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2023年6月12日月曜日

つれづれ雑草「半分半分」

「ドン」といえばひとは何を連想するか。“学界のドン”“政界のドン”とか、“財界のドン”。今映画でヒットしている“ハマのドン”など、その世界に君臨している人物を称する。“ボス”という言い方もあったが、サントリーの缶コーヒー“BOSS ボス”で市民権を得て、ボスといえば矢沢永吉を連想する。ドンはどんでも「丼」となると、ヒトそれぞれに、オレにとって、アタシにとって、ボクにとって、ワシにとって、オイラにとって、丼は熱愛される。もし丼物が好きでないという人間がいたら、どこまで行っても会ってみたい。丼は食堂界のドンでありボスである。天丼、うな丼、親子丼、海鮮丼、中華丼、カニ玉丼、カレー丼、牛丼、豚丼、かつ丼、海老丼、ウニイクラ丼、鳥そぼろ丼。丼はどんどん食欲を満たしてきた。数をあげたら切りがない。牛丼も食べたいし、となりの人が食べているカレー丼も食べたい。そんな人には相性丼というのがあって、半分牛丼で半分カレー丼というのを、ハイヨッとつくってくれる。食べ物を決める時、人間の性格が分かる。あ~腹減った、私は夢の中にいる。やっと今日はじめてのごはんだと、築地の場外市場を歩いていると、私という天邪鬼で、食いしん坊で何か人と違うものをとの迷惑な性格がでる。築地の場外市場は長いつき合いで、いわば庭みたいであった。大好きだったラーメンの店「井上」は、先年火事で燃えてしまった。海鮮専門の小さな店のとなりに、スパゲッティナポリタンだけの店があった。親子丼を見てクラクラとしていた。海老丼を見てグラグラッとした。牛丼を見ると決めた覚悟がゆれた。当初の目的は海鮮丼(ホタテ抜き、アレルギーなので)一本でバッチリと決めようだったが、私はダメな人間である。赤いスパゲッティナポリタンが強烈に目に入り、緑色のピーマンと玉ネギが、タコ形の赤いウィンナーと共にフライパンの上で仲良くくっつき合い、励まし合い、救け合い、支え合っている。場末の純愛みたいだ。よし、これだ。だが海鮮への想いも忘れられない。店のオジサンに、ちょっとあそこの店で、海鮮丼の半分をつくってもらってくるから、そのよこに半分スパゲッティ入れてくれると言った。あ~いいよ、だけどどんぶりは洗わないよと言った。大丈夫ちゃんとするからと言った。で完成したのが、“海鮮スパナポリ丼”新鮮な海老、コハダ、イカ、マグロ、イクラ、玉子焼きの横に、アツアツのナポリタン。日本の伝統美に、ナポリタンの赤ベタの組み合わせは最高であった。海鮮店の夫婦が、おいしそうと言った。お客さんみたいなヒトはじめてだよと言った。海の幸とパスタはよくあるメニューだが、海鮮丼とパスタはないはずだった。主人たちは実に誠実で、料金はハーフ&ハーフだったのでおまけしてくれた。それじゃ悪いからと、コーヒーでも飲んでと迷惑料を払った。この頃外国人さんが多いからこんなメニューもあるなと、海鮮丼の主人は笑った。私はこういうバカなことをアチコチでやってきた。“丼”と何を組み合わせるかを考えるとじつに楽しい。私はイロイロな定期検査前で食事を抜いている。それ故食べ物への思いが浮かび、アタマの中で“作り話”を作っている。シャネルのバックを持っている若い美人女性が、金曜日の夜八時頃、銀座の吉野家で丸椅子に座り、牛丼を食べている。赤い口紅に赤い紅しょうが、夜の世界の女性ではない。こんな美人が何故、花の金曜日に一人吉野家で、丼には謎めいた物語があるのだ。(これは実話)ちなみに、横浜のドンを描いた映画「ハマのドン」はかなり面白いと見た人々が言っている。スパゲッティナポリタンは、横浜の高名なホテルのシェフが進駐軍のために開発した和製料理らしい。初めてイタリアに行った時、レストランでスパゲッティナポリタンをとオーダーしたら、…………(?)(?)(?)であった。そんなのねえ~よというかんじだった。同行していたコーディネーターが、トマトソースと言ってくださいと言った。とってもとても恥ずかしかった。スペアリブを知らなかった私は、アメリカのグランドキャニオンに初めて行った時、夕食が夜遅かった。カウボーイ(牧)たちが、♪ ローリング、ローリング、ローハイド……と店に来る。同行のコーディネーターが、スペアリブを食べましょうと言うから、OKよろしくとなった。店内は、かなり暗い。何やらゴッツイ肉の塊りがきたので、言われた通り、塊の両端を持ってベタベタしながら、かぶりつくと、ガツンと固い骨、なんだこりゃ、骨ばかりじゃんと大声を出すと、カウボーイたちは、腰に手を当てた。ガンベルトには拳銃が入っている。以来スペアリブは警戒をすることにした。下手をすれば撃ち殺されてしまう。スペア丼をつくるとすれば、骨付の肉と拳銃の弾のハーフ&ハーフだ。ライクーダーのギターとかケニー・ロジャースかなんかが流れたら、少しばかり歯がガタガタになっても食べ尽くすだろう。あ~腹が減った。鳥そぼろ、牛豚兄弟丼が食べたい。BGMは「無法松の一生」だな。さあ、ど~んといってみよう。(文中敬称略)



