かれてしまった。遺体の中にあった銃弾がもしライフルの弾だったらと思う。アメリカのCIAは何でもやる。9.11あのワールドトレードセンターは、内部から爆発させたという研究発表が、3800人近い建築の専門家たちが分析して発表しているという。ボーイングの特大ジャンボ機が突入しても、日本人建築家がそれに耐える設計をしていた。上部が壊れても、巨大ビルを解体するように下部に崩れて行くことはない。広島長崎に原爆を投下する国アメリカ、他国の紛争に介入して大儲けして来たユダヤ資本やアラブ資本は、3000人位の命、ビル二棟位どうってことはないのだ。9.11以降イラク戦争に進んだ。9.11のテロは戦争への大義名分だった。真珠湾を忘れるなを大義名分にしたように。日本の奇襲作戦は、すべて暗号解読されていた。飛んで火に入る夏の虫だったのだ。今年の夏モンシロチョウを一度も見なかった。セミの声も殆ど聞かなかった。アホー、アホーと私をコケにしていたカラスの姿がない、電線に何十羽も止まっていたスズメは数羽しかいない。マスク映えとはよく言ったもので、マスクを外したら、え? ウソーこんなだったのというヒトが90%だ。だから私もマスクをしている。このヤローと思ったらマスクを外す。効果テキメンなのだ。今、玉置浩二の田園を聞きながらこれを書いている。ファッションセンスは抜群であり、日本でいちばんの歌手だ。 生きていくんだ それでいいんだ……。と励ましてくれる。とはいえ私の命の先は一日一日だ。北海道は美しい声の歌手を生む。かかりつけの名医にもういつ死んでもおかしくないんですよ。朝起きたら死んでいる。そういう人が多いのです。分かりましたかと叱られハイ! 分かりましたと応えるのだ。死はOK!でもブザマに死にたくないからだ。少年野球の応援のために、アッチコチ行っていたら、足がビーチサンダルの形に陽に焼けていた。大尊敬していたゴダール監督が亡くなった。合法的安楽死であったと記事にあった。「勝手にしやがれ」と「気狂いピエロ」は最高の作品だった。映画の作り方を劇的に変えた。私は勝手にしやがれとはいかずだが、気狂いピエロだ。ちなみに故安倍晋三の素顔は、とても気さくでいい人だったという言う人も多い。(文中敬称略)



2022年8月3日水曜日

つれづれ雑草「九月まで休筆」

お母さんは大きく手をたたいて、泣いていた。七月三十日、九時四十五分試合開始、狂ったように暑い。でも少年たちは元気いっぱいだ。私が応援するチームに、沖縄出身の子がいる。メガネをかけている。顔は陽に灼けて逞しい。体は丸々と太い。ライトを守っていて五番打者だ。副将でもある。当たればでかいのを打つ。お母さんは時々応援に来る。一人っ子だと聞いた。当たればだが、なかなか当たらない。でも私の家の前の公園に来て、一生県命練習している。努力は報われる、練習は嘘をつかない。第2打席ランナー二人、ピッチャーが速い球を投げた。ガァーンと当たった。高く上った球はグイグイ伸びてレフトの芝生の上まで飛んだ。ヤッタァ~ついに出た。お母さんは飛び上がって手を振りまくった。私もバンザァーイをした。チームメイトもヤッタァーホームランだと抱き合った。