2011年7月23日、ロンドンのとある所で一人の女性の死体が発見された。
エイミー・ワインハウスであった。
このステキな名を持つ女性は父はタクシーの運転手さん、母は薬剤師というユダヤ人であった。
死体の側には空っぽになったウォッカの瓶が二つ転がっていたという。
私の最も好きな、最も共感する、最もミュージシャンとしての生き方を認める女性であった。
エイミー・ワインハウスは18歳にして人生のすべてを体験したような作詞をし作曲した。恋、愛、ドラッグ、アルコール、入院、退院、そして隔離、そしてまたドラッグとアルコール。
結婚、離婚を繰り返す中でグラミー賞5部門を受賞。
ドラッグに犯された、そのうす汚れたハスキーな声、自分の体験を詞にして唄った。
私小説的世界、天才がもつ宿命的な人生の落差と落伍、転落、破滅、そして切れぎれの愛、わずか27年の生涯は凡庸な女性の300年分位の否それ以上の愛を追う人生だった。
昨夜アカデミードキュメンタリー賞を受賞した、エイミー・ワインハウスの映画を見た。
例えていうならば女たらしのウソつきクスリ好きの太宰治。
ウソばかりついて借金を重ねた石川啄木。
ウソを重ねて妻を狂わした島尾敏雄。
それらをミキサーに入れて、愛憎まみれの林芙美子を加える。
又は与謝野晶子。
藤圭子のような歌い方で自らの人生をジャジーに唄った。
そんな深い味がある。
エイミー・ワインハウスをぜひ一曲お聴きあれ。
男ってなんだろうとエイミーは唄う。
グラマラスな肉体は骨と皮になりボロボロとなる。
何人もの男に抱かれたが、愛していたのはスケコマシ、救いようもないドラッグ中毒の初恋(?)の男だった。
深夜いつものグラスにジンを入れて、エイミー・ワインハウスを聴く。
人生とは血である。レディー・ガガは、エイミー・ワインハウスをリスペクトし、そのヘアスタイルを真似た。1960年代に流行った、ビーハイブヘアである。