2023年6月10日土曜日

休筆のお知らせ

本日、出張のため休筆致します。
梅雨時です。皆様、食中毒に気をつけましょう。


2023年6月3日土曜日

つれづれ雑草「ある原因」

10年ひと昔というが、現代社会では一日ひと昔だ。かつて24時間戦えますか」という栄養ドリンクのコマーシャルがあった。その頃私は48時間働いてますよであった。今思えば狂っていた時代なのだろう。ひと月に何回徹夜したのかを“ジマン”しあった。あなたは24時間前に何があったか、正確に言えますか。すでにG7サミットがあったことなど憶えちゃいない。市川猿之助事件のこともあたらしいことではない。そういや市川中車なんていたな香川照之だったっけ。熱湯風呂に入る上島竜兵が死んだのは忘れがたいが、ガーシー元議員の話なども誰れも言わない。えっ上岡龍太郎が八十一歳で死んでいたんだ。確か横山ノックかなんかとトリオを組んでいたな。横山ノックが選挙カーの中で女性スタッフのオシリを触ったりして大阪知事をやめた。パンパカパーンと。岸田総理ファミリーたちが官邸内で大ハシャギしていたことが突然週刊文春に出た。秘密を握っている人間は、その秘密のカードをずっとかくして持っていて、ここぞの時にマスコミにリークする。首相官邸を仕切っている人間や元その任にあった者は、国会議員は勿論のこと、その家族一族郎党の秘密をすべて握っている。当然、マスコミ各社や、財界人たちや知識人、文化人、有名人、芸能人、ヤクザ者、警察内部、裁判所関係者、みんなみんな調べ上げている。24時間働いてますよ、なのだ。危機管理という名の元で、重箱の隅をつっつくよりしつこく調べる。個人タクシーは官庁の人間がタクシー券で朝帰りするのを狙って、ズラリと霞ヶ関に並んでいる。ロング一発! で売上げバッチリとなる。かつておしぼりとビールを出したりすることが問題になった。みんなもう忘れている。今は、アメ玉位らしい。男が女性を好きになる時代はもう古いが、執念深い女性とは近づかないほうがいい。何しろ決して忘れないからだ。あの時確か╳╳とか、あそこで確か╳╳とか、あの中で確か╳╳とか、一語一句を憶えている、ソーユー相手は人生列車を脱線させる。この頃は男と男、女性と女性の関係もそれほど秘密ではなく、社会に受け入れられている。ファイト一発! でよいのだ。しかし刑務所内では許されていない。マッサラ(新入り)の美男子、筋肉系は“リボンチャン”といって大歓迎される。新宿二丁目辺りでは、“タチとネコ”といっていた。“ゲイは身を救ける”のよと、まっ紅な口びるのヒトが言っていたのを思い出す。現代社会は新入社員をハレ物に触れるように大事に扱う。残業しろ、なんてもっての他。