私はグラウンドからの反射熱で、顔面がパリンパリンのヒリンヒリになった。ビーチサンダルを脱ぐと指のあとがクッキリ白くなっていた。8対2で試合は勝った。私もかつては野球少年だった。今ではゆらゆら家に向って歩いていると、一人二人と抜かれて行く。愚妻に背中が曲がってるわよと注意される。いいんだよこうしてみんなに抜かれて行くのが人生なんだから、滅びの美学を追ってんだよ、と言った。今年も八月となるもコロナ禍は、拡大の一途だ。政府も専門家たちも、打つ手なしだ。一人ひとりの責任重視となり、それぞれの自治体で勝手にやればとなってしまった。非科学的なことになった。バカヤローのノータリンばかりだ。少年たちの必死の姿を見ろといいたい。当たればでっかいホームランのお母さんに、ナイスバッティングと言ったら、マスクをしながら、ありがとうございます、やっと当たりましたと目が笑っていた。私は勝負をかけていた仕事に勝が見えたとの連絡をもらった。詰めをしっかりしなければならない。世界陸上を見ていて人間は凄いと思った。ハイテンションの織田裕二がジャマだったが、山ほど感動した。0.01秒の差で金と銀の差となる。今日は何をすんべえかと時間を持て余している人間には、外へ出て公園の雑草でも刈ってほしい。海岸を掃除してほしいと思う。そうしている人も多い。ヒマは人間をマヒさせて行く。400字のリングは九月まで休筆します。生きるために働き続けます。少年たちに勇気をもらって。やってやるプロの仕事を。氷アイスを食べすぎている。ある花火大会で車椅子に娘さんを乗せた親娘を、ジャマ者扱いにしたバカ者たちがいたらしい。ケツの穴に花火をつっこんで、火をつけてやりたいと思った。オレのところに連れて来い。花火大会の主催者もしっかりしろと言いたい。共助の精神を忘れるなだ。次に殺られるのは俺かもと、パソナ会長の竹中平蔵が会長職から離れた。格差社会の生みの親で、非正規社員を大量に生んだ元凶だ。このアメリカの走狗を憎んでいる人間は多い。共助の精神はなし、金だけが命の罪深き人間だ。AOKIからしこたま賄賂を受け取った、元電通の高橋某は、自分が経営するステーキハウスの運転資金に使ったのだと、ステーキとオサラバしてクサイメシを食う生活が待っている。悪い奴はこれからゾロゾロと出て来るだろう。それにしても電通の力は非力になった。むかしなら全てモミ消していただろう。クライアント(お得意)のトップの顔写真が新聞に出るなどという事は、万に一つもなかった。しかしSNSの時代は隠し事はできないのだ。ではみなさんいい夏休みを。カナブンが網戸にへばりついている。権力にへばりついている。森喜朗というスポーツ利権のボスに検察の手が届くか。きっと高橋某がソックリウタッテいるだろう。ヤクザ者なら死んでもウタウことはない。朝顔の花が心をなごましてくれる。花は心の目薬と言う。私は小さな雑草の花が好きだ。東京大学に雑草研究部みたいのがあることを知った。一度ぜひ学生さんたちと会ってみたいと思っている。最後に勝つのは雑草だ。
                                (文中敬称略)

