東京駅発熱海行。私の最も苦手な東海道線なのです。
人は熱海へと思った瞬間から既に旅行モードに入ります。
男三人組、五十代とおぼしき二人と二十代後半の男。
で当然の様に買い出しは若い男。
発車まであと十数分、第一便まずは缶ビールロング缶3缶、一番搾り2缶とサントリーモルツ1缶。歌舞伎揚げ一袋とサキイカ、サラミ、柿ピー、笹かまぼこ各一袋ずつ。
第二便タカラ缶チューハイ3缶、おーいお茶のペットボトル3つ。
第三便「牛肉どまん中」「北海海鮮丼」「崎陽軒シュウマイ弁当」駅弁各1個ずつ。「まい泉かつサンド」2個。
で第四便、週刊ポスト、週刊現代各一冊、日刊ゲンダイ、夕刊フジ各一紙。
若者はこれだけの買い出しを十数分でアッチコッチソッチとめまぐるしく動き、座席に運んで来た。席をヒックリ返し向かい合わせにしていた。
私はその横にいた。あーついてねえやっぱり次の列車にするべきだったと悔やんだ。
だが私は先に座っており、全体的にまったりと席に馴染んでいた。
新聞を読み始めていた。何しろガヤガヤと入ってきて、オイ買って来てくれの合図で後はフィルムの早回しの様に若い男が運んで来たのだから仕方なしだ。
他に空いている席もない。
プシュ!プシュ!プシュ!と缶ビールが開けられた。
髪の薄い五十代は一気に飲干しプハァーとやった。発車のベルが鳴っている間に。
灰色の髪の五十代が歌舞伎揚げの袋を左右に引っ張りブホッと開けた。
独特の油っこい臭いがプーンと私の鼻の中に入った。
嫌いだ、嫌いだ。
列車の中の歌舞伎揚げは、左手に缶ビール、右手で一枚バリバリ食べだした。
食べた欠片が黒いズボンの上にパラパラ落ちる。
列車は動き出していた、有楽町の駅を通過した、次は新橋だ、またいろんな会社員が乗って来るなと思った。
あの三人が座っている席には一人分空いている、グリーン車代払った人間、誰が座るだろうか、座る、座らないを賭けていた。
三人は新橋ですっかり旅人モード、どうやら翌日熱海で研修会があるようだ。
黒いズボンの上にはサキイカの粉も落ちている。
歌舞伎揚げは三枚目になっていた。
臭い、いっそ新橋で降りて次のにするかと思ったが何で降りなきゃなんねえだと考え、降りる必要性を見い出せなかった。
と、その時すいませんそこ空いてます?と三十代後半の女性が根性決めて言った。
950円払ってんのに立って行くなんて冗談じゃないとその女性の顔に書いてあった。
えっ、あ、おっ、ど、どうぞと三人はドギマギする。
空いていた席に置いてあった飲料及び食料をナンダナンダノッテキタノカと大移動、すっかり宴会気分はトーンダウン。
何だいこの女ズケズケしやがって、よくまあ男三人のところに座りやがんなと顔に出ていた。
シラー、シラー、シラーとしながら列車は品川に向かった。
バーバリーチェックの短パンに黒のレギンス、丸首の白い長袖に、襟の大きなジーンズジャケット、それをスカーフ替りにして今はやり出したファッションにしていた。
耳にはイヤホン、手には当然スマートフォン。
オッサンたちイケてないよ、歌舞伎揚げいい加減にしてよ、みたいな目線をバチバチっと放った。あんまし美人じゃないけど中々出来ない事をやる女性に拍手を送った。
品川を通過し、川崎を通過した時には三人はすでに駅弁以外をあらかた飲み且つ食べ終えていた。髪の薄い男が「牛肉どまん中」を食べ始めた。
私は臭いに耐えていた(列車以外で食べる歌舞伎揚げは大好きです)。
あの女性は相当仕事が出来るなと思った。
足を組んだヒョウ柄のハイヒールの裏にGINZA YOSHINOYAの文字、銀座の名店皇族が好んで選ぶ靴屋さんだと聞いた事がある。
松屋斜め前、決して吉野家ではない。それ故牛丼は売っていない。