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2016年2月26日金曜日

「グエン・アオキ将軍」




あと10分か15分行くのが遅かったら戦友に会えなかった。
今日は早く帰ることにしようと思い仕事場を出た。外はやけに寒かった。
セーターの重ね着をして、その上にオーバーコートを着て体がゴロゴロしていた。

外に出て歩き出すと、頭の中に家に帰ろうという気持ちとヴァニラ画廊の「宮トオル遺作展」に行こうという気持ちが交差した。
初日(22日)に顔を出し、2324日と行けなかったので気になっていた。
確か今日は奥さんが来ている筈だと思い、足は一気にヴァニラ画廊に向かった。

三原橋の交差点を渡り新橋方面に向かった。和菓子の「おめで糖」を売る店が目印だったがそれが見つからない。工事現場となっていた。
おっとココだとヴァニラ画廊に入った。地下二階である。
午後五時十五分頃であった。

会場は二つに別れている。
画廊の女性が、奥さんとご友人が来てますよと言った。記名帳を見ると青木勤と書いてあった。
えっ、青木さん来てくれたんだ(案内状を出してあった)と声を発すると、画廊の女性が裸婦画の方に未だいらっしゃいますよと言った。
えっ、いるのと言って戦友と会った。ウァー、イヤー、ドヒャーとなった。

青木勤さんは大手広告代理店の取締役制作局長だった。
体は小さいが根性は抜群、泥沼のような乱戦、混戦、難戦の戦いになると、俄然パワー全開となる。
オレ、モメゴト大好きとなるベトコンの隊長の様になるのでグエン・アオキさんと言った。

ややこしいクライアント、うるさいクライアント、エバリくさるクライアントの仕事や絶対に負けられないプレゼンを背負い、グエン・アオキさんは戦い続けた。
いろんな仕事をご一緒させてもらった。連日ほぼ完徹、完全なる完徹、半徹、完徹を繰り返し勝利を勝ち取った。
敗けたらチキショウ次は絶対にとやたらに面倒なクライアントの仕事をやった。
お互い若かった。目茶苦茶仕事が楽しかった。三十数年の戦友であった。


青木勤さんとおでんのお多幸に行って、あの頃、あの日、あの事、あのヤローの事、あんちくしょうの事、あの人のことなどを語り合った。
家に帰っていたら会えなかった。
画廊の中で奥さんと青木勤さんとで絵について語り合った。
青木勤さんは現在水彩画の達人として二年に一度銀座で個展をして、ほぼ完売する人気作家なのだ。

おでんとお酒で気持ちよくなり新橋駅まで一緒に歩いた。
青木勤さんは千葉流山まで帰る。
会えてよかったよ、よかったと握手して別れた。戦友は徹底的に戦った中でしか手にできない。

グエン・アオキ将軍の次の個展を楽しみに待つことにする。画伯のご来場に心より御礼を。

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