“痛くなったらすぐセデス”じゃないが、暗くなったらすぐ帰りましょうだ。それでも東海道線は新橋、品川からでは座れない。東京発でないと、酒臭い奴とか、ニンニク臭い奴とか、メチャ強い香水のヒトとかと接近密着しなければならない。痴漢と間違えられないように、両手をホールドアップする。チャイナヒゲを生やしたオッチャンの顔なんかが密着してくると、頭突きを一発入れたくなる。横浜まで行けばどどっと出て行って、座ることができる場合が多い。台風の影響で雨がじゃんじゃん24時間働いている。雨は天の命ずるままに雨降りという仕事をする。今は六月三日の午前五時十八分四十八秒だ。久々に名作「クレーマー・クレーマー」を見た。むかし見た時とずい分記憶が違っていた。ダスティン・ホフマンと、メリル・ストリープが若い。アカデミー賞を受賞したこの作品は、夫、妻、子ども、仕事、家事、性生活、子育て、ヒステリック、会社、出世、離婚という夫婦間の永遠のテーマをよく描いている。夫婦はきもちいい間は決して別れない。雨の中レインコートを着て、家のすぐそばのコンビニに酒一合を買いに行く。薬だけじゃ眠れないよと体が記憶しているのだ。丸っこい体のコンビニの主人が一人でいる。よく働くね、24時間働いてんじゃないのと聞けば、大丈夫昼にしっかり眠ってるからと言った。中国人がたくさん働いていたが、今はいない。キオスクにも、ニューデイズにもいない。時々、顔がムクんで、コロッケみたいにアブラぎっているオバサンがいるが、半分眠っているような顔をしている。そういや夕飯は何を食べたっけ、12時間位前のこと、そんな昔のことは憶えちゃいない。ニュースを見ると今日は大雨のち曇りのようだ。よし、これから八代亜紀の歌を聞こう。「舟唄」は朝からしみじみするので、♪~ 雨々ふれふれ もっとふれ……。のほうにしよう。それにしても、ルフィは誰れか(?) 元ガーシー議員は(?) ある党の女性区議会議員が、先日当選したが、メルカリでニセブランドを8000円で売って、選挙資金にしたとかで辞職した。なんだか切ない話だ。人手不足が深刻な時代となっているが、国会議員とか、県、市会議員は多過ぎだ。少子化問題も深刻だ、冗談でかつての“禁酒法”じゃないが、“禁ゴム使用法”をつくればと言ったら、バカじゃないのと言われた。そうです、私はつける薬もないバカなんです。離婚の原因の第一位は、性格の不一致と決っているが、性格が一致する訳がない。正しくは“性の不一致”だろう。私のかわいがっていた、後輩が世界水泳大会の金、銀、銅メダルのデザインコンペで、金メダルを受賞した。名は「小林大助」という。すばらしい男だ。個人会社名を「助太刀」という。いざという時声をかけてください。福岡にいます。(文中敬称略)



