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2012年5月21日月曜日

「定食の名はシネマ」




日曜日床屋さんに行った。月に2回が決まりだ。
その日愚妻が弁当を作って置いて出掛けた。床屋さんに行くと少々お待ちをであった。

丁度昼頃朝ヨーグルトだけだったのでお腹が空いてきた。
床屋さんの三軒隣に「一喜」という居酒屋がある。昼はランチを出している。
確か店先の小さな黒板に白墨で、鯖塩焼き+コロッケ+味噌汁780円と書いてあったのを思い出した。

家に帰れば弁当があるのだが(弁当はよく作る)鯖塩焼きが気になった。
この頃鯖の塩焼きの旨いのはとんとごぶさただ。ノルウェー産が一番脂がのって旨いのだ。
銀座の阪急百貨店の裏通りに鯖塩焼き定食の専門店があったのだがどうやら閉めてしまったと聞いた。

床屋さんにちょっと「一喜」で昼飯食べて来るわと言って出た。
昼はオジサンとオバサンの二人。鯖旨いかと聞けば、マアマアかなと応える。L字型になったカウンターに座る。
左隣に中年オジサン一人(隅っこ)右斜め前の四人掛けのテーブルに若いカップル一組であった。

鯖塩焼き定食を頼む。
スポーツ新聞があったので読み始めると左から聞き慣れた音楽というより映画の主題歌が流れて来るではないか。
「およしなさいよむだな事~」座頭市ではないか。隅っこのお客の左斜め上に病院のベッドサイドに置いてある位の大きさの液晶テレビで座頭市が始まったのだ。

右目はスポーツ新聞、左目は座頭市、頭の中は鯖塩焼きとなっていた。
時代劇専門チャンネルなのだ。私もよく見る。CMなしでしっかり見れる。
中・高年第一線引き下がり、カネなし、ヒマあり、やること浮かばずの人気のチャンネルだ。

二十分ほどして鯖塩焼きの登場、レンジでチンではなくちゃんと焼いてある。
「オメェーは座頭市か、ヘエそうでやんす。アノー今サイコロの目は五と二の半ですよねといえば、このドメイラ何処を見てやがる四と二の丁だと中盆はいう。イケマセンやアッシーみたいなヨワイモンオダマシタラ、ナニコノヤロー」なんてぐいぐい聞こえてくる。もうその目は座頭市に釘付け。懐かしいな座頭市、第一話は荻窪大映パルサスで観たのを思い出す。

鯖塩焼きはすっかり冷めてしまったし、コロッケもしんなりしてしまった。
箸を持ったまま画面に食い入る。勝新太郎は座頭市になるために生まれてきた様な役者だ(兵隊やくざと悪名も最高)

すっかり映画に一喜一憂していると床屋のおばあちゃん「アノォーお待たせしましたどうぞ」とドアを開けながら言った。
 おばあちゃん今いいとこなんだよ、これが終わったらいくからと言った。
そしてそれから一時間半座頭市物語となった。

何、この後は市川雷蔵の「眼狂四郎」、その後は江波杏子の「女賭博師」と続くらしい。
出るに出れない。オヤッ隅っこでチャンネル権を持っているオッサンに特製のラーメンとご飯が出た。
黒板のメニューになし。どうやらオッサンはほぼ三食ここで食べている様だ。紙袋から自分で持ってきた明太子を出した。負けてんなやっぱり毎日来ている人には。

「一喜」にはシネマという絶品の定食がある。

2012年5月18日金曜日

「親切の国」


※イメージです


私の知る限り世界で一番頭がよくて、ズル賢くて、不潔でスケベで食いしん坊で全て理解不能な国は中国人でしょう。
次はフランス人、意地悪です。中国人とフランス人は驚く程似ていて仲良しです。
その次はイギリス人、ビールの小瓶一本で一晩持たせる程ケチンボです。
気が短いといえばアイルランド人。時間を守らないのがアッラーの神の国。
最も日本人は異常に時間を守り過ぎです。
 世界中を見渡しても日本人ほど清潔で人に優しく親切で時間と約束を守る国民は何処を探しても先ずいません。

