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2014年3月10日月曜日

「ひょっとして」



一五四分の記者会見を分析すると、一+五+四=(十)となる、花札博打のオイチョカブでは、(十)はブツツリとかブタという。最っとも弱く嫌われる数字だ。

この世に愉快犯という不愉快な犯罪的人間がいるのだが記者会見の主人公佐村河内守は極めつきの愉快犯といえる。
目立ちたがり屋で自己顕示欲が強い。世の中が大騒ぎする事を好む。

最っとも性質の悪い愉快犯は放火魔だといわれている。
人の家に火を放ち燃え盛る家を見て興奮する、野次馬が集まり消防車が何台も集まるのを見て、自分が主役なんだと思い込む。
放火魔は必ずその現場にいると決っている。

一五四分、つまりブタ会見となった佐村河内守にとって何十台ものマイク250人近い記者会見の群れ、バシャバシャ切られるシャッターの音、ピッカピカ光るストロボの光り、それは、それは、途方もない快感を味わった事だろう。日本中の関心が集中したのだから。

せっかくの凄い才能を切り売りし削り取られてキュウリの様になった新垣隆先生、逆に人の才能をたらふく食べ尽くした愉快犯の対比は極めて映像的だった。
十八年間同じ役を演じるのは並大抵の悪党では出来ない。

Yシャツの第2ボタンを外して素肌を見せる男は、コンプレックスの強い男、見栄っ張りのエエ格好しに多い。(カタカナ業界の男に弱い)
天地神明に誓ってを連発する人間は絶対信用してはいけないと取り調べの達人刑事は言う。又、相手を名誉毀損で訴えるというのも愉快犯の特徴だ。

まずいヤバイ、私もすっかり佐村河内守の術中に嵌まってしまったようだ。
騒げば騒ぐほど喜ばせる事になるのだから放って置くのがいちばんだ。

何かにつけて物好きの私としては、新垣隆先生に一度作曲を頼みたいなと思っている。果して今の日本の音楽界に新垣隆先生ほどの作曲家はいるのだろうか。

佐村河内守は市中引き回しの上、打ち首のケイにするかたけし軍団に入れてもらい、更にかくし芸を磨くしかない(?)。
待てよ変身術、変装術を生かして探偵になるという奥の手もあるな。
ひょっとすると十八年間の「嘘と天地神明」なんていう題名の本を出すかも知れない。

本の腰巻きの宣伝文には、「許せ義手の少女よ、許さんぞ暴露した新垣隆よ」“現代のベートーベンの赤裸々な告白!”なんてやりかねないぞ。

2014年3月7日金曜日

「寒い日と寒い人」




昨日三月六日は「啓蟄」。
いよいよ春だわなと地の下にいた虫たちが地の上に顔を出すと、ちゃんと辞書に書いてある。

朝窓を開け空をば見ると青々としていた。青空となればアロハだなと思った。
アロハならその下は白いTシャツと決まっているので、その方程式に従った。
その上にコートにするかと思ったがひょっとして夜は寒いかもなと思い、カーディガン風のジャケットを着た。

で、玄関を出ると結構寒いけどまあコートを着ればいいだろうと仕事場へ出発した。
駅のホームに立つと北風がヒューヒュー吹いてきた。
まあ大丈夫だろうと列車に乗り込んだ。

初動にしくじると警察の捜査も失敗すると決まっている。
慌てて地の上に顔を出した虫たちも直ぐに元の地の下に戻った筈だ。
大事な打ち合わせを終え、大事なお客さんと別れ、今取り組んでいる仕事の成否を決める案件に対して、明日いい返事が来るといいなと思いつつ歩き出したのだが、風はビュービュー寒風となっていた。

失敗した、コートの下の軽装に容赦なく寒風が突き刺さって来る。
何故かといえば新橋駅に立つと小田原行きの列車が出たばかりであったのだ。
次の列車は約十五分後、その十五分が実に寒く長かった。
明日はもっと寒く風も強いと天気予報が教えていた。

