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2011年7月20日水曜日

「レソワイナ→それはない」



ヤクザ者の世界ではそれはないをレソワイナという。

その夜八時二十五分、外は台風6号の影響で不快指数100%気分であった。

銀座砂場というおそば屋さんに一人で入った。

グラスビールを二杯と天盛りを頼んだ。車海老一本、穴子半身、ししとう二ヶ、椎茸一ヶである。

合計2300円を支払う時随分待たされた。イライラして前に詰まっている50代位の会社員風のオッサンに言った。早くしろと、オッサン達は7人であった。

伝票を見ながら俺はモツ煮と枝豆とビールと冷やしたぬき、俺は板わさと天盛りともり一枚、俺はカツ煮とおでんとざる一枚とか、それぞれ払っていくのである。オバチャン達じゃあるまいしと思った。


若い女の子なら微笑ましい。不良やヤクザ者の世界で絶対有り得ないのが割り勘である。

天と地が引っくり返っても有り得ない。又、自分が誘った店の勘定を人に払わせるとか、自分が飲んだ物、食べた物だけを支払う等という事は太陽が西から昇っても有り得ない。

ヤクザ者は恥をかけない。例え女房を質に入れても、惚れた女を売ってでも支払う金を作らねばならない。


あいつは器量があるとか、あの人は器量人だという事は金の離れが格好いいか悪いかで決まる。当然器量のある人にはいい若い衆が集まる。


汗で毛が頭にへばり付き、残り少なくなった頭からアルコールが蒸し上がっている。

多分二時間以上は居座っていたのだろう。

会社員はいいね、割り勘有りだからなんて事は思わない。

私は割り勘で酒を飲む人生だったらとっくに死んでいるだろう。


「なんでいつも貴方が全部支払うの、一番年下なのに」と一緒になった頃愚妻が言っていたのを思い出した。バカヤロー俺は男だぞ、割り勘で酒が飲めるか、そんな俺の姿を見たいのかと言ったら黙ってしまったが、何格好つけてんのよと言っている風でもあった。オイ、手前バーゲンや丸井の服着てんじゃねぇ、高久か三峰位にしろ。ヤクザ者はなぁ気取りも器量の内なんだよと怒っていたヤクザ者を思い出した。


待たされている4,5分に色々思い出した。ある有名な武闘派の親分がいた。

札幌で自分の若い者が二人殺された。若頭は直ぐに返しをするために親分に金の準備を頼んだ。親分は言った、何であんな小僧たちの為に大事な金を使わないといけねえんだと。その親分はその後若頭以下若い者に引退しないと命をとると言われて引退し堅気になった。ケチでチンケな親分として汚名を残し今もひっそりと預金通帳を抱いて生きているらしい。


命と金、仁義と金、筋と金、恥と金、女と金、全ては割り勘では済まされない。

私はヤクザ者でなく堅気であるが生涯一度も割り勘はなしで生きている。


会社員達7人の合計は21,200円であった。それぞれが払って行った。会社員の一人当たりの一ヶ月のお小遣いは平均38,000円であるという数字を思い出した。それにしても蒸し暑い夜であった。


この頃のヤクザ者はカードを格好良く切るが私はずっと「オント」つまりヨロシクでやっている、いわゆるツケである。初めて入ったところでもここへヨロシクでやっている。

最も安い飲み屋は別だが、何格好つけてんのよと言われても仕方ない。

それしか知らないのだから。


もうすぐ年金暮らしか、どうすんべえかと悩みは深い。


この夜私の大好きな役者「原田芳雄」が死んだ。

骨と皮になって、あの松田優作が兄と慕った誰からにも愛される希な芸能人であった。原田芳雄の家の忘年会は芸能界一の賑わいで有名でありそこに居る佇まいは人徳の生き姿であった。この人にかつてナレーションを頼んだ事がある。私の敬愛する仲畑貴志氏の言葉であった。「ごちゃごちゃした時は、原点に返れ」であった。


男の中の男は原点に帰って行ってしまった。

バックミュージックはトムウェイツのブルースだろうか。

あんな姿で逝くなんてレソワイナだ。

合掌。

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