過日タクシーの中に忘れた家の鍵を個人タクシーの運転手さんがわざわざ会社まで届けてくれました。
関口タクシーさんでした。電話番号がわかったので電話しました。
「ありがとう、本当にありがとう、また今度きっと乗るから」と約束しました。

外国人が日本に来て必ずいう事があります。「ニッポン人トテモ親切デス」と。
そうです日本人程人に親切な国民はいないのです。それを知るためにも日本人はもっと世界を知る必要があります。

就活に失敗して学生さんが自殺するなんてとても辛い時代です。
何もしないで会社にしがみついている人は後進に道をあけるか、さすがという働きをしないといけません。
若い世代が夢を持てない国に明日はありません。

私もいまや給料ドロボーと化していますが熱き心は持ち続けています(究極の迷惑です)できれば中国人の得体のしれない凄味と、フランス人のスケベ心と、イギリス人のエセジェントルマンシップと、アイルランド人の直ぐカッとなる単純さと全てにルーズなアッラーの国民性と女性を見れば声を掛けるイタリア人の陽気でステキなファッション性を持ちたいと思うのです。
 何故アメリカ人が出ないのかといわれればアメリカ人という人種は正確にはいないようなのでよくわからないのです。
合衆国ですから。


5月13日、元小結「垣添」こと押尾川親方と広告代理店の社長大泉勉さん、日刊スポーツの専属カメラマン栗山尚久さん、ノンフィクションライターの黒井克行さんと築地の料亭高野で顔合わせをしました。
実に正確に集まり、涙を誘う親子愛を聞き、闘志溢れる話をし、次にまた会う日を約束して別れたのです。

この地球上約二百カ国の中で裸にまわしをして江戸時代からハッケィノコッタノコッタに命を懸けている国はないのです。相撲は時間通り見合って時間が来たらガツンと当たる。遅刻早退は許されません。
日中韓のサミットの映像が宿泊先のホテルのテレビに映っていた。駄目だこりゃと思った。野田佳彦の目が既に負けている、スキだらけだ。パイカルとかマッコリ、ハニートラップですっかり出来上がっていた(酔っていた)。
 そうだなやっぱり歴史が違うからな、日本文化は中国、韓国の子分だからなと思った。
後何年かで日本は隅から隅まで中、韓に負けるだろう。国も会社も人材に投資しないといよいよジ・エンド。お終いとなる。

学生さん、就活で失敗して命を捨てたりしてはいけません。
相撲だって一度か二度マッタは有りですから。ヤバイと思ったらマッタをして下さい。
ニッチモ、サッチモならない時は自分のせいではなく、相手のせいにして下さい。ご連絡をくれれば及ばずながら相談にのります。君たち学生は、このどうしようもない国の唯一の希望なのです。

「オッキャクサン、カラダドコモカチカチアルヨ、シンデシマウヨ、ワタシノユビモウダメアルヨ、コレイジョウダメアルヨ」とマッサージのチャイナレディ。いう事はいいかげんなのに体は硬いのです。
人生はまさに重き荷物を背負いて、遠き道を歩むが如しです。気合いだ、気合いだ、気合いだぁー。

「裏切り」



男の世界で一番許せないのは仲間を裏切る事だ。
女の裏切りには静かに立ち去るのみだ。

大好きな映画は裏切りに対する復讐作品だ。
ストレス解消には、ロバートデニーロとアルパチーノの「ヒート」をお薦めする。
ラストの25分、とにかくバッコンバッコン、ズンズンバンバン、バキューンバキューンと街の形が変わってしまう程打ちまくる。

テレビの音大き過ぎる。
ご近所にご迷惑だからボリュームを下げて等といわれたらこう応える、銃撃戦をボリューム下げて無声映画みたいにしたらただのアホとマヌケの追い駆けっこだっていうの。サッサとネローイ。