テレビのニュースでユニクロの柳井正社長が海外戦略を熱く語っていた。
日本で二番目の大金持ちだが(一番はソフトバンクの孫正義社長)この人を見る度に何か寒々しい気持ちになる。
安くて出来の悪い商品を、海外の安い労働力で生んで世界一を目指す。売上高五兆円にするとか叫ぶ度に、何だかな〜、もっと高い志がないのかな〜と思ってしまう。
国家、国民に対しての熱風が無いから、威厳も、風格も、貫禄も(みんな同じ意味かな)感じない。

かつての五島昇東急グループ総帥みたいな、凄い、格好いい、素敵、スケールが大きくお洒落でダンディ、青い空とヨットが似合う、そんな人と比べ様もないが。
柳井正社長には野心と野望と銭勘定しか感じない。
一兆円も二兆円近くもお金があるんだから、映画にバンバン出資せよ、芸術家を育てよだ。

西武百貨店、パルコ、セゾン劇場、良品計画、無印良品などの文化を生んだ、故堤清二氏は、インテリの持つ独特のニヒリズムや、血脈の暗さが生む前衛的センスや、経営者としてのロマンチシズムや、文人、詩人としての独特の世界観があって、何か抜き差しならぬ静かなる殺気を放っていた。
東急と西武は知性の遊びある野性と、怨念の刃を宿した知性とのゾクゾクする対比があった。

何だか話が外れてしまったが、冷えた体を一気に温めるために飲んだお酒が回って来てしまった様だ。

明日はきっと吉永小百合の歌みたいな朝だろう♪〜北風吹きぬく 寒い朝も 心ひとつで 暖かくなる 清らかに咲いた 可憐な花を みどりの髪にかざして 今日も ああ
北風の中に 聞こうよ春を 北風の中に 聞こうよ春を

2014年3月6日木曜日

「狂」

※イメージです



「僕らはみんな生きている」そんな題名の映画が何年か前にあった。

三月五日は朝から雨がシトシト、昼からはジャンジャン、夜になるとバシャバシャ降って来た。前日殆ど眠っていなかったので傘をさすのも面倒であったが、三月六日十二時からの大切な打ち合わせのために企画書を書かねばならない。

私の仕事は受けたら最後どんな状況になっても約束の日、約束の時間にビシッと提出しなければ、プロ失格となり僕らはみんな生きていけなくなる。
鬱だろうと、躁だろうと、風邪だろうと、激しい頭痛だろうと、激しい腹痛や下痢だろうと、イボ痔だろうと切れ痔だろうと期日には間に合わせなければならない(インフルエンザやノロウィルス、伝染病になっていても何処からか送らなければならない)。

プロとアマの差といえば、泣きを入れるか、泣きを入れないかで決まる。
一流になり、超一流になっていく人間は、泣きを入れない。病気や体調のせいにしない。
体調が悪く、それ故仕事の出来も悪かったでは絶対許されないのがプロの世界だ。 
40度以上の熱が例えあっても、前の日のお付き合い(自分のせいも多い)でガンガン飲んで、宿酔で頭がガンガンしても約束を守らねばならない。

私の知る限り一流、超一流はどんな状況でも、いとも簡単に仕遂げた様に、抜群のアイデアや抜群の案をちゃんと約束の時間に送ってくれる。

その逆の人間は多い。
見るからに仕事に熱が入っていない。気合も入っていない。
何かを成し遂げようというプロ意識がない。それが仕事に表れる。
徹底的に自分と戦う人間でないと、ただの人間で終わる。
仕事の話をしている最中に、あ〜疲れた、あ〜早く帰りたい、あ〜面倒臭い。
そんな気配を出す人間は私たちの職業には向いていない(どの仕事も無理だろう)

「僕らはみんな生きている」、僕らとは何か、みんなとは誰か、生きていくとは何か。一つ一つを分断して自分が何をすべきかを考えねばならない。
若いという事は年老いてないという事なのだから、一つの生き方でなくいろんな生き方に挑戦が許される。
触ったら火傷する様な熱さを持て、好奇心の翼を広げ世界を目指せ。

先日ある若者から人生の相談を持ち込まれた。ボンヤリと目が死んでいる。
体から疲労感しか感じない。僕はこのままでいいのでしょうか。
なんて情けない事を言う。妻もいる、子が生まれる。