2023年5月27日土曜日

つれづれ雑草「盲亀流木」

旅の男には過去を聞いてはいけない。人間は一人ひとり背負うもの、思い出したくないもの、話したら命をかけなければならないものがある。ある旅を経た人を紹介してくれたのは、私の親愛なる男である。この男はあらゆる筋の人間と縁を結んでいる。その人脈は底知れない。いままで万金に値する人を紹介してもらった。その中の一人が銀座を捨てて密教の修行に入った。“想像を絶する厳しい修行”というありきたりの表現しかできない我が身がつらい。今では高名なお寺の住職となり、毎月一回タブロイド判の“◯△だより”が送られて来る。ご自身で書いて印刷されている。そこには毎号勉強させてもらう、仏教の教えといい話が書かれている。真白いアート紙に黒い活字の一文字一文字が、汚れた私の心を洗ってくれる。現在住職をするかたわら、高野山大学大学院に入り勉学にも励んでいる。過去に何があったかは聞いていない。第52号にこんないい話が書いてあった。「盲亀流木(もうきふぼく)〈有ること難し〉」大海に住む盲目の亀が百年に一度海中から頭を出し、そこへ木が流れてきて、亀がちょうど偶然にもその浮木の孔(穴)に出逢うという極めて低い確率の偶然性を表わす比喩譚。人間として生をうけることと、また仏法に遇うことの難しさをたとえる話とあった。人間として“有ることが難しい”「ありがとう」の語源なのですと書いてあった。私たち人間は偶然の中に生きている。生まれてすぐに命をなくす悲しい命があれば、99.9%命は危ないという中で生を得た神の子の命もある。117歳まで生きた命もある。それがよかったか否かは本人に会っていないので分からない。スポーツで鍛えた強烈な体を持つ金メダリストがあっけなく死ぬこともある。年に二回も入院して健康チェックをしていた健康オタクが、四十代でポックリ死んでしまう。なんでこんな話を書くかというと、私の恩人、知人、友人、親類縁者が、肝臓癌、子宮癌、胆管癌、乳癌、すい臓癌と闘っている。二十代から七十代まで。私には何もしてあげることができない。私は「盲亀流木」大海で流木の孔(穴)に出会った亀のように。どうか名医に出会ってと願うしかない。必ずセカンドオピニオンをと願うしかない。高名な大学の教授が名医とは限らない。現在の上皇の心臓を手術した教授は無名に近い人であった。私の友人の奥さんは、過食と拒食をくり返した。太っている時は80k以上、やせている時は30k台、その差50k、お金持ちだったので、有名大学病院を何院も訪ねて入院治療したが、原因はどこも分からずであった。どこで聞いたか山陰地方の大学病院の助教授を訪ねて入院治療をした。結果ウソのように治った。原因は教えてもらえなかった。患者は医師を選ぶ権利がある。米倉涼子主演の「ドクターX」ではないが、有名大学だから、お金持ちがいく病院だからで選んではいけない。私にはとても信頼している先生が二人いるので、その先生の命令に従う。これを書いている午前四時三十三分十三秒現在、眠ることはできない。原因が私自身の問題だからだ。外はかなり明るくなってきた。「ライトハウス」という映画を見た。モノクロフィルムで撮った最高傑作といっていい。ランボーの詩を映像化したみたいであり、ギリシャ神話の如くでもある。「ニューイングランド」の孤島にある灯台に、カナダで木こりをやっていた青年が、金を稼ぐために四週間働きに来る。そこには老人の灯台守一人しかいない荒れ狂う海、乱れ飛ぶカモメ、燃料に石炭を使う重労働、老人と青年とのうす暗い生活が始まる。食料を運ぶ船は四週間来ない。1881年頃に書かれた灯台守のマニュアルに従う。いままで見たことがない白黒の世界は宗教画のようでもある。二日続けてこの映画を見た。主演の一人が私の好きなウィレム・デフォーである。老人は言うカモメを殺すなと、海鳥は海の男の魂だからと。だがしかし青年は狂っていく。そしてカモメを殺す。そこに待っていたものとは。○╳一錠、○╳一錠、○╳一錠を服用した。朝刊がポストに入った音がした。読んでいるうちに少しは眠れるだろう。残念ながら酒はない。あの映画を見ていて思い出した。「盲亀流木」の話を。荒れ狂う波の中に亀はいたのだろうか。流木の孔(穴)に運良く入れただろうか。老人は言った。帆を操る海の男にとって、いちばん不運なのは、無風なんだと。人の命はすべて偶然に支配されている。神はいるのだろうか、信じる者は救われるのだろうか。灯台の光は海の男にとって神に近い。(文中敬称略)