惚れた女と一緒に堅気になるためにオサラバするギャングの男(デ・ニーロ)、それを追う刑事(アルパチーノ)飛行場間近に着いた時、ギャングはいう。直ぐ帰る、待っていてくれ、やり残した仕事が一つあるんだ。それを終えたら二人で静に暗そうと。それは仲間を裏切った男を殺す事、やっぱり許せネェ。

戻ったら二度と帰れないのを覚悟に裏切り者の住まいに行き復讐をする。
そして女の待つ飛行場に近づいた時、刑事アルパチーノが現れる。バババァーン、ズキューンと戦闘開始だ。
逃げるそして撃つ、追いかけるそして撃つ。ダダダダーン。いいな、いいなやっぱりこういうのはハリウッドだとなる。

実はこの映画ロバートデニーロとアルパチーノは全部別撮りであった?
よく見て分かったらかなりの映画通!ハリウッドの編集は本当にスゴイ。
ロサンジェルス(LA)は映画の街、撮影を仕切るのは当然マフィアだ。LAの経済を支えているのは映画撮影のための街の使用料、その額一兆円とも二兆円ともいわれている。

ある年ニューオリンズの街に雨を降らしまくる撮影をした事がある。
消防車全車撮影に参加、何本ものホースで土砂降りにした。で、撮影が終わって消防署長にハイ500ドル。
隊員たちにハイ500ドル、チップ○×ドル。私は通訳を通して聞いた。
 「こんな事していて火事が起きたらどうすんの」と、所長はいったもんだ。
「こんな時火事を出す奴が悪いんだ」とそして消防隊員たちはドル紙幣を空に掲げてイエーイであった。

ホースから出るもの凄い水の力でガラス窓がすっかり破れた。
中から「バカヤロー、オメーラ何すんだ」みたいな英語が聞こえた。私には英語が分からないのであった。
消防署長はマフィアだったのかもしれない。この世は裏切り社会、決して許してはいけない。

2012年5月16日水曜日

「清き一票」





歴史には必定があります。
歴史上王朝とか帝国といった権力が生き永らえた事はありません。
やがて中国や北朝鮮も民衆が蜂起して自由を勝ち取るでしょう。権力の末路は哀れを極めます。

選挙に勝つためなら何でも有りとアメリカのオバマ大統領が同性愛婚をイインデナイカイ、サンフランシスコなんてゴッソリその手の人たちばかりだし、ホワイトハウスだって、上院、下院だって男大好きな男だらけなんだから。

イエス!チェンジだっぺっつうの。ホモだちのホモだちは皆ホモだちだ。みんなで広げようホモだちの輪!と許容な発言をしました。そんじゃあレズはどうなのと聞きたいがその声にはあまりに取材不足なので返答は差し控える。
 「我思う故に我あり」の言葉大好きな私としては世の中の男と女の二種、その他オカマ、ニューハーフの特殊が二種、本人が悩み苦しむ性同一性障害の人。いずれも清き一票ではないかと思うのです。

ある時インディアンと仕事する事があった。
グランドキャニオンにポツンとある小さなコテージで飲みながら話が弾みその話になった。
勿論私は日本語だ。通訳のガイドがどういう言葉でいったか分からないが、こんな返事が返ってきた。

インディアンウソつかない。
インディアン男大好き、女も大好き、白人の頭の皮もっと大好き、カスター将軍と黄色いリボン以外みんな大好きだって。
カスター将軍はインディアンを殺しまくり?その後インディアンに殺された。
アンタノアタマノカワハイデアゲヨウカ、グラスになみなみと入れたバーボンをガバッと飲み干し、スペアリブにかぶりついた。口の周りをベタベタっとしながら私の頭をナデナデした。
 この人もちゃんとアメリカ大統領を選ぶ清き一票を持っていた。