2022年7月23日土曜日

つれづれ雑草「ウラメシヤ」

「三隣亡(さんりんぼう)」という言葉がある。この日に建築をすると後日火災に見舞われ、近隣三軒まで滅ぼすと伝えられる厄日のことだ。この日に宝くじを買うと当たらないとも言われた。一、四、七、十月は亥の日。二、五、八、十一月は寅の日。三、六、九、十二月は午の日が三隣亡にあたる。博徒は、この日には開帳しなかったという。警察にパクられて(捕まって)あることないことペラペラとウタウ奴(しゃべる)を、アイツは三隣亡みたいだから気をつけろ。ヤクな奴(縁起の悪い)だと言った。野球界では守備を交代させると、何故か交代した選手のところに打球がいく。かなりの高確率だ。一人がエラーすると、次々とエラーがある。地震も続く、洪水も続く。この世は不可解の連続だ。アメリカでは、二度買った宝くじが二度とも大当りで、莫大な金を手にした男がいた。その男は気が狂って死んだ。国中から寄附をしろとか、ゆすり、たかりに遭い、神を憎んで死んだ。兄弟姉妹にも不幸が続いた。貧乏な労働者であった時の方が幸せだったと言い残して。テロリズムが盛んだった頃、当然の様に世界各国、日本国もテロが横行した。話せば分かる、問答無用と銃の引き金を引いた。初代総理大臣伊藤博文をテロで殺した「安重根」は彼の地では英雄である。伊藤博文は長州人であった。ある歴史家は、長州には血の臭いがすると書いていた。つい先日まで生きていた長州出身の安倍晋三元総理大臣にも、テロによる血の決別が奈良で待っていた。三隣亡であればテロは続く。アメリカやロシアか、中国かインドやトルコか、それとも日本かは分からないが、きっと続く。連鎖するのが歴史だからだ。奇跡的な事も続く。私の知人の双子の子は、幼い頃マンションの5階(4階かも)のベランダから二度落ちて、二度共無傷に近い状態で助かった。双子二人共だ。当時奇跡の出来事としてニュースになった。ふさふさの芝生が双子を助けた。子どもの頃、嫌な出来事が続くと、母親やおばさん、近所の人たちが、さんりんぼうだわねと言っていたのを思い出す。この世には二つの絶対がある。一つは、人間は死んでない限りは、生きている。もう一つは、生きてる人は必ずいつか死ぬ。これ以外に絶対はない。大変だ! 大変だ! と言っている内は大丈夫という。本当に大変なら、大変だ! というチカラもないからだと。コロナ禍は第七波となった。大変だという人がいれば、もう慣れっこでなるようにしかならないと達観する人もいる。最高権力者だった人間が、銃撃でこの世を去った。その瞬間に権力闘争のヨーイドンが始った。顔で泣いて、心で笑っているのが永田町、霞ヶ関の住人たちだ。オイラが次のドンだと口をさらにへの字にしている福岡の老人、麻雀大好きな島根の老人、スポーツ界のドン石川の老人、オレをナメんなよと睨みを効かす和歌山の老人、当面はこの四大老が仕切る。目の上のたんこぶがこの世を去った事に秘笑する。煮ても焼いても食えない老人だ。スポーツ利権の闇の支配者、元電通の人間の浅ましい行為と、その男にブランド価値向上を求めた会社の名が出た。とてもお世話になったトップの顔写真が新聞に出てしまった。かつてイタリアロケに一緒に行った。とても仲の良い兄と弟だった。あの権力者が生きていたら、闇から闇であったはずだ。スポーツ界は、三隣亡となり次々とイモズル式に名が出てくるだろう。元統一教会というパンドラの箱が開いた。人を制する者は、人に奪われるという教えがある。冷麦とソーメンの違いがいまだによく分からない。幼き頃メンの中に赤いのと緑のが一本ずつ入っていて、兄姉と取り合った。それがないのがかなしい。キザミネギとミューガ、それに生しょうが、まい日食べても飽きがこない。赤と緑の一本があればなと思いつつすする。駅弁が大好きなのだが、家で食べるとイマイチ感動しない。駅弁は割り箸で食べないと、ウマクない。自分の箸で食べるとすっかりイケナイ。崎陽軒の1080円の弁当を食べた。860円の定番が売り切れていたからだ。自分の箸でなく割り箸で、少し反り返った竹製のふたについている米粒を、割り箸で一つ、二つとキレイに食べてあげるのだ。駅弁には駅弁のルールがある。旅に出たいなと思う。各地の駅弁を食べる旅だ。コロナは三隣亡なのだろうか。北海道函館本線の森駅にある、いかめし弁当660円は芸術品に近い。小さな箱に丸々としたいかめし二個が、ニコニコ笑って入っている。これは箸でなく、手でつかんでかぶりついて食べるのだ。これがなんともいえない味なのだ。コロナ禍は世界的な三隣亡である。医学会は緊急事態宣言をと言う人が多いのだが、政府はその逆で、行動をユルユルにと言っている。ヤクな奴ばかりなのだ。ウラメシヤコロナ。(文中敬称略)