2023年5月20日土曜日

つれづれ雑草「白い手袋」

とある男と、とある事で、とあるホテルのカフェラウンジで会った。五月十七日の水曜日、午後一時頃となると、広いラウンジは、オバさんたちでいっぱいである。とある話をするには、前後左右とにかくウルサイ。オバさんたちは、大声で話し、大声で笑う。マスクはしていない。開放感100%である。“ウルセイゾババァ”と心の中で思っているのは決して私だけではない。とある男は久々に会ったのだが、相変わらずオシャレであった。全体を黒でコーディネイトしていた。とある男と私はレトルトカレー10個分の値段のカレーライスを頼む。ドリンクのサービスがついているとのメニューを見て、アイスコーヒーをオーダーする。(食後に)とあるホテルはかなり有名だが、カレーライスは中村屋のレトルトカレー(中辛)のほうがずっとおいしかった。とある男との話に夢中になって、サラダを食べるのを忘れていた。オバさんたちの中にいる二人怪しい男は、とある芸能関係者とか、とある組関係者と思われていたかもしれない。とある男は先進のコミュニケーションの会社を経営している。ケチでチンケな男と違って、ずっとむかしから、仁と義を重んじている。かつて私の会社にて活躍してくれていた。私は、黒にグレーの文字が入ったパーカーを着ていた。外からは見えないが、腰にはぶ厚い腰痛バンドをしていた。舞台裏はすっかりジジイなのだ。とあるホテルのカレーライスは、CoCo壱番屋程度である。二十三、四歳の小柄な若いウエイトレスが、アイスコーヒーを持って来てくれた。顔にマスクはしていないが、両手には白い手袋をしていた。白い手袋で出されるアイスコーヒーは、劇薬のように感じた。私はマスクは外しているのに手袋はしているの、と言うとホントにかわいい顔をしていて、ハイと言った。彼氏と手を握るときは手袋を取るのと聞いたら、ハイ取りますと言った。とある男と私は、いいネ若い人はと言った。私の右斜め前に、六十代位の二人の男性がパスタを箸で食べていた。かなりつまんない顔をしていた。パスタと箸はイタリアへの侮辱だと思っている。寿司をナイフとフォークでみたいだ。やけにマッポ(警官)が多いなと思ったら、そうかサミット前であった。私たちのような業界の人間は職質を受けやすい。みんなトッポイかっこうをして、大きな鞄や袋を持っている。仕事で使うカッターなども持っている。G7サミットといっても、ルーズベルトやチャーチル、ドゴール、ヒトラーやムッソリーニに比べると、スケールが小さい。敵対する中国習近平に比べると、一軍と二軍位の差を感じる。我が国の岸田文雄プライムミニスターは、会社の接待部長みたいのように笑顔をふるまって、コマゴマ動いている。我々ビンボー人には関係なく、株価が高騰している。世界が日本を買い占めるのだ。ガラクタの兵器を増税によって買わされるのだ。とある男は、むかし懐かし、“鍋屋横丁”の和菓子の名品を持って来てくれた。中野坂上に住んでいる頃、自転車でナベヨコ(鍋屋横丁)にあった、小さな映画館によく行ったのだ。“横丁”なんていう言葉はすっかり消えてしまった。とある男との、とある話は、いずれ正体を現わす。正体といえば人はそれぞれ人には言えない、見せられない、とあるものを持っている。それは宿命であったり、運命であったり、宿や業(カルマ)である。とある歌舞伎役者は、天才的な才能と共に数多くの“とあること”を背負いつづけて生きて来た。それは死ぬほど辛いことであったのだろう。人間の心の闇は出口のないトンネルのようである。才能は凶器と同じで、磨けば磨くほど切れ味は鋭くなる。「子曰く逃げるが勝ち」と言う。とある趣味とか、とある愛人とか、とある過去は、誰れにでも少なからずある。はじめは処女の如く、あとは脱兎の如く逃げるのだ。誰れもいない荒野を裸足で走りつづけるのだ。“死んでやりなおせるものはない”生きて地獄の苦しみに耐える者にのみ、救いの手がさしのばされる。とある話をしている裏でG7サミットは、世界を軍拡への道へとひた走っている。ドサクサの中で日本では増税による軍拡予算が衆議院を通過した。軍需産業関係の株価はうなぎのぼりだ。核大国中国、インド、パキスタン、この三国を相手にG7は勝つことはできない。世界史の中で最も性悪の海賊国家、大英帝国の形を見ると、バリウム検査の時、胃の中に広がる黒い影とそっくりであった。とある話は純粋な青春の話だ。とある男とは、又なと手を振って別れた。鍋屋横丁の和菓子は格別にウマイ! それにしてもオバサンたちはウルサイ。人の命さえ奪ってしまう。(文中敬称略)


 