お前には下らないプライドと自己弁護と、他者への嫉妬と羨望と、現状への不平不満ばかりじゃないか。お前少し体の調子が悪いんじゃないか、よく眠れてるかと聞けば、ハイ、それは大丈夫です、毎晩ちゃんとよく眠ってますと顔を上げた。
何だよ、マッタクもっと悩み苦しめ、となってしまった。
このブログはその人間もきっと読んでいるだろう。

とことん馬鹿になる事、とことん狂う事だ。ある超一流のプロが言った。
「何かに狂う」事から最高の作品は生まれると。
何かはその人間が決めればいい(ただ決して狂ってはいけない事も数多い)。
さあ、それでも僕らはみんな生きていこうではないか。
 
この頃凶悪な通り魔事件が多くなった。何かが狂ってしまって来ている。
一人歩きには十分気を付けて下さい。目つきがイッちゃってる人間、飛んじゃっている人間とかには、決して近づかない様にして下さい。

三月六日午前二時四十分三十一秒、イワシのショーガ煮を二匹食べながら雨音をBGMにグラスを傾け始めた。映画を一本観る事とする。

2014年3月5日水曜日

「寿し利の謎」




お寿司を食べる時は、心を許せる人とか、長い付き合いの人とか、阿呆とか馬鹿とか言い合える人がいい。暗い、理屈ぽい、辛気臭い人は極力避けた方がいいと思っている。
それとワイワイガヤガヤしている店もよろしくない。
親父さんと奥さんと若い衆が一人か二人位が理想だ。


先夜、心から大好きな、長い長い付き合いの大手広告代理店の友人と久しぶりにお寿司をつまんだ。

この店には親父一人しかいない。
奥さんは施設に入っている(少しずつボケてしまった)。
若い衆はむかしいたのだが今は一人もいない。ついでにお客という者がいない。
長い付き合いなのだが、お客さんがいたのは数える程しかいない。

トイメン(目の前)が寿司屋であり、隣も寿司屋である。
寿司屋の名を「寿し利」という。
お客が来ない度99.9%位だからギネスブックに載るかもしれない。
ネタは普通、値段も普通。

昭和初期のラジオの様なものからチューニングはずれの大きな音が流れている。
ラジオウルセイというと、林家木久蔵にメガネを掛けさせ、日本手ぬぐいでハチマキした様な親父が、ヘイ、ヘイ、ヘッヘッヘッと不気味に笑う。

私はこの不気味さと、全くお客がいない静けさが好きなのだ。
友人と二人で座る。カウンターのみ、十人程しか座れない。
奥さん元気かというのが始めに言う言葉とほぼ決まっている。
とても品のいい女性だったのだが、リーマン・ショック後、ガタン、ガタン、ガタンとお客さんが減り、心配で鬱病になってしまった。鬱に詳しい身の私はその辛さが分かる。

いつしか「俺が来ねえーと潰れちまうんじゃねえか」と思う様になり、ゆっくり、じっくり、楽しく話をする時は「寿し利」にする。やっぱり一人もいない。

久ぶりに会った最高の友人と話が弾む。
お寿司は正直な食べ物で、あんまり好きでない人とか、あんまり好きでない話をしながら食べるとさっぱり旨くなく、なんだメシの上に刺し身の切れっ端が乗ってるだけの味となってしまうのだ。

先夜は本当に二人だけで楽しかった。
普通の寿司が特上みたいに旨かった。

ところで握り寿司はいつ誕生したか、それは文政年間(181830年)江戸からと伝えられている。福井県出身の寿司職人「華屋与兵衛」が確立したらしい。
与兵衛は酢を混ぜた飯と、酢で〆たり煮たりして、一手間加えた江戸湾の魚介を握り屋台に並べた。手軽に腹が満たせるとせっかちな江戸っ子の評判を呼んで江戸は寿司屋だらけとなっていったらしい。

実はこの話を教えてくれたのが「寿し利」の親父だった。
本人は、ヘッヘッヘッ忘れましたというのだが、中々の教養人なのだ。
他の寿司屋でこの話を知っている板前に会った事はない。