モウスグカミナリクルアルネといって帰った後、猛烈な雷雨が来た。
インディアンウソつかなかった。世界人口はやがて90億人となり日本人は70008000万人になる。
がんばれ男性、ガンバレ女性。どんなに愛し合っても同性から子孫は生まれない。
インディアンウソつかない。「この世にはヤッテヤレない事はない」と畠山みどりが歌ってました。

2012年5月15日火曜日

「ローソク入れ」


一輪挿し

花瓶


深夜の楽しみといえば映画を観ながら本を読み、合間に落語を聞きながらチビチビ一杯飲む。
凄味はチーズとかハムとかソーセージ。時々鯖の水煮缶とかツナ缶もいい。
時々コンビーフとかクラッカーもいいし、時々さきイカとかスルメの細切りをジックリ味わうのもいい。
時々何にもなくただ飲むだけなのもいい。
お気に入りのバカラのグラスにあの娘訪ねてなんて思い出にひたるのもいい。
 酒と思い出ほど似合うものはない。

秋田で病院を経営している義兄が褒章を受けたのでその御祝いを買いに丸の内にあるバカラの本店に行った。
時計を見ると午前104318秒であった。
広い売り場にお客は私一人であった。

いつ見ても、何を触ってもバカラグラスはいい。
指でパチンと弾くとバカラしか出せない、いい音がカキーンと響く。
ギザギザの花瓶とギザギザの一輪挿しを買い求める。
 精算している間バカラグラスを手にしているとグラスの底に思い出がキラキラ光っていた。

目の前に大きな鏡があった。誰だそこに座っている人相の悪い男は。
グレーのスーツにハーレーダビットソンが描いてある。
アロハシャツと黒のベストを着ている男は、随分と歳をとったではないか。
思い出は振り返っても、もう思い出はつくれないか。いや、これからだぜといって鏡の男にいった。
そこには昔若かった私が居た。

細長い品をいいグラスだねといって口にする真似をしたらお客さんそれはローソク入れですといわれた。
知ったかぶりで何度恥をかいて来た事か。

2012年5月14日月曜日

「侠客」




もうどうにもこうにもやってられネェよ、何しろ俺たち渡世人(ヤクザ者とも云う)の仕事というか生きている証しといえば喧嘩と博打だからな。
キリストじゃあるまいし、右の頬を殴られたら左の頬を出せなんて訳にはいかない。

一度でも下手を打ったら(男を下げたら)渡世人として生きてはいけネェからな。
この頃じゃ半グレの方が俺たちよりハネてる(儲けている)し暴対法にも引っかからネエからやりたい放題だ。

と、電話の向こうで話をするのは男を売り物にしていた高校の頃よく遊んだ先輩だ。
近々稼業を辞めるという。まあ歳も歳だしその方がいいんじゃないのかなといった。
暴対法がじわじわ効いてきている。
男と男の勝負に命をかける男が居なくなるのは淋しいものだ。

中学を卒業する時に将来は何になりたいかというのを書かされた(生活指導の先生に)私は三州吉良の侠客、吉良常の様になる、と書いたらなんだ「吉良常」とは、といわれた。
先生尾崎士郎の「人生劇場」読んでないの?そこに出て来る吉良仁吉の流れを組む侠客だよといった。

何を考えてんだ君はといわれた。
話が通じそうもないので知らなきゃいいですよといってやった。
この生活指導に一度思い切り殴られた事があった。その積年の恨みを卒業間近の時に晴らした。理科の実験室の裏で生活指導はゴメン許せなどといって謝ったが時すでに遅しであった。母親が学校に呼び出されたのはその数日後だった。

やられたらやり返す。これは我々人間に与えられた等しき権利だ。
電話の向こうの先輩は奥さんの田舎に帰って果物とか野菜を作るらしい。
きっとウメエの作って送るからヨオといって電話を切った。
夏になったら一度いってみようと思う。とんでもない位喧嘩に強く、女性にモテた。
この人に男とはを教えてもらった。決して道を外さない筋を通す人だったがんばれ侠客。

