敬虔なクリスチャン良家で育った高貴で理知的な美しい女性が、実直で清廉な医師と結婚する。親は御祝いに金の食器を贈る。
医師夫婦は自分の故郷で患者を診る生活へ入る、いつかは開業しようと。
都会で育った美しい夫人は村の評判となる。
あざとい商人が来て、家具やカーテンや敷物、衣服や宝飾品を売る。
支払いはいつでもいいですよと。何故なら医師には遺産相続する土地があるから。
美しい都会の夫人にとって、村の生活は退屈でしかない。
患者の治療に尽くす夫、生活の事は召使いがする。
やる事といったらピアノを弾くことか、クッキーを焼くこと位しかない。
そんな夫人にとって結婚は不幸せでしかない。
村の有力者の男はそんな夫人に言い寄り二人は激しく関係する。
商人から次々と着飾る物を買う。が、激しく迫ってくる夫人は男にとって重荷になり夫人を捨てて村を出る。
やがて夫人は都会から旅に来ていた若者を求める。
そのためにまた商人から物を買って着飾る。
夫の目を盗み都会に出て若者の職場まで行く。若者はそんな夫人を追い払う。
職場の上司から不倫なんかしているとクビだと言われて。
傷心の夫人が家に帰ると夫は商人に請求書を突きつけられている。
借金はいつしか莫大となっていた。
支払いはいつでもいいと言ったでしょと言うと商人は、冗談ではない自分だって厳しいんだと言う。そして有力者の男が村に帰って来ているから金を借りればと言う。
夫人は男のところに行き借金を申し込む、あなたはずっと私を抱いたでしょと。
男は君に貸す金なんかないと断る。
夫人は差し押さえられすべてを持って行かれた家の中に、隠しておいた金の食器を持って商人のところに行く。だが商人がくれたのはワンコインだけだった。
夫人はもう自分の体しか売るものはないと商人を誘うが商人はつれなく突き放す。
“退屈”ってものは高くつくと。夫人にとってやることは一つしかない。
昨日深夜ヘドロのようになった頭の中を浄化するために、借りて来ていた「ボヴァリー夫人」を観た。
美しい女性を妻に持つ世の男性よ、変化を見落とすことなかれだ。
“退屈”と“愛”に気をつけるべし。何、ウチの奴は不細工だから心配ないだと、バカモノめ、女性は顔じゃないんだよ。
午前四時五十三分三十二秒、いつものグラスに酒を注いだ。
つま味は小アジの南蛮漬けを四匹。