久しぶりの友といい時間を過ごすには是非「寿し利」をご利用くだされ(私は喫わないが煙草もOK)。多分お客は一人もいない。でもずっと潰れないという謎めいた店なのです。

2014年3月4日火曜日

「ダイオウの断食」


鳥羽水族館より ダイオウグソクムシ


嫌だ、嫌だギモジワルイという人もいれば、凄い、素晴らしい食べちゃいたい位だという熱狂的ファンもいた。

進化を拒否した車子(シャコ)の親分の様であり、巨大ゾウリムシの様であり、三葉虫の化石が実は生きていた様でもあった。

学術名「ダイオウグソクムシ」が五年間の絶食をしていた。
三重県鳥羽市の鳥羽水族館で。二〇〇九年一月にアジ一匹を食べて以来、何も食べなくなって遂に二月十四日バレンタインデーの夕方ひっそりとあの世に旅立った。

謎の多い深海魚であった。
剛鉄の鎧の様なその姿は、「倒れた兵士のよう」と表現されていた。
何故に何も食べなくなったのかは分からない。

私なりに解釈すると、彼、ダイオウグソクムシは、グソクムシ界のダイオウであったが、何本も何十本もある足の様に、グソクムシ界は人間界と同じく個人主義というか、無節操という、無慈悲な事ばかり、好き勝手な動きをする。
ダイオウの言う事を聞く耳を持たない輩ばかりになって、言い争いばかり起こすのにうんざりしてしまった。「クソッタレ」ばかりだ。
グソクムシ界は→クソムシ界になってしまった。ならばとダイオウはインドのガンジーの様に「断食」をして世の争いに抗議しようと決意した。
ダイオウグソクムシは求道者となり、牛丼も、天丼も、カツ丼も、鉄火丼も、しらす丼も、うにいくら丼も断つ道を選んだ。

丼々、ドンドン、どんどんダイオウグソクムシは衰弱していったのではなかろうか。
人間たちよ、ダイオウの声を聞かねばならない。
ひょっとすると、何年も前から深海にも放射能汚染水が及んで来ていたのかもしれない。何かの死には、何かの意味が隠されているという。

テレビでその姿を見た一人の女性はキャーヤダといって顔をそむけ、一人の寿司好きのオカマは、スッゲェーウマソーじゃないのと画面に目を奪われていた。
日本海では深海魚が大漁となっている。
地震学者や地質学者は何か大きな事の前触れではと語る。

ダイオウグソクムシよ、安らかに眠りたまえ。
クソッタレは、クソッタレにふさわしい最期を遂げる筈だから。

2014年3月3日月曜日

「ゴマスリ」


イメージです


ジンジ、ジンジ、ジンジ。
この季節いちばんうるさく鳴く鳥の声です。

のし上がった者、蹴落とされた者、サセン、サセンと左遷されて恨み骨髄と飛ばされて行く者。
せっせとゴマをすっていたのに裏切られたという者。
まさか、まさか、まっさかさまの人事に愕然とする者。
何でよぉ〜、俺があいつの下で働かなきゃならねんだよぉー、冗談じゃねえよ、何であの人が部長であの人が飛ばされたの、何考えてんだよぉマッタク、やっぱりゴマスリが勝つんだよな人事は。
何であんな阿呆の倅が役員になるんだよ、一族経営の見本じゃんか、会社の一族化は許せないわ。
ヤダヤダ、あたしとあの娘とどっちが仕事が出来るか、みんな分かっているでしょ、なのにあの娘の方があたしの上になるなんて。
知ってる、あの人とあの人出来てたのよ、よくやるわよね、体張ってまでなりたかっただなんて、見かけによんないわよマッタク。
あ〜あ、これでうちの省は終わりだね、あの人が局長だなんて。
だって知ってんだろ、バカで、アホで、ノンベで、スケベで、カラオケしか能が無いんだから。

憎悪、嫉妬、怨念、絶望、失望、絶句、噂大好きの廊下トンビは有る事無い事、無い事有る事に、様々な独自の解釈を加えて梅の花が春風で飛んで行く様に、今日はあそこに、明日はあっちにと酒席を回り続けるのだ。
人事の失敗は組織の失敗と言われる。

