全日本美しくない(清潔でない)立ち食いそば屋チャンピオン大会があればほぼ間違いなくそのチャンピオンベルトを貰えるであろう店が、1月25日をもって閉店した。
正しくは美しくなって西五反田にデビューするという。
35年の長きに亘って銀座二丁目に君臨し続けた。元は白かった汚れきったのれんをくぐると左に給水器、正面に汚れたカウンター、四人掛けボロボロの足の長い椅子、右に目をやると三人程が食べれる薄い板のカウンターがある。
正面のカウンターの奥には、薄くぼんやりとした灯りの中に三人の人影が動く。一人は老人の男、一人はその妻とおぼしき老女、一人はその娘と思われる中年の女性だ。カウンターには生玉子を入れたボール、ゆで玉子を入れたボール、ネギを入れた物、それをつまみ取るギザギザがついた道具、食塩と唐辛子入れがある。
水は当然自分で入れる、何百何千人と使われ続けたグラスが銀色のトレイの上にある。
かつては透明であったグラスは、中の水が見えない程脱色してザラザラとした手触りがある。カウンターの上の段には上げた天ぷらがある。何度も何度も使用された油で揚げられた。海老天、イカ天、チクワ天、春菊天、かき揚げ天、ゴボウ天、ニンジン天、コロッケなどがじっとりと積み上がっている。ライス、半ライス、おにぎりは鮭と梅干しだけ、他にカレーライスがある。
外から見ると誰がこんな店に入るのだろうと恐々通り過ぎる。入ってはいけない世界、入ったら最後二度と生きて帰れないかもしれない。
この店は私の会社の斜め前にある。立ち食いそばは、何しろ待ち時間がいらない。頼んで食べて水を飲んで三分位で終わる。私は立ち食いそば愛好会、同好会、研究会を一人だけで運営している。簡単に言えば一人で食べているだけなのだが。
何故この店が35年やってこれたのか入って食べると判る。昼のお弁当は大人気500円でたっぷりおかず、たっぷり熱々ごはんが食べれる。OLたちが列をなす。みんなハツラツとして並んではいない、どちらかというとやや後暗い感じだ。
おにぎりが格別に旨い、グラマラスな体をしていて手にするとたっぷりその質感を味わえる、コンビニのおにぎりなんて問題にならない。
私には昔から一つだけその日を占う行事がある。ゆで玉子が上手くむけたら今日は良い日、失敗すると駄目な日、要注意となる。この店のゆで玉子は大きくてゆで加減が絶妙にいい。(玉子だけを買う日も多かった)
この薄汚れた空間に職人さんたち、工事関係の人たち、若いOL、カタカナ文字の人たちが混然一体となってそばをすすり、おにぎりを頬張り、チクワ天半カレーやカキ揚げそば大盛りライスとか、海老天そば、コロッケそば、イカ天ざるそばプラスゆで玉子等を整然と秩序正しく食べて払って出る。お客は無言が掟、店の三人もまず私語は交わさない。最後の日に今日で終わりと言って顔を出すと、長い間どうもはじめて娘さんらしき人の笑顔を見た。今日作った物が全部出たらその時点で終わるとか、ゆで玉子が二個、生卵が七個、コロッケがポツンポツンと離ればなれに二個、かき揚げ天一個、チクワ天二本が残っていた。
お客さんは二人中年の工事関係の人、もう一人は私。
ゆで玉子を二個買う200円を払う。一個はマッサージ屋さんの中国人に、そこでゆで玉子を割って見る。最初の割れ目のつけ方がイマイチであったのか前半が上手くいかなかったが、あの三人がこの先良くなる事を念じながらそっとむいてまあまあの形であった。
西五反田の目黒川の側に新装オープンするとか。美しい店にあの三人は似合うだろうか、日影の身の女性が日の当たる身になるとほぼ不幸になるからだ。親父さんとその妻とおぼしき人の声を遂に聞くことは無かった。
1 件のコメント:
立ち食いそばは、そこのルールがいろいろあって、本当に面白いですよね。個人的には、辻堂駅構内にあります小竹林の肉うどんが(ルールではなく味ですが)好きです!笑
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