2012年5月11日金曜日

「伝説の人」




ドン!ゴロゴロ!ピカッ!バリバリと天は割れた。
ザァーと雨が落ちてきた。

510日午後二時頃であった。
私は浦安に敬愛している友人、原田徹宅に居た。原田さんはCM界の伝説の演出家だ。
日本中は勿論、世界中の広告賞のグランプリを文字通り総ナメした。
その生み出す映像の世界は、時に美を極め、時には詩情に満ち、又時には壮大なスケールで歴史のロマンを造り出した。

受賞の数は三百を優に超え、未だ誰の追従も許さないでいる。
私はこの大演出家と三十余年あらゆる作品をご一緒させていただいた。
特にキリンビールのラベルに描かれている伝説の聖獣麒麟のロマンを追った作品はその名の通り伝説の作品として語り継がれている。ビール発祥の地エジプトからトルコ、タイ、中国、ネパールの山の中、そして日本へ。
シルクロードを舞台にCMではおよそ考えられない作品であった。

足かけ7年このシリーズは続いた。
私は当時第1企画のスーパープロデューサー&プランナー立花守満氏(抜群の人)とコンビを組んで、企画とコピーを参加させていただいた。数ある作品の中でもひと際愛着のある作品であった。
勿論あらゆる国内外の広告賞のグランプリを受賞した。

コンピューターグラフィックのない時代、全て実写であった。
原田徹はトレードマークの日本陸軍の軍帽を被りヨーイスタート、ハイカットを繰り返した。
一分一秒に命をかけたその人が、今一分一秒も止まぬ激痛と闘っている。

六十歳から七十歳になった十年は正に病魔とのデスマッチであった。
パーキンソン病他、これでもか、これでもかという病が津波の如く原田徹を襲った。
一日1833錠を毎日服用しているという。パーキンソン病で全く文字を書けなくなった時、リハビリのメニューにぬり絵があった。もともと金沢美大で油絵を学びその絵は見事であった。
先生やトレーナーたちが少しずつリハビリをしてくれた。

一ヶ月に一度か二度はどうですか?と電話を入れていた。そして私は原田徹にいった。
「原田さん、個展をやりましょう。私がキチンとプロデュースして実現しますから、それを目標に絵を描いて下さい」と。はじめは気乗りが薄かったが段々と絵描きの本性が現れて来た。

そして一枚、又一枚、ぬり絵、線画、水彩、そして油絵とすすんだ。
百人一首はなんとその長さ21メートル、源氏物語、平家物語は圧巻である。
なんと120号の油絵まで生まれていた。浦安の市民ホールのギャラリーを借りて実行する。

ガラゴロピカピカ光る空の下、原田邸で奥さん立ち合いの上打合せする。もうお互いに涙の物語だ。
「やりましたね」といえば、「やっとここまで来ました、絵を描く事でこんなにリハビリが出来るなんて」と奥さんはいう、「絵を描く様になったら一日一日本当に元気になりました」と。

杖をつきながら市民ホールへ一緒に行き、奥さんと、一緒に同行してくれたデスクの女性と会場の申込をしてもらった。
後は広い空間にどうディスプレイするかだ。空間デザイナーの友人に協力をお願いする。
浦安のホールから帰るため車に乗ると杖をついた原田さんと奥さんがずっと、ずっと手を振ってくれた。
豆粒みたいになるまで。

この凄絶なリハビリの歴史は原田さんのご家族、とりわけ奥さんの支える心、そして根気よく励まし導いてくれたお医者さん、看護師さん、精神面を支えてくれたカウンセラー、リハビリのトレーナーの方々の伝説だと思った。

やっぱり原田徹は凄かった。

麒麟伝説の第一弾、ナイル河篇のナレーションコピーは亡き杉浦直樹さんが読んでくれた。
ブースの中で杉浦直樹さんは泣いていた。
ナレーションコピーは次の様な言葉であった
 「遥か昔闘いに明け暮れた男たちは母なる河に永遠の優しさを求めた。それは明日への願いだった。角を持ち獅子のたて髪をなびかせ炎の翼を広げ伝説の麒麟は天を駆けた。一枚のラベルにもロマンがある。キリンビール」