二月二十八日新橋発小田原行き、十一時五十七分発東海道線最終列車は、中央線高尾−中野間人身事故(合掌)の影響で運休、その為に東海道線にも影響、ホームに立った時は二月であったが、動き出した時は三月であった。

ギューギューの満員列車となっていた(グリーン車もギュー詰め、私は藤沢まで立ちっ放し、モミクチャ状態)。グラグラ、ベロベロ、ヘロヘロ、メタメタ、グニャグニャ、ヨレヨレの酔っぱらいばかり、東京駅から座ってきている組織に組みする人間たちの話は、ジンジン人事の話であり嫌でも耳に入って来た。

早い話、不平、不満、不信、それを正面切って言えない根性なしというか、自己保身の人間たち、愚痴と能書きと噂話に生きる、使えない、ロクでもない人間たちが組織の殆どを占めているのだ。

「ちらつかす」という言葉が多いのに気が付いた。
ストリップ劇場では「ちらつかす」が観客の目を奪う様だが、組織では「ちらつかす」が心を奪う有力な手段の様だ。
あの人◯×をちらつかしてやったらしいわよ、とか、あいつ□△をちらつかしてやりやがったとかしましい。

満員列車がやっとこ駅に着く度にドア口に立っていた私はホームに降りた。
酸欠になりそうなので停車駅ホームで深呼吸をした。
よくもこんなに乗っていたなと思うほど人間が途切れる事なく湧き出て来た。
列車の中の話では、どうやら「ゴマスリ」という「スリ」がいちばん多いらしい。
ただこのスリは警察には捕まらない。

ちなみに会話は座っている人間たちの顔付きや出で立ちからかなり想像している。

2014年2月28日金曜日

「江戸むらさき」




三寒四温、一雨ずつの暖かさ。
今も昔も季節の営みは大きく変わらなかったのだろう。
ただ人間たちが異常に文明を進化させてしまったために、異常気象は当然の様に起きている。

しかし大筋では日本ほど春夏秋冬を楽しめる国はないだろう。
万葉集を生むほどの美しさはどんなであっただろうか。
出来る事なら一度タイムスリップしてみたいと思う。

明日から三月である。
二月はなんとなくじっと屈み込んでいるみたいだが、三月と聞くと気分は一気に春模様となる。

二十七日訳あって江ノ島神社へ行った。
その帰り、江ノ島駅から藤沢駅まで小田急線に乗ることにした。
丁度電車が出た後で、十数分ホーム入り口で待つ事とした。
両手にストックを持った六十代から七十代の人が五人居た。
男三人、女性二人。午後一時を過ぎた頃だ。

ストックは杖替りなのだろう。きっと江ノ電巡りをしていたのだ。
「ぶらり途中下車の旅」という長寿番組があるが、江ノ電は人気路線の一つであるらしい。こ

の日は前日と違い、朝からどんよりしていた。
天気予報では夕方から雨が降るとの事だった。灰色の江ノ島というのも中々良い風景だ。

ホームの上で女性二人が一枚700円もする大きな海老せんべいをボリボリ齧り始めた。
顔より大きいせんべいを上から下へバリバリ、ボリボリ、ボリバリ、バリボリ齧り続ける。恥ずかしいという心をとっくに忘れている。
せんべいの真ん中に大きな赤い海老が焼き付けてあるのだが、たちまちその半分を齧り尽くす。

一人は泉ピン子風で、一人は樹木希林風だ。
やおら私の顔を見てニタッと二人は笑った。
オバチャン春だねと言ったら、あらやだ未だ二月よと言ってガハハハと笑った。情緒感がありそうもないのでそれ以上声を掛けなかった。
遅いわねあの人、いつもノロノロしてんのよと言った。
どうやら友人を待っているらしい。一人の男が放っとけばいいよ、先に行こうと言った。

私は小田急、ご一行は江ノ電だ。
海老せんべいはあと3分の1位になっていた。大きな笑い声が遠のいていった。

かつて江ノ島神社には橋がなく、引き潮の時に歩いて渡った。
粋な男とぞっとする様な美人が手と手を取り合って島に渡る。アラッこんな美しい貝がなんて言っていたのだろう、ホラッ今日は富士山が北斎の絵の様だなんて言っていたかもしれない(そんな風景図があるのだよ)。