2023年5月13日土曜日

つれづれ雑草「山の中にて」

松本清張になったような気分である。奥多摩の御岳山その頂上近くの宿坊にて書いている。朝六時に自宅を出発して来た。山の天気は変幻自在である。憩山荘(いこいさんそう)にひと息つく。天気晴朗だったのが灰色になり、やがて黒々となり、ピカッピカッと光りドドーンゴロゴロと雷鳴が激しく私を出迎え雨がザザッと降り落ちてきた。雲に近いだけ雷鳴に迫力がある。推理小説の大家である松本清張のドラマだと、エリート官僚が浮気の相手である人妻を殺すために山の中に誘い出す。青梅線青梅駅、御岳山に登るケーブルが発着する滝本駅、そのケーブルから降りると、その先は急な坂道が曲がりくねる。人妻は指定された通りに行動して山荘を目指す。男は執拗な人妻の愛に我が身の行方の不安を積み重ねている。官僚にとって最大の関心はライバルより出世をして、肩書きが光り輝いていくことでしかない。そのためには利用できるものはすべて利用する。人妻は先輩の妻であり二人の関係が露呈すると男の家庭は崩壊し、出世どころかどこへとばされるか分からない。夫から逃避して情念の火がついた女性は、理性的であるほど激しく燃える。殺すしかない。あの場所であの方法で。宿坊の窓の外の墨絵のような幽玄的な風景を見ていると、なんだか気分が松本清張なのだ。コクヨの原稿用紙と万年筆がしばし作家気分にしてくれた。実態は自主映画制作のためのロケハンで来た。酷い腰痛なのでコルセットでがっちり固めている。プロデューサー、監督、マネージャー(小鳥のようにかわいい女性)カメラマン、メイキングを頼んだ仲間と一緒であった。超低予算の映画づくりは、みんなの支援金によって制作する。それ故いっさいの無駄はできない。この作品は私の遺作となるはずだ。グラフィックデザイン界の大巨匠浅葉克己先生に主役をお願いしている。相手方となる女優さんは私がぜひと願っている人、前向きに検討してくれていて、最終的には脚本を読んで決めますとのことである。もう一人鍵を握る男役には、イメージ通りの若い俳優さんが出演をしてくれる。撮影は九月を予定している。それまでは資金集めとなる。私の懐には残がない。寒風が吹きつのっているのだ。京王電鉄グループの元御岳山登山鉄道の社長さんだった人が、ずっと以前から協力をしてくれている。善い人の見本みたいな善い人で、長いおつき合いをしていただいている。世の中には「金」にしか興味なく、「金」しか信用せず、自分のため以外には、金を死んでも使いたくないという人間も多い。当然芸術などへの関心もないのでクラウドファンディングに参加してくれない。それはそれで、その人の生き方哲学であり、私のようなバカな人間は学ばなくてはならない。広告業界の絶対的存在、“人間国宝”ともいえる親愛なる一人の侠(おとこ)が、ゴッツイ支援をしてくれている。何も言わずコレを好きなように使ってくれ、と言ってくれたこの侠のためには、命をかけねばならないと心に誓う。御岳山の中には山の掟がある。作家浅田次郎さんの従兄弟の方が親切に相談にのってくれている。カンヌ国際映画祭の短編部門や国内での映画祭を目指す。上映会もアチコチでしたいと思っている。天才中野裕之監督の作品と共に。浅田次郎さんの従兄弟の方によると、山の中に来るのは山登りを楽しむこととか、御嶽神社にお参りに来る人たちだけでない。会社をリストラされた人間や、人生に追いつめられた人間も多い。スーツに鞄を持って山に来て時間をつぶす。きっと女房子どもには出社していると言っているのだろう。そんな人間の中から、頂上からずっとずっと下ったところにある滝のそばで“自裁”する人間が出ると言った。人生とは残酷なものである。金さえあれば倒産も破産もせずに、自裁せずに済んだはずだ。世の中は銭ゲバが生き残る。(但し地獄に堕ちる)やはり松本清張的世界の話があるのだ。“死を人質”にとった作家といわれるのが、太宰治である。何度も無理心中をしたが、それは小説のネタ探しでもあった。蜷川実花監督の映画「人間失格」を出発前に見た。太宰治役を小栗旬が演じていた。ファーストシーンは、無理心中して女性は水死するが、生き残った太宰治が“やばかったな”とうすら笑いするシーンだ。もと文学少女や知性とか理性あふれるお金持ちの女性や、家柄や社会的地位の中で生活している人妻や、未亡人などが、太宰治的破滅型の男に命をかけてしまう。銀座のホステスさんみたいに、したたかに逞しく生きている女性は、ちょっとやそっとでは体を許さない。お客は大切な金ヅルだから、手も握らせない。その客が飛んでしまうまで(会社を潰す)小鳥のようなさえずりとモナリザの微笑で誘惑をつづけるのだ。不貞が多いのは圧倒的に堅気の女性だ。三十代、四十代。五十代の人妻は、欲求の不満とエラソーにする夫への不平と、その先に夢も希望もない目の前のオトコに、熱気を感じない。そして松本清張の作品の主人公となる。青梅駅→八王子駅→橋本駅→茅ヶ崎駅と電車を乗り継いで我が家に着いた。足腰がヘロヘロ、ガッタガタ。日本中が地震でゆれている。何か不吉な予感を感じているのは私だけだろうか。(文中敬称略)