皆さんビールの美味しい季節です、一番美味しいビールはキリンビールです。一杯いっぱい飲んで下さい。

2012年5月10日木曜日

「富士と住職とヘリコプター」


平和公園仏舎利塔


5月8()午後一時半頃御殿場にある平和公園にいた。
そこに巨大「仏舎利塔」がある。地元出身の三徳の会長堀内定良さんが私財を投じて開いたという。
インドのジャワハルラール・ネール元首相から贈られた仏舎利塔がある。海外から沢山の人が来る。

何故私はそこに居たかといえば、3.11で亡くなった方々を悼むモニュメントをアートディレクターの浅葉克己さんと鉄のアーティスト小谷中清さんと制作しているのだ。
東北に行きたくても行けない人々が日本の象徴である富士山を背景に一本のお線香を手向けるそのモニュメントを制作しているのです。

私が独立した42年前からお付き合いを頂いている日本一良質な羽毛布団を作っている「東洋羽毛」さんという会社があるのです。そこの宣伝・広報などを担当している太田えつ子次長(旧姓神谷さん)の実家が御殿場で、廣智山大乗寺という450年の歴史を持つお寺だと聞いていたので、当代の住職さん神谷高義様に会いに行ったのです。

大乗寺


神谷住職は太田さん、むかし神谷さんのお兄さんである。
三千坪の敷地の中に、江戸大工平内大隅(へいのうちおおすみ)の技を残す本堂がある。
「こんにちは〜」と私と小谷中さん、デスクの上原君。「いやーいらっしゃい」と住職さん。
私服なのでまるで住職さんでない。応接室には本格的コーヒーマシンがあり4種類も選べる。

で、エスプレッソをいただく。日本間、座布団、日本茶、和菓子を連想していたのでかなり意表をつかれた。
代官山のブティックのオーナーの様な美人で笑顔が印象的な奥方が来る。もしかしてお釈迦様の若い頃はこんな人ではなかったのではと思う位、実に佇まいのいい23歳の息子さん、住職さんの跡継ぎだ。


それじゃ色々見て回りますかとなり住職さんの運転するBMWに乗せていただく。
はじめに富士霊園を見る、次にここ十年程行ってないが仏舎利塔に行ってみようとなった。
その場所に行き、お線香をあげたりしていると空にヘリコプターがグルグル旋回して来た。
 住職さん「おっ○×さんだ」と手を振るではないか。ヘリは直ぐ上だ。

住職さん携帯をかける、なんでも先日このヘリで東京に行って来たとか(東京まで30分)「あのさ〜今家のえつ子の知り合いが×○□△の話で来てるのな」などと話す。そしてあの人は少年の頃とんでもない暴れん坊であったがここの上人さんに二年間預けられインドなどに行き修行をし実業家になったとか。大変な男だから是非会ってくださいとなった。


で、ヘリポートへ行くとヘリの側にその人と、その友人(仏舎利塔の取り仕切りの人)。
住職さん「どこ行ってたの」その人「下田まで寿司食べに行ってたんだよ」(ヘリで20分)とかなり会話がヘリコプター状態になって頭の中がクルクルしてきた。そこに地元の建設会社の人がその人に挨拶に来る。
そして電動の薪割り貸してくださいなどというではないか。その人「ああなんでも持ってけよ」と。ヘリの格納庫の中には色々ある様だ。その人コーヒーを勧めてくれる。

何しに来たのといわれたので、カクカクシカジカと応える。私と同じ年であった。
お互いに親不孝を重ねたので話はズンズン弾む。一時間、二時間おれもよぉ〜相当変わってっけどアンタも相当変わってんね、でもいい話だ、オレに出来る事があったら何でもするよ、あんた御殿場の変人会に入る?っていうから是非にと応える。ヘリ乗らないかいというから今度是非と応え、又、お会いすることを約し別れの途に着いた。車が見えなくなるまで手を振ってくれていた。