その日相変わらず島では、サザエの壺焼、イカの丸焼きや蛤みたいな大きな貝を焼くお醤油のいい香りがしていた。ただゾッとするほどストックを持ったご一行が多く居た。
三月から四月、鎌倉あたりの花見の季節になると、江ノ島の旅館に泊まりバスで鎌倉に向かうのが大人気なのだ(中国人も多く来るらしい)。

顔なじみのシラスコロッケを売っているオジサンに元気かいと声をかけたら元気なんかねぇーよと言った。いつも愛想のないオヤジだ。

夜になると予報通り雨が降って来た。一雨ずつ暖かくなる。
どんなに懐が寒くてもちゃんと季節は暖かくなる。

いつも懐の暖かい人ほど、季節の移り変わりに鈍感だという。
つまり感受性が貧しいのだ。
長屋の江戸っ子や浪花っ子は最も感受性と感情が豊かであった。
いつも金欠だが底抜けに明るく人情味ある主人公の落語はそこから生まれたのだ。

何はなくとも「江戸むらさき」というから、岩海苔を一瓶買って帰ろう。
今夜のディナーはそれだけとするか。そんな思いをした二月の終わりであった。

2014年2月27日木曜日

「誰だ!」

アンネの日記



二月二十一日夕刊にこんな記事があった。
アウシュビッツ元看守三人拘束。独当局発表。
一人は八十八歳、一人は九十二歳、一人は九十四歳。
ナチスホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の舞台となった収容所の人間であった。
現在はドイツ南西部バーデン・ヴュルテンベルクの捜査当局の監視下に置かれている。

二月二十五日朝刊には、ナチス・ドイツ強制収容所の最高齢生存者であった百十歳のアリス・ヘルツゾマーさんがロンドンの病院で死亡したという記事があった。
凄まじい生命力だった。

連日「アンネの日記」が図書館で破損されてるという報道がある。
その数三百冊以上。アウシュビッツに関連する複数の書籍も破られているという。
「アンネの日記」はナチスのユダヤ人狩りから逃れようとずっと隠れていた少女の日記である。少女はやがて悲しい最期を迎える。誰が、何故(?)。

ただ人を殺したかったと、人間に向かってアクセルを踏む男。
ただ人を刺したかったと少女に刃物を突き刺す男。
バイト先で知り合った女性を追い回した後に拳銃を打ち込んで殺めた男(自分も同じ様にして死亡)。
ネットで知り合った後にストーカーをする男の犯罪が後を絶たない。

アウシュビッツの殺し屋たちをずっと追い続ける国家の執念に終わりはない。
第二次世界大戦は未だ終わってはいないのだ。
私はこれから第三次世界大戦が始まると思っている。
それはネット社会が目には見えない軍事行動を起こすのだ。

先日敬愛する中野裕之監督と会う機会があった。
地球の未来とか、人類の未来とか、国家の未来とか、日本人の現在と未来とか、それはそれは詳しい話で、怖ろしい話でもあった。
その内容を一度聞きたい人は中野裕之監督の作品を見て下さい。
最新作を買って下さい。

科学、医学が生む目に見えぬウイルスや細菌の話には引きずり込まれた。
何しろ中野さんの頭の中には広大な宇宙があるのです。
人間とは一体何物なのでしょうか。誰が何のために創ったのでしょうか。
これ以上進化したら何になって行くのでしょうか。
人間は死ねなくなるかもしれません。極楽に行けないのです。
遺伝子医学で内臓は再生出来る筈だから。

お前幾つになった、えっ俺か185歳だよ、ところで君は、来月で192歳だよ、なんて会話が現実になるのです。で、国家は何をするかは明白です。
人を生ませない、増殖させない。アウシュビッツの様に大量に命を奪うのです。
但しガス室ではありません。今現在、既に私たちは収容所の中にいるのです。
人体実験をされているのです。
国家というストーカーは世界を支配する巨大な財閥によって育てられているのです。

