♪~馬鹿いってんじゃないわ 馬鹿いってんじゃないよ 三年目の浮気ぐらい大目にみろよ…。
男女デュエットの歌を一人の男だけで唄っている。
女性が唄うところはカラオケの音楽だけが流れる。男は杖をついて唄っている。
スナックのママがいて男のお客が三人いる。
男は突然暴れ出す。
テメエラ散々オレをコケにしやがってと、オレだってむかしは、むかしは、むかしはと言い、ふざけんじゃネェ―とテーブルの上のウィスキーやら水割りやら灰皿をぶっ壊す。
ママはオロオロとしながらもう来ないでと言う、客の三人は店の外に逃げ出す。
男の名は「葛城」、金物店をずっと営んでいた。
結婚をし二人の男の子を授かる。
家を新築し友人たち親族たちを呼んでパーティーをする。
庭に子どもの成長を願ってミカンの木を植える。
それから20数年経つ、成績優秀が自慢だった長男は結婚をし二人の子を授かる。
が、営業マンとしての成績が上がらずリストラされる。
妻は勿論、父と母にも内緒にして、まい日出社を装う。
が、やがて心を病み自殺する。
父親は事故死だと言い張る。
葛城家は地獄に向かって崩壊して行く。残った弟は物静かである。
が、まい日酒を飲んで母親を殴る蹴る父を見て心が壊れて行く。
二人は逃げてアパートに隠れるが父に見つかり家に連れ戻される。
そしてまた、酒と暴力。
葛城金物店は閉店する。
オレにだってこんな幸せがあったんだと、むかし家族四人で撮った写真を見る。
父は笑い、母も笑い、兄も弟も笑っている。
行き場のない悲しみ、やり場のない怒り。ご近所の好奇の目と口。
外から見ると幸せな2階建ての家の中は生き地獄となっている。
ある日弟のところに通販で買ったサバイバルナイフが届く。
それを持ち弟は商店街のアーケードに向かう。
すれ違う人、人、人を無差別に斬り、刺しまくる。男女の区別なく、年齢の区別なく。
そして弟は死刑囚となって、早く執行してくれて願い出て、異例の早さで死刑は執行される。
秋葉原の事件と、宅間守の事件を思い出す。
無差別殺人と死刑執行の異例の早さ。
隣人たちからは忌憚され噂される。母親の心は崩壊する。
そんな姿の女房に男はやらせろと襲いかかるがヤメテーと突き飛ばされ、私ははじめからアナタが嫌いだったと言われる。やがて妻は施設へ入る。
ある日男はコンビニで買って来たつけとろざるそばをズルズルとすする。
何を思いついたのか、掃除機を持って庭に出る。
首にグルグルコードを巻き持ち出した椅子の上にのりそれを蹴り倒す。
大きく育ったミカンの木にかけられたコードはボキッと折れてしまう。
死ねなかった男、しばしボー然としていたが部屋の中に戻り、食べ残ったそばをズルズルとすする。
弟と獄中結婚した若い死刑廃止論者が訪ねて来るが、男はその若い女性にもやらせろと襲いかかる。
壊れてしまったのだ、何もかも、過去も現在も未来も。
そばをすする音と姿で映画は終わる。
昨年見落としていた、評判の作品「葛城事件」だ。
新作2泊3日、脚本・監督は「赤堀雅秋」、また一人凄い監督を知った。
映画ファンなら絶対見なければならない問題作だ。出演者は内緒である。
すばらしい役者たちだ。
いつものグラスにギルビージンを入れた。夫婦も親子も、家族も隣人間も。
たった一つのことで壊れていく。
シェイクスピアの悲劇の一つ、オセローがイアーゴから告げ口され、たった一枚のハンカチーフで壊れてしまったのを思い出した。
「キミは、営業マンに向いていないんだよ」たったひと言が始まりだった。
弟思いの兄、兄にコンプレックスを持ち続けていた弟、愛のない夫婦、崩壊の芽。