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2011年7月8日金曜日

「無頼にあらず」


その日私は渋谷東急文化村の1階ギャラリー脇のラウンジにいた。

知人や友人や後輩と一緒であった。「昨日の情熱大陸みました?」と聞かれたので、「ああ、ホテルの一室で見たよ、伊集院静だろ」と答えた。


格好良かったですね無頼派はと後輩。

うちの女房達が格好良かったと友人が言う。私は応えた。何言ってるんだ、大体広告界では使い物にならなかったコピーライター上がりが小説を書いてその気になっているんだ。

例えば林真理子や石田衣良、山本一力等その数たっぷりだ。「無頼派」を名乗るにはちょっと役不足だ。織田作之助、壇一雄、坂口安吾、太宰治たちと比べようがない。


まず無頼派は「山の上ホテル」等の高級ホテルを定宿にしない。

まず無頼派はグリーン車に乗って女房の待つ家になんて帰らない。

まず無頼派は、君飲み代持ってるの?風俗代持ってるの?なんて優しい声を掛けない。

まず無頼派は何本もの連載原稿を抱えたり数多くの講演等をしない。


気になったのは麻雀大好きという割りにはその手捌き、牌のツモリ方が素人だ。

私のように麻雀で生計を立ていた。プロから見るとモーパイ(手で触っただけで判る)が出来てなくツモってチラッと牌を見る仕草は勝負に弱く、気の弱い打ち手がやる事だ。

無頼派を名乗るには、1.女性にたかって生きる、つまりヒモになる。

.あちらこちらに女性を作り火宅の人となる。

.人の金の事など気にしない(何しろ金が無いのだから)

.気の利いた家などにすまない。自分の名入りの原稿用紙などを使わない。

.美人芸能人などをナンパしない(金がかかる)

.毎日ファッション等に気を遣わない。


等々、無頼派は駄目な、どうしようもない、救いようのない、金もない、ないないづくしでないといけない。徹底的に堕落した男のみに与えられる名誉ある称号なのだ。

まだ未熟の徒、「本物の男」とはとか「大人の流儀」とかを書いて出版社のお先棒を担いでいては何おかいわんやだ。そもそも無頼派は「私は何故モテルのでしょう」等という様な最低な言葉を発しない。


何より無頼派は文章が上手くないといけない。もっともっと遊んで月謝を払わないと行けない。

すってんてんになるまで。一度や二度はヒモになった女性に刺される位でないと駄目なのだ。


同居した女性や家族、借金を踏み倒した友人知人、ツケを払わないお店に蛇喝の如く嫌われる。

だがしかし決定的には捨てられない何かがある。この「何か」が無頼派の魅力なのだ。残念ながら私は無頼的ではあったが遂に無頼派にはなれなかった。まるで役不足であったのだ。

何しろ人から奢ってもらったり、人から金を借りるのは大の苦手なのだから。(つまり見栄っ張りなだけ)


人から聞いた話だが伊集院静氏は大変な筆マメで手紙や礼状をしっかり書く男だと聞いた。それは時として巻紙?であったという。まてよならばやっぱり人たらし。モテルかも。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

伝統のサントリーの、新入社員への新聞コピ-。
開高建から、山口瞳ときて、いまは、伊集院静がかいてます。
伊集院さんは、無頼というよりは、五木寛之さんに似てます。
数年後には大人の流儀は卒業して、悟りの世界にはいられるじゃないかとおもいます。
人生の処世術が似てます。お二人は、東京から妻の実家に住むのも同じです。
伊集院静さんは、日経新聞にサントリーの社史のような小説をかきました。東本さんのいうとうり、人滴なんでしょう。