いつもの私のホラではありません。中野裕之監督が言っていたのだから。
疑う事なしなのです。女性たちの予防ワクチン等には十分気をつけて下さい。
安易にしない方がいい様です。男と男の関係から生まれるとい怖ろしい病気の話にもビックリする様な秘密がある様です。

私たちはミステリーゾーンにいるのですよ。
「アンネの日記」を破る人間は近々あぶり出されるでしょう。
アウシュビッツの看守たちの様に。

2014年2月26日水曜日

「若者よ」


イメージです



何のために一生懸命働いてきたか。
酒量が減った現在はさておいて、若い頃は死ぬ程働いて死ぬ程酒を飲んだ。
正直何度も死にそうになった。

ガード下のヤキトリ屋、道路脇の屋台のおでん屋、居酒屋からスナックバー、ミラーボールの回るキャバレー、小料理屋から会員制のBAR、お寿司屋さんから大箱のクラブへ。働いた分稼ぎも増え、飲む場所も一段一段格上げになっていった。

オイ!杯一(パイイチ)行くかとなれば、ヨシ!早く仕事をやっつけて行くべしと頑張った。先輩から声を掛けられたら断る事はなかった。
また後輩にオイ!行くぞ今夜はとなれば、待ってましたとなって銀座→赤坂→六本木が決まりだった。神宮のプール一杯分は飲んだかもしれない(?)
「酒は学校」だと思っていたから人間を知るためにはお酒の力は欠かせない。

さて、昨今はといえば、上司とは飲みたくない(分かる気がする、どうせワンパターンの自慢話と昔話し、私も十分反省してます)、先輩とも飲みたくない。
出来れば友人、同僚とだって飲みたくないという若者が増えている。
誰と飲むかとの調査に対し、一人でが40%、友人35%、同僚20%を超えて第一位。
取引先とはわずか2%。元々飲まないが何と28%。
飲む人の酒量も25%が以前より減ったと数字は語る。

主に何処で飲むかと言えば、自宅が70%、居酒屋飲食店が27%であった。
宴会や飲み会は45%減ったとある。やはり私が思っていた通りの数字だった。

若者は少しでも自分の時間がほしい(よく分かる)、少しでも早く家に帰ってメールやラインやフェイスブックに精を出し、インターネットのスケベ画像相手に自家発電に励みたい(?)。20代男子の70%近くに恋人がいない。
60%近くが童貞だというではないか。

なんだなんだ若者よ、お酒を飲まなきゃいかんぜよだ。
女性を好きにならねばあかんぜよだ。恋愛は面倒臭いなんて悲しい事を言わないでチョーダイだ。

そういえば銀座、赤坂のBARに若者の姿は殆どない、オッサンみたいな立ち飲み屋がブーム中。25日の給料日、頂いた給料をそっくり一晩で使ってしまう、そんな見所のある若者が居ないのはこの国の将来のためにマズイと思う。

給料の前借りをする若者がいないのもツマンナイと思う。
目一杯頑張ってあの店の、あの娘に会いたい。そんな正直な気持ちが活力を生むのだから。

何!飲む金が勿体ないだと。何!お前の話はもう飽きただと。
分かった、分かった。だったらせめて友達と恋愛論に花を咲かせてくれや。
少し位なら飲み代出すからね。

そんな事よりまた、また、またダイオウイカが生け捕りされた。
幻のイカがフツーのイカちゃんになって来た。
海底で何が起きているのか、不気味ではないか。
イカ刺しを肴に酒を飲んでいる場合じゃないかもな。

2014年2月25日火曜日

「一戸広臣さん」

一戸広臣さん





縄文人来たる。
二月二十一日(金)午後五時過ぎだった。

身長は180センチを超える。体重は85キロ位だろうか。
顔は見事な髭を誇っている。赤の薄手のコートの上にもう一枚ダークグレーのコートを着ていた。二枚のコートを脱ぐと、珍しい柄のジャケットを着ていた。