2023年5月1日月曜日

ゴールデンウィーク中の休筆のお知らせ

 連休明けまで休筆いたします。皆様、よいゴールデンウィークを。


2023年4月25日火曜日

つれづれ雑草「川は流れる」

やんごとなきこと数多き日々、解決の糸口はなきに等しき事、いろんな難問が滝つぼに集まる水群のごとく流れ落ちてくる。やんごとなきことは、労多くして実りはない。♪~ 夜がまた来る 思い出つれて おれを泣かせに 足音もなく なにをいまさら つらくはないが 旅の灯りが 遠く遠くうるむよ……。と小林旭の歌などを聞く。♪~ 涙じゃないよと 言いたいけれど こらえても こらえても まつ毛がぬれる 君よりせつない この俺なのさ だから笑顔が ほしいのに さよならが さよならが 霧にむせぶ夜……。黒木憲を歌う。日本酒の「真澄」を一合飲みながら、♪~ 命に終わりがある 恋にも終わりがくる 秋には枯葉が 小枝と別れ 夕べには太陽が 空と別れる 誰も涙なんか 流しはしない 泣かないで  泣かないで 粋な別れを しようぜ……。石原裕次郎の歌を聞く。ミックスナッツの袋から次々とナッツを出し口に入れる。やんごとなきことの先にはもっと、やんごとなきことが待っている。長いトンネルを抜けると、そこはもっと長いトンネルだったとなる。♪~ 義理と人情を 秤にかけりゃ 義理が重たい 男の世界  幼なじみの 観音様にゃ 俺の心は お見通し 背中で吠えてる 唐獅子牡丹……。高倉健を聞く。男は、「仁」と「義」と「筋」と「道」に命を懸けねばならない。若かれし頃ならば、体は命じるほどに動いたのだが。♪~ 病葉を きょうも浮かべて 街の谷 川は流れる ささやかな 望み破れて 哀しみに 染まる瞳に たそがれの 水のまぶしさ……。仲宗根美樹の歌を聞く。ある人は心冷たく ある人は好きで別れて 吹き抜ける 風に泣いてる。やんごとなきことばかりのこの世の中で、私自身がやんごとなきのことの中にどっぷりといる。私はYOROZU相談室をやっているが、私のYOROZU相談を聞いてもらえる人はいない。この身に流れる血の源は、仲間を裏切ったアノヤロー、今度会ったら必ず地獄の底まで道連れにしてやるという気迫だ。それがずっと私の心の支えだ。苦しみを共有する、楽しみも共有する。一人だけいい子になってはイケナイ。裏切り者が我が世の春と思っているところに、突然現われる。ある年、ある日突然にだ。暴力を使うことは決してない、ただ相手が来れば応じるだけだ。スイセマセン、ワルカッタです。この一言があればいい。それで仲良しになれる。やんごとなきことには、“裏切り”が多くからんでいる。それは、親子であり、兄弟姉妹であり、親の友と思っていた仲であり、誰れから見ても仲良き夫婦だったりする。親族一同はやんごとなきことの主役でもある。財産のある人間が死ぬと、法定相続人と称して、やたらに親族が増える。死体に群がるハゲタカやリカオンのように。昨日の敵は、今日の友、敵の敵は味方とばかりに、財産に群がるのだ。やんごとなき男と女の関係をどう切り離すか。これほどの難問はない。東大の入試より、司法試験よりも難しい。強力なアロンアルファで結びついた強固なものは、KURE CRC5-56をいくら注入してもスパッと別離しない。ならば自由にせよと思うが、やんごとなき相手は、DVを得意とし、その相手はDVを受けて耐えることを愛だと信じている。そして、それはある種の快楽となっている。今まで決して手にしてこなかった、大江健三郎さんの本を読んだ。先日亡くなったノーベル賞作家の本は、難解を極めていると聞いていた。「万延元年のフットボール」のページをめくった。本文全448ページ(解説別)どんな本かいなと読み出すと、11~12ページにこんな一文があった。 この夏の終りに僕の友人は朱色の染料で頭と顔をぬりつぶし、素裸で肛門に胡瓜(きゅうり)をさしこみ、縊死したのである。やんごとなきことであり、この一冊の本がこれからどうなっていくのか、期待を大いに与えてくれた。一日30ページずつを課して、昨夜読了した。無学の私には読めない漢字ばかりであり、辞典を横に置いて読んだ。四国のある山村で起きた一揆の話があり、その背景には朝鮮人への差別があり、フットボール(ラグビー)のチームをつくっている谷間の若者たちの暴動がある。生んだ子は生まれながらやんごとなき状況にある。妻と弟との姦通。弟と妹との少年少女時代からの近親相姦。暴徒の犯す集団の罪の連鎖。さすがに読みごたえがあり、その後、放心状態となった。今、この国はやんごとなき世になっている。夫婦がキャンプを楽しんでいたら、そこに巨大老木が倒れてきて、妻は死んで夫は重傷となった。何が起きるか分からない世の中である。銀座のママが参議院議員となった。その差わずか300票。“復讐は最高の健康法だ”と言った映画があった。“贅沢は復讐”だと書いた本があった。今の私を支えているのは、自分のケジメをどうつけるかである。私は今、大好きな船村徹の弾き語りを聞いている。♪~ 泣けた 泣けた こらえ切れずに 泣けたっけ……。チクショウ! 人生、負けてたまるかだ。(文中敬称略)