ブルージーンズに白いコットンシャツ、むかし石原裕次郎がやっていた様にシャツの下を縛っていた。
赤いリングシューズが中々に決まっていた。きっと喧嘩に明け暮れていたのだろう、目は鋭く手はゴツかった。
私には分かるのだ。ガッチリと握手したその手で男の歴史が。
小谷中さんは何から何まで奇跡的ですね、十年振りで行った処に偶然ヘリが飛んで来て手を振って色んな人達と会えるなんて。私は応えた、この頃ね奇跡的な事が私の回りで起きてるんだ、だからきっとこのプロジェクトは成功するよと。

神谷住職はもともとはアート指向であったとか、フランスに留学して学んだと聞いた。
どうりでアーティストの名が次々と出た訳だ。林の中にある「蕎林」のおそば。日本で初めてハム・ソーセージを作ったという「二の岡ハム」。和菓子「虎屋」のとらや工房、東山旧岸邸(岸信介)などなどを案内してくれた。


「オッなんだ」といい運転席から対向車線を走っている車に手を振るではないか。
「オーイ」なんて誰かと思えば息子さん。なんとこれから私が住む茅ヶ崎で檀家さんのお通夜があるとか。
いやはやこれ程充実していた一日はこの頃少ない。更に驚いた事に御殿場にカーマニアが集まる処がある。
そこには日本で有名なスーパーカーのコレクターがいるとか。そこに私がかつて一緒に仕事をしていた電通のクリエイティブディレクターがよく来るんだと。へぇーっといえばタイヤ4本取りに来る様にいっておいてくれなんてヘリのオーナー。

5月9日朝一枚の葉書を書いた。「御殿場でヘリコプターに乗っている怪人がタイヤ4本取りに来いって」と。

2012年5月9日水曜日

「あるチャーハン」



賄い(まかない)メシはお店の人たちが食べる自分たちの食事の事。

その日私は人形町のとある店に入った。ユニークなカツ丼が有名な定食屋風の店である。
歴史も古く洋食のはしりでもある。テレビや雑誌、新聞などでよく紹介される。

私と連れの二人で入ったのは午後1時を少し過ぎていた。
連れは有名なカツ丼を、私はミックスフライの様なものを頼んだ。
お店には小柄で元気で口達者のおばちゃん、これから寄り合いに出掛けるというおやじさんと厨房には息子さんだ。

私たちが入った時は4人掛けのテーブルに3組入っていたが、私たちが食べている頃は勘定を済ませて出ていった。
その頃私たちの隣のテーブルに一人のずんぐりとした男が座った。どうやら息子らしい。
厨房では賄いメシのチャーハンを作っていたらしく、それを一皿、二皿、三皿と盛って出した。
 私たちが未だ食べているのにおばさんと息子はそのチャーハンを食べ始めた。

 いつか友人の板前が云っていた言葉を思い出した。
ランチタイムの終わりの頃に来たイケスカナイお客、気に入らないお客、顔なじみでないイチゲンの客が入って来たら営業時間内でも賄いメシを食べてやるんだ、つまりはどうせテレビか新聞を見て来た客だろ、だからそれ程大切じゃないって事、あんたたちはウチにとってどうでもいいお客という事の意思表示なんだと。
 この気質は下町の店、特にグルメ情報なんかでチヤホヤされた店に多いらしい。

私は隣で賄いメシを食べ始めたおばちゃんにこう言った「おばちゃんそれ賄いメシだろ?旨そうだからちょっと味見させてくれる」と。鼻柱の強そうなおばちゃんは一瞬顔色を変えた。
なんて事言うんだいこのお客はと顔に描いてあった。息子らしき36歳位男はキョトンとした。

お客の前で自分の亭主の事をウスでノロマだなんてこれ見よがしにいうおばちゃん、私たちはお客だよ、その隣で賄いメシを食うとは嫌みだよ、それも営業時間内に。私は気に入らなくて結構だが私の連れに失礼だろうと思ったのだ。
折角私を連れて来てくれたのに。