お洒落である。
何十何百の糸の柄がまるで畳の目の様に織られている。
その人の名は青森で活躍する「しきろ庵」の主である陶芸作家、「一戸広臣」さんだ。

珍しい柄の服は「裂織(さきおり)」であった。直ぐに調べてもらった。
木綿生地の古着を割いて横糸に織り込むリサイクル布地。先駆的な循環技術なのだ。
綿花の栽培が出来なかった北国では木綿は貴重品だった。
保湿性が高く着心地のよい木綿は憧れだった。
江戸時代になると余った古着や古布が売られる商売が始まった。
麻と木綿などの強い糸を縦糸に、古着を割いて紐状にした布を横糸代わりに使って織物にするのだ。

保湿性がよく、布地の目が詰まり丈夫で、風雨を防ぐ作業着としても適している。
バッグやタペストリー、帯などにも使われ人気を得ている、青森の織物と書いてあった。

一枚の上着には、一家の歴史が織られている。
おじいちゃんの使っていた物から、おばあちゃんの使っていた物、古くはひいじいちゃん、ひいばあちゃんの使っていた物から一本一本糸が選ばれ、抜き出され、組み合わされ、鮮やかに落ち着き、また複雑で繊細な柄を紡ぎ出す。

実にいい柄だ。
アイヌの織物もいいが、青森の裂織も日本の風土が生んだ逸品だ。
で、友人の縄文人は、縄文の文様を独特の手法で陶芸作品とする。
広大な青森の田畑の側に、ご夫婦の住居があり、窯と工房とショールームがある。
そして外には縄文時代の住居、竪穴住居がそっくりそのまま作られていて、そこで魚を焼き、奥さんがお料理を出してくれる。一戸さんがお酒をたっぷり持って来てくれる。

縄文時代は人と人が実に仲良くて、戦争なんてなかったんだよね、と一戸さんは言う。
縄文人たちが竪穴住居を作って定住をしたのは隣同士が争いをしなかったからなのだろう。縄文人は質素を旨として平和に生き続けた。

青森の裂織には大雪や猛吹雪、極寒から身を守るために、変色してしまった一枚の布切れも、先祖代々着古して来た衣服の一本一本の糸も決して粗雑に扱う事が許されなかった。一着の衣服に無数の色が点描の様に見える。

縄文時代の集落のリーダーの様な一戸広臣さんのガッシリした顔にある、二つのクリクリした目は実にやさしい目だ。争いをしていない人の目だ。
一戸さんは一週間奈良に行って来た帰りに寄ってくれた。
神社仏閣を回り、国宝の仏像や名も無き仏像を見て来たそうだ。
大好物の奈良漬けを頂き、更に写真葉書を二セット十六枚も頂いてしまった。

青森の大地の中にポツンとある工房にいると情報に飢えてしまうのだと言った。
うんざりする程の情報の中にいる私とは真逆なのだ。
生きている奈良の大仏さんの様な一戸広臣さんは現代人が失ってしまった大切なものを教えてくれる。

私の下手な絵と一戸さんの縄文焼きを是非一緒に展覧会にしませんかと言ったら、大きな体、大きな顔、大きな目を輝かせた。裂織のジャケットがユサユサと揺れた。
立派な髭が笑った。

家に帰り国宝法隆寺のハガキ入れを見ると、そこには「法隆寺の茶店に憩ひて」「柿食へば鐘がなる法隆寺 子規」と書いてあった。その夜の酒のおつまみが仏像たちと、絶品の奈良漬けであったのは言うまでもない。

ちなみに100万円位出すと何でも作れる広大な畑が買えるらしい。
竪穴住居の作り方は、一戸広臣さんご夫婦が教えてくれる筈だ。

ある調査によると、一家の主の収入(お金)が法定外あるいは予想外に増殖すると、一族の妬みを買い、夫婦愛に支障をきたし、親と子の関係にヒビが入り、兄弟関係は他人同様となり、仲よき友達は離れ始めるという。
逆に近づいて来るのはヨイショ人間と相場は決まっている。
無いより有る位が丁度いいなと思う人がいちばん幸せになる。


お金はあるのに心が満たされていないと思っている人は、是非青森の一戸広臣さんの処に行って、竪穴住居を経験するといい。
一匹の焼いた魚の旨い事、一杯の酒の旨い事といったらこの上なしだ。