2023年4月22日土曜日

2023年4月15日土曜日

つれづれ雑草「長屋の食事」

ずるずるずるずる……と、情緒のない雨が降りつづいている。こういう雨はじつに気分が重くなる。そうでなくても気が晴れるようなことがない。昨夜息子が食事に来て、インテリアの仕事をしている知り合いが、コロナに感染して、肺炎を悪化させ、四十八歳の若さで急死したと言った。中学一年の子がいたという。なんと悲しいことか。下火になったとはいえ、コロナを甘く見てはいけない。“マスクは「自主的判断」にまかせます”みたいなことになるが、日本人はこのような判断がもっとも苦手な国民である。“お上のいうこと”に従ってさえいればいいんだという習性が身についている。お殿様、御奉行様、御代官様、御役人さんの指示にずっとへいこらと従ってきた。それは何かあった時に、お上の指示に従っただけだという逃げ口上に使える。日本人ほど好戦的な体質を持っている国は少ない。より好戦的なのは、中国と韓国民だろう。日本の文化はこの両国から教わった。共通しているのは、中→韓→日と伝わり、共に、人海戦術で、徹底的に殺し合う。英、仏、米、露、独、オランダ、スペイン、トルコなどは、殺すより生かし奴隷にして、こき使い産業を生み植民地化する。すべてビジネスなのだ。金儲け第一主義だ。戦争の時上官は部下に情況は自分で判断しろ。そして“生きろ”と命じる。日本軍は違う自主的判断は許さず上官は生き恥をさらすな、そして“死ね”と命令する。この国の民は、何より周囲の眼を気にする。体面や世間体を気にする。欧米は生きて帰ることが名誉であり、この国は見事に死んで帰ってこそ名誉となる。なまじ生きて帰ると“村八分”にされた。小さな手帳を持ち、「聞く力」を持ってと言って、芝居がかったデビューをした岸田文雄総理大臣だが、聞く力は国民の声ではなく。米国の声、官界の声、財界の声、今なお安倍派を名のる大派閥の声ばかりを聞いて、軍事費増大OK、原発再稼働OK、カジノ賭博OK、俺の辞書にNOはない、とばかりにあの安倍総理でもOKしなかった重要案件を、オッパッピーと、かってに流行った、パンツスタイルのノリでOKの大連発だ。オッパッピーの小島よしおさんは極めてインテリである。岸田総理はどさ回りの旅人のように点数稼ぎのために、諸国を回ってサミットを迎える。“俺は政局に強いんだ”が自慢のようだが、実は酒の方が強いらしい。和歌山県で選挙の応援中、24歳の若者が何かを爆発させたと、ニュースは伝えている。岩手県六戸では92歳の男が、放火殺人で5人を焼死させたと伝える。幼い子まで殺めるという残酷さに身が震える。自主判断ができない体質の日本人に、これからどんな争い事が起きるか想像もつかない。私は声を大にして言いたい。“死ぬな”“生きろ”そして、殺されるな。私はもう十分過ぎるほど生きているので、命に未練はない。むしろみんなに迷惑ばかりかけてるこの身を恥じる。がどうしても作りたい映画がある。たくあんだけにかじりついても、後世に残したいメッセージがある。いよいよスタッフが決まり、キャストも決まりはじめた。仲間も集結しはじめた。制作費を生み、貧乏に耐えるために、この頃は、メザシと納豆だけ。塩鮭と味噌汁だけ。とろろとカツオ節だけ。こういうメニューの食事をつづけている。江戸時代の長屋の住人の食事を見本にしている。今日はブリのカマと冷奴。早朝、何人かの恩人、知人、友人の健康を祈って、眠り薬と一合の酒を飲む。三時間は眠れるはずだ。楽しみにしていた少年野球の試合は中止だ。20数年前の名作、リドリー・スコットの「ブラックホーク・ダウン」を見る。ソマリアの内戦に米国が介入して失敗した戦争だ。ベトナム、コソボ、イラン、イラク、アフガン、米国は内戦に介入しては軍事ビジネスを栄えさせた。今はその力は無い。世界の番長は中国になった。米軍の主力ヘリコプターの名が“ブラックホーク”であった。先日何かのアクシデントで海に消えた自衛隊の主力ヘリコプターは、ブラックホーク型だという。軍事費を増大して米国の中古品を買わされるというパターンはずっと続くのだろう。後期高齢者の保険料がさらに上がるという。ふざけんな聞く力と言いたい。知り合いの魚屋さんに聞くと、メザシも塩鮭もロシアとか中国からの輸入品、うまそうな蛸だねと言ったら、モロッコ産だとか。鯛のアラ、ブリカマを買った。海老が旨そうだったがメキシコ産だった。魚屋さんはもう一軒しか残ってない。首に難病のある12歳の中学生をロッテ球団が入団させた。こんなステキなニュースを見ると、気分はハレバレする。(文中敬称略)