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2013年5月27日月曜日

「カイロかな」

垣添徹著 美しい黒星



何年か前あるドキュメントフィルムを見た。
東北新幹線が開通し、上野駅は通過駅となった事に対して上野駅に思いを込める人々を紹介するものだった。

「ああ上野駅」今は亡き井沢八郎の高い声が流れる。
♪どこかに故郷の香を載せて入る列車の…上野は俺らの心の駅だ〜。

上野駅に入る列車を懐かしむ初老の男、彼はかつて集団就職で上京した。
中学を出ただけの彼は苦労に苦労を重ね遂に上場企業の社長となった。
辛い時、苦しい時、逃げ出したい時、何度も上野駅に来たという。

北島三郎の歌に「帰ろうかな」という曲がある。
確か永六輔作詞、中村八大作曲。世に言われた、六八コンビの名曲だ。
♪淋しくて言うんじゃないが 帰ろかな帰ろかな 故郷のおふくろ便りじゃ元気 だけど気になるやっぱり親子 帰ろかな帰るのよそうかな〜と。

故郷を離れて東京に出てきた人間は錦を飾って変えるまではと思いつつも何度も帰ろかな、帰るのよそうかなを繰り返す。

ある詩人は言った。「故郷とは、帰れない処なんだよ」と。
このところ大相撲の力士と共にする事がある。 
61日の断髪式でハサミを入れる。元小結であった。
最後は幕下22敗目であった。

幼い子二人に勝つ姿を見せたかったと土俵に上がったが七戦全敗であった。
最後の土俵で敗れた父親に対し幼い男の子と妹、そして妻は大声でガンバレ、ガンバレと声援を送った。

私がお世話になっている広告代理店の社長は山形から出て来て立派に会社を成長させた。今どきどこにもいない情の深いロマンチストだ。
二人でこの力士親子の話を一冊の本にして残そうと考え、形にするお手伝いをした。

本の企画、カバーデザインのディレクション、本の題名、腰巻のコピーを書いた。
友人の須田諭氏が構成をしてくれた。後輩のデザイナー三宅宇太郎君が期待に応えいい装丁が出来た。

524日夜、三人で小さな博多ホルモンの店に行って鍋を囲みささやかな出版祝いをした。朝から何も食べていなかったのでゴボウやキャベツやニラやネギがみそ味と共に独特のいい味を生んで旨かった。子どもの様に一気に食べてしまった。
力士ならちゃんこ鍋だ。

人間辛抱だと言ったのは土俵の鬼と言われた初代若乃花だ。
相撲は十五日間全部勝てば全勝。現在の最強横綱白鵬が最も多く10回。
何はともあれ力士は8勝7敗を目指す。
つまり勝ち越しだ。人生も同じ全勝はない。勝った負けたの繰り返し。
終わってみたら8勝7敗、一つの勝ち越しなら最高の人生だ。
 「自分を褒めてやれるのは自分でしかない」という。

今場所大獄(おおたけ)部屋の幕下力士、大砂嵐金太郎というエジプト出身の力士が7戦全勝で来場所遂にアフリカ大陸初の関取(十両)となる事が確実となった。カイロでは親兄弟がブラウン管テレビの前で大声援を送っていた。大破嵐は横綱になりたい。
それまでカイロにはカイロとは思わないと心に決めている。

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