2022年7月16日土曜日

つれづれ雑草「天気の悪い日とは」

天災は忘れた頃にやって来る。古人は知っていた。気象庁が梅雨明け宣言をした時、今年の梅雨は雨が少なかったなぁ、そのかえし狂ったような暑さが来た。猛暑より狂暑といいたいほど、40度越えのところがいくつもあった。アタマがイカレてしまうことを、パープーになるという。古人の教え通り全国各地で線状降水帯がつづいている。ドラム缶をひっくり返したようだ老人は言った。普段はナヨナヨした川があっという間に狂った川となり、足元でチョロチョロしていた水が、車を見えなくして狂流となる。気象庁は今年も梅雨の終り雨を予想しなかった。ノー天気だったのだ。昨年は熱海で狂裂な山崩れがあり、多くの命を奪った。土の上に土をのせ、そのまた上に土をのせるという、法律破りのせいである。泣く子とお天とう様にはかなわないのだ。日本中に盛り土をした所に人々は暮らしている。お天とう様は意地悪な性分だから、今年はどこにすんべえかとくじ引きをしている。引き当てられた所はたまったもんじゃない。昨日お世話になった小林亜星大先生のお墓参りに行った。私の両親と長兄が眠る多摩霊園だった。先生は無宗教で葬式なし、戒名なし、人に迷惑かけること一切なしの見事なラストであった。先生の片腕でドラマーだった友人と行った。雨が降ったり止んだりしていたが、お墓に花をたむけ、お線香に火をつけた時はポツコリ雨が止みうっすら明るくなった。私は超晴れ男で数多いロケで雨にイジメられたことはない。予備日を使ったこともない。やっと先生にお世話になったごあいさつをして友人と武蔵小金井の駅へ行った。午後一時頃であった。ちょいとレストランでランチでもと思ったがそれらしきものはない。駅はきれいになっているがレストランはない。でもってマックがあったので、二人でダブルバーガーセットを食べた。その後中央線で東京へ。そして仕事場へ行った。ジャンクフードは突然食べたくなる。吉野家の牛丼紅しょうがてんこ盛りとか、ケンタッキーフライドチキンも突然無性に食べたくなる。ある深夜、パジャマの上にコートを着て茅ヶ崎駅南口にある吉野家へ食べに行ったことがある。ケンタッキーは夢の中に出てきて、次の日オープンと同時に突入して、指をベタベタにしながらむしゃぼった。これらは一年の内に二、三度起きる。どんな名店よりこの時は旨いのだ。ただ食後にいいようのない満腹感でなく、無力脱力感に襲われる。何かしてはいけないことをしたような気分だ。誰れも見てねえだろうなとヨソヨソするのだ。夜帰宅して夕刊をパランパランすると、サンマ一匹13000円と大見出しがあった。豊洲市場への初入荷はわずか十匹だけだったとか、やせ細ったサンマの写真があった。そのとなりの見出しに、ブドウ一房150万円とあった。高級ブドウ「ルビーロマン」特秀クラス一房に一粒30gほどものが27粒である。霊感商法の判子とか壺とかと比べては生産者に申し訳ないが狂った価格だ。狂乱物価の世の中になって来た。13000円のサンマを食べている奴がとなりにいたら、150万円のブドウ27粒を食べている奴が目の前にいたら、自分の言動を想像しただけで、ゾッとする。世の中は、ゾッとする事件が続々と起きている。事件を起こした人間たちに共通している要因は絶望感、疎外感、孤独感だと過日のNHKスペシャルで知った。特に絶望の二文字が世に満ち満ちている。刑務所に入りたかったので事件を起こしたという中年男、自分で死ねないので人を殺して死刑になりたかったという若者、七十を過ぎて十八歳の女性を手にかけるなんてまるで狂老だ。東京電力の四人の老人たちに13兆円以上の賠償を命じた地裁の判事たちに拍手を送る。多くの人々を絶望に追い込んだ四悪人に、絶望を味わってもらいたい。もっとも最高裁に行く前に、寿命が尽きるだろう。死んだらチャラだ。判事はそこまで読んでいたのかも知れない。あ~なんだか吉野家に行きたくなって来たではないか。絶望は愚か者の結論なりなんていう言葉を、ラジオ番組の枕言葉にしていた人がいた。人生相談の番組だった。今はガードを固めてパンチから守るしかない。みんなで支え合い、励まし合い、助け合って行くのだ。先日こんな記事を読んだ。ある少年が明日は天気が悪いでしょうという天気予報士の言葉に、悪い天気ってどういうことですか、雨が降らないとお米が育たない、野菜や果物も育たないとおじいちゃんが言っています。雨が降るのは悪い日なんですか(?)。さてあなたなら少年の質問にどう答えますか。いよいよコロナは第七波、尊敬する学者さんが国民の七、八割が抗体を持つまで、ウイルスは必死に変化しつづけます。マア10年はかかりますねと言った。あ~やんなっちゃった、あ~オドロイタ。今は亡きウクレレ漫談の牧伸二を思い出した。(文中敬称略)






2022年7月9日土曜日

つれづれ雑草「投票へ」

本日は社会騒然としているのでほぼ休筆。明日は参議院選挙投票日、決して棄権することなく清き一票を投じてください。数の暴力で嘘はつき放題、予算は使い放題、税金は悪用し放題、この国を壊し放題。与野党共にその責任がある。と言って投票をしないのは、自らの権利放棄となる。高い税金を払いつづけているのだから、自らの思いにいちばん近い人に一票を。わずかだけでも近い人に一票を。激しく愛し合って結婚してもすぐ別れる夫婦あれば、嫌々結婚しても長い間幸せでいる夫婦も多い。選挙の一票はラブレターと思えばいいのだ。投票箱は白いポストだ。