幾らといったら2900円ですと、旨かったよチャーハンと付け加えた。
つまりテレビや新聞雑誌で提灯記事書かれて自惚れれてるなよ、食べた料理は全然フツーそこいらの定食屋の方が数倍旨いよという事だ。フライに着いていたキャベツなんてナッチャナイっていうの。
三段作りの変なカツ丼で有名な処、是非午後一時過ぎに行って見て下さい。 
145分を過ぎた頃賄いメシを食べ始めたらそれはきっとイケスカナイ客だなの意思表示です。
アレコレウルセイババアが一人います。

2012年5月7日月曜日

「ファクタとファクト」




「ひとたび悪事に手をつけたら、最後の仕事も悪の手にゆだねる事だ」シェークスピア「マクベス・第三幕 福田恒存訳」小沢一郎なる悪党が特捜なる悪党と戦った結果は勝負なし、相方黒星だったから。

一連の大マスコミ報道の中でただ一誌だけこの問題を冷静に書いていたのが「月刊誌ファクタ」だ。
あのオリンパス事件もこの雑誌が炙り出した。大磯の先生から勧められ購読を始めたのだ。

「ファクタ」では今年の二月二十六日にすでに小沢が無罪になると書いていた。
Why 何故、それはファクタは広告収入に頼っていないからスポンサーのバイアスがかからない、又、責任編集人の阿部重夫の軍団が五体を存分に使い徹底取材を重ね検証する。そして逃げも隠れも出来ないファクト(真実)を冷静に書く。

一歩間違うとホームから突き落とされたり、階段から突き落とされたり、一服盛られたりするのが当たり前の世界だ。
警察でハイ自殺です、で直葬されたりするケースの中に闇の力が動き真実を追っている人間を自殺に見たてるケースが今までゴマンとあるはずだ。その中で「ファクタ」は得難い雑誌だ。
全体の文章もばらつきがなく、よく書き上がっている。

情報協力者からや官僚からの密告待ち、リーク待ち、殆ど外部に外注しっ放し、五体をどっぷり悪の池に沈殿させてしまっている大マスコミの主筆、論説委員、解説委員たち。

例えば時事通信の田崎史郎、言葉も手も震えている(アル中か)、出て来ただけでこの世が真っ暗になる日経新聞の田勢康弘。もの凄くとか圧倒的にとか最大級の言葉を連発する役立たずの岸井成格は毎日新聞だ。
裏の裏は裏だったと裏ばかり語る後藤謙次。野球の解説者みたいになってしまった朝日新聞の星浩。
不潔極まりなく訳知り顔で語る政治“穴”リストこと伊藤惇夫。
テキ屋のオッサンみたいな政治評論家屋山太郎、競馬の予想屋よりも当たらない選挙予想の福岡政行教授、あのツルツル坊主の政治評論家三宅久之がテレビから引退した。

お前もらみんな身を引けといいたい。
何しろこの世の一番の悪なのだ。言論の自由は大切だが、言論のお買い上げ、言論の身売り、言論の放棄、言論の宿酔は国を滅ぼして来たのだ。「ファクタ」の記事には命がかかっている。生身の刀の様な凄味がある。

マクベスは悪事をした後幻聴に襲われた。
「もう眠りはないぞ!マクベス」大マスコミの連中が被災地で瓦礫一つ動かしている姿を見た人はいない。

ある日青山のコムデギャルソンで古館伊知朗が品定めをしていた。
きみたち報道ジャーナリスト?は枕を高くして眠ってはいけないのだ。
体制に組している一番の悪なのだからと、言ったか言わないか?

五月九日果たして無罪?となった悪人小沢一郎を検察に代わる弁護士は再び被告(控訴)に出来るか。
大地は怒り大竜巻を起こした。迷惑を受けるのはいつも市井の民だ。
連なる休みを終え、連なる明日へと向かう。