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2011年7月27日水曜日

「ぴあでない一日」

平凡パンチ、ブルータス、アンアン、ノンノン、クロワッサン、スポーツナンバー、雑誌文化は若者達にとって№1の情報発信の基地であった。


中でも1972年に発刊された「ぴあ」はその最大最高の情報源であった。

しかしかつて60万部近くあった部数は6万部に減ってしまった。

1972年は沖縄返還、日中国交回復へと向かっていった年であった。


とここまでは冷静に書いているが本音はこうだ。


えっ「ぴあ」が家に配達されない!関東地区休刊!何!インターネットがあればいいだって!?それじゃ私みたいにパソコンも携帯もITと名の付く物、何も持っていない人間はどうすんだよ。毎日映画館や劇場やコンサート会場やライブ会場や展覧会会場や末広亭や鈴本演芸場など一つ一つ歩いて探せって事な訳?そりゃない、ヒドイ、ムゴイ、ザンコクではないか。


両足骨折した者が頼りにしていた松葉杖を引き取られた気分だ。あーあ、どうしよう。

前途は真っ暗闇ではないか。

アイラブぴあ、アイニードぴあだったんだよーんと大泣き状態だ。


私はネット社会が非常に弱い。歩きながら携帯、話ながら携帯、食事中も携帯、何もかもながら携帯だ。ぴあのない人生なんて美しい裸を見てもたたない人生、美しい建築物を見てたたない人生と同じだ。(いい建築物はとてもセクシー)


私はいま足腰がたたない程打ちのめされている。

毎週日曜日一週間分のスケジュールをぴあを見て決めていたのだから。

もう天才達、超一流達、超二流の尊敬する忘れていた芸人達。明日へ成り上がる夢を持ちマイクに向かう若者達に会えないのだ。大好きなダンディ坂野にも松鶴千とせにも、オジャマしますの南州太郎師匠にも会えないのだ。


おれがむかし英語だった頃、妹は単語だった。兄貴は駅前留置でおふくろは駅前留学だった。「分かるかな〜分かんねぇーだろうな」この寂しい気分。



銀座松屋斜め前の教文館書店の入口で最終号を売っていたが意地でも買わなかった。


この夜東電OL殺人事件のゴビンダ受刑者の冤罪の可能性が出て来た。

ネット上では殺された東電OLの会社での直属の上司は現、勝俣会長であったと、ヒョッとしてもしかして大騒ぎになっていると聞いた。何故今この時期に、何かがあるのでは?と。



神様やってない!神様助けてください!と法廷で叫んだゴビンダ氏は14年間獄に入っている。私は佐野眞一氏の著書を読んだり他の本を読んで冤罪だと言い続けて来た。

そうか、ぴあではこういう話は教えてくれない。ネットの書き込みは大マスコミより断然真実が多い。何しろ真実を知っている人間が書き込むのだから冤罪はない。


つまり情報は「PURE」「純粋」なのだ。

2ちゃんねるというのに書き込む人達もっと勇気を出して決然と言えばいいのだがきっと闇から闇へ消されるだろう。何だか一日中ぴあでない日であった。

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