2022年7月2日土曜日

つれづれ雑草「骨まで愛する」

激痛は明け方突然起きる。寝返りをしたなとアタマの中でぼんやり思っていた。その時ギャ~と声を発した。痛、イタ、イテェ~、イテェ~、両足がこむら返りしたのだ。両足の筋肉がケイレンを起こした。足の親指は反り返って固まり、ふくらはぎの筋肉はカチンコチンになっている。イタタタタ立てない。今回のはいままでと全然、ゼンゼン違う。ふくらはぎだけでなく足全体なのだ。イテェ~といいながらガタンガタンしていたら、上から愚妻が降りてきて、何してんの、何してんのを連発。足がつってんだよ、立てないんだよ、と言った。どこ(?)どこ(?)と足を触りここでしょ、カチカチよと言いながらゴシゴシ筋肉をほぐした。が、今度はいままでのように足を壁に突き出して反り返りを治せない。親指を指で引き寄せても治らない。私の仕事仲間の一人にこんな話をしたら、やはり同じようなケースがあり激痛がおさまらないので救急車を呼ぼうと思ったとか。フツーなら五、六分で治るのだが、一週間経った今日の朝まで両足の筋肉は怪しい動きをしている。脱水状態とか、冷房で足が冷えすぎとか、足の疲労がとしのせいでとれない。つまり筋肉が反乱をしているのだ。クーデターなのだ。時計の針が八時になるのを待って(七時台だと悪い気がした)平塚の鍼灸の達人に電話した。痛いんだよ、動けないんだよ、訳が分かんない痛さなんだよと言ってスケジュールが調整できたら来てチョーダイと頼んだ。円盤投げで佐賀県のインターハイに出た達人は、(ちなみに息子さんは砲丸投げをしている)昼になんとかしますと言ってくれてその通り十二時にピンポーンと来てくれた。さすがに達人、グイグイマッサージをしてくれて、鍼を経絡(ツボ)に相当数刺してくれた。ハリーアップの治療でかなり治った。いやはやこむら返り恐るべしであった。いきなりの狂暑で体の調子が狂ってしまったのだ。眠る前には水より麦茶(ミネラルが入っている)の方がいいとか、薄い靴下をはいた方がいいとか、同じ姿勢でずっと座っていない方がいいとかを学んだ。私は映画とか資料映像をぶっ続けで10時間以上見る習慣がある。そんな時は時々立って少しでも動いた方がいいらしい。激痛から一週間筋肉をなだめている。やさしくナデナデしているのだ。しかし反乱を予感している。少年野球の応援はずっと立ち放しなのでこれからは折りたたみ式の椅子を持って行くことにする。海岸で釣りをする時に買ったのである。いよいよ鰻(うなぎ)の季節だが、とにかく高くなっている。私はうなぎ大好き人間なのだが、2ヵ月に一度行くか行かないかだ。今朝の新聞に手紙文化研究家の中川越さんの文化人たちの日々好日というコラムがうなぎにまつわる話を書いていた。その内容がおもしろかったので、抜粋して私的文体にして書く。江戸時代の人気作家山東京伝(さんとう きょうでん)が、人相・手相に関する本の中で、「鰻の筋」というのを書いていた。手相の筋について。チンタラ、チンタラ生活して、勘当された身の人間に置きかえていておもしろい。狭い活舟(いけぶね=入れ物)の中に入れられ、口をパクパクし、ぬらりくらりと過ごし、やがて親兄弟かの縁を裂かれ、(うなぎが切り裂かれること)竹の串で刺され、火あぶりの刑のようになり、団扇(うちわ)でバタバタあおられ、不孝の醤油(タレ)につけては焼かれて身を焦がす。やがて山椒をかけられてしまう。うなぎの手相とは道楽息子の典型なのだよとあった。(中川越さんの文章は古文で鮮やか)歌人で有名な斉藤茂吉は大のうなぎ好きであった。五十三歳の時、妻の浮気が原因で別居している時に、自らの弟子の女性に恋をして一線を超えてしまった。その女性とうなぎを食べ酒を飲みながら、「こうすると美味いんだ」と言ってうなぎの上に酒をたらした。茂吉先生は子どものようによろこんでいた。そして外に出てある池のほとりで、弟子の女性とキスをした。(中川越さんの表現はもっとうまい古文風)やはりうなぎには何かムラムラさせるパワーがあるのだ。私が銀座でいちばんうまいと思うのは、私の仕事場近くにある登三松だ。抜群の味だ。だがジリジリと値が上っていてうなぎは遠くなりにけりだ。近くを通ると団扇でバタバタして生まれたいい香りが心を動かす。ムラムラするのだ。顔なじみのおばちゃんに近い内に来るからなと見栄を張る。少し吃音気味の男の人が、オ、オ、オマチしていますと言う。この男の人は私を筋者(ヤクザ者)と思っているようで、私と会うと緊張して吃音が強くなるとおばちゃんが言った。そうだな、人相、風体がその筋の人間みたいだからなと思っている。自分の手相を見ると、鰻の筋が何本もあるように見える。狂暑はつづく、きっとこむら返りもつづくだろう。コロナが増加している。マスク生活もつづく。息苦しい世の中になっている。うなぎの骨は体にいい。深夜、ショパンのバラードト短調作品23を聴いた後、久々に城卓矢骨まで愛してを聴いた。 生きてるかぎりは どこまでも 探しつづける 恋ねぐら 傷つきよごれた わたしでも 骨まで 骨まで 骨まで愛してほしいのよ……。いいね、いいね、うなぎの骨を思い出すのだ。
(文中敬称略)